第5話 取り合えず、今日は泊めるわ

「おっ」

「――おかえり」


 取り敢えず2軒目は早々に切り上げて、帰宅の途につくと、私の部屋の前に座り込む姪っ子の姿があった。


 そういや合鍵渡してなかったか、とまで考えて、いやいやいやいや、合鍵だなんて何考えてんだ私、と思い直す。


 だいたい、いま時刻は既に21時をまわっている。

 制服姿の女子がこんな時間になるまで部屋の前で待ちぼうけ、だなんて、危険極まりない。

 近隣の部屋の人にも不審に思われたかもしれない。


 そう思い両隣をみると、いつの間にか表札がなくなっていた。


 お隣さん、いつの間にか引っ越してら。

 お隣さんの顔を思い出そうにも、交流が全く無かったので、そもそも知らない。

 私は、もう少し自分を取り巻く環境に、興味を持った方が良いのかもしれない。


「……そもそも今日、来るって聞いてないんだけど」

 そう問うと、陽菜多はバツが悪そうに目を逸らす。

 しかもさっきあんた私のこと、目が合ったのに無視したわよね、というのは、大人なので飲み込んでおく。


「…今日、芽衣ちゃん、帰って来ないんじゃないかって……」という陽菜多の言葉に「え、何で?」と思わず返す。

 確かにさっき街中で会った時にはもう飲んでいたけど、流石に平日、もう朝まで飲むような年齢じゃ――って、もしかして。


「……男の人と、一緒だった」

「あっ、あー……。そう、あ、なるほどねー……へぇ~…」


 なるほど。

 いっちょ前な想像してんな、と思いつつ部屋の鍵を開けて招き入れる。


 相変わらず目は合わないけど、今は目を合わせない方がいい気がした。


 取り敢えず夜も遅いので、兄に電話する。

 すぐさま兄が出て、状況を説明すると、「良かった。芽衣の所に居たんだな」と、安堵と少しの心配が滲んだ様子が伝わって来た。


 兄には、学校帰りに友達と遊んでくる、としか言っていなかったらしい。

 そりゃ、それで女の子がこんな時間まで帰らないと心配するわな。


「それで、どうする?今から迎えに行こうか?」

 電話の向こうで、チャリ、と兄が車のキーを取り上げる音がする。


 逡巡して、「んー……、今日は泊めるわ」と、返答し、通話を切った。

 本人に確認していないけど、まさかわざわざこんな時間まで外で待ってて、帰ります、はないだろう。


 幸いなことに、着替えやこの子の身の回りのものは、家にも置かれている。

 浸食されているの間違いかもしれないけれど。


 制服は流石にないから、後で選択して乾燥機にかけておけばいいか。

 思えば、私の意思でのお泊まりは初めてだったりする。


 それでも、結局その夜は布団に逃げ込まれ、話なんてできやしなかった。


 何があったの、とか。

 どうして私の家の前に居たの、とか。


 聞きたいことはいくつかあったけど、私自身が踏み込めなかった。

 私だって、陽菜多に嫌われたくない。


 人の家で不貞寝する姪を見て思う。

 思春期の女の子って、難しい。


 だから、その夜は陽菜多の頭を撫でて、私も隣で寝た。

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