第53話 エルフの里の状況

お店の中は賑やかさを増していた。

だがミナとフィルニアの間には緊張感が漂っていた。


「最初はただ、森に住むその辺の魔物たちが、

 里の中に侵入してくる程度だったんだけど・・・。」

フィルニアの声は揺れていた。


フィルニアは心の中にある不安を必死で抑え込みながら話していることが伝わってくる。


ミナは黙ってフィルニアの話を聞いていた。


「それから徐々に、ウルフ系の魔物たちが我々を襲ってくるようになってきた。

 ウルフ系の魔物はそれほど強くはないけど、その数が多くて・・・。

 今思えば、たぶん、最初のころは、近辺の魔物がそのウルフたちから逃げて、

 エルフの里に入ってきていたんだわ。」

フィルニアの声はここで途切れた。


ミナはしっかりとフィルニアの表情を見つめていた。

そこには恐怖と絶望、そして深い悲しみが浮かんでいた。

そしてそれを見て、ミナはゆっくりと口を開いた。

「フィルニア、その魔物たちの詳しい特徴を教えてくれないかな。

 今、調べるから・・・。」


そしてミナは先ほど書店で買った一冊の本を取り出した。

その中には世界中の魔物たちの詳細なデータが詰まっていた。


フィルニアはミナの頼まれた通り、ウルフ系の魔物たちの特徴を詳細に説明した。

ミナはそれを聞きながら、一生懸命に本をめくっていた。


「フィルニア、ウルフ系っていうとこの辺りのことかな?」

そう言って、ミナはフィルニアに本を差し出した。


フィルニアは、本を受け取り、目を細めてページをめくった。

フィルニアの手が止まったところには、いくつかのウルフ系魔物の詳細が記されていた。


フィルニアは、順番に指を走らせながらミナに説明した。


「これよ。一番多いのは、グレイウルフ。

 でも、黒狼コクロウもよく見かけるわ。

 そして、ここに書かれている紅月狼コウゲツロウも、目撃情報があるの。」

フィルニアの声には、少し震えが混じっていた。


ミナは、フィルニアの言葉を黙って聞いていた。


ミナの頭の中では、情報が整理されていく。


紅月狼コウゲツロウが一番強いとして、魔物ランクCか。

 私も冒険者ランクCだから、同じ程度の強さだろうか。

 それなら、なんとかなるかもしれない。」

ミナの声には、自信が含まれていた。


だが、フィルニアは静かにミナの手を取った。

「ミナ、心配なのは・・・。」


フィルニアの声が低くなった。

「魔物の数よ。」


その言葉を聞いたミナは、しばらく黙って考え込んだ。



「その状況で、今は、どうやって持ちこたえているの?」

ミナの問いかけは、フィルニアの心に直接突き刺さるようだった。


フィルニアは深い息を吸って、言った。


「村で戦える者が昼夜交代で対処しているわ。

 今のところは、何とか撃退できてるわね。

 だけど、これが長く続くと厳しくなりそう。

 食料の備蓄も限りがあるし、疲労も溜まるわ。」

フィルニアの声は途切れ途切れだった。


フィルニアがその言葉を口にするたびに、現状の辛さが心に響いていることが伝わってきた。


ミナはフィルニアの表情を見つめ、再び問いかけた。


「他のエルフの村から助けはないの?」


「助けてもらってるわ。」

フィルニアは、一瞬、目を閉じた。


「私の村が、最前線みたいなの。

 だけど、徐々に他のエルフの里も襲われるようになってきているの。

 だから、私達の村が突破されるのは絶対に食い止めなけれいけない。」


ミナは、フィルニアの言葉に決意を感じ、その強さに心を動かされた。


「食料の供給に、疲労回復。」

ミナの言葉は小さく、自分自身に向けて述べたようだった。


フィルニアはミナが深く考え込んでいることに気付いた。

その沈黙は心を締めつけるようで、彼女自身も思わず言葉を飲み込んだ。


「武器は大丈夫?」

ミナの問いに、フィルニアは短く頷いた。


「剣を使う者と弓を使う者が多いわ。

 矢は、沢山確保しているけど減る一方ね。

 剣も損傷が激しくなってきたものも多いわね。

 魔法使いもいるけど、魔力を温存しているわ。」

フィルニアの言葉の端々からは、村の窮状きゅうじょうにじみ出ていた。


そして、自問自答するように、

「他に必要なものはないかな。」

とつぶやく。



ミナが真剣にエルフ族の事態に向き合っていること、それはフィルニアにとって最も心強い存在だった。


ミナは思考をめぐらせた。

その顔には、新たな疑問が浮かび上がっていた。

(そんな状況なら、王国が動いてもいいんじゃないか?)と。

自分の考えを声に出し、そして、フィルニアに尋ねた。


「王国に頼んでもいい状況じゃない?」


一瞬、静寂が空間を支配した。


ミナの問いかけに、フィルニアは少し心を痛めた表情を見せた。


「王国は長い間、エルフ族に対して、我々が統治下に入るように迫ってきていたんだよ。

 その条件として安全を約束すると言ってね。

 だけど、エルフ族は、それを拒んできた。」

フィルニアの声は揺れ、その目には古い歴史とその重さが映っていた。


「エルフ族の間では、保守的な者は村に留まり、

 新しい世界に飛び込もうとする者は王都へと向かう。

 そして帰ってこない。

 それが我々の現状なの。」

言葉をつむぎながら、フィルニアはエルフ族と王国の間で引き裂かれた痛みを微かに表情に漏らしていた。


ミナはレッドの顔を思い浮かべた。

(レッドがいてくれたら、打開できそうだけど、今朝の表情を見ると忙しそうね。)


私と、カイと・・・。

ミナは、腰に下げている斬鉄剣を握りしめた。



「よし、物資の調達に行こう!」

ミナは立ち上がりながら、言った。

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