第18話 決着
雷が吼え、稲妻が全身を駆け巡る。
患部から駆け抜けた雷光が血飛沫のすべてを、最後の一粒にいたるまで繋げて結び、断ち切られた右腕と引き合わせる。
紡いだ雷が患部を縫合し、指先にまで神経が行き届く。
そうして全身の細胞すべてが雷へと置き換わった。
「マジかよ。その若さで、そこまで――」
「悪いけど、時間がない。綴木に追い付かなきゃだし、俺の雷吼はまだ未熟なんだ」
雷鳴を伴い、稲妻と同じ速度で叢雲の背後に回り込む。
「まぁ、それでも余裕だけどな」
反応も反射も許さない圧倒的な速度で叢雲を蹴り飛ばす。
トンネル内を跳ね回る叢雲に追い付き、軌道上に先回りして更に蹴りを見舞う。
人体の何割かにあたる骨が砕けたはずだが、吹き飛ばされながらも叢雲は笑みを浮かべていた。
「風鳴」
風が鳴き、荒れ狂う風が視界を埋め尽くして迫る。
関係ない。
手銃を作り、指先に紫電を溜め、解放。
雷の咆吼を持って、風の鳴き声を喰らう。
紫電は一条の光となりて軌道上のすべてを撃ち抜いて馳せる。
風が止んだ。
「格付けは済んだな」
叢雲は半身を撃ち抜かれて吹き飛び、死に瀕していた。
なにもしなければこのまま命を落とす。
「まさか……ここまでとはな」
血を吐きながら叢雲は膝をつく。
「遺言は?」
「必要……ない。生きてたらまた会おうぜ」
瞬間、叢雲のすべてが風に変換される。
跡形もなくその場から消え去り、夜風が吹き抜けていく。
「風になって逃げたか。あれだけ存在が霧散してるんだ。もう一度人の形に戻れるかは本人の精神と力量次第だな」
雷吼と風鳴は性質が似ている。
すべての細胞が変換され、一つの魔術になった状態が今だ。
一度方々に散ってしまえば、それは肉体が細切れになったのと同じ。
掻き集めて人の形に戻るには強い精神力と、自身を手繰り寄せる魔術的な技術が必要となる。
あの深手の中、俺から逃れるために唯一残された苦肉の策。
叢雲の力量を考えるに人に戻れる確率は二割ってところかな。
常人ならその可能性はない。ゼロだ。
「あぁ、クソ。やっぱ負担がデカいな……」
未熟な魔術を使った代償だ。
返還されていた細胞が元に戻った瞬間、途轍もない疲労感と鈍い痛みに襲われた。
筋肉痛を更に酷くしたような最悪のコンディションだ。
切れた腕がくっついたのだけが不幸中の幸いか。
正直、立っているのも辛いけど。
「よし、一応動けるな。滅茶苦茶痛ぇけど」
綴木たちが待ってる。
痛む体を魔力で補強して無理矢理動かし、予備の隠れ家を目指す。
周囲に警戒の糸を張り巡らせ、常磐の魔術師の尾行にも注意を払う。
そんな中、不自然にひんやりとした空気が頬を撫でる。
「なんだ?」
気付けば霜を踏み、足を進めるたびに周囲が白く色付いていく。
いつしか周囲は雪原に変わり、何人もの常磐の魔術師が身を埋めている。
そしてその景色の中心には塔のように伸びた氷の柱が立っていた。
「瑞紀の魔術って訳じゃないよな」
瑞紀の魔術はあくまで水に由来するもの。
周囲を銀世界に変えるほど凍て付かせることは出来ないはず。
なら、考えられるのは八百人の式神か?
こんなことが出来る式神なんて見たことないが。
なら、新手の怪異か?
そう思案していると氷の柱に亀裂が走り、ガラスのように割れて崩壊する。
「あわわわわわわわっ」
「お、落ち着いて綴木さん。大丈夫、上手くできてるわ」
「そうだよ。初めてにしては上出来だ。多少、やり過ぎな気もするが」
「ちょっと八百人。余計なこと言わない!」
「す、すまない」
氷の柱の中から現れた綴木は、両手に冷気を纏わせていた。
「よう、楽しそうだな」
「イヅナさん!? 無事だったのですね!」
「まぁ、なんとかな。それで? どうしたの? その両手」
「これは……えっと」
自分では答えを持ち合わせていないと、助けを求めるように綴木は視線を瑞紀に移す。
「どうやら身の危険を感じて怪異の血が覚醒しちゃったみたいなのよ」
「じゃあ、やっぱり綴木がやったのか」
「は、はい。そうみたいですね」
「これが雪女の能力か」
綴木の母親はかの有名な雪女だ。
冷たい息で男を凍死させる美しくも残酷な怪異。
これまで冬眠していた雪女としての血が、危機に瀕したことで起床した。
それにしたって範囲が大きい。
混血故にその能力の規模も底上げされているみたいだ。
「まぁ、とにかくここを離れたほうがいい」
「そうね、新手がくる前に退散しましょっか。行きましょう」
「は、はい」
合流を果たし、新雪を足跡で穢しながら逃走再開。
予備の隠れ家まであとすこし。
「イヅナ。平気か?」
「なにが?」
「無理をしているだろう」
「……二人には言うなよ?」
「やっぱりか」
隠しててもわかる奴にはわかっちまうか。
「後のことは僕に任せろ。隠れ家についたらすこし休め」
「あぁ、そうさせてもらうぜ。相棒」
先行する瑞紀に続いて走り、予備の隠れ家に到着する。
「すでに場所が割れてて先回りされてるかも。慎重に行くからね」
瑞紀は右手にシャボン玉のような水球を作り、その後に八百人が控える。
龍の姿をした式神に見守られながら隠れ家の扉が開く。
「よう、来たか」
そこには包帯でぐるぐる巻きになった矢車さんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます