第10話
待って待って待ってほんとに待ってなに言い出してるのこの子は!?
「ほら見て! これ全部サヤカのイラストなの、すっごく上手でしょっ!」
制止やツッコミをする暇もなく、アルエはスマートフォンを取り出して二人に画面を見せている。顔認証!!!! 仕事して!!!! いや物理身体は同じだから仕事してしまっているのだった仕事しないで!!!!
「だ、ま、ちょ、やめ」
シオネとリリシアに私のイラストを見せる、なんて暴挙を、飛び掛かってでも止めたいのに。相手が、推しだと思うと、手を掴むのも躊躇ってしまう……!
「これとか、これとか、わたしはこっちも好きなんだっ!」
「ほとんどアルエのイラストばっかりね」
「でも本当に、すごくきれいですね! 色使いもポップで暖かくて、なによりアルエさんの天真爛漫な魅力がいっぱいに詰まってます!」
「でしょでしょ! ほら、【ふりーくしょっと!】三人揃ってのイラストもあるんだよっ!」
あああああああ、やめてやめてやめてくださいお願いします、推し三人に下手の横好きレベルのイラストを見られて気を使った褒め言葉を言わせてしまうなんて、もうどうやってファンの皆様に謝罪すればいいのか……!
またも私はずるずるとテーブルの下にへたり込む。人見知りで隠れるとかではなく、本当に膝に力が入らない。頭上から聞こえてくる声に、むずがゆさが全身を駆け巡る。私なんかのイラストを褒めたって、死にかけた限界オタクの悲鳴しか出ないのに……。
「うん……確かに上手だね。で、アルエはサヤカさんに、私たちの配信用のイラストを描いてほしいってわけね」
「そう! どう、かな。こうやってオフでも会えたし、これからますます仲良くユニットを盛り上げていくのに、ぴったりだと思ったんだけど」
急にそんな話をされたところで、絶対二人とも戸惑ってるから!
「素敵だと思います! オフコラボ配信とかのサムネにイラストを付けたりしたら、きっとみんな喜んでくれますよ!」
待って。
「いいんじゃない? アルエと一緒にいる人格ってことなら、知らない人に依頼するよりトラブルの心配もないし」
お願い待って。ほとんど知らない人だよ私は!
テーブルの下で唖然としている間に、テーブルの上ではトントン拍子で話が進んで行ってしまう。だが、流れはさらに私の予想もつかない方向へ転がろうとしていた。
「なら私も言うか。そのオフコラボなんだけど、ひとつ提案があって」
「えっ、なになに?」
「シオネさん、それってもしかして……」
「うん。前から考えてた、【ふりーくしょっと!】のユニット曲ができたから、三人で歌えないかな」
なん……だと……【ふりーくしょっと!】の、ユニット曲!
シオネの衝撃的な発表に、思わず身体を起こしてテーブルの上に頭を覗かせる。
確かにシオネは歌ってみた系が本領で、時折発表する自作の曲も好評を得ている。けれどユニット企画としてはゲームや朗読劇、同時視聴などが主で、歌を取り扱うとしてもカラオケ配信をやるばかりだった。リリシアもアルエも、自分の動画や配信で歌を披露することは基本的になかったので、それが二人の歌声を聞ける貴重な機会だった。
その【ふりーくしょっと!】に、三人のユニット曲が!?
「ほんとっ!? わたしたちの曲ができたのっ!?」
「ばか、声大きい! ユニットで歌う曲なんて初めてだから、そんな大したものじゃないけど」
「でもシオネさんの曲、いつもかっこよくて素敵じゃないですか! それって、いま聞かせてもらえるんですか?」
アルエもリリシアも目を輝かせ、顔を背けて頬を掻くシオネに身を乗り出している。そうだ、聞いてみたい。いやだめだ、無関係の私が発表前の曲を聞くわけにはいかない。けどそれでも……!
「や、ここじゃ落ち着いて聞けないでしょ。曲はあとで送るから、ゆっくり聞いて、意見があったら聞かせて」
「えー……」
二人と一緒に、私も肩を少しだけ落とす。当然と言えば当然だ。ここは休日昼間のファミレスのボックス席、どこで誰が聞いているかわからない。
「えー、じゃない。それで、この曲を披露するときには、せっかくなら描きおろしのイラストでも欲しいなと思ってたの」
「なるほど! オフコラボで曲とイラストを初公開、ってわけですね!」
「わっ、それいい、すごくいいねっ!」
今度は二人と一緒になって、私もわくわくと胸が躍ってしまう。これまでリモートでしか行われていなかったユニット配信が、初めてのオフコラボで、しかもシオネが作詞作曲した初のユニット曲を披露する! 【ふりーくしょっと!】のファンとして、こんな盛り上がる話は他にない。
けれど。
「ねえねえサヤカっ! どうかな、オフコラボでユニット曲と一緒に、サヤカをわたしのママで、公式イラストレーターですって発表するの! だから新曲用に、イラスト描いてほしいんだけど……」
その盛り上がりの一端を、私に公式イラストレーターとして担えと……!?
「なに、承諾ももらってないのにあんな話してたの? 別人格同士で承諾とかいるのか、よくわかんないけど」
「ええっ、ダメですよ、そういう話はちゃんと本人に確認取ってからしないと」
「う~……だってサヤカってば、すごく引っ込み思案だから、わたしだけでお願いしても絶対断られると思って」
やっぱりわかっててやってたのかこの子は! 思いのほか強かなアルエに内心で舌を巻く。くそう、私をよくわかってる。
「ね、ね、お願いサヤカっ! ずっとじゃなくて、1枚だけでもいいからっ!」
「私たちが話してるのって、聞こえてるんですか? あの、私からもお願いします! ぜひ、イラスト描いていただけませんか」
「ユニットとして曲を発表できたら活動の大きな節目になると思うし……まあ、二重人格の人に頼むって感覚はよくわかんないけど、絵のレベルは確かみたいだし。言っとくけど、ちゃんと報酬も出すから」
三人の少女たちが、私に向かってイラストの依頼をしている。まるでオタクの安い妄想の中の景色のようだ。これに胸を張って頷けたら、きっとまた私の知らない世界に踏み込んでいくことになる。
いや! でも!
「そ、そんな大事な仕事、私には荷が重いって言うか……しかも報酬なんてそんな、私プロでもなんでもないし」
アルエに手を引かれて席に腰を下ろすと、頭の中で饒舌に喋っていた自分は途端にどこかに行ってしまい、ごにょごにょと籠るような声しか出てこない。
「なに言ってるの。成果にはきちんと対価を払うのが筋でしょ。そこなあなあにする方が不安」
「でも、私なんかよりもっとうまい人に依頼した方が……」
「そんなことないです! だってきっと、サヤカさんより私たちのことが分かる人なんていませんもん!」
うぐぐぐぐ。
シオネもリリシアも、どこまでもまっすぐ私を見つめてくれる。純粋な瞳で。いやほんとに、悪い人とかに騙されないか、心配になってしまいますよ私。
そんでもって、すぐ隣から、二人よりもさらに澄んだ瞳を輝かせて見つめてくる、私の別人格。
「お願いサヤカっ! サヤカが描いてくれるのが、ぜったいぜったい、一番素敵なコラボになるからっ!」
本当にそうだろうか。だって、私のイラストなんて、本当に片手間の趣味の手慰みだ。彼女たちは褒めてくれるけど、多分に身内贔屓が入ってる。あるいは、アルエと同じ身体に棲む別人格だから、気を遣ってくれているのかも。
いや違う、彼女たちの好意を疑っているわけではない。きっと本心から、私のイラストを好いてくれている。私はそれくらい、私自身が信用ならないのだ。
「ごめんなさい、少し、考えさせてもらっていいかな……ちょっと、いますぐは返事できない」
かといって、まっすぐに向けてくれる好意を、この場で無碍に断る勇気もない。私は本当に、どこまでいっても意気地なしの臆病者なのだった。
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