第6話 心霊番組
「夕暮れの廃病院。雰囲気あるねぇ。如何にもって感じ」
「日が落ちるまでまだ時間がある。今のうちに僕が式神を放ってある程度、怪異を祓っておこう」
「いいね、じゃあ俺は打ち合わせに行ってくる。段取りの最終確認」
「いってらっしゃい」
空夜に染まりつつある中、手早く建てられた仮設テントの下で打ち合わせ。
簡易机の上に広げられた廃病院の間取りにはすでに事細かにこれから起こることが書かれている。
ラップ音、独りでに落ちる空き缶、何故かぽつんと置かれた日本人形、などなど。
各ポイントにイベントの如く設置され、俺たちを率いる霊能力者を先頭に廃病院を巡る形になっている。
「――これで段取りの確認は終了です。なにか質問はありますか?」
「じゃあ私から一つ、質問じゃないんだけどねぇ」
と声を出したのは霊能力者の
五十代くらいの女性で常に数珠を握り締めている。
「ここなんだけど。このルートは危ないと思うのよ」
「危ない、ですか?」
「えぇ、悪い気が満ちていて非常に危険よ。私なんかは大丈夫ですけど、ほかの出演者さんは体調不良になってしまうかも知れない。ひょっとしたら悪霊がいるかも」
「あ、悪霊ですか。しかしですね、もうセッティングを始めちゃっていますし」
「出演者の身の安全とセッティングの手間どっちが大事なの? 悪いことは言わないわ、いいから言う通りになさい。でないと」
「でないと?」
「全員、呪い殺されるわよ」
鬼気迫る表情と鋭い目付きに睨まれ、スタッフさんが怯む。
「わ、わかりました。それじゃあ、えーっと。こうしましょう」
最終的にスタッフさんが折れる形で進行ルートは変更となった。
それに伴い、仕掛けたカメラやイベント用の小物なんかも再配置となり、何人かのスタッフさんが廃病院へと駆けていった。
その様子を笑みを浮かべて眺めた奥民さんは満足そうにロケバスへと戻っていく。
「紫雲くん。今の話って」
「うん、デタラメ」
「えぇっ!?」
「そりゃもう口から出任せって感じ。いるんだよね、あぁいう自称霊能力者。中には本物もいるんだけど、あの人は偽物だ。ちょっとだけ霊感はあるみたいだけど」
「じゃあ、どうしてあんなことを?」
「簡単に言えば自己肯定だよ」
「自己肯定?」
「自分には霊感がある。他の人とは違う。特別な存在だ。って具合に自尊心を肥大化させていった人間はいずれ心と現実のギャップに苦しむことになる」
残念なことに俺の身近にもそういう奴が一定数いる。
「どこまでも大きくなるプライド。それにそぐわない現実。誰も特別な自分を正当に評価してくれない。現実はクソだ。あぁ、腹が立つ。とまぁこんな具合にストレスが溜まるんだ。すると、あんな風にデタラメを言うようになる」
「……あの人は、帳尻会わせがしたいんだね。プライドと現実の」
「そう言うこと。あんな風にデタラメを言って自作自演して、自分で自分を肯定するしかない。スタッフさんを振り回して、さぞ気分がいいだろうねー。まぁ、あの人がただちょっとだけ霊感があるだけなら、別にそれでも大した問題はないんだけどね」
たとえばこれが魔術師だったら。
ちょっとした霊感じゃなく、歴とした魔術を習得した者だったら。
振り回されるのは周りの数人だけじゃ収まらない。
「準備できました! 撮影を始めます!」
日も暮れてどっぷりと夜に使ったころ、心霊ロケ番組の収録が始まろうとしていた。
「イヅナ。すこし面倒なことになってる」
「どうした?」
「放った式神が返り討ちにあった」
「八百人の式神が? 随分と生きの良いのがいるんだな」
「あぁ。これから一段回強い式神を送るんだが、どの程度の怪異なのかまだわからない。場合によっては二段三段と強くする必要があるかもね」
「そうか……となると式神や怪異がカメラに写り込む可能性も高くなるな」
式神も怪異と同様の性質を持つ。
術者の意思で可視不可視を選択できるものの、やはりフィルターを一枚挟むことで可視化されてしまう。
心霊ロケだ、多少は映り込んでもヤラセってことで処理できるけど、出来るなら避けたいことだ。
「わかった。なら、俺がぱぱっと行って片付けてくる」
「その間の収録はどうする。僕はともかくキミがいなきゃだろ。いや、待て、まさか」
「そのまさか。式神で俺を折れば行けるだろ?」
「出来なくはないが、どうしたって不自然になる」
「その辺は大丈夫だ。俺たち長い付き合いだろ? 友情を信じろ」
「それ立場が逆の時のセリフじゃないかい? とはいえ、それが一番無難ではあるか。しかしな」
「そんなに不安なら――あ、おーい。園咲」
「なんですか?」
「俺、ちょっと式神と入れ替わるからフォローお願いできる?」
「えぇ!? 入れ変わっ、えぇ!?」
「イヅナはいつも唐突すぎるんだ。見せたほうが速い」
八百人が魔術を用いて俺の姿形をした式神を折る。
「わっ! イヅナくんが二人!」
「今からこの式神と入れ替わって怪異をしばいてくるから、あとはよろしく!」
「怪異を!? えっと、うんと、わ、わかった。収録はなんとかする!」
「ありがとう! マジで助かるよ! それじゃ、行って来まーす!」
照明の届かない暗い茂みに飛び込んで廃病院の裏手に回り込む。
割れた窓から内部に侵入すると瘴気が廃病院の奥へと流れていくのが見えた。
「親玉はあっちか。とっとと片付けよっと」
瘴気の流れに沿って廊下を進むとちょうど待合スペースに出る。
そこではすでに収録が始まっていて、スタッフさんと出演者がいた。
「さぁ! ということで!」
「ちょっと、声が大きいよ」
「うるさーい」
「始まりましたけれども。どうですか? 美琴ちゃん」
「私、幽霊とか平気なんですけど、もう帰りたいですね」
「全然、平気じゃないじゃん!」
収録は始まったばかりとあって順調に進んでいる。
カメラの向いている方向に注意しつつ、そっと背後を通り過ぎる。
「ん!? いま何か通らなかった? 後ろ」
「え、なにヤダ。止めてよ、そういうの」
「いやホントだって。足音したよ」
「聞こえないって。怖がらせようとしてるでしょー、もー」
「おかしいなぁ?」
出演者に勘の良い人がいるみたいでちょっと見付かりかけたけど、無事に所定のルートへと戻っていった。
「危ねぇ。速いところ始末を付けないと」
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