第15話 ドラマ撮影


 マスカレードヒーローシリーズ。


 子供の頃、誰しもが見たことのあるヒーロー番組、所謂特撮ドラマ。


 主人公となる青年は運命だったり、偶然だったり、仕組まれていたりして不思議な仮面を手にし、正義のヒーローマスカレードに変身して悪の組織と戦いを繰り広げる。


 綴木は女性マスカレードヒーロー、御徒町真知おかちまちまちを演じている。


「もう誰の指図も受けない、私の人生は私が決める! 装着!」


 今朝、魔術師から襲撃を受けて銃声まで鳴ったというのに、綴木は平然と演技を続けている。


 これがただの一般人なら、とても演技が出来るような精神状態ではなくなるはずなんだけど。


 混血故の度胸なのか、そんなことは関係なく演者としての女優魂なのか。


 どちらにせよ綴木は思ったよりも気丈だった。


「セリフはもう憶えたの? 出番、近いでしょ。トチったら恥ずかしいわよ」


「それならもう頭の中に入ってるよ。魔術のクソ長い詠唱憶えるよりよっぽどマシ」


 今や詠唱を破棄して魔術を使えるけど、未だに空で唱えられる。


 身に染みすぎて離れない。


「ふーん。演技のほうは? ほら、素人じゃ普通に歩くのすら難しいって言うじゃん」


「演技なんて怪異に不意打ちかますためにいつもやってんだろ?」


「それもそっか。じゃあ、私にも女優業いけるわね」


「興味あったのか?」


「昔はね。キラキラなテレビの世界に憧れてた。でも、ほら私たち魔術師じゃん? だから私は自分の夢より人の夢を守ることにしたの。素敵な女でしょ? 私」


「自分で言わなきゃな」


「イヅナにだけは言われたくない」


 撮影は滞りなく進み、スーツアクターさんによる戦闘シーンへと移る。


 テレビで放送されるような決まった画角からの視点ではなく俯瞰してみる絵は新鮮だ。


 子供の頃に憧れていたヒーローは、こうして作られているんだと感動すら覚える。


「スーツアクターさんって凄いわよね。私たちみたいに実戦的な訓練を受けてるわけでもないのに動きキレッキレ」


「それも重いスーツに狭い視界の中で」


「カメラに対してどう動けばより映えるのか計算され尽くされてるし、私たちがスーツ着てもあんな風に動くには時間が掛かる。凄い職業よね」


「そりゃ子供たちに夢を与える仕事だからな。俺は怪人役だけど、気合い入れないと」


 こういう状況でもなければ一生関わりのなかった世界だ。


 曲がりなりにも演者の一員となった以上、現場の足を引っ張らないように細心の注意を払わないと。


「おい、あいつがそうみたいだぜ。パフォーマーだかなんだか知らないけど」


「ちゃんと演技できんのかよ。あいつのせいで収録押したらぶん殴ってやる」


「出来んのかよ、そんなこと?」


「俺は昔、格闘技習ってたんだ。あんな奴余裕だよ」


 ほかの演者のこそこそ話からすると、あんまり歓迎されていないみたいだし。


「イヅナ。そろそろ出番だ」


「わかった。ちょっくら行ってくるわ」


「いってらー」


「八百人、周辺の様子は?」


「変化なし。周囲に怪しい人影はないし、狙撃の心配もないだろう。だが、気を付けろ。この撮影現場に常磐の魔術師が紛れ込んでいるかも知れない」


「だな。もしもの時は秘匿より綴木の安全のほうを優先する。それでいいよな」


「あぁ、僕も同感だ」


「よし、行ってくる」


 衣装はすでに着替え済み、仮設テントの影を移動して直にくる出番を待つ。


「よう。あんた紫雲イヅナだろ?」


 干支が一回りほどは離れている壮年の男。


「なんだっけ? エレクトリカルパフォーマー? の」


 彼が身に纏う雰囲気や、姿勢、所作のすべてにただならぬものを感じる。


「お前、魔術師だな」


「へぇ、わかるのか。そんな素振りは見せてないつもりだったんだが」


「それでか? わかりやすすぎて素人かと思ったぜ」


「いい男ってのは無意識にオーラが出ちまうもんなんだ。あんたも歳喰えばわかるようになる」


「なら、その時を楽しみに待つことにするよ。で、ここで事を起こす気か?」


「まさか。秘匿を破る気は毛頭ない。お互い、動ける状況にないってこった」


「状況次第じゃ事を起こすんだろ?」


「今すぐにでもお嬢ちゃんを連れて行く」


「無理だね。俺たちがいる」


「はっはー! いいねぇ、若いって言うのは。いや、俺の若い頃は禄でもなかったな。目撃者全員、消しちまえば秘匿は守れると思ってたわ。流石に今はそんな短絡的じゃないが。というわけだ、今のやっぱなしで」


「まぁ、なにして来ようがなにを企んでようが、全部まとめてぶち壊してやるよ」


「できるかな?」


「できるさ。だって俺のほうが強いから」


「言ってくれるねぇ。じゃあ、お手並み拝見と行こうか」


「出番です。お二人ともよろしくおねがいします」


 スタッフさんに呼ばれてカメラの前、立ち位置に立つ。


 マスカレードヒーローシリーズはスーツなしの生身アクションも目玉の一つ。


 これから行う撮影は怪人VS怪人の短い前哨戦、人間体での戦闘になる。


 事前の稽古ではその道のプロが全体の流れを教えてくれたんだけど、相手を見るに手順通りにする気はなさそうだ。


 監督の合図が響き、撮影開始。


「どうやら話し合いでは決着が付きそうにありませんね」


「同感だよ。ここではっきりさせようか、どっちが上で下なのか」


 俺がセリフを言い終わった刹那、仕掛けてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る