第2話 濁す夢

 4℃

潤す夢



 正義と悪の境界線は何処に。








































 第二葉【濁す夢】




























 「ふー」


 男の入れたコーヒーを飲んで、落ち着いていた。


 欲を言えば、酒でも飲みたい気分だったが、それはあまりに不謹慎だと思い、コーヒーを貰う事にした。


 いや、それで充分なのだが。


 少し落ち着いたところで、飛闇がいきなりすくっと立ち上がり、やはり銀魔を助けに行くと言いだした。


 イデアムがもう時間も遅いことだから止めておけと言ったあと、そんな枷がついた身体で何が出来るのかと付け足した。


 投げられた言葉に、飛闇は思わずイデアムを睨みつけるも、平然とコーヒーを啜っている姿に、ただ言葉を飲み込む。


 ゆっくりと座り、自分の手首を足についている枷を眺める。


 何で作られているのか分からないが、手首につけられた瞬間、自分の手首にフィットするように締めつけられた。


 鍵穴もなく、ボタンを押す様な箇所もない。


 どうすれば枷を外すことが出来るのかも分からないまま、飛闇は静かに腕を下ろす。


 「リモコン」


 「は?」


 「だから、リモコン」


 「いや、何が?」


 いきなり口を開いた男に、イデアムはきょとんとする。


 変な男だとは思っていたが、まさか幻覚でも見えているのか、いや、リモコンの幻覚ってなんだとかそんなことを思っていると、男が視線で飛闇とブライトの手足についている枷を眺めて言う。


 「リモコンが無いと取れないやつだ」


 「・・・・・・へ?へ?どういうこと?お前、これどうすれば取れるか知ってんの?え?なんで?」


 なんで知っているのかもだが、なぜ今それを話すのかという疑問にもなったが、マイペースな男のことだから、きっと今になって思い出したとかだろう。


 男は、そんなことも知らないのか、というような顔をしていたが、それは単にイデアムたちが思っただけで、もとからこういう顔つきなのかもしれない。


 説明を求めれば、面倒臭そうな顔をしたような気がしたが、気付かなかったことにする。


 「その枷のタイプは、解除用のリモコンみたいなのがあるはずだ。多分、それは枷をつけた連中が持ってる」


 「じゃあ何か?リモコンをピッてするだけで、簡単に取れるってことか」


 イデアムの質問に、男はただコクリと頷いた。


 「じゃあ、そのリモコンってのは、要塞の奴らが持ってるってことか。どのみち、要塞にはもう一回行く用事があるからな。そんときにでも奪うか」


 もう一回行く用事、というのはきっと、銀魔を助けに行くということだろう。


 しかし、銀魔の完璧とも言える変装で侵入したのだから、今回はどうやって侵入するかと聞かれれば、強引に、力付くで、という方法しか思い浮かばない。


 どうするかと、イデアムは欠伸をしながら独りごとを言う。


 「あいつの変装のお陰でバレずに侵入出来たのに、なんですぐに見つかったんだろうな」


 「バレずに?」


 「ああ。お前は見たことねぇから知らねえだろうが、あいつの変装はすげぇんだ。なんてーか、本当にそいつになれるって感じだ。な?」


 飛闇に同意を求めるように言えば、それに気付いた飛闇は小さく頷いてから、続ける。


 「銀魔さんの変装は、敵も味方も気付かない。老若男女、どれにも姿を変えることが出来るし、最低限の指紋とか声とか目とか、そういうのも変えられる」


 「だよな。俺びっくりした。この世にはすげぇ奴がいるって知ったんだけどよ、それでもこいつら助けに行ったとき、すぐに見つかったもんな」


 監視カメラでもついていたのか。


 いや、そうだとしても、銀魔の変装なら騙しとおせるだろうに、なぜすぐに。


 それも、イデアムと銀魔が、ブライトと飛闇の牢屋を見つけてすぐにとなると、きっと最初からバレていて、2人が牢屋の前に来るのを待っていたとしか思えない。


 タイミングを見計らって、きっと4人全員を捕まえる算段だったのかもしれないが、銀魔のお陰で3人は脱出出来た。


 しかも、それだってこの男と熊とのやりとりが無ければ、大人しく要塞に逆戻りしていたのだ。


 何か暗号でもあったのか、合言葉でもあったのか、歩き方が違った、何か違和感があった。


 考え出したらキリがない幾つもの可能性を真っ二つに斬ったのは、眠いのか目を半分ほど閉じてしまっている男だ。


 「DNA」


 「へ?何が?」


 「DNA」


 「せめて主語つけてくれると助かるんだけど。何がDNA?いや、DNAって何?っていう質問じゃねえよ?それくらい知ってるからな?何に対する解答がDNAかってことを聞いてるのであって」


 難しい子だな、と男を子供扱いしているイデアムだが、男はそんなイデアムに淡々と言う。


 「入口かどっかで、血液を抜かれたはずだ」


 「血液・・・?俺はそんなもん抜かれて・・・あ」


 思い出したのは、銀魔が指紋か何かだろうかと思って手のひらを機械に乗せていたことを思い出した。


 そのとき、確か銀魔が手のひらを眺めていたため、どうしたのかと聞いた時、少しちくっとしただけ、と言っていた気がする。


 もしかしたら、あれが血液を採取したもので、DNAを調べられてしまったということだろうか。


 「指紋も声紋も色彩も見た目も、入手しようと思えば何とかなる。一時期、静脈なんかも取り入れたみたいだけど、それを突破した奴がいるとかで、新しく取り入れられたのがDNAってわけ」


 「静脈をスル―って、どうやったんだ?」


 「知らない。さすがに体内に別の人間のDNAを持ってる奴はいないし、とにかく、データにない奴の時はエラーが出るようになってるって」


 「双子とかはどうするんだ?それに、採血とかで盗んだ奴の血を使ったりとかしたら、入れるんじゃ」


 「確かに双子は難しいけど、その時は脈拍とか汗とか、要するに嘘発見器みたいな装置で判断するらしい。本当かは知らないけど。あと、例え盗んだ血だとしても、ダメだと思う」


 「なんで」


 「あそこの装置は新鮮なものしか判断しないし、少しでも空気に触れてしまった血液は本人のものとして認められない。細心の注意を払ったとしても、あんたもその時の光景を見てたから分かると思うけど、指紋認証と同時に血液は採取されるから、人の皮膚の感覚とかもないとアウトだってさ」


 へー、とイデアムは、最近の技術は進化してるんだなー、なんて呑気なことを考えていた。


 そんな機械、一台幾らするんだろう、と現実的な疑問も持ったところで、ふと、イデアムは男の方を見る。


 「なあ」


 「なんだ」


 「なんでお前、そんなに詳しいわけ?」


 「何が」


 「だから、要塞のこと。もしかして、お前実は、要塞の関係者とかじゃないよな?」


 「違う」


 じゃあなんでそんなに枷のことにしても、色んなシステムについても知っているのかと聞けば、男は至極面倒な顔をしていた。


 問い詰められて、とかでは決してなくて、ただ単に、それに答えることが面倒なのだろう。


 他人と接することが嫌いそうだし、自分の力だけで生きてきた感じがするこの男だが、だからといって嘘を吐くようには見えないため、イデアムは解答を求める。


 飛闇はもしかしたら構えているのでは、と思ってちらっと見たが、銀魔を置いてきてしまったことがそれほどきているのか、大人しくしていた。


 ブライトは相変わらず大人しく良い子に座っている。


 じっと男を見ていると、観念したのか、それともこの空気が嫌で仕方がないのか、はたまたこの後のことを考えてもっと面倒になるのが嫌なのか、答えた。


 「知り合いが、あの要塞だけには捕まりたくないって、色々調べてた。俺にそれを教えてきただけ」


 「知り合い?捕まりたくないってことは、犯罪者ってことか?」


 「・・・さあ」


 「なんだそりゃ」


 やはりよく分からない男だと思いつつ、さらに聞いてみる。


 「要塞のこと知ってるなら、教えてくれよ」


 「・・・・・・」








 男はしばらく黙っていたが、やがて話し始めた。


 「あの要塞の内部構造としては、四角い建物の中に円系の牢屋が5層ある」


 「円系の牢屋・・・。ああ、確かにそうだったな。5層ってのは、あれか。エレベーターみたいので下りて行ったな。でも、5層しかねえのか?もっとありそうな気がした」


 「もともとは、重要犯罪者だけをあそこに捕まえておくために作った要塞だ。けど、最近どこの要塞でも収容可能人数を大幅にオーバーしてて、救済処置としてあの要塞も使われるようになったらしい」


 軽犯罪者ほど上層で、重犯罪者は下層に行くようだが、今は5層目には犯罪者はおらず、そこには死体があるとか、実験施設があるとか、武器庫になっているとか、そういう噂がある。


 建物の下にはまた別の大きな空間があり、そこでは海水のろ過などが行われている。


 新しい要塞とは言っても、今はまだ実験段階のところもあるため、これからもっと形もセキュリティーも変わっていく可能性は充分にあるのだ。


 この要塞が嫌われているというか、要塞自体、好まれるものではないが、その理由としては逃げられない海流にある。


 ただ要塞から逃げるだけなら、もしかしたら運が良ければ可能かもしれないが、海流はいかんせん、どうすることも出来ない。


 しかも人工的に作ったものではなく、自然に作られた海流だからこそ、海の中の動物たちでさえ近づくことはしない。


 それほど危険な海流に包まれている要塞から逃げることは困難だ。


 ならば海からではなく、入口から出て行けばと思うかもしれないが、出るためにはまた全ての認証をクリアしないといけない。


 さらに言えば、エラーが出た人間がいると分かった場合は、入口はしっかりと閉じられてしまい、まるで核シェルターのように頑丈なそれは、何をしても壊れない。


 それ以上の進化はしなくていいと思ってしまうほどの要塞の構造に、イデアムたちは小さく笑うしかない。


 よりによってそんな面倒な要塞に、と思ったのはほんの少しで、それよりもどうやって銀魔を助けようという思考へ変わった。


 「・・・・・・」


 そんなイデアムたちの様子を見ていた男は、言わなくても良いかと思っていたことだが、ぽつりと呟く。


 「そういえば」


 「ん?」


 「要塞のことを調べてたそいつが、言ってた」


 要塞にいる奴で厄介なのは主に2人、それ以外だと要塞のことを任されている警察関係者が2人いるとか。


 要塞の指揮官を任せられている男のラドルフは、ワインレッドの髪をした男で、とにかく悪を絶つことに命を注いでいる男だ。


 もう1人はラドルフの後輩でもある男で、ギルという。


 このギルという男は、金髪の長いはねた髪の毛をしており、青い目をしているらしい。


 だが、知り合いの男が言うには、ギルはラドルフほど悪を憎んでいるわけではなく、趣味のような感じらしいが、強い。


 拷問を駆使するラドルフに対し、ギルは拷問の類が好きではない。


 それから、その要塞の管理・責任を任されている警察の方は、ツグミとツバキという。


 ちなみに、どちらも男の名前だ。


 ツグミもラドルフと同様、悪者には容赦ない男で、権力が全てだと思っている橙色の髪の毛の男だ。


 常に笑っているように目を細めているため、なんとなく人を苛立たせるのが上手な奴に見えるとかで。


 もう1人のツバキという男は、黒髪で後ろを1つに縛っている。


 一見、ツグミよりも穏やかで人懐っこいように見えるのだが、この男の方が性格には難ありだそうで、白でも真っ黒に染めるのが好きらしい。


 それに金が大好きで、金さえ払えばなんでもするという男だが、どういうわけか、ツグミには逆らわないという従順さはある。


 「碌な奴がいねぇってことだな」


 「お前等、いつ捕まった」


 「今日だよ、今日。朝っぱらから」


 「・・・・・・」


 「なんだよ、そんなこと聞いて」


 すると、男は平然とこう言った。


 「あの要塞、捕まえて平均3日で処刑始めるから、早いとこ助けに行った方がいいかもな」


 「・・・そういうことは早く言おうな」


 「3日以上経ってから処刑されたって例もあるから、なんともいえないと思って」


 「まあ、そうなんだろうけど」


 本当に難しい子だと思っていると、また飛闇が立ち上がった。


 そりゃそうだ。あんなことを聞かされてしまったら、今すぐに助けに行くと言いだすに決まっている。


 爆弾を放り投げた当の本人は、立ち上がった飛闇をちらっと見た後、目を瞑る。


 もしかして寝る気か、と思っていると、飛闇が口を開く。


 「やっぱり今から行きます」


 「まあ待てって。気持ちは分かるが、今日すぐには多分やらねえ。多分、俺達が戻ってくるってわかってて囮にしてるんだからよ」


 何度も落ち着け、と言うが、なかなか納得しない飛闇に、イデアムは目を瞑っている男を起こして提案をする。


 「あいつを助けに行くなら、俺達も行くよ。な」


 「・・・なんで俺が」


 「ここで会ったのも何かの縁だ。ちゃんと自己紹介しておかねぇとな」


 男は眉間にシワを寄せて何か言いたそうにしていたが、そこはイデアムの力でその場の空気に巻き込んだ。


 「俺はイデアム。よろしくな。で、こっちが俺の仲間の」


 「ブライトです」


 「・・・・・・」


 「ん?どうした?」


 男がじーっとイデアムを見ていたため、イデアムは首を傾げる。


 巻き込んだことは申し訳ないと思うが、なんとなく、自分と似ている感じがした、というのもイデアムの勘なのだが。


 男はまたすぐに目をそらすと、「別に」とだけ言った。


 「なんだよ、気になるだろ」


 「だから別に」


 「言えって。俺何を言われても怒らねえから。多分。すげぇ大人だから。多分」


 あてにならない“多分”を連呼されると、男は呆れたように目を細めてイデアムを見て、それから言った。


 「別に。ただ、その名前どっかで聞いたことあると思っただけ」


 銀髪に隻眼、それだけでおおよその見当はついていたものの、名前を聞くとピタリだった。


 かと言って、だからどうするとか、そういうことは何もない。


 ただ、この男が、と思っただけ。


 噂を信じているわけではなかったが、もっと大柄なごつい感じの男を勝手にイメージしていただけで、実際に会ったらこんなもんだろうと予想はしていた。


 まあ、男にとっては実際どうであれ、あまり関係ないことだが。


 「お前は、飛闇、だったな」


 「・・・ああ」


 「お前も随分と、御主人様には忠義を尽くすタイプだな。まあ、忍自体、主君には仕えるからな」


 「・・・・・・」


 「睨むな睨むな。褒めてんだよ。この御時世、他人を信じて他人に忠義を尽くすたぁ、そう簡単に出来ることじゃねえよ。ましてや、お前みたいな狂犬はな」


 「・・・・・・」


 「誰を信じていいのかわからねぇ中、あいつについてきたってことは、それだけあいつのことを信頼してるってことだろ?それはあいつも同じはずだ。だからあいつはお前を助けに行ったし、お前もあいつを助けに行こうとしてる。素晴らしきかな信頼関係だよ」


 「・・・それだけじゃない」


 「ん?」


 黙ってしまった飛闇だが、イデアムもそれ以上は何も言わなかった。


 銀魔という男がどういう男かは知らないが、飛闇という、扱いが難しそうなこの男がついていっているということは、それだけの男だということは分かる。


 初めて会ったイデアムに対しても、咄嗟に助けたくらいだから、悪い奴ではない。


 きっかけはたとえ小さなことでも、時間と共にそれは大きな絆となって、あの男がこの男にとって全てであって、生きていく糧であるのだろう。


 この男たちもきっと、自分たちと同じように、蔑まれながらも生きてきたのだ。


 「銀魔って奴は、一体何をしたんだ?」


 「・・・・・・」


 「何かしたから、お前だって狙われて捕まったんだろ?」


 イデアムの問いかけに、飛闇は少しだけ視線をイデアムに向けたが、またすぐに戻す。


 「何もしてない」


 「何もしてなくて狙われるなんてことあるかよ」


 「何もしてないから、狙われてる」


 「?」


 例えば犯罪を犯したとか、反逆者だとか、そういうことではないらしい。


 ただ、世界を変え得る力があって、強大な敵にも味方にも成り得る人物で。


 「森蘭、って人の弟子で、それだけで銀魔さんは要注意人物とされてる」


 「森蘭って、昔聞いたことあるな。弟子なんていたんだな」


 森蘭のもとで修業をして、自分だけが身につけた特別な変装術は、誰にも見破れないほどの完成度。


 その能力に目をつけた輩が、銀魔を金で雇おうとしたが、銀魔は幾ら積んでも首を縦には振らなかった。


 ならばなぜそんな能力を手に入れたのかと聞かれると、それは銀魔が生きていくための手段としか言えない。


 「もう1人、森蘭には弟子がいて、そいつも銀魔さんと同じように狙われてる。そいつも強いから、捕まったりはしないけど」


 「ふーん。まあ、森蘭に弟子がいても驚きゃしねぇけど、銀魔やそいつを狙ってるってことは、やっぱり戦力としてだろうな。俺も結構色んな奴知ってるけど、利用されたくないって言ってるもんな」


 権力や金のある人間に限って、戦争を好き好んでやりたがる。


 そのくせ弱いもんだから、なんとかして力を手に入れようと試みる。


 「世界で最も強い肩書きは、権力か、金か、地位か、名誉か、力か、それともそれ以外の何かか。くだらねぇことで争う奴等だ」


 そんなものに嫌気がさして、笑顔の仮面被って生きても、結局はそんなもの役に立たなくて。


 心を見透かされては怖くなって、奪われるよりも奪いたい衝動に駆られて、不幸にだけかけられた甘い蜜を舐めたくて。


 それが毒だと分かっても、身体は言う事を聞かないから、ただ本能に従って舐め続けていれば、毒が身体を蝕む前に身体が毒を抑え込む。


 あれも欲しいこれも欲しいと欲を出せばキリがないのに、それでも欲しくなって、手に入らないと癇癪起こしてナイフで刺す。


 物だけじゃ足りなくて、誰かの心も欲しいなんて欲深くなって、だけど孤独な心臓を掴んでくれる人は誰もいないから、こんな心臓いらないやってなって、自分で壊して。


 本当に欲しいものに限って手に入らなくて、それでも欲しいと願えば、代用品で済まされてしまう。


 真っ黒くなっていく自分の心にも気付かず、この手に入らないものなら、全部全部全部全部、この世から消してしまえと。


 そんな子供じみた大人が権力を持ち、金を持ち、名誉を持ち、力を持ってしまったものだから、碌な世界になりゃしない。


 乳飲み子のように、自分を守ってくれる存在がいないと、その温もりから出ることさえままならないというのに。


 「で」


 といきなり閑散となっていた場に言葉を発したのは、イデアムだ。


 それぞれがそれぞれの想いに耽っていただろうに、イデアムだけはその笑みを崩さぬまま、男に次はお前の番だと無言で伝える。


 男はあからさまなため息をついてから、名前を告げる。


 「タカヒサ」


 「タカヒサ、か。まあ、正直なところ、お前は無関係だからな。こうして今は助けてもらってるが、助けに行くときは俺達だけで行くよ」


 夜明けとともに助けに行くことだけを飛闇に告げれば、飛闇は真っ直ぐにイデアムと見て頷いた。


 「そうと決まれば、もう寝るか。体力温存しておかねぇとな」


 イデアムの一言で、みなは寝静まった。








 翌日、イデアムは飛闇を連れて銀魔奪還に向かった。


 変装をしても無事に入れないなら、最初から見つかる覚悟というか、隠れずに行こうという作戦になったようだ。


 要塞の周りで待機してると、1人の男が出てきた。


 金髪の男で、だるそうに首を回していた。


 見周りの時間なのだろうか、とにかく、チャンスだと思い、イデアムと飛闇はその男を捕えることに成功した。


 「え?何何?」


 「ちょっと用があってね。中に入りたいんだけど、エラーが出て侵入がバレても困るんだよ。だから一緒に来てくれるかな?」


 「・・・ふーん。まあ、いいぜ」


 変わった奴だったが、その男のお陰で中に無事入ることが出来た。


 男を連れたまま4階へと向かい、何処にいるのか探してみると、目的の人物はすぐに見つかった。


 「銀魔さん!」


 「飛闇、それにお前か。すぐに逃げた方がいいぞ」


 「何言ってるんです!すぐに助けます」


 「そう上手くいくとは思えねぇ・・・」


 「可愛い弟子が助けに来たんだからよ、素直に助けられろよ」


 そう言って、銀魔の牢屋の鍵を開けようとしたとき、捕まえていた金髪の男以外に、3人の男が集まってきた。


 1人はラドルフであることは分かり、他は、タカヒサから聞いた特徴で、多分、ツグミとツバキという男だと分かった。


 形勢逆転になると、金髪の男はひょいっと抜けだして、同じように銃を構える。


 「俺はギルだよ。よろしくね。俺のDNAで無事に入れたけど、こうなることは分かってはずだ。なのに助けに来るなんて、よっぽど馬鹿なのかな?」


 「大人しく牢屋に入るんだ。飛闇と、それから、デスロイヤ・イデアム」


 「あれ。俺のこと知ってた?嬉しいなぁ。そんなに俺って有名人?」


 「時間稼ぎなら無駄だ。早く入れ」


 入ることは容易だが、それはあくまで逃がさないための餌。


 イデアムたちは大人しく銀魔が入っていた牢屋に一緒に入ると、なんだかがたいが良い男たちが集まったからか、狭い気がする。


 戦おうかとも思ったのだが、飛闇は自分につけられた、他の人よりも重たい枷に、この時ほど悔しさを覚えたことはない。


 牢屋の外からこちらを眺めている男たちは、とても優越感に浸っていた。


 「へー、見事にすげぇ奴等ばっかり。ねえ、こいつら処刑いつにする、ラドルフ?」


 「ギル、俺がお前よりも立場も経歴も上だってことを忘れるな」


 「はいはい。細かいこと言うな。で、いつ?」


 「・・・明日にでもしよう。また何か企みをされても面倒だ」


 「ここからは逃げられないでしょ」


 「油断するなということだ」


 明日処刑されると聞いても、あまりピンとこないのは、今までにもそういった経験があるからだろうか。


 イデアムは胡坐をかくと、自分につけられた枷を嫌そうにもせず眺めたあと、背中を壁にくっつける。


 そして、銀魔に話しかける。


 「お前、なんで俺を助けた?」


 「何がだ?」


 「初めて会った俺を助けるなら、俺を囮にしてそいつ連れて逃げたって良かっただろ?なのに、俺を助けた。俺がお前を助けにくる保証なんてないのに、だ」


 「・・・・・・」


 「こいつは、お前を助けに行くってきかなかったが、こいつだって馬鹿じゃねえ。その枷つけたままじゃあ、お前を助けだせねぇことも分かってたはずだ。もう1人の仲間んとこに行って、作戦を練ってからでも良かった。お人好しなのか、それとも見かけによらず、信じやすいタイプか?」


 イデアムの言葉に、銀魔は飛闇を見た後、盛大なため息を吐いた。


 それがどういうため息かは分からないが、とにかく、イデアムの問いかけに答える意思の表れではあった。


 「ならなんで来た」


 「あ?」


 「理由はどうあれ、お前は来た。こいつを連れて。それが答えだ」


 「ああ、そういう遠回しなこという奴か」


 「飛闇もそうだが、お前も同じだろ?結局のところ、自分の直感を信じただけのことだ。そこには理屈なんざねぇよ」


 「俺も馬鹿なことしたよ。初対面のお前等助けに来て、折角逃げられたってのに、殺されに戻るなんてな」


 「似た者同士だな」


 「ま、それもまた人生ってことか」


 たったひとつを守る為に、幾つの傷を背負ったのか。


 きっと誰かを愛するため、多くの痕を遺して行く。


 たった1人を救うために、多くの傷を負ったとしても、ずっと1人を愛するために、幾つも痕を抱いて行く。


 「俺の意志を継ぐ奴がいるなら、俺はここで終わっても良い」


 「終わる心算か」


 「・・・さてね。あとは明日の運次第、ってことかな?」


 イデアムと銀魔は、互いの顔を見て何やら意味深な笑みを浮かべていた。


 そして、どうせ処刑は明日なのだからと、昼間にも関わらず、さっさと寝ることにしたのだ。


 とはいえ、そんなにずっと寝ていられるはずがないと思っていたが、イデアムにしろ銀魔にしろ、ずっと寝ていた。


 それを見て、飛闇は、この2人はきっと似ている、と思ったのだ。








 「良く寝た」


 「寝すぎだ」


 「お前もな」


 起きて早々、そんな会話をしていたイデアムと銀魔。


 自分の立場が分かっているのかは謎だが、先程ツバキが来て、君たちの処刑はお昼過ぎにやるよ、とにっこりとした笑顔で言っていた。


 だから、それまではまだ時間があるということだ。


 イデアムたちが時間を潰している間、処刑の準備をしているラドルフやギル、それから処刑の時には絶対に来るツグミとツバキは、準備に追われている要塞の者達を眺めていた。


 とはいえ、ラドルフとギルは準備を手伝ってはいるのだが。


 「それにしてもさ、あの銀髪男の部下、どこ行っちまったんだろうな?」


 「ギル、何度も言うが、俺はお前よりも立場も経験も上であって」


 「わかってるって。お前気にならないわけ?あいつ逃がしたのかな。自分を犠牲にして部下を助ける。素晴らしいことだが、哀れだねぇ」


 「わかってないだろ。それに、どうせあの枷をつけたままじゃ、何も出来ないだろう。それに、あの枷はどうやっても取れない、最新式の枷。俺達しか解除することは出来ないんだ」


 「そうだけどよ。いずれはあの枷だって、簡単に外せる時代が来るぜ?」


 「そうかもしれないが、今は違う」


 「面白くねえ奴だな」


 「ギル、一度でもいいから俺に敬語を使ってみろ」


 「つまんねぇなぁ。なあ、処刑もうちょっと待ってみねぇ?」


 「お前も一緒に処刑してやろうか」


 ギルは怖い怖いと口では言っているが、顔は笑っているため、全く怖がっていないのだろう。


 ラドルフもそれに慣れているからか、呆れたようにため息を吐くだけ。


 着々と準備が整って行くと、そのうちお腹が空いてきて、処刑をする前に腹ごしらえをすることにした。


 処刑をしてからだと、食欲が無くなる奴等がいるが、こいつらは違う。


 根性が違うとか、精神力が違うとか、そういうことではなく、単にこういった他人の生死には無頓着なだけ。


 だから、こうした処刑の前にも、気にせず肉が食べられるのだ。


 「ギル、お前まだ喰うのか」


 「だって腹減ったし。てか何?お前何食ってんのそれ、美味そう」


 「白玉黒蜜きなこ」


 「え、そんなのあった?超美味そうじゃん。俺にも頂戴」


 「これは裏メニューだ。お前なんかが喰えるような代物じゃないんだ」


 「そんな立派なメニューじゃねえだろ。ちぇ。ケチだな。お前、本当にケチだな。お前ほどのケチを俺は見たことがねえ。お前、ケチだな。ケチルフだ」


 「・・・・・・」


 多分、ケチとラドルフの名前をかけ合わせてそう言ったのだろうが、あまりピンとこないというか、しっくりこない。


 それでもギルは気に入ったようで、何度も何度もその名でラドルフを呼んでいた。


 あまりに五月蠅いものだから、ラドルフは3回まわってワン、と言ったらあげても良いと言うと、ギルは迷わずやって見せる。


 それを見て、情けなくも思ったラドルフだが、約束通り1つ、あげた。


 満足そうに頬張るギルをおいて、ラドルフは処刑場へと向かい、そこへイデアムと銀魔、それに飛闇を連れて来るようにと指示する。


 呼ばれた3人は、大人しく一列になって処刑場へと向かっていく途中、捕まっている他の囚人たちを眺めていた。


 処刑場に着くと、3人は横に一列になる。


 これから何が起こるのかなんて、分かりきっているのに、何が起こるんだろうという好奇心が漂う。


 3人の前に姿を見せたラドルフは、一連の流れを説明しだす。


 そんな説明いらないというのに、規則だか決まりだかで、それに乗っ取って行うそうだ。


 まるで見世物のように、周りにはギルたち要塞の者達もいて、ツグミとツバキも当然のようにいる。


 全員がそこにいるわけではなく、見張りの者達はちゃんといるようで。


 「これより、ここにいる3名の処刑を始める。まずは聖水で身体を清め、それから3つの戒めを受け、その後、儀式へと移る」


 言っている意味が分からなかった。


 聖水ってなんだ、身体を清めるってなんだ、戒めってなんだ、儀式ってなんだ。


 聞きたいことは幾つもあったが、それはこれから分かるんだろうと、特に声を発することはなかった。


 まず手始めに、聖水で身体を清めるというのは、罪を犯してしまった者を綺麗にしましょう、というものらしい。


 そんなことするなら処刑なんてするな、と思ってしまうが、文句を言ってもしょうがない。


 用意された聖水というのは、海水を祀り上げたというか、神棚に置いたものらしく、結局のところ、普通の海水だ。


 それを全身に浴びせられ、ぺろっと舐めてみると、やはりしょっぱかった。


 それから3人は戒めとやらをしに、別の部屋へと案内される。


 浴びせられた聖水、もとい海水は少量だったため、歩いている間にだいたい乾いてしまった。


 到着した部屋に3人だけ入れられると、今度は上から何か別の液体が降りかかった。


 それが灯油だと分かるのにそう時間はかからず、別室にいて様子を確認しているのだろうラドルフが手を動かせば、一気に部屋に炎が燃え広がる。


 「焼身?」


 「いや、戒めって言ってただろ。殺す心算はないはずだ」


 「いやでも、さすがに死ぬぜ、これ」


 重くて思う様に身体が動かないというのに、周りはあっという間に火の海で、しかも身体には灯油がかけられているため、次第に熱くなってくる。


 このままでは焼け死ぬ、と思ったその時、今度は一気に水が入り込んできた。


 「聖水で身体を清め、聖火で邪気を払う。その後また聖水で洗い流す」


 それならば少しの水で流してくれれば良いのだが、部屋中に溢れてくるものだから、今度は溺死しそうだ。


 肺に酸素を入れてしばらく耐えたとしても、そもそも炎が燃えていた時点で、酸素はそちらに使われてしまったから、まともな酸素などないのだ。


 出来るだけ多くの酸素を取り入れて、部屋に満たされた水の中、枷によって身体は沈む。


 もうダメだ、と思ったそのとき、今度は一気に水が引いて行く。


 だが、全て抜けたわけではなく、足元にはまだちゃぷちゃぷするほどの水が残っているが、とにかく酸素は入ってくる。


 「本来の善を取り戻すため、身体に刺激を与える」


 「・・・!!!」


 瞬間、身体に電流が走った。


 いや、それは恋ですよ、なんて生易しいものじゃなくて、本当に走った。


 それも、びりっとするやつじゃなくて、本格的に人を殺せそうな、全身が焦げるんじゃないかっていうやつが。


 こんなとき、どうして人の身体ってゴムで出来ていないんだろうって思う。


 いや、こういう時が人生にあってはいけないが、何かあったとき、助かるかもしれない。


 感電死もしないし、雷がなっても怖がることもない。


 そもそも雷は嫌いじゃないが、なんてこういうどうでもいいことはさておき、なんとか感電死せずに済んだと思ったけど、身体は少しダメージを受けていた。


 そりゃそうだ。当たり前だ。


 これで平然としていたら、人間として認めない。


 それでもちゃんと自分の足で歩いている自分たちは、なんて偉いんだろうと、多分そう思っていたのはイデアムくらいだ。


 また別の部屋に着くと、そこには明らかに『ギロチンですよ』というギロチンの機械がセットされていた。


 ああ、儀式ってこのことかと瞬時に判断したが、まだ痺れている脳ではまともにギロチンのことを思い出せない。


 徐々に思考を取り戻せば、それは首を斬る機械ですよ、と脳が教えてくれた。


 がちゃん、と丁寧にセットされ、なんでこういうところだけ丁寧なんだよ、それなら飯をもっと美味く作れ、とか思ったけど、口にすることはなかった。


 3人仲良く並んでギロチンにセットされ、何をしてるんだと思う様な光景で、イデアムは思わず笑ってしまいそうになる。


 というか、笑ってしまった。


 すると、ラドルフを始め、その場にいたギルたちもツグミとツバキも、何事かと眉を顰めた。


 「おい、何を笑ってる?これから最期の儀式を始めるんだから、引き締めろ」


 「ククク・・・いや、なんか茶番も茶番。死ぬ瞬間なんざ幾らでもあったが、こうしていざ死ぬとなると、人間笑えるもんだな」


 「おい、そいつを黙らせろ」


 「待てよ。どうせ死ぬんだ。少しくらい俺の思い出話を聞いてくれてもいいだろ?罰は当たんねぇぜ?」


 「・・・・・・」


 イデアムを黙らせようとしていた男たちを、何を思ったのか、ラドルフが制止した。


 イデアムの隣にいる銀魔は、首を動かせる範囲で動かし、イデアムを見ていた。


 周りが静かになると、イデアムは話して良いのだと判断し、その饒舌かは分からない口が次々に言葉を発する。


 「人生って、本当に思うようには行かねえよ。正直、俺ぁ今頃こんなところにいる予定じゃなかったんだ。だがまあ、これはこれで良い経験ってわけだ」


 「これから死ぬことが経験か」


 「生きるも死ぬも自分で決められねえ世の中になった。正義も悪も手ぇ繋いで仲良く散歩出来りゃあいいんだろうが、いかんせん、正義って奴はぁ悪を憎み、滅ぼそうとする。一方で、悪も綺麗ぶってる正義を嫌う。両者は理解し合えない。だが、どちらかが無くなってしまえば、もう一方も存在を無くす」


 2つで1つのはずが、互いを牽制し合う。


 太陽と月のように、互いを尊重し合える存在になったとしたら、今より少しはマシな世界になるだろうか。


 自分が信じた道を進んでいるだけなのに、それが正義と悪に分断されてしまっているなら、仕方ないと諦めるしかないのか。


 強さだけが特別ではない。


 夢に惑わされて落ち込んだ日だってある。


 それでも笑った数だけ、星は綺麗に見えるだなんて、一体誰が言ったんだろう。


 何も出来ないとか、誰も守れないとか、所詮は戦わない奴の寝言でしかない。


 そんな大嫌いな世界に大切な誰かがまだいるなら、もう少しだけ生きてみてもいいかなんて思って。


 「綺麗な夜明けを見たのは、生まれてから10年以上経ってからだ。身体を縛るものも、心を縛るものも、何もない、綺麗な空だった」


 世界に対して、他人に対して、全てを閉ざしていた自分という存在は、きっと小さい人間だったのだ。


 今こうして、こんな理不尽でやりきれない世の中でも、なんとかヘラヘラ笑って生きていられるのは、仲間に救われてるからだ。


 目の前にいるこいつらを、自分のことを信じてついてきてくれているこいつらを、導かなきゃならないと。


 それが間違っている道かもしれない。


 悪だと罵られるかもしれない。


 それでも信じてくれるなら、信じてくれている限り、自分が正義でいなければいけない。


 「お前等には分からねえだろうな。型にはまった人生を歩むことの息苦しさも、自分のことを心から信じてくれる奴等がいることの嬉しさも。どうでもいい景色1つでも、見え方が変わってくる。こんなどうしようもねえ、大したことも出来ねえ、こんな俺のことを信じて、ついてきてくれる。そんなあいつらを、俺はこれからも導いていかなきゃならねぇ」


 そう言って、イデアムは隣にいる銀魔の方を見ると、目が合った銀魔は、イデアムと同じように笑った。


 この処刑場において、もっとも似つかわしいその笑い声たちに、ツグミはピクリと眉間にシワを寄せていた。


 「ああ。そうだな。俺達みてぇな厄介者でも、馬鹿みてぇについてくる奴等がいるなら、最後まで連れて行く責任があるからな」


 「だろ?やっぱりお前とは気が合いそうだ」


 「勝手なことぬかすなよ。俺とお前じゃあ、境遇が違うんだ」


 「つれねぇなぁ。んなこと言ってると、助けてやらねぇぜ?」


 「もういい。こいつらに儀式を。さっさと始末しろ」


 「本音が出たか」


 イデアムと銀魔の言葉を遮ったラドルフに、イデアムは楽しそうに返した。


 そして、ギロチンの刃を支えているそのロープを下ろす。








 ガタン、と下ろされたギロチンの刃からは、大量の血が、出ていない。


 それもそのはずで、ちゃんと丁寧にセットしたはずのそこには、イデアムたちはすでにいなかったのだ。


 3つ並んだ壊れたギロチンの前にいたのは、剣を鞘におさめた男、ブライトだ。


 「間に合いましたか」


 「上出来だ。御苦労さん」


 見学に来ていた要塞関係者の方にいつの間にか移動していたイデアムと銀魔、飛闇。


 その状況にいち早く反応したのは、ラドルフとギル、それからツグミとツバキの4人だ。


 イデアムたちに向かって銃を向けている。


 「どうやってここに侵入した!?」


 ラドルフが少し声を荒げて聞くと、ブライトが淡々と答える。


 「処刑が始まれば、そちらに意識が集中すると思いましたので、借りた麻酔弾を使って見張りの方は眠らせました。あとは、その方を連れてここまで来ました」


 前もって見張りを眠らせておけば、あとは処刑のタイミングを待つだけだった。


 枷がついているとはいえ、一度くらい剣を振るうことは出来るかと試してみたら、速さとしては納得できないまでも、ギロチンを壊すくらいは出来た。


 ちなみに、麻酔弾はタカヒサから借りたというか、もらったものだ。


 「タカヒサ?誰だそりゃ」


 聞き慣れない名前に、銀魔が飛闇に声をかける。


 「トレジャーハンターです」


 「あ?トレジャーハンター?」


 「説明すると長くなるので、後で話します」


 まあ、トレジャーハンターだと言われて、ああそうなのか、とすぐに納得出来る人の方が少ないだろう。


 銀魔は辺りを見渡し、おおよそ何人がこの場にいるかを確認した。


 いつもであれば、これくらいの人数、ちゃっちゃと終わらせられるのだが、生憎今は枷という邪魔なものが付いているため、いつも通りの動きは出来ないだろう。


 それに、飛闇の枷は他の人よりも重たくなっていると、捕まっている時に誰かが言っていた。


 なにしろ、この場にいる銀魔、イデアム、飛闇、ブライトの4人全員が、枷をつけられた状態なのだ。


 イデアムとブライトがどれほどの強さかは知らないが、形勢逆転することはそう簡単なことではない。


 それはイデアムも同じことを思っていて、ちらっと互いの顔を見ると、イデアムは口元をニッとさせる。


 それにつられ、銀魔もため息を吐きながら笑うと、それに気付いたツグミが一発銃弾を撃ち込んだ。


 壁に撃ち込まれた銃弾に、ラドルフが軽く舌打ちをしていた。


 「絶対に逃がすな。儀式を穢した罪人には、もう一度戒めを受けてもらう」


 「逃がした方が面白くなるかもよ?」


 「ギル、お前は黙ってろ」


 「怖―い」


 ケラケラと笑いながら、ラドルフの言葉を流しているギル。


 ギルが笑いながら、壁にかけてあった何かのボタンを押したため、次々この場所に男たちがやってくる。


 むさくるしくなるな、と思っていたのはイデアムだけではないはずだ。


 銃口を向けているツグミが、4人に向かって口を開く。


 「ここから逃げられると思うなよ。例えどれだけの罪を犯した犯罪者だとしても、名の知られた英雄だとしてもな」


 「・・・・・・」


 「ツバキ、こいつらの足を斬り落とせ。それから処刑に戻る」


 「それ俺がやるの?随分と疲れる仕事だね。まあ、そういう泥仕事は俺の役割でもあるけどさぁ」


 「さっさとしろ」


 「わかったわかった。そう急かせるなって」


 ツバキが近づいてきて、その表情は子供のように無邪気なのに、どす黒い何かがあった。


 「抵抗したくなくなるくらい、痛めつけておかないとね」


 にっこりと笑ってそう言ったツバキ。


 要塞で働く者達でさえ、このツバキの笑みには背筋が凍る。


 そんな中、たった一人の笑い声が、その場の空気を変える。


 「ククク・・・」


 肩を小刻みに上下させて笑っているのは、分かりきっているかもしれないが、イデアムだ。


 ツバキは銃口をイデアムに向ける。


 「何がおかしい」


 「・・・いやなに。お宅らと俺ら、やっぱり違うな、と思ってよ」


 「違う?当然だろ。俺達は正義、お前等は悪なんだからな」


 「そうじゃなくて。生きていくための準備?つーの?まだ気付いてねぇのかもしれねぇが」


 「・・・?」


 ゾクリと、した。


 「反撃の狼煙は、もう上がってんだよ」





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