第62話 ばあば

フィルニアは、自宅に帰ってきた。

フィルニアが暖かい笑顔で玄関を開けた。

「ばあば、ただいま〜。」

と声を弾ませる。


その声は部屋中に響き渡り、同居しているエリアドナの耳にも届いた。


エリアドナは、エルフとしては最高齢の老婆だ。

「お〜、お〜、よう帰ってきた。おかえり。フィー。」

と柔らかい声が返ってくる。


フィルニアは、そんなエリアドナに向かってにっこりと微笑んだ。

「お友達を連れてきたよ〜。えへへ。」


ミナは礼儀正しく挨拶をする。

「お邪魔します。初めまして、ミナと申します。」


カイはミナに続けて挨拶をする。

「お邪魔します。初めまして、カイと申します。」


エリアドナは、その二人を見つめた。

「お〜、お〜、ようおいでなさった。ささ、あがっておくれ。」

と、老いた言葉で歓迎する。


フィルニアは、ミナとカイにエリアドナを紹介した。

「ばあばの名前は、エリアドナ。ここエルフ族としては最高齢なんだ。」

その言葉は誇らしげで、そして愛おしそうに語られる。


フィルニアはエリアドナに向かって言った。

「もう夕食時だけど、ご飯食べた?」


エリアドナは優しく笑みを浮かべた。

「いんにゃ、まだじゃ。フィーが、帰ってくるのわかっとたから、待っとたんじゃよ。」

その言葉は一瞬でフィルニアの心を温めた。

フィルニアは、久しぶりに安心感を取り戻した。


フィルニアはエリアドナに微笑みつつ話しかけた。

「また冗談ばっかり言って、じゃ、ご飯の用意するよと言いたいところだけど。」


目をミナに向けた。

「ミナ、何か温まるご飯出してくれないかな?」


「うん、わかった。暖かいシチューがあるからそれと、柔らかパンがいいかな。」


ミナはアイテムボックスからシチューとパンを取り出した。

そして、それぞれ四人の前に丁寧に配った。


四人が集まった食卓には、シンプルながら出来立ての暖かいスープが並び、そして、白く柔らかいパンが中央に置いてある。


会話が進む。

エリアドナがフィルニアへ声をかけた。

「フィー、王都は、どうじゃった?新しいもん、いっぱいめっけたか?」


フィルニアの顔が少し弱々しくなった。

「うん。すごい人で、活気がある都市だったよ。

 でも、怖くもあったな。

 私、騙されちゃって、持っていったお金全部取られちゃった。」


エリアドナが、驚いて話し続けた。

エリアドナの心の中は、フィルニアを案じる思いでいっぱいだった。

「ふぉ〜、それは、大変な思いをしたんじゃな〜。よう、戻ってこれたもんじゃ。」


「この、ミナが助けてくれたんだ。

 ここに持ってきた物資も全部・・・。

 全部、ミナにお金出してもらっちゃった・・・。」

フィルニアの声には、ミナへの深い感謝の気持ちがこもっていた。


エリアドナの顔には、ちょっとした困惑が感じられた。

しかし、エリアドナの口調は穏やかだった。

「ミナどの、それは、かたじけない。

 お金は返さなあかん。

 じゃが、フィルに預けたお金は、この街の財産ほぼ全部じゃった。

 もう出すお金もないの〜。

 困った〜。」


ミナが微笑みながら言った。

 「エリアドナさん、いいのよ。

  お金のことは。

  フィルから取り上げたやつから取り返すからさ。」


エリアドナは優しく微笑んだ。

「ばあば、と呼んでくれ、この村じゃ皆にそう呼ばれとる。

 エルフで、ばあば、と呼ばれるのは、誇りなんじゃよ。

 フィーよ。受けた恩は、絶対かえさにゃあかん。

 フィーだけのせいだけじゃあない。

 エルフ族みんなで返すんじゃ。」


フィルニアは頷いた。

「ばあば、うん。もちろん返すよ。

 返すためにも魔物を追い払わないといけないね。」


ミナが力強く言った。

「私が追い払って見せるわ。

 エルフ族の安全を守るために来たんだから!」


エリアドナは微笑んで頷いた。

「フィー、ええお友達をもったの〜。」

その声には、感謝と共に深い安堵の感情が含まれていた。


エリアドナの目が、ミナの首元を飾る繊細なネックレスに引きつけられた。

エリアドナは言った。

「ミナさん、綺麗なネックレスをしとるの〜。」

物腰の柔らかい声だった。


ミナは、頷いた。

「うん。このネックレスが、私を助けてくれるの。

 とっても大事なネックレスなんだ。」


エリアドナは、フィルニアに移った。

「フィー、おぬしのネックレスは無事か。

 ネックレスは取られておらんか?」


フィルニアは安心するようにとの気持ちを込めて、頷いた。

「うん。ちゃんと持っているよ。」

そして、胸元からネックレスを取り出し、エリアドナに見せた。


エリアドナは、満足そうに笑った。

「ああ、よかった。

 フィー、それは絶対無くしちゃあかん。

 フィーのご先祖さまから代々受け継がれたものじゃからの〜。」


ミナが興味津々で言った。

「フィルも、ネックレスしてたんだ。見せてよ!」


ミナは、フィルニアの胸元にあるネックレスにそっと手を触れる。それは

何世紀もの時間を経てなお輝きを保つ、歴史を感じる一品だった。


エリアドナは、そのネックレスを見つめながら語り始めた。

「フィーのネックレスはな、エルフ族の伝説の騎士が、

 フィーの先祖に贈ったものなんじゃ。

 これは、フィーの子供にしっかり受け継いで行くんじゃぞ。」


フィルニアはちょっと恥ずかしそうに言った。

「ばあば、わかってるよ。

 それにまだ子供は、早いし。

 もう何回も話しを聞いたから。」


エリアドナは、さらに語り始める。

「この物語はな、ある勇者と、フィーの先祖の恋物語じゃ。」

エリアドナの瞳には古い日々を思い起こす懐かしげな光が輝いていた。


しかし、フィルニアは、エリアドナの話を慌てて止めた。

「ばあば。また今度にして、私たち、今旅から帰ったばかりで疲れてるの!」


フィルニアは、心の中で思っていた。

エリアドナが話す物語は、真実なのか、それともただの作り話なのか。

それがわからないのだ。

エリアドナは、よく冗談を言う。それが、さらに混乱を招く。

そして、エリアドナの話は長くて止まらない。

それが原因なのか。

いつしか、エリアドナは、他のエルフから距離を置かれることになっていたのだ。

それでも、フィルニアはエリアドナの話が好きだった。

それを心から楽しんでいたのだ。


そして、やがて、夜はふけ、それぞれは、エルフの里での最初の眠りについたのだった。

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