第9話 ライブ会場
座席が違う織子ちゃんと別れて直ぐ。
「織子ちゃんの手前、聞きづらかったんだけどさ」
「あぁ」
「ぶっちゃけ、園咲を妬んでそうなメンバーは何人いる?」
「あまり詳しいほうじゃないけど、そうだな。三人」
「ほぉー、三人。名前は?」
「
「ファンはよく見てるな。まぁ、どれもこれもこじつけ臭いけど」
「実際、そう言う目で見ているからそういう風に見えているんだろうけど、火の無いところに煙は立たないとも言う」
「たしかに。わかった。注意しとく」
「ちゃんと顔と名前一致した?」
「この日のために全員の顔と名前を憶えてきた。じゃ、手筈通りに頼むぜ」
「あぁ、任せて」
八百人とも別れ、関係者以外立ち入り禁止の区画に足を伸ばす。
人目がないのを確認してからそっと扉を開いて中に入った。
「侵入成功。楽勝だね」
素早く移動して最も近い位置にある個室に入って身を潜める。
「さて、と」
それからしばらくして。
「失礼しまー……あ、ホントにいた」
「どうもー、マネージャーさん」
恐る恐ると言った風に個室を訪れたのは園咲のマネージャーさん。
「頼んでたの用意してくれました?」
「しましたけど……」
「ありがとうございます」
マネージャーさんからスタッフ用の衣服を受け取り着替える。
「よし、これでどこからどうみてもスタッフの一人でしょ」
「ですね。でも、本当にいるんですか? その、怪異って。美琴から聞きましたけど、どうにも信じられなくて」
「いますよ、見えないだけで。その辺にうじゃうじゃ。このドームにもね」
「まぁ、以前にも美琴を助けてもらっていますし信用しますけど。これバレたらちょーヤバいですから、本当に頼みますよ」
「全幅の信頼を置いて大丈夫ですよ。プロなんで。じゃあ、ちょっと行って来ます」
「あ、はい」
個室を出て堂々と廊下を渡るとスタッフさんたちがちらほらと見えてくる。
「イヅナ。問題は?」
ポケットに小鳥が潜り込む。
「今のところ順調。そっちは?」
「こっちも順調だ。ここは人目もカメラも多いから式神を放つのも一苦労だが、なんとか裏手に配置したよ」
「了解。その調子で続けてくれ」
更に廊下を突き進めばステージの裏手に辿り着く。
開演直前とあってスタッフが慌ただしく行き交い、あらゆるところで指示が飛び交っている。
そんな緊張感で張り詰めた雰囲気の中を進むと本番を控えたアイドルたちが緊張した面持ちで集合していた。
その中には当然、アイドル衣装を身に纏う園咲の姿もある。
声を掛けて驚かそうとも思ったけど、止めて置いたほうがよさそうかな。
「えーっと」
その辺のテーブルに置いてあった資料を手に取り、読む振りをしてアイドルたちを観察する。
要注意人物は楠木、水戸、金子の三人。
不仲説は本当なのか、園咲からすこし遠い位置にそれぞれがいる。
「怪異の気配はしないな」
あれだけ濃い瘴気を発生させる妬み嫉みの悪感情だ。
本人さえも悪感情に引き寄せられた怪異に取り憑かれている可能性が高い。
その怪異を祓いさえすれば、今回の件は万事解決なんだが。
「あの三人は違うのか、隠れんぼが上手いのか。どっちだろうな」
どちらにせよ、現段階では判別が付かないのが正直なところだ。
「おー!」
観察しているうちにかけ声が響き、円陣を組んだアイドルたちが一斉に手を上げる。
心を一つにしたエンジェルバトンのメンバー全員がステージへと掛けていく。
その背中を多くのスタッフが見送り、その後すぐにオーバーチュアが流れ出す。
「始まったか。最後の晴れ舞台だ、無事に終わらせるぞ」
「あぁ、そうしよう」
オーバーチュアが途切れ、一曲目のイントロが流れ出す。
観客の歓声が地響きのように響き、アイドルたちの歌声が轟く。
音が質量を持ったように感じられて、ライブが始まったんだと教えてくれた。
「いいね、気に入った」
速いところ怪異を見付け出して、ライブを満喫しよう。
「八百人。不審な奴は見掛けたか?」
「いや、今のところは。怪異のかの字もない。平和なものだ」
「ステージ上のアイドルたちは?」
「それは僕より織子のほうが詳しそうだ。いま繋ぐよ。織子」
「ちょっと! いま滑り出しの重要なところなんだから邪魔しないでよ!」
「ごめんねー。でも大事なところだから。どう? メンバーに変わったところない?」
「みんないつもみたいにキラキラしてますけど。あれ、でも葵ちゃん、なんか調子悪そう?」
「葵、楠木葵か」
「ほかはわかんない! ねぇ、もういい? 集中したいんだけど」
「あぁ、悪かったよ。また連絡する」
「はーい」
「だそうだ」
「現状、手掛かりは楠木葵の様子がちょっと変ってだけか。まずはそこからだな」
楠木葵は一曲目から数曲を跨いでようやくステージを一旦下りるセットリストになっている。
その間、ステージを先に下りた水戸と金子の両方にそれとなく近づいて確認してみたが、やはり怪異の気配はしなかった。
こうなると楠木葵が俄然、怪しい。
「来たな」
曲が終わり暗転、汗で額に前髪を貼り付けながら楠木葵がステージを下りる。
なるほど、たしかに調子が悪そうだ。
普段クールで大人な雰囲気で売ってる彼女が、今ばかりは年相応にフラフラだ。
「これ、どうぞ。冷えてますよ」
「あ、ありがとうございます」
結露するくらい冷えた水のペットボトルを差し出して接触を図る。
「大丈夫ですか? 体調悪そうですけど」
「あぁ、そう見えますか? やっぱり。でも、大丈夫です。美琴の卒業ライブ、絶対成功させたいから。私が足を引っ張るわけにはいかないので」
「そうですか」
なーんだ、不仲説なんて嘘っぱちじゃん。
小さな画面に映し出されたステージ上の園咲を見て、楠木葵は微笑んでいた。
となると、手掛かりがなくなっちゃったわけだけど。
「いや」
たった今、怪異の気配を感じた。
一瞬だったけど、確実に。
これまで完全に姿を消していたのに、今になってなぜボロを出した?
状況的に考えられるのは、いま目の前にいる楠木葵。
彼女がトリガーか?
ちょっと試してみるか。
楠木の足下に小さく魔術を発動させ、バチッと雷が弾ける。
「きゃっ!?」
歌って踊ってフラフラなところで驚いて足下が狂えば倒れてしまうのは当然。
「危ない!」
倒れそうになる楠木を抱きかかえるようにして支え、自作自演の完成。
「大丈夫ですか?」
「あ……は、はい」
「無事でよかった」
激しめのダンスを踊った直後だからか、抱きかかえられて恥ずかしいのか。
普段とは違う赤面した楠木は、数秒ショートしたように目を見開くと、慌てて自分の足で立った。
「楠木さん! 衣装チェンジ!」
「あ、はい! あの、ありがとうございました!」
深々と頭を下げてから、急いで衣装さんの元へと駆けていく。
その背中を見送った後、思わず口角がつり上がった。
「さーて、見付けたぞー」
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