第4話 アイドルの行方

「なら、俺たちが探して来ますよ」


「え? でも」


「マネージャーさんはここに居てください。帰ってくるかも知れませんので」


「だいじょーぶ。俺たちに任せて」


 そう言い残して園咲美琴の楽屋を後にし、廊下を早歩きで渡る。


「八百人」


「もうやってる。式神を二十ほど飛ばした。テレビ局にいるならすぐに見付かる」


「いなかったら」


「その時は最悪を覚悟しなきゃね」


 瘴気を祓う祓わない以前に、園咲美琴は怪異に目を付けられていた可能性が高い。


 どうしようもなかったと言えばどうしようもなかったが、魔術師が二人もいてこの有様とはな。


「俺は上、八百人は下」


「いいよ。けど、くれぐれも」


「人には見られるな、だろ?」


「わかってるならいい。行こう」


 テレビ局内は式神が捜索してくれる。


 俺たちは中にいなかった時のために外へと向かうこと。


 俺は屋上、八百人は出入り口。


 エレベーターの前を素通りして階段へ。


「こっちのが速い!」


 魔術を唱えて全身に稲妻を纏い、全速力で駆け上がる。


 一瞬にして最上階にまで辿り着き、その更に上の屋上に到達した。


「八百人」


 魔術の一種で八百人と連絡を取る。


「どうした? 見付かったのか?」


「あぁ」


 見上げた空には背中に翼を生やした山伏装束の男が立っていた。


 その脇には意識のない園咲美琴が抱えられている。


「お空で天狗てんぐとデート中」


 天狗が逃げた。


「ちょっくら茶化してくる」


 屋上の床を蹴って跳躍、ビルの壁面に足を付けて駆け、更に次の建物へ。


 街の隙間を紫の稲光を引いて駆け巡り、空を行く天狗を追い掛ける。


「ん、んんん。あれ、私――え、えええぇええええええええ!?」


「お、気がついた」


 そりゃ目が覚めたら空を飛んでたなんてびっくりするだろうな。


「しゃべると舌噛むぞー」


「あ、あなたは紫雲くん!?」


「そ。助けてあげるからちょっと待ってて」


 とは言ったものの。


「高度が足りないか」


 天狗はぐんぐん高度を上げている。


 ビルの屋上から跳んだとして、まぁ追い付けるだろうけど問題はそこから。


 空は天狗のホームグラウンド。空中戦で有利を取られるのは必然。


 園咲を脇に抱えているとはいえ、それはこっちも気を遣わなければならないことだ。


「それに」


 いい加減、俺のことが鬱陶しくなったのか、紅葉みたいな形の扇が振るわれる。


 巻き起こされた風は鎌鼬となって斬撃の雨が降り注ぐ。


「簡単に避けられるけど、避けちゃいけないのが魔術師の辛いところだよねぇ」


 指を三本伸ばして銃の形を作り、照準を鎌鼬に定めて紫電の弾丸を撃つ。


 それは風の刃を撃ち抜いて破壊し、続け様にすべての攻撃を無力化する。


 こうしないと街に被害が出て始末が面倒。


 攻撃を全部撃ち落とさなきゃいけないほうも良い勝負な面倒臭さだけど。


「さて、どうするか。長引かせたくないな。あ、そうだ。八百人、いまどこにいる?」


「いま屋上についた。稲光がよく見えるよ」


 俺に追従して飛び、肩に乗った小鳥から八百人の声がする。


「なら、ちょうどいい。この前の蛇、出してくれ。高度が足りん。どうせもう折り方見付けたんだろ? 速く、ハリー!」


「やれやれ。相変わらず式神使いが荒い」


 八百人の血統魔術、折神おりがみ


 折紙の如く魔術を形作り、どんな形の式神でも作り出せる。


 それは一度見た怪異も例外じゃない。


「来た来た!」


 テレビ局の屋上から蛇行して迫る大蛇。


 空中を泳いで俺を追い抜くと、垂直に登って螺旋を描く。


 螺旋の中に天狗を閉じ込めた。


「さっすが八百人くん! 仕事がはやーい!」


「馬鹿言ってないでさっさと片付けな」


「そうする!」


 大蛇の螺旋階段を駆け上り、天狗の元へ。


「悪いけどデートは中止!」


 稲妻を纏った蹴りが天狗の長い鼻ごと顔面を打つ。


 存在の消滅には至らなかったけど、目的達成には十分な威力。


 衝撃で体勢を崩した天狗はまんまと園咲を手放した。


「お、落ちるぅうううう!」


「大丈夫。捕まえた」


 蛇腹を蹴って園咲に追い付き、その体を抱きかかえて方向転換。


 手銃を天に向け、こちらを追跡しようとする天狗に照準を合わせる。


「もう手加減の必要はないよなぁ!」


 天から落ちる一条の光。


 雷鳴を伴い落ちた雷。


 蛇の螺旋を潜り、天狗に落ちた落雷は羽根を焼き尽くし、天狗の存在を塵芥へと帰す。


「はっはー! 俺の勝ちー!」


 螺旋を解いた蛇に乗ってテレビ局へ。


 早急に纏わり付いていた瘴気を祓い、楽屋へと連れて行った。


「美琴! あぁ、よかった!」


「ご、ごめんなさい」


「いいのよ、無事ならそれで」


 園咲を本当に心配し、安堵しているように見える。


 この件にマネージャーは関係なさそう。


「それじゃあ俺たちはこれで」


「あ、待って。助けてくれてありがとう。なにかお礼を」


「ホントに? なにしてもらおっかなー」


「イズナ」


「冗談だよ」


 これも仕事の一環だし。


「今日のこと、誰にも話さないでくれたらそれが一番のお礼だよ」


「そういうこと。それじゃあこの後、僕たちにも予定があるので。それでは」


「あ、はい」


「冷たいよなー?」


「イヅナ」


「へいへい」


 若干無理矢理に話を切り上げて園咲の楽屋を後にする。


「芸能人ってやっぱ凄いよなぁ。アイドルだけあって滅茶苦茶かわいかったし。ありゃただの一般人じゃ太刀打ちできないわ」


「惚れた?」


「まさか。俺もそこまでちょろくない」


「あの子は違うかもよ。命の恩人だし、イヅナも顔は芸能人級だしね」


「たしかに、惚れられちまうかもな」


「そこは否定するところでしょ」


「俺は謙遜しない男なの」


 着替えを済ませようと自分の楽屋に戻ると、座布団の上に人が座っていた。


「あれ? 音無さんじゃないですか」


「やあ、お邪魔してるよ」


 音無白冠魔術師。


 なんで俺の楽屋に?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る