第21話 動画投稿
真夜中の街。夜空に浮かぶ月と星だけが俺たちを見ている。
その怪異は大きな体格を持ち、鋭い牙と爪を武器とした豹のような姿をしていた。
道路を駆けるとその後を追尾し、標識を断ち切り、アスファルトに傷跡を残し、ガードレールをねじ曲げながら駆けてくる。
十字路に辿り着くとついに追い付かれ、獲物を仕留めんとした怪異が牙を剥く。
怪異は食らい付いたと思ったに違いない。
牙を突き立てたと確信しただろう。
その顔面を蹴り跳ばされるまでは。
稲妻を纏った一撃によって、その巨体は吹き飛ばされる。
四メートルから五メートルほど地面を転がった怪異は即座に体勢を立て直す。
そうして改めて俺を視界に収めた時、勝敗は決していた。
紫電の弾丸が眉間を撃ち抜き、怪異はその存在を霧散させる。
「ま、こんなもんでしょ。八百人、撮れた-?」
「あぁ、ばっちりだ。見て見るかい?」
音無白冠魔術師から支給された上等な撮影機材で撮れた映像を確認する。
記録された映像に映っているのは俺だけで怪異の姿はない。
それはあたかも俺が一人芝居をしているようだった。
「へぇ、こりゃ凄い。マジで映らなくなるんだな」
「記録媒体に魔術的なフィルターを張る結界術の一種だそうだよ。それをシールにして機材に張るだけ。張ったら目立たなくなるし、バレることはまずない」
「便利なもん開発したもんだ。もっと速く出来てりゃ俺もやらかさなかったのに」
「新技術なだけあって一枚作るのにも大きなコストがかかる。本当なら動画投稿サイトのために支給してくれるような代物じゃないんだ。しようがないよ」
「わかってるよ、それだけ期待されてんだろ? 俺」
「そういうことだ」
綴木の一件があって明確に俺たちの立ち位置が決まった。
いずれ来る秘匿の開示に備えて、俺は俺の役目を果たさなければならない。
芸能界で成り上がる。
言うは易く行うは難し、だ。
まぁ、なんとかしよう。
俺なら出来るはずだ。
「じゃあ、これを編集して投稿しておこう」
「そんなことまでするんだな、八百人」
「マネージャーだからね」
「スケジュール管理からなにやらまで、ありがたやありがたや」
「そう思うなら何か奢ってくれ。それでチャラにしよう」
「じゃ、どこか適当な店探しとくわ」
「あぁ。そうだ、イヅナ。例の仕事のことだけど」
「あれだろ?
「そう。その超鬼ごっこだけど、この前瑞紀から連絡があったんだ。綴木さんも参加するそうだよ」
「マジ? 綴木もか」
「も?」
「園咲も参加するんだってよ。この前、会った時に行ってた」
「デートしたのかい?」
「まぁな」
「とやかくは言わないが。週刊誌には気を付けるんだよ」
「俺がそんな間抜けに見えるか? 尾行なんてされたら秒でわかる。もし撮られてもデータごと消去してやるよ」
バチバチと指先で稲妻が光を放つ。
これを携帯端末やカメラにぶち込めば一発でデータ消去だ。
復元すらできなくなる。
「あ、これ織子ちゃんには内緒な」
「もちろんだ。言えばどうなるかは兄の僕が一番よくわかってる」
きっと聞いたその日に俺のところにくる。
そして根掘り葉掘り進捗情報を聞いてくることだろう。
間違いない。
「さて、動画も用意できたし撤収しよう」
鳥の式神が大量に現れ、それぞれが機材を持って飛翔する。
ここだけ切り取ってみると絵本だな。
「そうだ。園咲に綴木のこと知らせとかないと。本番でなにかあったら困る」
「なにも起きないことがベストだけど。場所が場所だからね。閉園が決まった遊園地。瘴気が濃そうだ」
「事前に魔術師を派遣して駆除しても雑草みたいに生えてくるからな、あいつら。イタチごっこで切りがねぇや」
「なんとかして切り抜けよう。秘匿開示のために。シールもある」
「だな。そうする」
そうして今夜は撤収。
後日、見えない何かと戦ってみた、と称して動画を投稿。
それから一週間が過ぎ、超鬼ごっこの収録日が来た。
§
人気の少ない電車の中、向かい側に座る八百人が携帯端末の画面を見せてきた。
「1000万再生だってさ、イヅナ」
「あぁ、一週間でものすげぇ伸び方したな」
「それだけ今のイヅナには影響力があるってことだ」
「嬉しいねぇ。それだけ目的に近づけるってもんだ」
動画投稿サイトでの活動は、話題作りを兼ねたパフォーマーアピールのためだった。
パフォーマーと名乗って置きながらテレビに出演するだけでそれらしい活動をなにもしていない状況だった。
これでは怪しまれるのも時間の問題なので、それらしいことをしようとなった次第なんだけれど。
まさかこの短期間で1000万再生もされるとは正直思わなかった。
「ちゃんと許可取って撮影したのかって滅茶苦茶言われてるけどね」
「その辺は抜かりねーけどな」
魔術界の影響力を持ってすれば許可なんて取れないところのほうが少ない。
けど、今度からは撮影場所もちゃんと意識しないとだな。
わざわざ怪異を撮影場所まで引っ張ってくるのも面倒だけどしようがないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます