第24話 楽しんでね

 お題は、シンデレラ!

 会場がざわめいた。

  

 わたしたちも顔をよせてしゃべる。

「桃太郎パターンだ!」

「そう来たかー」

「なかなか面白いお題だよね」

  

 さて、一話目をサトちゃんにしたのは、誰かの次よりも、書きやすいと思ったからだ。サトちゃんには、難しく考えず、のびのびと書いてもらいたかった。


 書くことは、自由だ。

 怖いことじゃない。


 電子黒板では、サトちゃんが病室のベッドで書きはじめた様子が映っている。


 サトちゃんは看護師さんに撮影してもらい、タブレット端末から中継している。時おり、考え込んだり、消しゴムで消したりしながら、もくもくと書いていた。

  

 大会議室では、テキストが配られた。森先生が話す。

「お友達の様子が気になりますよね。でも、待つしかありません。わたしたちはここで小説の勉強をして、気持ちを落ち着けましょう」

  

 テキストをもとに講義を受けているうちに、二十分が経過した。あっという間だ。「えっ、これで終わりなの?」という感じだ。


 電子黒板をみると、サトちゃんが両手をふっている。無事に書き終わったようだ。

  

 サトちゃんの顔色が上気していた。集中して書いたのだろう。わたしはサトちゃんの姿に、涙が出そうになった。


「サトちゃん! すごいよー」

「サト! よく頑張ったな!」

「ありがとう、みんな。なんとか書いたよー」


 ひぐらし小のメンバーは画面に張り付くようにして、ぶんぶんと手を振った。


 病室で書いたサトちゃんの頑張りに、志賀センパイら文林小のメンバーも立ち上がって拍手をおくった。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

  

 アラタの家や病院でリレー小説をやったときは、一話ごとに回し読みした。

 今回は違う。内容がみんなに公表されるのは、四人全員が書き終わってからだ。

  

 別室で書きおえた人は、大会議室に戻る。ただし書いた内容について話すことは厳禁だ。


 書いた内容は、次の人にしか明かされない。次の人は、読み込む時間として、書く時間とは別に五分が与えられていた。

  

 電子黒板からサトちゃんが消えた。サトちゃんにはしばらく休んでもらうことになっている。


 一方、文林小は一人目の泉さんが戻ってきていた。志賀センパイやユイとタッチして、無言で席につく。


 二人目の石川くんとアラタは、すでに別室に移っていた。


 大会議室では、森先生がおそらく有り難い講義を続けている。でも、わたしは気もそぞろで、正直いって講義がまったく頭に入ってこない。

  

 わたしは隣りに座っているソーサクくんにささやいた。

「リレー小説の試合って、こんな感じなんだね。知らなかったよ」

「大会によってやり方は違うけどね。ぼくらは書くだけだから。いつも通りにやればいいだけだよ」

「うん、そうだね」


 わたしは緊張で胸がいっぱいだったけど、ソーサクくんと話すと少しホッとした。

  

 アラタの時間が終わった。


 電子黒板の画面では、アラタが立ち上がり、サッカー選手のクリスチアーノ・ロナウドのようなポーズを決めている。観客がそれを見て笑っていた。まったくもう。


 三人目のソーサクくんが立ち上がる。

 わたしは声をかけた。

「ソーサクくん、わたしのことは気にせず、好きなように書いていいからね」

「ユメ、ありがとう。楽しんでくるよ」

 ソーサクくんは、珍しく笑顔を浮かべると言い切った。

  

 大会議室でも五分間の小休止がとられる。いよいよ後半戦だ。

  

 わたしの隣りでは、戻ってきたアラタがホッとした表情をしている。失敗した表情をされるよりはずっといいが、ホッとされても落ち着かない。わたしはこれからなのだ。

  

 内容に触れないように注意しながら、わたしはアラタに声をかけた。

「サトちゃんからのパス。受けとめたみたいで、良かったね」

「パスじゃないよ。バトンだろ。リレーなんだから」


 なるほど、それもそうだ。わたしはアラタのことばに納得した。


 次はわたしだ。

 わたしがソーサクくんからバトンを受け取るのだ。

  

 電子黒板で見る限り、ソーサクくんの表情はいつもと変わらない。サラサラと書き進めている。

 志賀センパイも、いつも通りのユルい雰囲気で、書きぶりに余裕が感じられた。

  

 二十分後、ソーサクくんが戻ってくる。ひぐらし小の席に戻る前に、志賀センパイとタッチした。すかさず手を出したユイと、それから文林小の他のメンバーとも。

 そうだ。ついこの前まで、ソーサクくんは文林小の文芸部員だったのだ。

  

 ソーサクくんは座席に戻ってくると、わたしに言った。

「ユメ、きみも楽しんでね」

「ありがとう!」

  

 わたしは関係者席で見ているカナ先生に手を振り、報道席でカメラをかまえるエマにVサインをした。


 それから、学校ごとに用意された別室に入る前に、とびらの前で待っていたユイと、コツンとこぶしをあわせた。

「ユメ、がんばろうね」

「ユイこそ、よろしくね」

  

 別室の机の上には、事務局がプリントアウトした原稿が置いてある。サトちゃんの原稿も、ちゃんとオンラインで複写されている。


 さて、みんなはどんな話を書いたのか。心配よりも、楽しみの方が強い。


 一話目、二話目、三話目。

  

 すべてを読み終えた後、わたしは笑いをこらえるのに必死だった。


「ふふふ。みんな、やってくれたなぁ」


 とりわけ驚いたのは、ソーサクくんの三話目だ。


「好きなように書いて」といったら、本当に好きなように書かれた。


 そういえば、ソーサクくんは前に、「ぼくも本当は、物語を飛躍をさせるのが好きなんだ」と言っていた。

  

 ソーサクくんが三話目を書きながら、わたしが驚く顔を想像していたかと思うと、くやしいような、うれしいような気持ちだった。

  

 書き始めの合図があった。

 そこからの二十分間。わたしは夢中で原稿用紙と格闘した。途中、電子黒板を通じてみんなに手を振るつもりだったのに、そんな余裕はなかった。

  

「はい。終了です」

  

 合図の声に、わたしは鉛筆を置いた。

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