第8話 妹

「イヅナ。見た? この前撮影した心霊番組のオンエア」


「あぁ、見た見た。編集ってすげーって思ったぜ。まさかあの自称霊能力者が最後までいたことになってるとはなぁ」


 あれは本当に予想外だった。


「シーンを切り取りして前後バラバラに繋ぎ合わせていたね。しかも彼女がいない区間はチャレンジゾーンってことになってた」


「そーそー。霊能力者なしで先に進まなければならない! って迫真のテロップとナレーションな」


 画面にでかでかと貼り付けられていて、あたかも最初からその予定だったかのような見事な偽装だ。


「そのせいで心霊番組なのに若干バラエティー色が強くなっていたようにも思えるけど、見事な手腕と言わざるを得ないね」


「まぁ、自称霊能力者の寸劇がばっさりカットなのはちょっと惜しかったけど。俺も見たかったー」


「それに伴って雷鳴も消えてたのはもっと惜しかったね。絶妙に獣の叫び声みたいに反響してたのに」


「怖すぎてNGだったのかも。もしくは寸劇をどうしてもカットしたかったか」


「後者だろうね」


「後者だろうなぁ。あー、見たかったなぁー!」


 感想会を終えるとちょうど今日の目的地が見えてくる。


「おぉー、すっげ。園咲ここでライブすんの? やべー! ドームじゃん!」


「エンジェルバトンは国内有数のアイドルグループだからね」


「あれ? でも人気は園咲一人で持ってるって話じゃなかった?」


「そうだよ。それくらい圧倒的なんだ、園咲さんは」


「へぇ。まぁ、わかる気はするけどな」


 明るくて、可愛くて、性格もいいと来れば好かない男はいない。


 まぁ、その要素を持った女なんて芸能界にはごまんといるから、その人たちにはない何かを園咲は持っているのかもな。


「ん? あれ、妹ちゃんじゃね?」


 長い髪を終端で結んだ髪型。


 幼いけれど八百人の面影を感じる顔つき。


 周囲に漂う魔力の残滓。


「どれどれ……ホントだ」


「おーい、織子おりこちゃーん!」


「ひゃっ!? あ! イヅナくん!」


 一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに俺たちに気づいた織子ちゃんは、だだっとこっちに駆けてきた。


「と、八百人」


「僕はついで?」


「イヅナくん。どうしてここに?」


「実は俺たちもライブを見に来たんだ。関係者席だけど」


 ひらひらとチケットを見せる。


「あ、関係者席は邪道だよ! イヅナくん。ファンならチケットのご用意を推しに願って当選したらSNSでマウントとらないと!」


「へぇ、そうなの。今度から気を付けるよ」


「ならば、よろしい」


「ところで織子」


「なに、八百人」


 織子ちゃん、さっきから八百人と話す時だけぶっきらぼうになるな。


 一人っ子の俺にはわからないけど、たぶん兄妹なんてそんなものなんだろうけど。


「ライブ中に魔術は使うなよ」


 ぎくり。


 と、図星を疲れたように織子ちゃんは固まった。


「折神で折った式神と視覚共有してベストポジションからライブを観賞しようとしてるだろう」


「べ、べつに? そんなことしないけど? 考えたこともなかった」


「嘘だね」


「……そ、双眼鏡の代わりなんだからいいでしょ! ちゃんと不可視にするから! カメラに写り込まないように注意するし、どうせみんなステージしか見てないんだから絶対バレないもん!」


 たしかにドームを埋め尽くすほど大勢の人がいても、その注目が別のモノに向かっている限り、式神の不可視は破られ難い。


 平時でも多くの人の視界を遮る形で式神を展開しなければ大丈夫。


 生放送中に突っ込んだりとかは論外。


 撮影カメラの写り込みには本当に注意しないと行けないけど、織子ちゃんの言う通り式神が一般人に見えることはまずない。


「双眼鏡の代わりなら双眼鏡を持ち込めばいいはずだ。なぜそうしない?」


「双眼鏡が禁止になっちゃったの! 盗撮防止とかで!」


「なら尚更ほかのファンと同じ条件でライブに望むべきじゃないのか? それがライブをする推しに対する誠意ってものだろう」


「うぅ……でも、今回は座席が悪いし、それに推しの卒業ライブだもん! えーん! イヅナくん! 八百人がいじめるー!」


 織子ちゃんに抱きつかれたので、優しく頭を撫でる。


 子犬みたいに。


「おぉ、よしよし。八百人、織子ちゃんが可愛そうだろ?」


「僕は事実を言っているだけだが?」


「それに今回は許してやれよ。ほら、織子ちゃんの式神が役に立つかもよ」


「役に?」


「はぁ……必要ないとは思うが、保険は掛けておいたほうがいいか」


 きょとんとしている織子ちゃんに、今回の件を話す。


 俺たちがここに来た目的はライブを楽しむのもそうだけど、一番の理由は園咲美琴に纏わり付いている瘴気の大本を叩くこと。


 その事情を話すと。


「ぐああぁああああああああ!」


 織子ちゃんが発狂した。


「聞きたくなかった、聞かなきゃよかった! そりゃ人気じゃ美琴ちゃんのワンマンチームだったのはたしかだけど、みんな仲良しだと思ってたのにぃ! ぐおおおおおっ!」


「お、落ち着いて、織子ちゃん。まだメンバーがそうだとは決まってないから」


「そうだよ。ほかの近しい人かも知れないだろ。スタッフとか、家族とか、プライベートな友人とか」


「そう? そうだよね! そうに決まってる! あんなに仲良しなんだもん! あぁ、でも真実を知るのが怖いぃいいい! この記憶を今すぐ消したい、ライブの前なのにこれじゃ純粋な気持ちでコールできないぃい!」


「話さないほうがよかったかも」


「だね」


 とはいえ口から出た言葉は取り消せない。


「じゃあ、俺たちではっきりさせよう。織子ちゃんは客席から式神でステージを監視、俺と八百人は裏側を担当するってことで」


「ううううぅ……わかった! 協力する! どんな現実でも受け入れる! 一ランナーとして!」


「ランナー?」


「ファンの呼称だよ。エンジェルバトンって名前にちなんで」


「あぁなるほど」


 話しているうちに時間が差し迫る。


 俺たちは急いでライブ会場へと向かった。

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