第3話 番組出演


「いやー、知ってもらえてて嬉しいですよ」


 この悪感情の瘴気の渦の中心にいるのは間違いなく園咲美琴だ。


 でも彼女から発せられている訳じゃない。


 むしろ纏わり付かれていると言ったほうが正しい。


「この後、パフォーマンスするので楽しみにしててください」


「本当ですか? 生で見られるなんて。とっても楽しみにしてます」


「きっと期待に応えられると思います。それじゃあ」


「はい! 本番では、よろしくお願いします!」


 扉を閉めて瘴気を遮断し、その足で自分の楽屋へと戻る。


「厄介なファンかアンチ……いや、それだと遠いな」


「あぁ。あの濃度の瘴気だ、彼女の身近にいる人から向けられた悪感情だろう」


「身近。あの楽屋で俺たちを睨んでたマネージャーとか?」


「それも要因の一つかもしれないね。あと考えられるとすれば同じアイドルグループのメンバーか」


「どー見ても嫌われるような子には見えなかったけどなぁ」


「彼女は卒業が決まるまでずっとセンターを譲らなかったし、実質エンジェルバトンの人気は彼女一人で持っていたと言っても過言じゃなかった。実際、彼女が抜けたら終わりだとファンですら言ってるくらいだ」


「よく知ってるな、アイドル事情」


「妹がアイドル好きなんだよ」


「そう言えばそうだっけ」


 楽屋に戻り、また座布団に腰を据える。


「つまり同業者ゆえの嫉妬か。なんにせよ、あのまま放置してたら危ないな、彼女」


「あぁ、あの瘴気はいずれ怪異を呼び寄せる。いつ襲われてもおかしくない」


「とりあえず番組の収録が終わったらそれとなく近づいて瘴気を祓っておくか。チャンスがあれば収録中にでも」


「よく考えて行動するんだよ。生放送なんだから。いま置かれている立場を忘れないように肝に銘じること」


「へーい」


 ノックの音が聞こえて呼び出しがかかる。


 案内される形でスタジオに向かうと、何台ものカメラとスタッフに出迎えられた。


 今回、出演オファーを貰ったのは朝の情報番組で生放送。


 レギュラーのタレントや芸人たちが世間のトレンドにリアクションを取っていくバラエティ色の強い形式のものだ。


 俺はそのゲスト枠として番組の途中で参加。パフォーマンスと軽いトークをして出番終了となる。


「おー、始まった」


 出演者が位置に付き、番組が始まった。


 MCから始まり、出演者の紹介と芸人弄りを済ませ、話題は世間のトレンドへ。


 今人気のスイーツや話題の飲食店へのロケ、芸能人のスキャンダル、政治関連のニュースとつつがなく番組は進行していく。


「出番が近いけど、緊張してる?」


「ぜーんぜん。ただ魔術を披露するだけでしょ? 余裕余裕」


「僕との打ち合わせは?」


「ちゃんと憶えてるって。心配性だなぁ」


「キミはすぐに調子に乗るから釘を刺してるのさ。ほら、出番だ」


「あぁ、行ってくる」


 迸る稲妻と霧散する大蛇。


 紹介として例のシーンが流れ、いよいよ俺の出番がくる。


「それではお呼びしましょう。現在話題沸騰中のエレクトリカルパフォーマー、紫雲イズナさんです!」


「どーもー」


 エレクトリカルパフォーマーって。


「いやー。先日は生放送に乱入というとんでもないことをしでかしてくれまして」


「いやー、その節は本当に申し訳ない。お詫びにここで最高のパフォーマンスをするんで許していただきたいですね」


「おお! それは楽しみですね。それでは早速パフォーマンスを見せてもらいましょう。どうぞ!」


 照明が暗くなると共に軽快な音楽が流れてくる。


 フリー音源でも既存の音楽でもない。


 俺の芸能界入りにあたって魔術界が用意してくれたものだ。


 音楽に合わせて魔術で稲妻を放ち、ダイナミックに体を動かしてそれっぽさを演出。


 更には八百人の鳥の式神が九つ現れ、それを稲妻で撃ち抜いていく。


 舞い散る羽根の最中、最後に宙に浮いた体を落雷と共に着地させ、ポーズを決めてパフォーマンス終了。


「すごーい!」


「どうやってるの!?」


「あんた凄いじゃない!」


 照明が明るくなり、MCが拍手で迎えてくれる。


 ほかの出演者も雛壇から立ち上がり、惜しみなく手を叩く。


 上手く行ったみたいでほっとした。


「いやー、凄いもの見せてもらいましたね。どうやってるんですか?」


「それは企業秘密ってことで勘弁を」


「んー、問いただしたいところですが、残念ながらそろそろお時間です。それでは皆さん、また来週ー!」


 そのまま放送は終了し、無事に番組出演を乗り切れた。

 

§


「ふぅー……自画自賛するけど結構よかったんじゃない? 俺」


「そこは自画自賛じゃないけど、じゃないのかい?」


「でも、よかっただろ?」


「まぁね。練習の成果が出てたよ。あれならパフォーマーとして説得力が出る」


「だろー?」


 まずは順調にスタートを切れた。


「さて、じゃあお別れの挨拶をしに行きますか。あの子の瘴気も祓ってあげよう」


「それがいい。厄介な怪異が来る前に」


「それフラグか?」


 ドアノブを捻って楽屋の外へ。


 手短にお疲れ様でしたと挨拶を済ませて楽屋を渡り歩く。


「さて、ここだな。不自然じゃないように祓わないと」


「イヅナに出来る? 僕がやろうか」


「瘴気くらい俺でも祓えるっての」


 こんこんと軽く扉を叩いてノックする。


 すると、どたどたどたっと音がして勢いよく扉が開かれて鼻先を掠めていく。


「美琴! ――じゃ、ない?」


 出てきたのは血相を欠いたマネージャーだった。


「どうもー、楽屋挨拶に来たんですけど」


「そ、そうですか。それはどうも」


「いないんですか? 園咲さん」


「えぇ、まぁ。連絡が……」


「いないんじゃなくて、いなくなったってことですか?」


「……もしかして、いやそんなはず……」


 なにか事情がありそうだな。


「八百人。お前が建てたフラグのせいじゃねー?」


「縁起でもないこと言うもんじゃないよ。トイレでしょ、トイレ」


「いえ、それにしては長すぎるんです」


「便秘とか」


「イヅナ」


「ありえる話だろ? アイドルはトイレしないってか?」


「……美琴、最近視線を感じるって言ってたんです。もしかしたら……」


 視線。


 怪異は人に見えないが、視線だけは感じ取りやすい。


 視線を感じて振り返ったとき誰もいなければ、そこにいるのは不可視の怪異だ。


 もし彼女のいう視線の正体が質の悪いストーカーではなく怪異だったなら。


 園咲美琴は悪感情からなる瘴気に纏わり付かれている。


 可能性は十分過ぎるくらいあった。


 これ、ヤバいかもな。

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