第20話 白染村


 都会から遠く離れた山奥に、一年中雪が降る村がある。


 白染村しろぞめと名付けられたその村こそが、雪女が住まう秘匿された領域だった。


 怪異が身に纏う瘴気によって空間がねじ曲げられており、この村は衛星写真にすら写らない。


 白染村に入れるのは入り方を知っている者か、住人から招き入れられた者のみ。


 俺たちは入り方を知っている側だ。


「大丈夫か? 綴木」


 険しい山道を振り返って、息も絶え絶えな綴木に声をかけた。


 山に入ってから数時間、休憩を挟んではいるが体力的にキツそうだ。


 怪異と人の混血とはいえ、体力は一般人並みしかない。


 山道は相当疲れるはずだ。


「はぁ……はぁ……大丈夫です。山道に慣れていないもので」


「八百人。あんたの式神で運んであげたら?」


「そうして上げたいのは山々だけど、もう白染村が近い。ただでさえ魔術師は印象がよくないんだ」


「お仲間をぶち殺しまくってるわけだしな」


「言い方は物騒だけどね。そういう訳で敵対行為と取られかねない式神は出せないんだ。悪いね」


「じゃあ私が負ぶってあげようか?」


「だ、大丈夫ですから。このくらい、母に会えると思えば平気です」


 自分の足で少しずつだが確実に母の元へと近づいていく。


「見られてるな」


「そうね。そこら中から視線で刺されてる」


「歓迎されているのは綴木さんだけだね」


「まぁ、立ち去れって言われないだけ温情ってことだろうな」


 それだけ雪女たちにとって綴木の存在がデカいっていうことでもある


 雪女の恋愛は基本、悲恋に終わると言っていい。


 己の正体を明かした時、大抵の男は彼女たちの元からいなくなる。


 それが悲しくて、憎らしくて、雪女は愛しい人を凍て付かせて殺してしまう。


 だから綴木は雪女たちにとって希望の象徴なんだ。


 自分たちにもこんな幸せな結末があったかも知れない。


 だから側に憎き魔術師がいても、白染村は綴木の訪問を受け入れた。


 俺たちだけなら近づくことすら許されなかったはずだ。


「見えた。あれが白染村だ」


 険しい山道の先に雪の積もった木造の門が現れる。


 それは鈍い音を立てて独りでに開き、その先で一人の雪女が姿を見せた。


 死に装束のような真っ白な着物を着た綴木に似た美女。


「お母さん!」


「栞!」


 息切れも、疲れも、忘れたように綴木は駆けた。


 幼い子供のように躓きそうになるのを必死で堪え、母親の胸に飛びついて抱き締める。


 親子の感動的な再会だ。


「俺たちが立ち入れるのはここまでだな」


「あと一歩でも踏み込めば氷漬けだろうね」


「事を起こすわけにもいかないし、私たちは見てるだけね。でも、幸せそう」


 目尻から零れる涙、心からの笑み、弾む声音。


 母親との再会が綴木にとってどれだけ大きなことかは見ていればわかる。


 親子ならば当然に享受できる幸せを、いま綴木は取り戻し噛み締めていた。


「……決めた」


「なによ、藪から棒に」


「なにを決めたんだい?」


「どっちか決めてなかったけど、いま決めた。俺は開示派につく」


「開示派って秘匿の? なんで急に」


「常磐は事実上崩壊した。でも、残党をすべて捕らえたわけじゃない。たとえ、全員を牢屋に入れたとしても、似たような思想を持った奴が今後出てくる可能性は高い」


「たしかに、そうだね」


「なら、そいつらの目的を達成不可能にしちまえばいい」


「連中の目的は現体制に成り代わり、自らの異端思想を魔術師の主流とすること。でも、それは秘匿の上に成り立っている。だから秘匿を開示して卓袱台ごとひっくり返そうってわけ?」


「そういうこと。秘匿が開示されれば現体制の変化と複雑化は不可避だ。今みたいに首を挿げ替えれば目的完了って単純な話じゃなくなる。事実上、連中の目論見は達成不可。綴木を狙う理由もなくなるってわけ」


「あんた、まさかそのために?」


「あれを見たらそういう考えにもなるさ」


 この景色を誰にも壊させたくない。


 いまは素直にそう思える。


 それだけの価値があると思わされた。


「二人はどうなんだ?」


「イヅナがそう言うなら僕も開示派につく。綴木さんの安全にも繋がるしね」


「ずるい、そういう言い方。でもまぁ、しようがない。私も二人の側についてあげるわ」


「いいね。じゃあ、俺も芸能活動を頑張らないとだな。俺が芸能界で成功すれば、それだけ秘匿の開示に近づけるって話だし。それまで綴木の護衛を頼んだぞ、瑞紀」


「任せなさい。残党が来ようが新手が来ようが私が綴木さんを守ってみせるわ」


 それが何年後の話なのかはわからない。


 けど、必ず達成してみせる。


 そのためにも、もっと芸能界で名を売らなきゃならない。


 そう言えば近々、大規模な特番があるんだっけ。


 たしか閉園が決まった遊園地で追い掛けてくる大量の鬼から逃走する番組だったかな。


 要するに規模を大きくした鬼ごっこ。


 タイトルもそのままスーパー鬼ごっこだっけ。


 体力勝負は望むところだ、制限時間まで逃げ切って見せる。


 賞金も出るらしいから、それも俺がいただきだ。




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