第60話 森を進む

ミナは腰に下げた剣の柄を強く握りしめ、目を閉じて深呼吸をした。


カイが口を開いた。

「よし、入るぞ。フィルが先頭で案内してくれ。

 その後にミナ、僕が続く。」


「わかったわ。ついてきて。」

フィルニアは力強く返事をした。


カイはフィルニアにさらに指示を出した。

「フィル、魔物が出たら、すぐに下がるんだぞ。ミナが前に出るからな。」


フィルニアは再度頷き、

「了解」

と答えた。


三人は、森の中を進み始めた。

その足取りは、一見すると平穏ながら、心の中では緊張感がうごめいていた。

森を進むこと約一時間、未だ魔物の姿は現れなかった。


その静寂の中、ミナはつぶやいた。

「何も出てこないね。」


カイも同じ思いを抱いていた。

「そうだな。」

と静かに答えた。


しかし、フィルニアは違った。

「でも、やっぱり、おかしいよ。

 小動物の気配がしてもいいんだけど。その気配がない・・・。」


カイは何も言わずに考え込んだ。

「そうなんだ。引き続き気を抜かないように。」


その言葉に、ミナとフィルニアはほぼ同時に、

「了解」

と言った。



深い森の中を進む三人、ついに一匹のグレイウルフに遭遇した。

その瞬間、ミナの眼球はすばやく反応し、ミナは斬鉄剣に手をかける。


剣の空気を切り裂く音が響き渡る。

そして鋭利な刃がグレイウルフを一刀両断にする。


グレイウルフは、淡い光を放ちその姿が消えていく。

後に残ったのは、小さい魔石一つだった。


「一匹だけみたいね。それほど素早くもないし、短剣で十分戦えると思うわ。」

ミナの口調は冷静だった。


カイは、グレイウルフの死体と化した魔石を眺めながら言った。

「お疲れさま、ミナ。そうだな。

 グレイウルフは、集団で襲ってくると聞いていたが・・・」


彼は周りを見渡し、思考を巡らせた。

(この辺りは視界も広い。休憩にはちょうどいいか。)


「ちょうどいい。ちょっと休憩しよう。ミナ、休んでくれ。」


ミナは、カイの言葉にうなずいた。

ミナの視線は少し遠くを見ており、戦いの後の余韻を感じていた。


「うん。ちょっと休ませてもらうわ。」

ミナは近くの岩に腰掛け、目を閉じた。


ミナの頭の中では、戦いの状況が再生されていた。

一匹だけのグレイウルフとの戦いだが、もし大群だったら?

ミナの頭の中では、大群のグレイウルフとの戦いが繰り広げられていた。


カイはフィルニアに言った。

「警戒は怠らないように。ミナにはしばらく話しかけないように。

 休むのに集中してもらう。」


カイの視線は、周囲の様子を警戒しながらも、一瞬ミナの方を向いていた。

カイは、ミナの頭の中がどうなっているのかを理解していた。


それに対してフィルニアは、混乱と好奇心に満ちた目でカイを見つめ、ミナの行動について聞いた。

「ミナは、何してるの?」


「今、ミナの頭の中では、大群のグレイウルフと戦っているんだ。」

カイは、少し笑いながら言った。


「えっ、どういうこと?」

フィルニアは問い返す。


「一言でいうと、イメージトレーニング、かな。

 ミナの得意技さ。」


「なるほどね。」


「だから、戦いのあとは、ミナに時間をあげるのがいいんだ。」

カイの声には、ミナへの信頼が感じられた。



カイは、疑問に思うことがあった。


深く考え込んだ表情で、カイはフィルニアに問いかけた。

「フィル、なんでグレイウルフの体は消えたんだ?

 体はそのまま残る。そして、そこから魔石を取り出す。

 そうレッドに教えてもらっていたんだけど・・・。」


カイの声には困惑と興味が混ざっており、未知の存在への好奇心と、それを解明しようとする意思が感じられた。


フィルニアは眉を寄せながら考え、ゆっくりと答えた。

「あぁ、そうね。

 普段森にいる魔物も、体は消えないよ。

 でも、このウルフは、なぜか、体が消えてしまうんだ。」

フィルニアの口調には自信と確信があった。

だが、その中には解明できない事柄に対するわずかな焦りが感じられた。


カイは再びフィルニアに尋ねた。

「黒狼(コクロウ)、紅月狼(コウゲツロウ)はどうなるの?」

カイの質問には、ある種のパターンを見つけ、それを探るような疑念が見えた。


フィルニアはカイの質問に答えた。

「黒狼も体は消えるよ。

 紅月狼は、どうなるかは、わからない。

 目撃情報があるだけだから。

 紅月狼を倒したって話は聞いたことないんだ。」


フィルニアの声は、紅月狼に関する恐怖があり、それが言葉から伝わってきた。


カイは静かに頷き、独り言のように呟いた。

「たぶん、紅月狼も同一系統の魔物だから、消えるんだろうな。

 何か秘密があるのかな?

 他の魔物とは違う何かが・・・。」


そこで、ミナが会話に入ってきた。


「そうね。今までの魔物とは違うわね。」

ミナの声はどこか堂々としていた。


カイはミナに向かって笑顔を見せた。

「おかえり、ミナ、妄想は終わった?」


ミナは彼に向かって笑みを返して言った。

「ええ、バッチリ!グレイウルフにはもう負けないわ。」


その瞬間、ミナの顔色が険しいものに変わった。


ミナの声が響く。

「グレイウルフに囲まれたわ。」


ミナの眉間には深い皺が刻まれ、眼差しは鋭く前方を見つめていた。


ミナが、一瞬にして真剣な戦闘態勢を取っていた。


その一言にカイとフィルニアは一瞬で緊張が走った。

カイの眼差しは、脳裏には戦略が頭を過ぎる。

フィルニアは、戦闘の緊張感により気持ちが高ぶっていった。


しかし、ミナは冷静さを取り戻し、落ち着いて言った。

「落ち着いて、大丈夫。」

ミナは、すぐに状況を把握し始めていた。


ミナは続けて言った。

「私の後についてきて、私が立ち止まったら、私の後ろで構えて!」

その一言は指揮者のように響き、カイとフィルニアはすぐに頷いた。


「了解。」

二人の声は同時に響き、ミナの指示に従う準備ができていた。


そして、ミナは一瞬のスキをつかんだ。

「いくよ〜。」


ミナはそのまま短剣を握りしめて、グレイウルフに突っ込んでいった。

その後を、カイとフィルニアが続いた。


ミナは、右へ左へと軽やかに飛び回りながら、グレイウルフを一匹ずつ仕留めていった。


一瞬、ミナの腕にグレイウルフの爪による軽い切り傷ができた。

それを見たフィルニアは、心配そうに顔を歪めたが、ミナの瞳には、これも全て計算済みだ、という余裕が宿っていた。

ミナの動きは、すべてギリギリで必要最低限の動きだったのだ。


突破口が開かれ、ミナは、カイとフィルニアを導くかのように、突き進んだ。

そして、ある程度の距離を確保したところで、ミナは立ち止まり振り返った。

カイとフィルニアは、ミナの後ろへ向けて駆け続け、陣形を立て直した。


フィルニアは、一瞬の隙間を見つけてミナの傷に癒しの魔法を注いだ。


そして、ミナはニヤリと笑った。

それは、本当の戦いがこれから始まる事を意味していた。

ミナの瞳は、自信に満ちていた。これからが戦いの本番だ。

ミナの目の前に広がるのは、闘志に満ちた瞳を持つグレイウルフの群れだ。

戦場の空気が張り詰め、カイが闘志を燃やしナイフを構える。

フィルニアは弓を静かに引き絞る。


それぞれの戦闘準備が整ったことを認識すると、ミナは自身の短剣を握り、グレイウルフの群れへと突進した。

三十匹ともなるグレイウルフたちは、勢いよくミナに襲いかかる。

しかしミナの剣は一瞬にして輝く。

「横斬り」で切り裂く。

「突き」で急所を貫く。

下段の構えから「切り上げ」でグレイウルフを投げ飛ばす。

そこを、狙ったかのように、カイの投げナイフがグレイウルフを貫く。


一匹、また一匹と狼たちを倒していった。

カイとフィルニアもそれぞれの武器を手に、ミナの援護に回っている。


狼の群れが半分になる頃、ミナは短剣を一匹のグレイウルフへと投げつける。

一撃でその命を奪った。


その次にミナの手は、腰に下げられた斬鉄剣に伸びた。

ミナの眼は新たな敵、黒狼(コクロウ)を見つけたからだ。


ミナは斬鉄剣を抜刀すると同時に振り上げ、すばやく斬りかかる。

だが黒狼は、一瞬でそれをかわした。

ミナはその挙動を予測していたかのように、次の動きへと移る。

剣を黒狼に向けて一気に振り下ろした。

黒狼は再び避けようとしたが、ミナの攻撃の方が早かった。

黒狼は二つに切り裂かれた。


ミナが黒狼と戦っているころ、カイとフィルニアの攻撃により、グレイウルフの数はますます減っていった。


黒狼が倒されたことに気づいたグレイウルフたちは、恐怖に震えながら逃げ去っていった。

ミナの戦いは終わり、静寂が戦場に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る