第5話 ロケ

「白冠の魔術師がこんなところでなにを?」


「いやね、イヅナくんの初舞台を見物しに来たのさ」


「どうでした?」


「なかなかよかったよ。あれならキミの人気はまだまだ続きそうだ」


「ははー。ん? いや、でもそれじゃダメなんじゃ」


「たしかに和尚や魔術界隈全体から見るとね。でも、僕は違う」


 湯気の立つ茶を飲み干して、音無さんは続ける。


「僕はね、もうそろそろ秘匿を破るべきだと思っているんだ」


「魔術や怪異の存在を公表する、と?」


「まだ時期じゃないとは僕も思ってるよ。でも、正直なところ今回の件みたいに魔術や怪異を世間から隠し通すのは難しくなって来た。誰もが撮影者になれる時代だ、きっといつかその日がくる」


「……不意にすべてが暴かれるより、少しずつ公表して慣らしていったほうがよい、ということですか」


「そういうこと。流石だねぇ」


 音無さんは愉快そうに笑みを浮かべた。


「僕はね、キミにその足がかりになってほしいと思っているんだ。イズナくん」


「俺、ですか」


「まぁ、それもキミの爆発的人気が続けばの話だ。是非、今後もテレビに出演し続けてほしい。そのためのサポートは惜しまないよ」


「あ、もしかしてパフォーマンスの音楽とか表現指導とかが妙に凝ってたのって」


「そういうこと。和尚たちには内緒だよ」


 一過性のブームとして終わらせたがっている魔術界と、その影で秘匿の開示を目論む音無さん。両者の狭間にすっぽりと入ってしまったのが俺ってことか。


「それじゃあ僕はそろそろお暇するとしましょうかね」


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


「じゃあね、色々と頑張って」


 楽屋を出て行く音無さんを見送り、しばらく扉を見つめ続ける。


「もしかして思ったより面倒なことになってる?」


「みたいだね。ま、頑張って」


「面倒くせぇえええ!」


 思っていたよりも芸能活動を長く続けなければならないかも知れなかった。


§


 初めての番組収録から幾日か経った。


 その後もいくつかの番組に出演させて貰い、芸能活動を続けさせて貰っている。


 そう言えば例の生放送を切り抜いた動画が削除されたらしい。


 権利侵害だとかなんとかで吹き飛んだ。


 直前の再生数はなんと七百万を超えていたとか。


 流石に黙認しては居られなかったらしい。


 まぁ、大本が消えてもネットにごろごろ同じ動画が転がっているんだけどな。


「ねぇ、あの人そうじゃない?」


「えー、どうだろ。和服着てないよ?」


「オフに衣装着るわけないじゃん。絶対そうだって」


「んー、そう言われて見るとそんな気がしてきた」


「絶対イヅナくんだって」


 そんな折り、携帯端末と俺をちらちら交互に眺めて噂するギャルに出会った。


 出会ったというか遠巻きに見られているだけなんだけど。


「やあ!」


「わっ! やっぱりそうじゃん!」


「わー! ファンサしてもらっちゃった!」


 こうやって返事をするだけでも喜んでもらえる。


 芸能人をやるのは面倒だけど、こういう反応は嬉しい。


「人気者だね、イヅナ」


「ふふーん。気持ちいー! 癖になりそう」


「今のうちに楽しんでおきな。いずれは引退するんだから」


「まぁな。そういや八百人はどっち派なんだ?」


「どっちとは?」


「秘匿か開示か」


「あぁ、その話か」


 音無白冠魔術師が楽屋でしてくれた話。


 世間に対してこれまで秘匿していた魔術や怪異の存在を開示するか否か。


「開示したほうが魔術師の本分を全うし易くはなるよね。でも反面、開示によってもたらされるパニックの規模は想像が付かない。社会構造がひっくり返るわけだからね」


「で? 結局どっちなんだよ」


「そうだな。時と場合によるかな」


「なんだそれ」


「そういうイヅナこそどっちなんだい?」


「俺も似たようなもんだ。現時点でどっちがいいかなんてわからん。まぁでも秘匿が開示された世界ってのも見て見たくはあるかもな。面白そうだし」


「面白い面白くないで決めるのか。イヅナらしいけど」


 たとえ世界が変わっても、魔術師の仕事は変わらない。


 だったら面白そうなほうに期待するのが道理ってもんだ。


「今日の収録はー? マネージャー」


「ロケ番組だよ。知ってるでしょ」


「こう言ったほうが芸能人っぽいじゃん。」


「もう何度も番組に出演してるんだ、もう立派な芸能人だよ」


「マジ? 履歴書に芸能人って書いとこー!」


 テレビ局につき、袴に着替えて駐車場へ。


「おー、ロケバスだ。見たことある」


「こうして見ると大きいね」


「あ!」


「ん?」


 ロケバスから視線を移すと、見覚えのある人が駆け寄って来ていた。


「あ、園咲だ。おはよう!」


「おはよう、紫雲くん。マネージャーさんも。今日、一緒なんだ」


「みたいだね」


 ちらりと八百人に目配せをする。


「先日は本当に」


「いやいや、お礼なら聞き飽きたよ」


「ダメだよ、私の気が済まないもん。だから、はいこれ」


「チケット?」


 差し出されたチケットは二枚。


「私の卒業ライブなの。お礼になるかはわからないけど、紫雲くんに見て欲しいから。あ、もちろんマネージャーさんもっ」


「そういうことならありがたく受け取らせてもらおうかな。わぁ、ライブのチケットか。俺、こういうの行くの初めてなんだよね」


「そうなんだ、じゃあ絶対に最高のライブにしてみせるから。期待しててね!」


「あぁ、楽しみにしてる」


 二枚のチケットを受け取ったところで園咲はマネージャーに呼ばれて行った。


 その背中を見送ると、八百人が側にくる。


「また瘴気に絡みつかれてたな」


「あれは根本を解決しないとダメそうだね。いま祓ったけど、正直焼け石に水だ」


「近いうちに行動に移さないといけなさそうだな」


 俺たちが勝手に動いて解決できるならそれでよし。


 ダメなら心苦しいが貴方は誰かに恨まれてますと伝えるしかない。


「準備できました。乗ってください」


 俺たちや園咲たち、他の出演者を乗せてロケバスは出発する。


「どこでロケするんだっけ?」


「たしか山の麓にある廃病院だったはずだよ。ほら、あそこ」


「あぁ、あそこか。あそこでねぇ。あんなところでねぇ」


 ロケに向いてるとは思えないけど。


「あの、もしかしてこの前みたいなお化けがいたり……」


「いるよ。あそこは定期的に瘴気の吹き溜まりになる怪異の住処だから」


「えぇっ!? だ、大丈夫なの?」


「んー……まぁ、大丈夫なんじゃない? 俺たちがいるし」


「案外いい絵が撮れるかもね。夏の定番、心霊番組なんだし」


「えぇええええっ」


 園咲の不安そうな顔を余所に、ロケバスは目的地に辿り着く。


 地面に下りた瞬間、渦巻く瘴気に頬を撫でられた。


 今にも崩れそうなボロボロの廃病院。


 ガラスは割れているというよりかは朽ち果てていて、建物の表面は劣化によってひび割れ、それに這うように黒カビが生えている。


 決して衛生的とは言えない見た目だし、清潔な病院だったとは思えない雰囲気だ。

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