第7話
「みんな、はろーっ! デジタルの世界からみんなに"楽しい"をお届けする、非実在ストリーマーの鳥羽アルエだよっ!」
不思議な光景だった。いつも欠かさず観ていた鳥羽アルエの配信。その放送中だというのに、私はアルエが映るモニタの前に座っていない。配信している彼女を見るとき、私は遠く距離を隔てたモニタの向こう側で、真正面からその姿を見ていた。それ以外の距離感なんて存在しないと思っていた。
けれど私はいま、Vtuberとしてのアルエが、カメラに向かって笑いかけ手を振っているのを、横から見ている。
これまた見たことのなかった、(やはり知らないうちに私のパソコンにインストールされていた)配信ツールの画面を横から覗き込んでみると、今日もコメント欄は多くの視聴者たちで賑わっている。ものすごい速さでコメントが流れていき、ひとつ取り上げて読むのも一苦労なほどだ。
致し方あるまい。はっきり言って、今日の来場者数は、普段の配信の比ではない。
なぜなら配信画面には、アルエ以外にも二人のVtuberの姿が映し出されている。今日は、アルエ単独での配信ではないのだ。
『やあみんな! この世界に遍く愛を届けたい演劇Vtuber、リリシア・ランカスターだ。今日も私たちと、愛を語らおうじゃないか』
『どうも、七倉シオネです』
ひとりは大仰な身振りで手を広げ、芝居がかったセリフをハスキーボイスで語り、甘い笑みを浮かべる青い長髪の女性。リリシア・ランカスター。主な活動として、自身が朗読やASMRで役を演じるほか、映画やドラマ、舞台劇にミュージカル、果てはアニメまで、名乗った通り、こと演劇に関する深い造詣を披露することが多い。特に作品の同時視聴配信などは、逐一差し挟まれるこまやかな解説が、野生のオーディオコメンタリーなどと呼ばれて人気を博している。
そしてもうひとり。素っ気なくもよく通る声で挨拶した、赤いショートボブヘアの少女は、七倉シオネ。歌ってみた動画やカラオケ配信で活躍する、いわゆる歌い手系Vtuberだ。男性ボーカルや女性ボーカル、ポップスにバラードにロックにと、ジャンルを問わず幅広く歌いこなし、自身で作詞作曲したオリジナル曲まで持っている筋金入りっぷりだ。挨拶通り口数は少ないものの、時折好きなアーティストの新曲などを語るときは、打って変わって饒舌なレアシオネになると評判である。
彼女たちこそ、アルエと同期の個人Vtuberたちであり、ユニット【ふりーくしょっと!】のメンバーである。
普段はそれぞれのフィールドで活動しながら、時折ユニットで一緒にゲームをしたり、あるいは朗読劇や、カラオケ配信をしているという次第である。
『ふふふふ、アルエ、シオネ、愛してるよ!』
「なになになになに、どうしちゃったのいきなり!」
『え、こわ』
≪なんだ急にwwwwww≫
≪リリシア様のテンションが高い!≫
≪私も愛してます!!!!!≫
≪わかるけど辛らつ過ぎるだろシオネwwwww≫
『だって、こうして三人で集まるのなんて、いつぶりだい? もう結構間が空いてただろう』
「あー、言われてみればそうだねっ。最後に集まったのって……あれ、もしかして年越し配信以来?」
『長すぎる! 私は今日まで、全員揃ってのユニット配信を一日千秋の思いで心待ちにしていたんだ。その気持ちがあふれ出してしまってね。そう、二人への愛が!』
≪確かにだいぶ久しぶりだよね≫
≪私も待ってました!≫
≪愛って言っておけばなんでも許されると思ってる人だ!≫
≪こうしてまた三人揃った姿が見られて安心≫
『リリシアが忙しかったんじゃん』
『そうなんだけれども! 私は知ってるんだからな、シオネとアルエの二人でゲーム配信してたこと! 愛がないじゃないか!』
≪駄々っ子リリシアちゃん様だこれ!≫
≪わんこちゃんですねこれは≫
≪うーん、安定の甘えんぼ属性≫
≪いつも華麗なリリシア様がさみしがりの甘えんぼになるのはユニット配信だけ!≫
相も変わらず仲良しな三人の、わちゃわちゃと姦しいトークに思わず笑みがこぼれる。
同時に、この距離感に少し安堵している自分もいる。彼女たちのやり取りを傍で聞いているだけの、単なるひとりの視聴者。【ふりーくしょっと!】の誰一人、私のことなんか見もせずに、観ているみんなに元気を与えるバーチャルアイドルとして振舞っている。
本来あるべき私と、Vtuberたちの関係だ。私なんかが、彼女たちと個人的にコンタクトを取るなんて、あまりにもおこがましいのだ。
「でもでもっ、ほんとにすっごく楽しみだったよねっ! なかなかユニット配信できなくてさみしかったもんっ。わたしもリリシア愛してるっ!」
『ぐっ……100万ドルの輝き……! ふふ、やはりアルエの笑顔には、かなわない……ぐふっ』
『せめて配信終わってから死んで』
「もちろんシオネのことも愛してるよっ!」
『なに? 今日はアルエまで、えらくテンション高いね』
あっ。
「えへへっ、そうかな?」
アルエが、ちらりと私を見る。ダメ、それはずるい。
「嬉しいこと、いっぱいあるからかもっ! というわけで、今日は久々のユニット配信っ! 特にゲームやカラオケはしない雑談配信なんだけど、おしらせもあるから、みんな最後まで観ていってねっ!」
おしらせ、の言葉に肩が震える。
私は、その『おしらせ』の内容を知っている。知ってしまっている。
なにせ私は、その内容に、まったくの無関係ではいられなかったからだ。
◆
話は、数日前にさかのぼる。
「直接、会いたい!? 【ふりーくしょっと!】の二人に!?」
アルエと同じ身体を使っている身として、顔合わせが必要になるスよね。なんて真央に言われ、いずれそういう日も来るのだろうか、などと呑気なことを考えていた矢先だった。
直接……つまりウェブカメラやビデオチャットを介さず、リアルで会いたいと、アルエはそう言い出したのだ。
「うんっ、そう! シオネともリリシアとも、デビュー直後からの付き合いだけど、実はオフで会ったことってないんだー。三人とも首都圏に住んでるから、いつか会いたいねって話はしてたんだけど」
「え、あ、会ったことないんだ、意外だな。いつも仲がいいから、オフでの付き合いもあるのかと、って」
なにを言ってるんだ私は。アルエがリアルで誰かに会おうとすれば、当然私の身体で、ということになる。
「そりゃ、そうだよね……私なんかの身体で会いに出られないよね……」
「わーっ! 違う違うっ、そうじゃなくってっ! もー、なんでサヤカは、すぐそうやってネガティブになっちゃうのかなー!」
慌てて否定してくれるのはありがたいが、まかり間違っても私は、胸を張って人に貸し出せるような顔も身体もしていない。ましてやアルエをこの身体で人前に出させるなんて、極刑にされても文句は言えない。
「無理しないで。こんな、どこに出しても恥ずかしいアラサーオタク女の身体のことなんて、かばわなくていいからね」
「だーかーら! 違うってばっ!」
「ならどうして」
「だってサヤカは、わたしがサヤカの中にいること、ずっと知らなかったでしょっ? なのに勝手に、サヤカの知らない相手に、サヤカの身体で会うわけにはいかないじゃんっ! だから二人とは、しばらくはVtuberとしての姿だけで会わせてってお願いしてたのっ! ビデオチャットでだって、全員バーチャルの身体で会ってたんだからっ」
それは。
確かに、私の知らないところで、私の姿で、私の身に覚えのないことをされていたらと考えると、抵抗があるけれど。
「……それって、私のため、ってこと?」
「そうだよっ! サヤカに迷惑かけるわけにはいかないもんっ! それとも、本気でわたしが、サヤカの身体で外なんか出られない~、って言うって思ってたの……?」
慌てて首を振る。まさか、アルエがそんな子じゃないってことくらい、十分に知っている。
「あの、ごめんなさい、私のことなんかに気を遣わせて」
アルエはどうしてか、唇を尖らせ、少し頬を膨らませた。かわいい。
「なんか、じゃないよっ! 私を生んでくれた、大事なサヤカのことだから、なんだからっ!」
「う、うん。あの……ありがとう」
口の端が上を向き、ようやく笑ってくれたアルエに、ほっと胸を撫でおろす。私の中に生まれたのが、アルエみたいな子で本当に良かった。
「それでそれで、サヤカとこうしてお話できるようになった今だから、二人に会いに行きたいんだっ! ダメ、かなあ……?」
いや、やっぱりこの子は、結構ずるい子かもしれない。
こんな話の後で、しかも潤んだ上目遣いでお願いされて、私が断れるはずなんかないことくらい、わかってるだろうに。
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