第11話 アイドル卒業

「ライブはいいね。有名な曲以外知らないけど十分楽しいよ。織子の気持ちが少しだけわかった気がする。まぁ、僕はあそこまでのめり込みはしないだろうけどね。使うかい? ペンライト」


「いいじゃん、楽しそう!」


 ペンライトを受け取って曲に合わせてリズムよく振るう。


 ステージで輝くアイドルたちもそうだけど客席も凄い。


 極彩色の光の海が曲や歌に合わせて波打っている。


 時に一色だけになったりもしてファン――ランナーたちの団結力が垣間見えた。


 この場にいる誰もがエンジェルバトンを応援している。


 そりゃあの織子ちゃんもどっぷり浸かるわけだ。


「次、園咲さんの大一番だよ」


「そうか、楽しみだな」


 暗転から一変、光に包まれるようにして園咲が姿を現す。


 誰もが固唾を呑んで見守る中、曲がかかり歌い始める。


 澄んだ音、ゆっくりとしたリズム感、感情のこもった歌声。


 自らが歩んできたアイドルという人生に終止符を打つ歌。


 彼女はそれを歌い切り、ランナーたちの万雷の拍手で締め括られる。


 そうして園咲美琴のエンジェルバトン及びアイドル卒業ライブが終了した。


「いやー、いいもん見たな」


「でしょー? もうホント、エンジェルバトン最高! 全人類好きになってほしい!」


「浮かれるのはいいけど、カメラに写されてないだろうな? 式神」


「もっちろん。私を誰だと思ってるわけ? そんなヘマするもんですか!」


「なら良いけど」


 ライブ会場を後にして三人で歩く帰り道。


 まだライブの余韻が抜けない。


「でも、怪異の正体が厄介オタクだったって言うのは、もやっとするなぁ。今世も死後もみんな推しの幸せを願ってるはずなのに、なんで傷つけちゃうのかな。SNSでもそう! 自分の発言が推しの評判に関わるってわかってないんだよ、みんな」


「よかれと思ってやったことがはた迷惑な独りよがりだった、なんてよくある話だ」


「有名税なんて言葉があるけど、本人からしたら堪ったもんじゃないよなー」


 自分の知らない所で、自分を応援してくれるファンが、自分の評判を下げている。


 注意しづらいし、したらしたらで裏切られたと恨みを買い、ファンがアンチに転じてしまう。


 ネット社会はかくも難しい。


「はぁ、優しい世界にならないかなー」


「無理だね」


「無理だな」


「そんなー!」


 人は生きているだけでも人に嫌われる。


 顔が、声が、仕草が、性格が、服装が、挙げれば切りがないほど切っ掛けは多い。


 俺たちはそんな世界の中で、もっとも人目につく職業についている。


 芸能人。


 それは人よりも多くに好かれ、多くに嫌われる者のこと。


 俺も決して長く芸能人をやっているわけではないけれど実感することがある。


 エゴサーチをすればアンチなんて山ほど見付かるくらいだ。


 そんな悪感情が渦巻いて瘴気となり怪異が引き寄せられる。


 時には現世に留まった魂が瘴気に穢されて怪異に転じることも少なくない。


 織子ちゃんの言う優しい世界が実現できれば魔術師は廃業だ。


 そうなってほしくはあるけどな。


「あ、あの! 紫雲くん!」


「ん? あれ、園咲?」


「ぎゃー! 美琴ちゃん!? なんでなんで――」


「はい、ストップ。会話の邪魔」


 暴れる織子ちゃんは八百人に口を塞がれて引きずられていく。


「どうしたんだ? こんなところで」


 格好はアイドル衣装のまま。


 身を隠すようにオーバーサイズのコートを羽織っている。


 今が夏だということを差し引いても、この格好はかなりあべこべだ。


「一人?」


「ううん、マネージャーさんが近くにいてくれてるよ」


「あ、ホントだ」


 姿を見付けると軽く会釈してくれた。


「あのね。その、マネージャーさんから聞いちゃったんだけど。私、また紫雲くんに助けられたみたいで」


「あちゃー、バレちゃった? こう言うのはバレないほうが格好いいのにー!」


「ふふ、相変わらずだね。紫雲くんは」


 くすくすと園咲は笑う。


「紫雲くんは素直に受け取ってくれないかもだけど言わせてね。ありがとう!」


 花のような眩しい笑顔が夜の街に咲く。


 怪異を祓うのは魔術師の勤めだ。


 誰からも感謝されなくていい。


 けど、こうして面と向かってお礼を言われるとやっぱり嬉しく思う。


「それで、ね」


 と、園咲は携帯端末を取り出すと急に顔が赤らんだ。


「私もうアイドルを卒業しちゃったから。その、恋愛禁止なんかも解けちゃって。えっと、だから……」


 携帯端末で口元を隠しながら、視線は俺から逸れていく。


「いいよ。連絡先交換しよう」


「い、いいの!?」


「もちろん」


「やった!」


 お互いの携帯端末に連絡先を登録する。


 園咲の顔は変わらず赤くなったまま微笑んでいた。


「美琴。流石にもう戻らないと」


「あ、はい。じゃあ、またね? 連絡するから!」


「あぁ、またな」


 小走りにマネージャーさんの元に駆けていく園咲は、途中こっちを何度も振り返って手を振ってくれた。


 それに手を振り替えしたりしていると、その背中が見えなくなった辺りで刺すような視線に晒される。


「イーヅーナーくーん! ど、ど、ど、どういうことなの! 今! 今、美琴ちゃんと連絡先交換した!?」


「したよ」


「付き合うの!?」


「話が飛躍しすぎだよ。連絡先交換しただけでしょ。友達だよ、友達」


「えー、絶対その気だよ! 美琴ちゃん!」


「まぁまぁ。というか、ランナー的にはいいの? 卒業したとはいえ園咲が誰かと付き合っても」


「うーん……」


 それからたっぷり時間を取って悩み。


「イヅナくんならいいかな。ギリ」


「なんだそりゃ」


「それでもギリなのか。織子の中では」


「卒業直後のこのメンタルではそこまでしか譲歩できない」


「なに目線なんだ? それは」


 ライブの余韻に浸り、感想会を開催したりしながら三人で帰路につく。


 家に帰ると携帯端末から音が鳴った。


「お、早速……いや、業務連絡か。えーっと……」


 そこには後日テレビ局に来るようにと書かれている。


 差し出し人は例のテレビ局に身を置く魔術師だった。

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