第17話 因縁の魔術師

「常磐の連中、ここまでやるなんて」


「それくらい追い込まれてるってことだ。秘匿の境界線でチキンレースやってやがる。別働隊の大和さんが相当派手に暴れてるらしい」


「逆を言えば、ここを耐えれば綴木さんの安全は確保されるということだ」


「いいね、話がシンプルになった」


「よくはないでしょ。あぁもう。とりあえず予備の隠れ家に向かうわよ。ホテルのスイートルームほどじゃないけど、いいところよ」


「なら急ごう。八百人は索敵、瑞紀は綴木の警護、俺は八百人が見付けた敵を叩く」


 有事の際のために用意された予備の隠れ家の位置は共有されている。


 今朝の時みたく、位置がバレていないといいけど。


「という訳だ。平気か?」


「えぇ、今の私は強くて美しい母ですから」


「その調子だ。行こう」


 監督やまだ残っているスタッフさんに挨拶をして現場を離れる。


 式神の俯瞰視点にだけ頼り切るわけにもいかない。


 神経を尖らせ、尾行に気を付けながら先へと進む。


 そうして陸橋下の薄暗いトンネルに差し掛かった頃、俺は半ばほどで立ち止まった。


「どうしたんだ? イヅナ」


「先に行け。俺はあいつの相手をする」


 振り返った先には、あの魔術師がいた。


 やっぱり近くにいて尾行していたか。


「行っていいぜ。俺は別にそこの嬢ちゃんに興味はないんだ」


「どういう意味だ?」


「俺の獲物はあんただってことだよ、紫雲」


 綴木じゃなくて俺?


「まぁ、とにかく。あ、これ言って見たかったんだよね。ここは任せて先に行けって奴。どっちにしろ、ここは遠さねぇよ」


「……わかった。行こう」


「いいの? 八百人」


「イヅナがそう言っているんだ、任せよう」


「あぁ、もう。しようがない。行きましょう、綴木さん」


「はい、でも……あの、イヅナさん!」


「ん?」


「約束、ですからね!」


「あぁ、約束だ」


 そう答えると綴木を連れて八百人と瑞紀がトンネルを抜ける。


「じゃあ、格付けの続きをやろっか。あぁ、でもその前に理由、教えてくれる? なんで綴木より俺を優先するのか」


「そいつは、これを見ればわかる」


 瞬間、奴は全身に風を纏う。


時津風ときつかぜ――」


 この血統魔術を扱う魔術師の家系は一つ。


「お前、叢雲むらくもか」


「そうだ、紫雲。お前の先代に叩き潰された家系だよ」


 叢雲が常磐の魔術師になっていたのか。


「仇討ちが目的ってか?」


「いいや、そんなんじゃないさ。叢雲の先代が死んだのは単純に御前試合で負けたからだ。どっちも相手を殺す気で戦った。その結果、叢雲が魔術師として落ちぶれたとしても紫雲に責はない」


「なら、なんでお前はここにいるんだよ」


「見ておきたいのさ。先代を――親父を殺し、魔術師としての将来を潰した紫雲がどれほどのものなのか。期待してるぜ、紫雲」


「なら、期待に応えてやるよ、叢雲。納得させてやる。負けて当然だったってな」


 全身に稲妻を纏う。


「紫雲の血統魔術、霹靂神はたたがみ。いいねぇ、じゃあ早速撮影の続きと行こう。がっかりさせてくれるなよ!」


 風纏う叢雲と、雷帯びる紫雲。


 互いに一瞬にして距離を詰め、握り締めた拳と拳が衝突する。


 せめぎ合う雷と風が互いを弾き合い、距離が空く。


 直ぐさま体勢を立て直し、このトンネル内を乱反射するように跳ね回る。


「流石は紫雲。速いな」


 たしかに純粋な速度ではこちらが速い。


 ただそれは直線的な動きの話。そこに方向転換が挟まると途端に話は違ってくる。


 叢雲の動きはとにかくしなやかで、方向転換の際に微塵もロスが発生しない。


 つまりトンネル内の天井、壁、床を跳ねるたびにこちらのロスの分、引き離される。


 すぐに追い付けるが、いかんせんトンネル内は跳ねる機会が多すぎる。


「ちゃっかり有利な地形で仕掛けて来やがってよ」


「こっちがチャレンジャーなんだ、この位のハンデは貰わないとな」


 風を纏う腕が振るわれ、鎌鼬が発生。


 天井と地面を引き裂きながら迫るそれに天井を蹴って自ら跳び込み、雷を帯びた蹴りで粉砕。


 乱れる気流の只中で手銃を形作り、照準を定めて紫電の弾丸を乱れ撃つ。


 それらは複数の鎌鼬によって相殺されたが、お陰で叢雲までの距離を素通り出来た。


「追いかけっこは終わりだ」


 至近距離。拳が届く距離。


 先手を打ったのは叢雲だった。


 直線では俺のほうが速い。回避は不可能と判断したんだろう。


 風を纏わせた拳が唸りを上げ、鎌鼬を伴って馳せる。


 正面からぶつかり合えば初手の焼き直し、互いに吹き飛ぶだけ。


 回避を選択しようと拳に纏った鎌鼬が追撃をかけてくる。


 だから、真正面から対処はしない。


 雷光を引いて繰り出した蹴りで、叢雲の拳を右側面から弾く。


 勢いをそのままに、地面に足をついて勢いよく回転。


 身を捻り、二撃目の蹴りを雷鳴と共に顔面へと叩き込んだ。


 吹き飛んだ叢雲はなんとか体勢を立て直して着地し、口の端から流れ出た血を拭う。


「もう何度やっても同じだ」


 立ち上がり、叢雲を見据える。


 まだやる気なら足腰立たないようにしてやるしかなさそうだ。


「お前は俺には勝てない」


「ハッ! そうかな?」


 身に纏う魔力が濃くなる。


 練り上げられ、風が勢いを増す。


 循環し、より鋭く研ぎ澄まされる。


「秘奥」


 それは血統魔術の極地。


 瞬間、直感的に回避を選択する。


 だが、間に合わない。


風鳴かざなき


 風が鳴く。


 風に起因するすべての音を束ねて一斉に鳴らしたかのような旋律が響く。


 トンネル内を反響し、アスファルトを捲り上げ、吹き荒んだ風に右腕を攫われる。


 肉が裂け、骨が断たれ、鮮血が噴き出し、肩から先が宙を舞う。


 血飛沫が風に乗って舞い散り、痛みが電流のように脳に響く。


「やって……くれたなッ。叢雲!」


「マジか。仕留めたつもりだったんだが、まさか右腕一本だけとはな。昔、この術で黒冠の魔術師を殺したこともあったんだがな」


 出血が酷い。


 寒気がしてきた。


 あーあ、ここまで追い詰められたのは初めてかもな。


「いやはや、素晴らしいねぇ。これなら親父が死んだのも納得だ。誇っていいぜ、お前は強かった」


「なに……終わった感……出してんだ、お前……」


「あぁ? 終わったろ」


「言った……はずだ。お前じゃ俺に……勝てないってなぁ!」


 身に纏う雷が激しさを増し、雷鳴が轟く。


「まさか――」


「そのまさかだ!」


 叢雲の血統魔術に秘奥があるように、紫雲の血統魔術にも秘奥がある。


 雷の魔術、霹靂神の極地。


「秘奥。雷吼らいこう

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