第14話 脱出

「今の音はなんなのですか!? じゅ、銃!?」


「サプレッサー付きのアサルトライフル。爆竹みたいなもんだよ、大したことないって。八百人、下に落ちた奴は?」


「逃げた。いま外で待機していた魔術師が追いかけてる」


「いいね。廊下がびしょびしょになったのと銃声が鳴ったこと意外は問題なし!」


「なに? 私のやり方に文句でも?」


「いいや。でも気の毒だなって。清掃する人と下の階にいるお客様が」


「平気よ。念のためこの階も下の階も全部押さえてあるし、後始末はほかの魔術師の仕事だから」


「なら、いっか!」


「良くはないと思うけど、まぁいい。速いところホテルを出よう。新手がくる前に」


「準備は?」


「いつでも出られるようにしてある」


「よし、行こう! 綴木、俺たちから離れるなよ」


「は、はい!」


 綴木を連れて部屋を後にし、濡れた廊下を駆ける。


「エレベーターから一人。階段から二人だ」


「式神の索敵って最高!」


「私がエレベーター」


「じゃあ俺が階段ってことで」


 丁度、エレベーターがこの階に到着し、重厚な扉が開かれる。


「はい、お疲れ」


 先ほどのお返しとばかりに、無数の水滴が弾丸の如く飛ぶ。


 それにエレベーターに乗った魔術師が撃ち抜かれるのは間違いない。


 こちらは全身に稲妻を纏うことで加速。


 水滴の隙間を縫うようにして階段へと向かい、駆け上がって来ていた二人の魔術師に雷撃を見舞う。


 転げ落ちていく二人を眺めていると、エレベーターから悲鳴が響いた。


「こいつらも銃器を持ってる。常磐にまともな魔術師っていないのー?」


「さぁね。けど、これ見よがしに銃器を持ってきてるんだから、こっちに警戒させたいんじゃない? 狙撃とかの可能性」


「日本で白昼堂々と狙撃? それこそドラマみたいな話だな」


「可能性は薄いけど、こうして考慮させられてしまっている。今のところ常磐の手の内かもね」


「うだうだ言っても始まらないか」


 エレベーターは当然、待ち伏せの危険が高いので階段を選択。


 途中でかち合った魔術師はすべて俺と瑞紀で撃退し、八百人には索敵と綴木の保護に専念してもらった。


 だだだっと駆け下りて下層階へ。そこでも常磐の魔術師と鉢合わせたが、引き金を引くこともなく向こうから退散した。


「諦めた……ってわけじゃないよな」


「流石に一般客が気になって仕掛けづらいんでしょ、常磐も」


「銃器持ち込むくせにその辺はちゃんとしてんのな」


「あの、どういうことなのですか?」


「訳はあとで。このままホテルを出よう」


 階段を最後まで駆け下り、正面玄関から堂々と外へ。


 すぐに味方の魔術師が乗った車が現れた。


「乗れ!」


「大丈夫、味方よ」


 俺と瑞紀は綴木を連れて後部座席に。


 八百人は助手席に乗り込み、急いでホテルを後にした。


「このまま撮影現場に直行ってことになってるが、いいんだな?」


「えぇ、それでお願いします。常磐もカメラの前には出て来ないでしょうから」


「わかった。予定より遅れてる、すこし飛ばすぞ」


「事故と信号無視はしないでくださいよー」


「善処する」


 速度が上がり、他の車をどんどん抜き去っていく。


 警察に追いかけ回されそうなくらい荒い運転だ。


「あの先ほどから気になっていたのですが、なぜあの人たちは退散を?」


「じゃあ、答え合わせと行こうか。まず前提として魔術や怪異が秘匿された存在だってことは知ってる?」


「はい。水面さんから」


「じゃあ常磐の目的は?」


「私を生け贄にして何かを復活させること」


「その通り。付け加えると、常磐の魔術師は魔術界の現体制から異端と見做され追放された者たちだ。だからこう考えた。異端思想を持った人間が上に立てば異端は異端でなくなる。常磐の魔術師は魔術界を乗っ取るつもりなんだ。つまり?」


「えっと……あっ、あの人たちも秘匿を破れない」


「そういうこと。秘匿を破ってしまえば現体制の秩序が崩壊し、自らが魔術的思想の主流になる目的が果たせなくなる。だから人目がある所で目立った活動はできない」


「それでもかなりギリギリのラインを攻めてきたけどね、あいつら。普通、魔術師が銃を構える? あり得ない」


「予想外の一手で警戒対象を増やされた。考慮しなくていいことまで気にさせてこちらを攪乱かくらんするつもりだろう。実際、僕たちの手間が増えた」


「俺たちが綴木を護衛している間に、別働隊が常磐の本体を叩いてくれるのを期待するしかないな。今のところ」


 大和亜夜黒冠魔術師は現在、常磐の本体を叩くべく動いている。


 今まで身を隠したまま尻尾を掴ませなかった常磐が、綴木確保を目的として大きく動いている。


 今を逃して機はない、というわけだ。


「では、撮影現場は安全なのですね?」


「一応は」


「一応?」


「何事にも絶対はない。でも、約束するよ。俺が綴木を守る」


 小指を立てて差し出すと、綴木は遠慮がちに同じ指を絡める。


「約束、ですよ?」


「あぁ」


「あんたっていつもそうやって口説いてるの?」


「口説いてねぇわ!」


「もうすぐ撮影現場に着くぞー」


 不当な印象操作に異議を唱えていると目的地に到着する。


「よし! 時間ぴったりだ」


「八百人、外の様子は?」


「異常なし。狙撃出来そうな箇所にも人影はない」


「いいね、外に出るぞ」


 式神の便利さに改めて感謝しつつ車外へ。


 夏の日差しが照りつけるここは川沿いの広場前。


 すでに何台ものカメラが設置され、仮設テントが立てられている。


「ありがとうございました。えーっと」


矢車やぐるまだ」


「矢車さん。帰りもよろしくお願いします」


「おう。任せろ」


 済ませるべき礼儀を済ませてみんなと合流、緊張感を保ったまま現場入りした。

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