第13話 襲撃

 空もまだ寝ぼけているかのように白んだ早朝の街。


 見慣れた活気づいた様子からは一変、静けさに満ちた雰囲気が満ちている。


 聞こえるのは取りの鳴き声くらい。


 不意に出そうになった欠伸を噛み殺して、瞳に浅く涙がにじむ。

 

「なーんで狙われてるのがわかっててドラマの撮影を決行するんだ? 事が収まるまでどっかに匿っとけばいいだろ」


「恐らくだけど、大和さんはこれを機に常磐を潰したいんだろう」


 囮を用意することで常磐を動かし、その尻尾を掴もうって腹か。


「綴木はエサかよ」


「言葉を選ばずに言えばね。だが、実際問題、常磐を潰さなければ脅威は消えない。それに綴木さんにも生活とキャリアがある。こうするのが本人のためだよ」


「その分、俺たちの負担がデカくなるけどなぁ。まぁ、それが一番いいって言うならそれくらい大したことねぇけど」


「守ってあげよう。僕たちにしかできないことだ」


「わかってる。俺たちで綴木の人生を元に戻してやろう」


 話している間に綴木が身を潜めているホテルに到着する。


 早朝とは言えここにくると人はいるもので、誰もが気品を纏った身形の良い格好をしていた。お子様も眠たげにしているのに行儀がよろしい。


 エントランスも客層に会わせた高級感あふれるもので、従業員の態度も柔らか。


 掃除は行き届いて埃一つなく、心地良い雰囲気に満たされている。


 今回の護衛の仕事、滅茶苦茶金が掛かっていそうだなと思いつつエレベーターに乗り込んだ。


「護衛のためとはいえわざわざ高級ホテルを取る理由なんてあるのかね」


「いい所にはいい客がつく。客層がほとんどの不審者を弾いてくれるんだよ」


「まぁ、たしかにこの場に怪しい奴がいたら一発か」


 自ずと常磐の連中にもそれなりの格好を要求できる。


 心理的なハードルも上がるし、手間だって掛けさせられるわけだ。


 単純に襲撃の難易度を上げられる。


 まぁ、相手が本気ならそんなのほとんど嫌がらせみたいなもんだけど。


「ここか」


 ホテルの最上階のスイートルームに綴木は宿泊している。


 扉をノックし、すこし間を置いてもう一度ノック。


 ノブを一度ひねり、魔力を流す。


 これが俺たちが来たことを知らせる合図になる。


「ルームサービスでーす!」


「真面目にやらないか」


 ふざけたものの、それでも扉は開かれる。


「まったく相変わらずみたいね、イヅナ」


瑞紀みずき? 久しぶりだなぁ!」


 水面みなも瑞紀はかつての同級生でそれなりに仲がよかった女友達。


 その切れ長の目に何度も睨まれたっけ。


 すこしメイクが大人っぽくなったくらいで、昔とあまり変わってない。


「瑞紀も今回の件に関わってたのか」


 一緒に仕事をするのは久しぶりだ。


 もう年単位で会ってない。


「まぁね。あんたたちほど重要な役目じゃないけど、マネージャー代行よ。女の護衛には女があたらなきゃ」


「たしかに僕たちじゃトイレやお風呂にまでついていけないしね」


「常磐の連中には是非とも事を起こす場所を弁えてほしいもんだな」


 部屋を進むとこちらに背を向け、街の景色を眺めている綴木が目に入る。


 相変わらず氷みたいに涼しげで、今にも溶けてしまいそうだ。


「綴木さん。護衛が来ました。先日、顔を会わせたと思いますけど、改めて紹介を」


「えぇ、わかりました」


 目と目が合う。


「どうもー、紫雲イヅナでーす」


「九十九八百人です。ドラマの撮影中は僕たちがあなたを守ります。安心してください」


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」


「そんなに畏まらなくてもいいのに」


「そう言うわけにはいきません。私のために危険を顧みず助けてくれるのですから」


「そう? じゃあふんぞり返っちゃおうかな――」


 綴木越しに見た街並みの景色に人一人が映り込む。


 瞬間的、反射的にこの身に稲妻を身に纏い、綴木の側を通って窓際へ。


 そいつが窓を割って侵入してきた刹那、飛び散るガラス片の真っ只中で電光一閃の蹴りを見舞う。


「不良品につき返品!」


 衝撃に耐えかねた、恐らく常磐の魔術師はこの部屋に一歩たりとも立ち入ること叶わず真っ逆さまに落ちていった。


 出オチご苦労様。


「だ、大丈夫なのですか? 今の人っ、お、落ちっ」


「大丈夫。平気平気。魔術師はこんなことじゃ死なないから。ほら、まだ来るぞ」


「外にはもういない。廊下に二人だ」


「オッケ。私に任せて!」


 瑞紀が部屋の外に飛び出し、俺もその後を追う。


 部屋からひょっこり顔を除かせると、瑞紀と対峙する二人の魔術師が見えた。


 どこで手に入れたのか相手はアサルトライフルを構えている。


「あれ、ここってセントルイスだっけ?」


 思ったほど迫力のない銃声と共に無数の弾丸が放たれる。


 それに対して瑞紀は自身の目の前で線を引き、瞬時に廊下を水で満たす。


 水の抵抗を受けた弾丸はその勢いを急激に減衰させ、こちらに届く前に床に落ちた。


「銃になんか頼っちゃって。魔術に自信がないんじゃない?」


「えぇ、私もそう思う!」


 廊下を満たした水は勢い付いて波となり、銃器に甘えた魔術師二人を押し流す。


 最奥の壁に叩き付けられて意識を失ったのを確認。


 とりあえず、第一波はしのいだって感じか。油断できないけど。

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