第2話 別に熱はないからと、彼女は言った
「芽衣ちゃん、そんなお堅く考えなくていいのに。私、家事とかその辺のこと一通りできるよ?」
今も、家事や家計簿の管理も私がしてるし、と私の部屋でアイスを食べながらしっかり者アピールしてくるのが、渦中の姪っ子だ。
因みにあんたが咥えているそのアイス、楽しみにしていた最後の一本だったのに。
そもそもこいつは、ルームシェアの如何に関わらず、今でも一週間に一度は私の部屋に転がり込んでいるのだ。
今日だって、「金曜日だから芽衣ちゃんの部屋にお泊りするー!」と昨夜急に連絡が来て、拒否する間もなく夜になったら家に来た。
「子どもが何言ってんの」
陽菜多はアイスを咥えたままスマホゲームに夢中になっている。
溶けたアイスの雫がソファに落ちそうになっているのを見て、その口から棒を掴んで引っこ抜く。
奪ったアイスを齧ると、疲れた体に程よい甘みとひんやりとした冷たさが沁みる。
「うーん、うまい、満足」
「あー!私のアイス!……って…」
元は私が買ったもんなのよ、と返そうとすると、目の前に座る陽菜多の顔が、みるみるうちに真っ赤になる。
「え、なに、どうしたの」
握っていたスマホの画面には、GAME OVERの文字が映っていた。
「あっ、…いや、芽衣ちゃんって、他の人が口をつけたもの食べるのって抵抗ないのかなって」
「いや、私、飲み回しとかちょっと苦手だね」
「え、じゃあなんでそれ」と私が食べている、元は陽菜多の、今は私のアイスを指差す。
まぁ、元は私が買った私のアイスなんですが。
「いや、あんたとなら大丈夫」
そもそも家族みたいなもんだしなぁ、一緒に食事する時は、この子の食べ残しとかも勿体ないから食べてたし、と思いながら陽菜多の顔を見ると、更に顔が真っ赤になっていて驚いた。
「ど、どうしたの急に!?気分悪い!?」
「ううん、なんでもない……」
なんでもないわけないでしょう、と言うが早いか陽菜多に顔を近づけ、額に手のひらをそっとあてる。
ついでに首筋にも手をあて、自分の体温と比較する。
「ふむ、別に熱はない……って、ちょっとっ」
「もう、いいってっ!」
更に赤くなった陽菜多は慌てたように私の腕の中から抜け出し、ソファの端で体育座りになる。
近づこうとすると、「来ないで!」とまるで手負いの野良猫かのように警戒され、立てた両膝と腕の中に顔を埋めてしまった。
なんだか耳まで赤くなっている気がする。
「ひなたちゃーん」と北風と太陽のように、優しい声色で呼びかけてみる。
「芽衣ちゃん」と、陽菜多が顔を隠したまま、小さな声で呟いた。
子どもの頃から変わらない、少し泣きそうな時の陽菜多の声だ。
「ほんとに一緒に住むの駄目?私、ずっと芽衣ちゃんと一緒にいたいのに」
その言葉を聞いて、私はぽすん、とソファに背を預けた。
陽菜多は、どうしてこんなにも私に拘るんだろう。
食べきったアイスの棒を口の中で弄びながら、その日は曖昧な返事を返して誤魔化した。
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