焼きリンゴ

 コニーは熟したリンゴをいくつか収穫していた。

 その後ろを、ふさふさの尻尾を横に振って追いかける狼。

 海のような青い瞳と、白と灰が混じる体毛で、胴体に軍用サイドバッグを装着している。

 リンゴの木だけがある辺鄙な廃村。

 果ての先にある谷近くの国境ゲートが微かに、ぼんやりと見えた。


『ねぇねぇコニー、なんで狩人さんなのにライフル銃を持ってないの?』

「えぇ、まぁなんていうか、ここら辺森も少ないしエサもないから人食い狼がいないんだよ。だからライフルなんて必要ない、御守り程度の拳銃だけ、あとは呑気にリンゴの世話」


 コニーが腰につけているホルスターにはシングルアクションの軍用自動拳銃が収まっている。


『ふーん、ヒマだね』

「まぁね。君こそなんでこんな辺鄙なところに?」

『故郷を見に来たんだよ』

「君の?」

『ううん』


 コニーは片眉を顰め、傾げる。

 狼は必要以上のことを言わない。

 収穫を終えたあと、別の木箱からリンゴを2つ掴んだ。

 1個は狼に投げ渡す。

 大きな口を開けて見事キャッチをした狼は、容赦なく太い牙でムシャムシャ味わう。

 果汁も逃さず、全て喉の奥に飲み込んだ。


『昨日のよりすっごく甘いねっ! すっぱさが控えめで引き締まった果肉って感じがする!』


 嬉しそうに明るい声で感想を述べる。


「へぇリンゴの評論家でもやってるの? でも確かにここで暮らしてた人達は何種類かリンゴを育てていたみたいだね」


 折り畳みイスに腰掛け、テントからナイフを取り出す。

 慣れた手つきで皮をサラサラと薄く剥く。

 クリーム色の果肉をひと口サイズにカット。

 狼は興味を示し、お座りの姿勢でコニーの行動を見つめる。

 取っ手をタオルで巻き、スキレットを1人用のバーナーに置いて火をつけた。

 バターを溶かし、カットしたリンゴを丁寧に重ならないように並べる。

 しばらく焼いたあと、クリーム色の果肉は薄っすらと焼き色がついて甘い香りが漂う。

 砂糖を振りかけて、両面を焼いたあとは蒸し焼き。


「君の名前は?」

『ボクはボクだよ』


 黒縁メガネがずれそうなリアクションをかまし、コニーは小さく笑う。


「はは、なんだそりゃ。軍用のサイドバッグをしてるぐらいだから、前は誰かといたんでしょ? 名前、付けてもらえなかったの?」

『名前なんてなくても普通に話できたもん、ぜんぜん気にしたことなかったかも』

「でも喋る狼じゃ愛着湧きにくいし人食い狼と違うわけだから、生態調査の為に僕がちゃんと名前をつけようか」

『うーん、ヤダ』


 ガクッと肩が傾く。


「なっ?! 嫌?」

『うん。だってまだ知り合ったばかりでしょ、そんな人に名前を付けられるのは嫌だよ』

「そ、そっか……」

『うん、ボクのことをよく知ってるのはボクだもん。それより何を作ってるの?』

「何って焼きりんごだよ」


 狼はとがったふさふさの耳をぴくぴく動かす。


『焼きりんご? オーブンで焼くやつ?』

「さすがにオーブンないからさ、鉄板で焼いただけの簡単なやつ。生で食べるのとは違う美味しさがあるんだ」


 仕上げに煮汁をカラメル状にして煮詰めたものを、焼けたリンゴにかけた。

 柔らかい果肉となって照り輝く焼きリンゴが出来上る。


『美味しそうなニオイがするー』


 目を輝かせる狼に、コニーは怪訝な表情を浮かべた。


「これは僕用」

『えーっ!? ボクにくれないの?』


 お座りから体を起こし、軽く喉を鳴らした。


「そんな大したものじゃ」

『でもでも、生とは違う美味しさ、なんでしょ? 一切れぐらい欲しい、ちょうだい、じゃなきゃ調査に協力してやんないから!』


 コニーは腕を組んで迷う。


「参ったなぁ、じゃあ一切れだけね。あとで体調に異変がないか教えて」

『うん! ありがとう!!』


 フォークを刺し、一切れを狼の口へ差し出す。

 首を斜めに、控えめに口を開けて一切れを食べた。

 しばらく舌で味わい、堪能する。


『うん、うん、トロリ柔らかくて、とっても甘い! 美味しい!!』


 目に星が散らばるほど輝かせた。


「大丈夫か? 今度から狼用に調整してみよう……」


 コニーは頬を掻き、残りの焼きリンゴを味わった――。

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