第21話
「というわけで、チャンネル収益化申請が受理されたよーっ!」
【ふりーくしょっと!】三人が揃っての初の合同練習をしたその日。
練習を終えてシオネの家から帰宅するなり、私は大急ぎでアルエ用の銀行口座を申請した。休日だったが、いまはまさにオンライン通信全盛期。ネット銀行に申請をすれば、即日で口座の開設も可能という便利な時代である。流れるように配信サイトへ収益化申請を出せば、ものの数日で承認が下りた次第である。
で、さっそくアルエは報告のための配信を始めたわけであるが。
≪よっしゃああああああああああああ≫
≪ついに!!!!!! 待ってた!!!!!!!!!!!!≫
≪おめでとうございます!!!!:5,000円≫
≪収益化記念投げ:2,000円≫
≪ついにアルエへの課金のための貯金を崩す時が!!!!:10,000円≫
「わ、わっ! みんなありがとーっ! あ、ホリーさん、くわにいさん、いんちょさんも! いつも応援してくれてありがとねっ! えへへ、収益化しないんですか、って言ってくれてた人もいたけど、ちょっと事情があってお待たせしちゃって……」
≪推しに課金できる喜び:8,000円≫
≪祭りの会場はここですか?:12,000円≫
≪アルエだけなかなか収益化しないから、どうしたのかなって思ってました:30,000円≫
≪ずっと見てました、応援してます:500円≫
「って、あ、あっ、待ってーっ! みんな落ち着いてっ! 嬉しいけど、大丈夫っ!? いきなりそんないっぱい投げていいのっ!?」
≪今じゃなくていつ投げるって言うんですか!:3,000円≫
≪課金したいときにできる、それが投げ銭のいいところ:1,000円≫
≪ほうら、これであかるくなつたろう:1,5000円≫
≪ふりしょに課金するために稼いだお金なのでなにも問題ない:5,000円≫
ううむ、さすがはアルエである。配信が始まるなり、多数の課金コメントがぽんぽん投下されている。
致し方ない話だ。Vtuberとしてのアルエは、100万人を超えるチャンネル登録者を持ち、ライブ配信をすれば数万人だって集められる有名ストリーマーだ。にもかかわらず、これまでユニット配信を除き、個人としては一切の課金手段が存在していなかった。
こと推しに対しては財布のひもがゆるゆるになるのが、極まったVオタたちというもの。課金したいのにできなかった相手が、とうとう投げ銭解禁したとなれば、鬱憤を晴らすかのようにお金を投げるのも当然なのである。私だって投げられるものなら投げたいくらいだ。
「ダメだよみんな落ち着いてっ、お金はもっと大事にしなきゃっ! えっ、これ課金コメント止めた方がいいっ!?」
が、どうもオタクたちの軽率な課金に慣れていなかったアルエは、怒涛の課金コメントになぜか混乱しているようだった。
≪待って待って待ってwwwwww≫
≪課金させてくださいお願いします!:500円≫
≪じゃあなんで収益化したのさ!wwwwww≫
≪お祝いだから受け取って≫
≪ユニット配信でも投げ銭あったでしょ!w≫
「だってだって、急にいっぱいお金飛んできたんだよっ!? びっくりしちゃうよっ! ユニットの配信だとシオネやリリシアもいたし、二人の配信でもこんなに一気に来ることあんまりなかったし……深く考えてなかったんだけど、なんていうか、わたしはみんなと一緒に楽しく遊んでるんだーっ! って気持ちが強かったから、こんなにもらっちゃっていいのかなっ!?」
ちらりと、困惑をはらんだ視線が私を見る。
なるほど。アルエの戸惑いの理由が、わかったような気がした。
チャンネルを収益化することに関して、先日も言っていた通り、アルエ自身はあまりそれ自体にこだわっていたわけではなく、あくまでユニットとして足並みを揃えたかっただけなのだろう。自分が楽しみでやっている配信が、視聴者たちから受け取るお金につながる、という認識が薄かったのだ。
≪イインダヨー≫
≪私たちいつもアルエに楽しませてもらって、元気をもらってるから、そのお礼だと思って≫
≪ファンの気持ちを受け取るのもVtuberの使命よ≫
≪これが俺らからの信頼を一番過不足なく伝えられる手段だから:10,000円≫
だが、本人の意識はどうあれ、アルエは多くの視聴者に影響を与える人気Vtuberだ。コメントにもある通り、投げ銭はファンからの好意の形であると同時に、明確になった責任の形でもある。
アルエは配信することを楽しんでいる。その屈託のなさ、無邪気さが大きな魅力なのは間違いない。けれども、先日のお気持ちブログの一件が露わにしたように、不特定多数を相手にパフォーマンスしている以上、どうしてもその振る舞いには責任が付いて回る。あるいはブログが指し示していたのは、収益化していなかったからこそ生じた脇の甘さだったともいえるかもしれない。
ここまで来て課金コメントを受け取らない、というのは、責任から逃れようとするにも等しい。
「うーーーーん……みんなからの信頼、かあ。そっかあ」
収益化を阻害してしまっていた身としてはおこがましい限りだが、私はアルエに、Vtuberとしてもっともっと高くまで羽ばたいてほしいと思っている。であれば、ファンからの課金を避けて通ることは出来ない。
大丈夫だよ、受け取ってあげて。思いを伝えるように、アルエに向かってひとつ頷く。
「うんっ! わかった、みんなからの気持ち、ちゃんと受け止めるねっ! でもっ! ほんとに無理はしないでねっ! ただコメントくれるだけでも、すっごく、すーーーーーーーっごく嬉しいんだから!」
思いのたけを表すように、アルエはぶんぶんと両手を広げて振る。これでまた、アルエはVtuberとして新たな一歩を踏み出すことにできたのだろう。
それはそれとして。
いちいち反応がオーバーでリアクションが大きくて戸惑ったり悩んだり満面の笑みだったり表情がころころ変わるアルエがかわいくて仕方がないんじゃああああああああああああああ! わたわたするアルエを引き出してくれた全国のオタクのみんな、ありがとう。あなたたちのおかげで私は至福の地にいます。お金、お金払わなくていいんですか!? 本当に!? 明日夜道で後ろから刺されたりしない!? 隕石が落ちてきても文句は言えないんですが!!
声を漏らさないようにベッドの上で発狂する私を余所に、アルエは配信を続けている。今日は収益化報告がメインの雑談配信なので、視聴者からのコメントを拾いながら、益体のないトークが続いていく。
「えーっとなになに、今回の収入をなにに使う予定ですか? だってっ! どうしよう、あんまり考えてなかったっ」
≪でしょうねwwwww≫
≪マジで収益化をなんだと思っていらっしゃったのか≫
≪まあ一種のステータスではあるかもしれない≫
≪なんかゲームでも買うとか?≫
≪パソコンを新調する≫
「あっ、ゲームかあ。確かにそれなら、実況配信とかでみんなで楽しめるよねっ! みんなは、なにか実況してほしいゲームとかある?」
≪うーん、マジで配信のことしか考えてないわこの子≫
≪俺らと遊ぶことしか考えてないアルエが好きです≫
≪エルデの伝説とか≫
≪ブラッドソウルの時間だ≫
≪KAGEROから逃げるな≫
≪死にゲー推し多すぎィ!≫
≪いいからこれで美味しいものでも食べて:1,500円≫
≪割とマジでおやつ食べてるだけの配信とかでも全然いいんだけど≫
「死にゲーは、確かに今までやったことなかったけどっ! うぅー、わたしにできるかなあ。じゃあ、挙げてもらった仲からなにか選んでみようかなっ。食べてるだけの配信は……需要あるそれ!?」
≪あるある全然ある≫
≪食レポ配信とか普通にあるし、生活音ASMRとかもあるし≫
≪別所だけど若い女性声優さんがおやつ食べて悶えるのを聞くためだけに会費払ってます≫
≪お財布おじさんだ!≫
≪ふりしょの三人でご飯食べてる配信とかめっちゃ聞きたい。音だけでいいので!≫
「ええぇ……そういうのもアリなんだあ」
アルエはVtuberであり、活動としてはゲーム実況を主としているが、こうして人前に出ている以上は、本人の存在そのものがひとつのコンテンツだ。わかっていたことではあるが、収益化によってそれが如実になった。
自らの芸を売って対価を得る。ある種その完成形とも言えるアルエの姿に、私の中にふつふつと湧き上がってくる熱があった。それは憧れのようでも、羨望のようでも、嫉妬のようでも、焦りのようでもあった。
熱は心を突き動かす。私も動き出したい。その情動が、決意をひとつ固めさせる。
動かなければ、置いて行かれてしまうような気がして仕方がなかった。
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