第16話 殺陣


 一瞬にして距離が詰まり、飛んでくる拳を紙一重で躱す。


 速い。


 撮影カメラに一部始終を撮られているから当然魔術は使えないのにこの速度か。


 まぁ、俺ほどじゃないけど。


 追撃を躱しながら後退してすこしばかり距離を取り、左足を軸に回転。


 右側面からの回し蹴りを見舞う。


 これはあえなく空を切ってしまったけど、本番はここから。


 右足を軸にして身を捻りながら跳躍。


 二撃目の蹴りで体勢を崩させ、矢継ぎ早に三撃目を放つ。


 腕を盾にして受けられたけど構わず蹴り抜いて着地。


 更に追撃を心見るも、下方から掬い上がるように迫る足の爪先に阻まれた。


 両者仕切り直し。


 互いに地面を蹴って距離を詰め、不適な笑みを浮かべる顔面へ握り締めた拳を放つ。


 それは驚くほどすんなりと頬を穿ち、そして気味が悪いほど拳に手応えがなく、このシーンに決着が付く。


 これはドラマの撮影だ。セリフを言わなければならない。


「もう格付けは済んだみたいだね」


「まだまだほんの小手調べですよ」


 大げさに倒れたところから起き上がり、俺と睨み合う。


 しんと静まり返ってから十数秒ほど間が空いて監督が静寂を破る。


「カット! ちょっとちょっと今のなに!?」


「すみません。ちょっと熱くなっちゃって」


「彼、武術を嗜んでるらしいですよ。俺もなんですけど。それでお互い腕試しがしたくなっちゃって」


「いい絵が撮れたし話に矛盾はないから今回はこれで行くけど。次からはちゃんと手順通りにしてくれよ、まったく! おい、いま撮れたの確認するぞ!」


 決められたカメラの位置で決められた演技をするのが演者の勤め。


 多少のアドリブは許されても、さっきのは明らかにやり過ぎだ。


 まぁ、そうなったのも相手が常磐の魔術師だったからなんだけど。


「格付けは済んだか?」


「ほんの小手調べだ。続きが楽しみだな」


 薄く笑みを浮かべて仮設テントへと戻っていく。


 今すぐにでも格付けを済ませたいが、今は綴木の護衛が最優先事項だ。


 俺がここを離れるわけにはいかない。


 ふと視線を感じてそちらに目をやると、さっきこそこそと話していた演者と目が合う。


「なに?」


 彼らは慌てて目を逸らし、どこかへと移動した。


「イヅナ。あの男は」


「あぁ、常磐の魔術師だ。八百人の言う通りだったな」


「厄介だな。あぁも堂々と目の前に居座られるとこちらも警戒せざるを得ない」


「これでまた一つ警戒対象が増えたってわけだ。厄介なことにな」


 互いに手出し出来ない状況をうまく利用されている。


 護衛対象がこちらにいる以上、防ぎようのないことだけど。


「大和さんのほうは?」


「定時連絡では順調だそうだ」


「なら、こっちも踏ん張らないとな」


 俺たちも仮設テントへと移動し、綴木の隣りに腰を下ろす。


 綴木は不安そうな顔をして衣装を握り絞めていた。


しわになっちまうぞ」


「え? あっ」


 気付いてなかったのか、すぐに握り拳を解いて衣装を撫でた。


「……先ほど貴方と撮影していた方」


「あぁ、常磐の魔術師だ」


「やっぱり、そうなのですね」


「なに、心配いらないさ。俺のほうが強い」


「だと良いのですが」


 演技をしている間は気丈に振る舞えても、いざ素の自分になるとそうも行かないか。


 別の誰かを演じることで忘れていた現実が波のように綴木の心に戻って来ている。


「将来の夢はなんだった?」


「え?」


「子供の頃の夢。俺は今この場で撮影してるようなヒーローだった」


 視線で保管されたスーツをなぞる。


「あんな風になりたい。その一心で辛くて苦しい魔術の修業にも耐えられたし、怪異とも戦えた。夢は恐怖を克服させてくれる。綴木の夢はなんだった?」


「私は……私の夢は母のような人になることでした」


 綴木の両親は父親が人間で、母親が怪異。


「美しくて、優しくて、どこか儚げで。そんな大好きな母のように私もなれたらと、いつも後ろをくっついて歩いていました。今はたまにしか会えませんが」


「最後に会ったのは?」


「そうですね。一年くらい前でしょうか」


「そっか、そんなにか」


 独り立ちしたならそれくらい会わないことも普通にある。


 でも綴木は事情が事情だ、会いたい時に会えるとは限らない。


「なら、この件が全部終わったら会いに行こうぜ。お母さんのところへ」


「え? でも」


「大丈夫、俺たちがなんとかする。だからそれまで気を強く持つんだ。夢を、お母さんを演じればいい。役者だろ?」


「母を……わかりました。これも、約束ですよ?」


「あぁ、一つ追加だ」


 二度目の指切りを交わす。


「まーた口説いてる」


「だから違ぇっての」


 役に入っていたほうが精神的に安定するなら自分の好きな誰かを演じていればいいと思った。


 ただそれだけだ。


「よし、撮影再開だ」


 監督の指示で停めてしまった現場が再び動き出す。


 その後も常磐の魔術師は動かず、ただ一演者として演技をこなす。


 俺が綴木から離れても、綴木がカメラの前で演じていても、行動には移さなかった。


 そうして撮影の都合で夕焼けを待ったりしつつも本日の全行程が終了。


 撤収作業が行われる中、ふと常磐の魔術師がいなくなっていることに気付く。


「八百人、追えてるか?」


「あぁ、上空で式神が見ている。ここから離れていくが、発見したのはたった今だ」


「本物を装った偽物。替え玉かも知れないってことよね」


「本物がまだ近くにいる可能性大。矢車さんに連絡しよう。大通りに出さえすれば――」


「待て! 矢車さんの車がひっくり返っている!」


「冗談でしょ!? 矢車さんは!?」


「わからない。だが、十中八九事故に見せかけられた故意の横転だ。」


「足を奪われた。誰かの車に乗せてもらう――ってのはなしか。下手すりゃ巻き添えだ。同じ理由でタクシーもなし。というか、こうなった以上は車移動自体が危ない。ってことは」


「徒歩で移動するしかないってわけね。あぁ、もう最高」


 瑞紀の皮肉が夕暮れに消えて行く。

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