第10話 潜みし者

 読み通り、楠木に大胆に触れた瞬間、怪異の気配が再び現れた。


 それもより強力になって。


 お陰で怪異の位置がはっきりとわかった。


 取り憑かれているのが誰なのか、ということまで。


 あとは追い詰めるだけだ。


「てっきりメンバーの誰かかと思ったけど違ったな。八百人、織子ちゃんに教えてあげてくれ、エンジェルバトンは仲良しだって」


「あぁ、きっと泣いて喜ぶ。ところで怪異は誰に憑いてるんだ?」


「今にわかる」


 その誰かの元へと足を進め、来た道を戻るように人気のない通路へと出る。


「あ、紫雲さん。どうですか? なにかわかりました?」


「マネージャーさん。えぇ、怪異を見付けました。今から祓うところです」


「本当ですか? よかった。これで美琴の卒業ライブも安泰ですね」


「えぇ、もちろん。この辺りは危険になりますから、この後すぐ逃げてください」


「はい、わかりました……この後?」


「そう、このあと。すみません、ちょっとビリってしますよ」


「え?」


 そっとマネージャーさんの肩に触れて稲妻を流す。


 低出力の人体に影響のない範囲の雷撃を浴びせ、その内に潜む怪異を弾き出す。


 同時に入れ替わるようにして怪異とマネージャさんの間に割って入った。


「な、なななっ!? なんですか!? あれ!」


「あれが怪異ですよ。マネージャーさんに取り憑いてたのを取り除きました」


「取り憑いて? ……じゃあ、私が美琴を危険な目にっ」


「いやいや、そうじゃないですよ。あなたは知らず知らずのうちに乗り物にされてただけ。本当に悪いのはあっちの怪異です。そこを間違っちゃいけません」


 と、フォローしていると不定形な靄のような怪異が輪郭を帯びていく。


 その形状は限りなく人に近く、だが決定的に違っていた。


 落ち武者のような髪、死体のように蒼白い肌、虚ろな瞳。


 爪は肥大化して鋭く研ぎ澄まされ、歯はギザギザに尖っている。


「ア……オイ」


「あおい? あおいって、葵のこと?」


「余程この世に未練があったのか、前世の記憶が残ってるんでしょ。元々楠木のファンだった人が死後、怪異になってしまったってところですかね」


 だから完璧に気配を消していたのに楠木葵に接触することで姿を見せた。


 俺の推しに男が近づくな、ってところか。


 きっと楠木の体調不良も、この怪異の好意に当てられたのが原因だ。


 ファンが推しに迷惑を掛けるなんてな。


「葵のランナーなら美琴に酷いことしないで! あの子がこんなこと望んでるはずないわ!」


「たぶん、言っても無駄ですよ。あの怪異に残ってる自我は擦り切れていて残り少ない。道理を説いたところで理解はできません。奴の行動原理は生前の無念だけ。推しのために現世に留まったのに、もう楠木のことが見えてないんです」


「そんな……そんなのって」


「さぁ、逃げてください。奴に引導を渡すのがせめてもの慈悲です。任せてください」


「わ、わかりました。あの、よろしくお願いします」


 急いで駆けていくマネージャーさん。


 そんな彼女には感心がないのか、その虚ろな瞳はじっと俺を見つめている。


「ア……オイ……アオ、イ……ヲ……センター……二」


「ファンの忠誠心って奴? 立派だねぇ。だから瘴気をせっせか集めて園咲に纏わり付かせたのか。良い迷惑だよな、園咲も楠木も。行き過ぎたファンはこれだから始末が悪い」


「アオイ……二……チカヅク……ナ」


「なに? なんだって? もっとハキハキ喋れよ、ナイト気取りの厄介オタク」


「オオォォオオオォオオオオオ!」


 叫び声と共に廊下を蹴った怪異が駆ける。


 その鋭爪がこの身に届く前に、手銃で照準を合わせて紫電の弾丸を撃つ。


 が、軽く躱されて接近を許してしまう。


「なんだ?」


 振るわれる鋭爪を躱して反撃。


 足を狙って紫電の弾丸を撃つも、これまた完璧なタイミングで躱されてしまう。


 まるでわかっていたみたいに。


「お前、もしかしてサトリの成りかけか?」


 人の心を読む怪異、サトリ。


 こちらの作戦、実行タイミング、魔術の性質まですべての情報が筒抜けとなる厄介な怪異だ。


「でもまぁ、特に問題なし!」


 足に紫電を纏わせ、強烈な一撃を持ってサトリを蹴り飛ばす。


 躱せなかったサトリは廊下を転がり、忌々しげにこちらを再び睨み付ける。


「一件、強そうに見えるけど。結局、攻略法なんて幾らでもあるんだよねー。例えば避け切れないくらい速く攻撃するとか」


 再び距離を詰めに掛かるサトリに両手を向ける。


「逃げ場がなくなるくらいの範囲攻撃とか」


 幾つもの雷撃が廊下を隙間無く埋め尽くし、サトリを襲う。


 稲妻に打たれたサトリは為す術なく身を焦がして廊下に膝をつく。


「あぁ、あと式神にも弱い。式神自身に意思はないし、サトリの能力は離れた術士にまで届かない」


 怪異には必ず攻略法がある。


 この世に祓えない怪異はいない。


「サトリなら楠木の心も読めたはずなのにな。楠木だけじゃない、誰もがこのライブの成功を祈ってる。成功させようと頑張ってる。祝福の中で送り出したいんだ、天使みたいに」


「ア……オイ……」


「さっさとケリを付けよう。これ以上、推しを苦しませるなよ」


 全身に稲妻を纏い、一瞬で加速。


 瞬く間に距離を詰め、振りかぶった拳を稲妻の速度で突き放つ。


 真正面から直撃を喰らったサトリは弾け飛んで存在が崩壊した。


「サトリのくせに推しの思いもわからなくなるなんてな」


 哀れみの中で決着がついて直ぐ、地響きのような歓声が耳に届く。


 ライブの盛り上がりも絶好調みたいだ。


「八百人。こっちは片付いた。そっちに戻るよ」


「了解。配置していた式神を撤収させよう。織子は……まぁ。大目に見てやるか」


「妹思いだねぇ、おにーちゃん」


「お前みたいなデカい弟はいらない」


 逃げたマネージャーさんに今回の件が片付いたことを知らせ、最初の個室に戻って着替えを済ませる。


 その足でしれっと関係者席に戻ると、足を組んで静かにライブを見ている八百人の隣りに腰を据えた。

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