第8話 一度決心すると貫くタイプです
あれはまだ私が幼稚園の頃。
玄関を出て左の道は、大きな犬が吠えてくる道。
玄関を出て右手の道は、公園までのいつもの道。
大きな犬が苦手は私は、大人と一緒の時以外には絶対に左の道は通らなかった。
それなのに――。
「あう……」
幼稚園のお友達と遊んだ帰り道、ぱらぱらと雨が降り出した。
少量だけどひとつひとつの雨粒は大粒で、すぐに大雨になる気配がする降り方だった。
案の定、早足で歩いて帰る途中で大降りになってきた。
雨の匂いが濃くなる。あたりが灰色に包まれる。
はやくしないとびしょ濡れになる。
そう思って走って家の前まで来たのに。
「あぅ……」
「ワンッ」
そこには、リードが外れた大きな犬が鎮座していた。
よく脱走することでも有名な近所の大型犬だった。
今なら、その犬はただ遊びたかっただけだったって分かる。
でもその当時の私はそんなこと分からないし、下手すると自分の身体よりも大きなその生き物が怖くて仕方なかった。
その大きな犬は、目があうと私の方へゆっくりと歩いてきた。
「やだ…やだ…」
折角家の前まで来たのに、入れずにもと来た道を走る。
怖くて足がもつれて、水溜まりの上を転がってしまった。
転んで擦りむいたところが痛いし、兎に角怖いし、犬はすぐそこだし。
もう駄目だ、とまるでこの世の終わりのような気持ちになって涙がじんわりと視界を覆ったところで、その人は来た。
「ひなたぁーーーー!!!」
私の名前を叫びながら遠くから凄い速さで走って来た芽衣ちゃんは、私を抱きかかえると犬に「めっ!!」と威嚇した。
びっくりした犬はそのまま引き返し、自分で自分のお家の方まで走っていってしまった。
今思えばあっけない。
でも私からすれば雷が落ちたようにビリビリと衝撃が走る出来事だった。
「大丈夫!?噛まれてない!?あっ、血が出てるじゃん!!」
慌てて私の怪我を確認する芽衣ちゃんに、緊張の糸が解れ、涙腺が崩壊する。
ずっとずっと、芽衣ちゃんの服を握りしめて、泣いた。
「私が陽菜多を守るから」
泣きやまない私の背中をさすりながら、雨の中私を抱きしめてくれる芽衣ちゃんに、思えばこの頃からずっと、恋をしていたんだと思う。
芽衣ちゃんは、私のヒーローだった。
「パパ、芽衣はほんとにダメだと思うぞ」
私が荷造りしている最中、背後からかけられたその言葉にカチンとくる。
仏頂面のまま振り返って睨めば、こちらも少し仏頂面のパパの顔があった。
結局、私は芽衣ちゃんと新しい家に引っ越すことになった。
何でも、今住んでいるマンションの退去日をスルーして散財していたらしい。
新居の頭金をパパが肩代わりする代わりに、私は芽衣ちゃんとルームシェア出来ることになった。
芽衣ちゃんの、そういうちょっとアレなところも好きだからいいのだ。
「パパ…」
親子二人で仏頂面のまま、見つめ合う。
「なんでよ!いい歳して貯金もしないで浪費ばっかのアニオタだから!?叔母と姪だから!?同性だから!?それとも歳の差!?」
「それぜんぶだよ!?どれ一つとってもまぁまぁなハードルだからね!?」
思わず声を荒げてしまったとばかりに、パパが咳払いする。
私が芽衣ちゃんのことを好きなのはパパもずっと知っているので、もうそろそろ諦めて欲しい。
「ま、まぁ、いま言った事も問題ではあるが、それよりも一番、大きな問題がある」
それを聞き、「なんとなくわかってる」と溜め息を吐く。
「だろうな。お前も分かってるだろう。――あいつのあ鈍さは筋金入りだって」
分かってる。
昔から、芽衣ちゃんの人間関係は把握している。
同じ高校に通っていた同級生や、大学の同級生、これまでどんな人からどんなアプローチをされても、本人は気づかず、「っはぁ~モテないわ」だなんて言いながら、フラグをへし折っていた。
「でも、私は芽衣ちゃんがいいから」
まぁ、好きにしろ、と諦めたように言うパパは、私のことを心配しているからそう言ってくれるんだ。
凄く我儘を言ってるんだって分かってる。
私はまだ経済的にも自立できていないし。
大人になってからでも良かったかもしれない。
でも、さっき自分でも言ったように、歳の差があるのだ。
14の歳の差は大きい。
私が大人になるまでに、芽衣ちゃんが独身でいる保証なんてない。
その時間に、起こりうる”もしも”を想像するだけで、私の心は耐えられない。
要は、落とせばいいのだ。
芽衣ちゃんからは、ルームシェアは私が高校を卒業するまで、とのリミットが設けられている。
それまでに、絶対に、落として見せる。
そう、固く決心した。
30歳独身ですが、何故か女子高生の姪っ子に執着されています。 ちりちり @haruk34
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます