第55話 ロカルト商会

ミナは、フィルニアに小声で質問した。

「どのくらいあれば十分かな?」


フィルニアは、ミナの問いに返答した。

「わからないよ。」

フィルニアの声は小さく、弱々しかった。


深呼吸を一つ。

ミナの心の中で固まっていた。

戦争。未経験の領域。


だが、わからないものは仕方がない。

戦争なんて、これまでのミナの人生ではまったく経験がなかったのだ。


ミナは、ふと思った。

期限を決めてしまえばいいか、それで用意できるだけでやる。

ゆっくり納品を待っている時間もないのだ。


ミナはエドリックに力強く答えた。

「明後日、出発よ。明日中に用意きるだけで構わないわ。」





エドリックは、その言葉にほんの一瞬だけ目を見開いた。


エドリックは、改めて考えていた。

エドリックは、商機の直感に従い、急いで少女に声をかけた。

目の前にいる少女は、王国でも有名な、元騎士団長であるレッドの娘とのことらしい。


その少女が、戦争に向けての物資を調達しようとしている。

そして、その窮地を乗り越えようと奮闘する少女の前に、自分がいる。

エドリックの商人としての直感が告げていた。

ここでうまく繋がりを作れば、今後の商会の発展に繋がることは間違いない。


だがその前に、一つの試練が待っていた。

この少女の信頼を得ること。

エドリックは真摯な眼差しで告げた。

「かしこまりました。」


その声は堅実さと誠意が混ざり合った深みのある音色だった。

そして再びエドリックは丁寧に尋ねる。

「他にご入用な物はございますか?」





ミナの内心は緊張で揺れていた。

(必要なものなんてわからない。

 戦争って何が必要なの?

 武器と食料は必要だろう。でもそれ以外にもあるはずだ。

 だけど、まったく思い浮かばない。

 逆に教えて欲しいくらいだ。

 そうだ!

 教えてもらっちゃえばいいんじゃないか!)

だが表面にはそれを出さない。堂々とした態度で、返答した。

「私達は、戦争に行くの。

 今の所お願いしてあるのは、武器屋のグロスさんの所だけよ。

 そちらから提案していただけないかしら?」





エドリックは内心で驚いていた。

少女らしからぬ堂々とした態度、さすがは元騎士団長のお嬢さま。

それに隠された繊細な心。

そしてエドリックは思った、これは商人として試されているのだと。


エドリックは少女を見つめ、鋭い眼差しで細心の注意を払って尋ねた。

「戦況はどのような状況でしょうか?」


言葉自体は丁寧だったが、その背後に潜むリスクを彼自身も認識していた。

軍事機密に触れる可能性がある問い。

しかし商人として、情報は命と同じくらいに大切なものだ。






ミナはエドリックの問いに対し、考え込むふりをした。

その内心は激しく混乱していた。

自分が何を話していいのか、そして何を話すべきなのかがまったくわからない。


一瞬、ミナの視線がフィルニアに向けられるが、明らかに困惑した顔をしているだけだった。

(だめだ、フィルは、この場では、頼りにならない。)






エドリックは、少女のその様子を見て、内心焦っていた。

もしかしたら、やはり聞いてはいけないことだったのかと。

少女が答えることをためらうその表情を見て、その可能性が高まった。





その時、ミナはゆっくりと顔を上げた。

その瞳はぎこちなさや不安を隠すことができないほど純粋だった。

そして、たどたどしくもエドリックに答えた。

「ウルフ系の魔物が、たくさんいる。それを、少ない、人数で、戦う。」





エドリックにとっては、少女が何か重要な情報を隠しながらも、言葉を選びながら、必要最低限の事実を伝えようとしていると理解した。

それは少女の声の震え、そして、その言葉の一つ一つにこめられた重みから感じ取れたのだ。


エドリックは、少女の言葉から出された糸口を手で繰り寄せるように、必要な物品を頭に描き出した。






一方、ミナは緊張しながらも、精一杯、力を込めて堂々と振舞っていた。

ミナの瞳は、エドリックと視線が交わる。

ミナは、視線を外さない。

(ここで視線を外したら負けだ。絶対に外さない!)

ミナの瞳は、その強さを増していった。







エドリックは、少女の凛々しいまなざしを受ける。

その度に、自分が試されていると感じた。

それは、言葉を超えた形で

「あなたは、私たちの期待に応えられるの?」

と問いかけてくるようだった。


その無言の挑戦に対して、エドリックは冷静になって答える。

「魔力回復ポーションや、範囲攻撃系のスクロール、

 清潔に保つための石鹸、包帯に使う清潔な布はいかがでしょう。」


エドリックの提案は、自身の経験と知識を頼りにしたものだった。







ミナはエドリックの言葉を耳にし、心の中でその提案の内容を考えていた。

確かに、それらは全て戦況を想像すれば必要なものに違いなかった。

ミナは、頷いた。

ミナはそれに気づき、感心していた。しかし、その後の言葉は出てこなかった。

ミナは、ただ、ただ、感心して、答えることを忘れていたのだ。






エドリックは、ミナの頷きを見て、彼女が自分の提案を受け入れてくれたと感じた。

しかし、それだけでは十分ではない。

少女からの返答はなかった。

エドリックにとってこの商談は見逃せないものだ。


エドリックは続けて言葉を追加した。

「戦時価格ではなく、通常価格でご用意させていただきます。」

その言葉は、利益を追求する商人としての道徳心を示すものであり、ミナに対する信頼を築くための一石だった。






ミナは、すでに力尽きようとしていた。

この場から早く離れたいという強烈な欲求がミナを押し、ついに口を開いた。

「それでお願いしますわ。

 明日中に揃えられるだけでかまいませんわ。」





エドリックは、少女の言葉に心躍らせる。

ついに、提案が受け入れられた。


頭の中で金額を計算し、それが自分の力でどの程度用意できるかを推測する。

最低限揃えられた場合、金貨5枚分だろう。

最大限揃えられた場合でも、大金貨2枚分だろうか。

だがそれには大変な努力が必要だろう、そこまでは到底届かない。


エドリックは、金額をミナに伝えた。

「金貨5枚分から、大金貨1枚と金貨5枚ほどになるとお見積もりさせていただきます。

 納品時に清算させていただければと存じます。」




ミナは、その答えに驚いた。

金額ではない。事後清算するということは、また話し合いが必要ということかと。

ミナは、エドリックとの商談に疲れ切っていた。

こんな思いはもうりだ。

早く終わらせてしまいたい。



ミナは、即座に大金貨2枚を払った。

「これでなんとかして、お釣りはいらないわ。

 用意できたものは、レッドの屋敷の庭に運んでおいてちょうだい。」





エドリックは、少女の行動に驚く。

エドリックに、最大限揃えられた場合の見積もりと同じ金額が、すぐに支払われたのだ。

その行動から、自分の考えが見透かされていたのかと疑念が頭をよぎる。

そして、その大金貨2枚は、無言の圧力としてエドリックに降りかかった。


これが、今後我が商会と取引するに当たり必要な試練であると感じた。

この少女が求めることの、すべてを揃えることの重要性を改めて感じたのだった。

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