第五章 つながる気持ち

第22話 晴れ舞台

 翌日、わたしは職員室に駆け込んだ。


「カナちゃん、お願い!」

「わ、びっくりした。ちゃんと『先生』って呼びなさい」

「カナ先生って、なんだかお姉ちゃんみたいなんだもん」

「わたしもユメちゃんのこと、妹のように思えてきたわ」

「ほんと? うれしい!」

「毎度トラブルを持ち込む、やっかいな妹って感じよ」

「てへへ」


 わたしは、森晶先生のワークショップに出ることになった経緯を、かいつまんで説明した。


 リレー小説部は公式の部活ではないが、校外のイベントに校名を出して参加することになる。そこで、念のためカナ先生に顧問(仮)になってもらった。ワークショップの事務局にも、カナ先生から連絡を入れてもらう。


 それにしても、カナ先生の表情が曇っている。

「まさか、ユメちゃんたちがワークショップに参加するとはね。ちょっと困ったことになったわ」

 その表情と言葉の意味は、すぐにわかった。


 アラタとエマにワークショップのことを話すと、まずアラタが意外なほど喜んだ。

「いいじゃん! 文林小とリレー小説で対戦なんて、面白そうじゃん!」


 サッカーの試合のようにとらえているのだろう。自分が足を引っ張るとは思わないところが、さすが前向きなアラタだ。わたしは、頼もしいような、心配なような、フクザツな気持ちだった。


 問題はエマだった。

「あちゃー。わたし、そのイベント、取材することになったんだよね。地元の有名作家が登壇するからって。きょうになって学校から頼まれたんだ」

 カナ先生が表情を曇らせた理由は、これだった。


 アラタが言う。

「そんなもの断ったらいいだろ」

「ダメなんだ。こちらから事務局に申し込んで、わざわざ調整してもらったんだよ」


 わたしも提案してみた。

「エマ。取材しながら、自分も参加するって無理なの?」

「それは、わたしの新聞記者としてのポリシーに反するなぁ。自分のことを自分で記事にすることになっちゃう」


「新聞委員の他のメンバーに頼めばいいだろ。いつも言ってるじゃん。『わたしは総勢二十人のトップだ』って」

「しっ。アラタ、それは言っちゃだめ。他のメンバーはみんな幽霊部員で、実質エマひとりなんだから」

「ユメっち、聞こえているから。うわーん」


 エマが出られないとなると、人数が足りなくなってしまう。リレー小説をやるためには、四人必要だ。


 そのとき、さっきからだまって聞いていたソーサクくんが言った。

「大丈夫だよ」


「どうするんだ、ソーサク。おまえがひとりで二回書くのか?」

 いや、アラタよ。それはダメだろう。リレーで二回走るようなものだから。


 ソーサクくんはわたしを見た。

「ユメ。リレー小説部のメンバーは、もう一人いるでしょ」

「あっ」


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 そして、イベント当日になった。


 森晶先生を招いたイベントは第一部と第二部に分かれている。第一部が公開講座のワークショップ、第二部が講演会。会場は区立文化会館だ。


 その日の午後、わたしとアラタとソーサクくんの三人は、カナ先生に引率されて会場に入った。


 ワークショップは大会議室で開かれ、文林学院小学部文芸部と、区立ひぐらし小学校リレー小説部が参加する。


 森先生の指導を受けながら、両校がリレー小説を実演するのだ。観客として訪れた人たちは、森先生とわたしたちのやり取りを、授業参観のように見学できるしくみになっていた。


 会場には地元の新聞社やテレビ局の記者らが取材に来ている。それら報道陣に少女がまじっているなと思ったら、エマだった。


 エマは珍しくちゃんとしたブラウス姿で、髪どめまでしている。左腕には黄色い腕章をつけていた。


 アラタが呼びかける。

「おおい、エマ。晴れ舞台だな。報道陣に加わるなんて、カッコイイぞ」


 だが、エマは見るからにテンションが下がっていて、反応が薄い。

「あぁ、わたしもそっちがよかったなー。なんで今日に限って、取材する側なんだよう」


 わたしも声をかけた。

「エマ、期待してるよ。わたしたちの活躍をしっかり取材して、学校のみんなに伝えてね」


 エマはようやく笑顔を見せた。

「まかせろー。そっちこそ、ちゃんと見せ場をつくって、盛り上げてよ」


 文林小もやってきた。

 大勢いる文芸部員のうち、リレー小説に参加する四人以外は観客にまわっている。

 四人のうち、二人は知った顔だ。もちろん、志賀センパイとユイ。残る二人は男子と女子が一人ずつだった。


 ユイが腰に手をあてた姿勢で、こちらを見る。

「ユメ、楽しみにしていたわ」

「ユイ、わたしも。ドキドキするよ」

「ところで。あなたたち、人数が少ないんじゃないの。三人だけ?」

「大丈夫。ちゃんともう一人いるから」


 そのころになると、観客も入ってきた。思ったより大勢の人が来ている。


 わたしのママは役所の広報担当なので、きょうはイベントのサポートをするそうだ。パパが見にくるといっていたから、会場のどこかにいるかもしれない。


 お腹のあたりが、キュッとしてきた。

 緊張のせいだ。

 ふぅ。

 深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 まもなく森先生が登場した。

 グレー色のサマージャケットがスラリとした体型によく似合っている。


 会場から拍手がわき起こる。

 いよいよだ。


 森先生があいさつする。

「皆さん、こんにちは。きょうは子どもたちとともに、小説の魅力を再確認したいと思います」


 森先生はそれから、リレー小説について説明した。先日のように「書く訓練としてとても有意義である」という内容だった。


「きょうはせっかくなので、両校で競っていただきます。日本リレー小説協会のルールにのっとって対戦し、採点も行います。順番は通常くじ引きで決めますが、今回は自由に決めてもらいましょう」


 対戦のやり方は確認ずみだ。

 順番は、もう決めていた。




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