第3話 陰と陽

 4℃

陰と陽



 灯の消えた灯台に灯る








































 第三葉【陰と陽】




























 イデアムの言葉を筆頭に、戦いが始まった。


 その他大勢の男たちが、一斉にイデアムたちに向かってきた。


 枷がつけられている情勢なら、すぐに捕まえられると思っていたのか、男たちは恥ずかしがることもなく弱い者いじめをしていた。


 だが、ドサドサ、と倒れて行くのはイデアムたちではなく、男たちの方だった。


 枷で思う様に動けないと思っていたが、逆にその枷を重しのように利用していた。


 鈍くて、動きとしては遅いはずなのに、男たちは捕まえることも出来ぬまま、1人、また1人と倒れて行く。


 それでも男たちは次々に部屋に入ってくるため、減ることもない。


 今までの男たちよりも大柄な男たちが来て、イデアム達4人を見下ろす。


 「無駄についた筋肉だな。そんなにつけてどうすんだっての」


 「お前等を握りつぶすためだ」


 「やってみろ」


 男が、動きの鈍くなっているイデアムたちを捕まえようとしたその時、ひょいっと身体を捻らせて、宙を舞う。


 男の首に足をかけ、力を入れると男は苦しそうにもがいていた。


 枷の重さでそんなこと出来るはずがない。


 だが、ラドルフたちは目を疑った。


 絶対に外すことの出来ない枷が、イデアムの腕からも銀魔の腕からも、ブライトも飛闇も、外れていたのだ。


 どういうことだと思っていると、こちらを見ている銀魔の視線に気付いた。


 歯をぎりり、と押し殺していると、銀魔は何かを見せる。


 「どうしてそれが・・・!!」


 それは、要塞関係者が持っているはずの、枷を外す為のリモコンだった。


 「こんなに大勢、部屋に入れたのが間違いだったな」


 「なんだと・・・!?」


 「俺が変装したことにも気付かねえなんて、抜けてるにも程がある」


 「まさか、貴様・・・!!」


 銀魔は、ニヤリと笑う。


 そう、銀魔は男たちばかりになったのを利用して、変装していたのだ。


 何の為かと言うと、男たちに紛れこむことで、リモコンを持っている男からソレを盗むためだ。


 あとは簡単で、リモコンでぽとっとすれば、枷は簡単に外すことが出来た。


 それはあまりにも簡単すぎて、今までどうして枷に苦しめられていのかさえ、分からなくなるほどに。


 イデアムたちの枷も外れているため、こうなってしまっては、もう男たちは手が出せなかった。


 「暴れさせてもらうか」








 「それにしても減らねえなぁ。何人駐在してるわけ?」


 「俺が知るか」


 男たちが減って行くと、ついにラドルフたちが立ち向かってくる。


 手には銃を持ち、イデアムたちを取り囲むようにして近づいてくる。


 「大人しく捕まっていれば、静かに眠らせてやれたものを。なぜこうまでして生きることに執着する」


 「大人しくって、こいつらに拷問しといてよく言うぜ」


 「お前たちはこの世界に不要なんだ。ここで死んだ方が世界のためになる。なぜそのことが分からない」


 「・・・・・・」


 淡々と話してくるラドルフの言葉に、イデアムは目を細める。


 「てめぇらにとっては不要なものでも、俺にとっちゃ必要なもんだ」


 「分からん奴だな。俺達が不要と言えば、それは世界的に不要なものだ。お前、ゴミを欲しがる奴がいると思うのか?」


 「あーあ。お前みたいな奴がいつから、世の中正直者まで嘘を吐くようになるんだよ。何も見えちゃいねぇんだよ、お前等は」


 な?となぜか銀魔に同意を求めると、銀魔は一瞬俺に振るな、という顔をしていたが、イデアムが平然と笑っていたため、「ああ」とだけ答えた。


 「歴史を見ても分かる通り、犠牲の上にこの世界は成り立っているのだ。お前達の犠牲も、これからの良い世界を作って行く上で必要な作業を思えば悪くはないはずだ」


 「馬鹿なの?お前馬鹿なの?そもそもだ、犠牲がなくりゃ成り立たねえなら、んなもんなくてもいいんだよ。それこそいらねぇんだよ。本当に生きていくことの意味も知らねえ奴が、他人の命を握ってんじゃねえ」


 「本当に生きていく意味?そんなもの、賢い人間が生きていれば良いだけだ」


 「お前は知らねえんだよ。世界の隅で生きてる奴の姿を」


 誰もが陽の光を浴びる権利があるというのに、それさえもままならない。


 時代に翻弄されるがまま、力に屈して倒れて行く影の数は、もしかしたら握りしめられるほどしかないのかもしれない。


 それでも、生きようと伸ばした腕には、明日を夢見ている影がある。


 罪なき者たちの声など、届いていない。


 犠牲になった者たちの声など、聞いてない。


 亡霊のように生きている者たちの声は、発することさえ赦されない。


 「生きていく度に、失くしていく」


 生きていく度に、怖くなって弱くなって寂しくなって。


 不安なんて抱えたことにさえ大人ぶった。


 こんな臆病者にいつから成り下がったのか。


 朝が来る度に、脆くなって痛くなって恋しくなって。


 理由なんて欲しがることが子供だとか。


 それでも挑戦者になりたいから、答なんてない問いかけを追いかけ続けている。


 無意味な意味を求めて、それでも自分のまま生きたくて、終わりなんかない迷路でずっともがいてる。


 戦慄を謳う聖女も、殺戮を吼える女神も、慟哭に染まる賢者も、盲目に呑まれる亡者も。


 ただそこで息をしていることが罪だと言うなら、一体何を探す為にこの腕を伸ばせば良いのか。


 「俺は世界を変えるために、今生きてる」


 「・・・・・・」


 イデアムの言葉に、銀魔は視線を動かす。


 「例え変えられねえと笑われても、そんなことは無駄だと言われても、俺が生きてることで変わる何かがあるなら、どんなに小せぇことだっていい。そう思ってる」


 「・・・ふっ。悪を背負ったお前に出来ることなどない」


 「そうだよな。俺達は所詮、世間様から見りゃあ腫れもんだ。誰も近寄らねえ」


 イデアムの言葉を聞いて、鼻で笑ったツグミに答えたのは、銀魔だ。


 首筋の裏を摩りながら、前髪をかきあげる。


 「だが、お前等みたく、同じ考えの奴ばっかりがいたって、つまらねぇ。だろ?俺達みてぇな馬鹿がいるから、世の中回ってるとこもある」


 「俺は馬鹿じゃねえぞ」


 「そこは別に否定するところじゃねえよ。この世界はどうも、戦争っていう無駄なことが好きらしい。俺には理解出来ねえが」


 「戦争が無駄だと・・・?お前等こそ、分かっていないな」


 ツグミが銃口を向けたまま、話す。


 ラドルフたちも銃を向ける手を下ろすことなく、じっと様子を窺っている。


 「動物とて、己の縄張りがあるだろう。弱肉強食。それを人間もしているだけのこと。弱ければ追い出される。自然界では当然の摂理なのだ。戦争をするからこそ、立場というものが出来る。誰が強者で誰が弱者か分かる」


 「・・・それを知ってどうするよ?動物は強いオスがメスを連れていくし、群れのリーダーとしての役割を果たす。それはすなわち、子孫繁栄と群れを守る責任があるということだ。だが、人間はどうだ?」


 戦わなくても衣食住が手に入る。


 自然界よりも生き残る可能性が高いため、一夫多妻制を実現しなくても良い。


 群れというものはなく、守ると言っても、家族とか、仕事とか、そういうものだ。


 命を懸けて守る必要のあるものなんて、ほぼないに等しい。


 「人間の戦争は、人間だけが持つ、愚かで邪な欲の表れだ」


 人を殺しても罪にならない、人を殺してもなんとも思わなくなる、そんな人間の尊厳も心も失う。


 狂気に満ちたその異様な空間では、泣いている赤子さえ、標的になってしまう。


 憎むばかりで認めようとしない。


 壊すばかりで積み上げようとしない。


 どうしてそんなことが世界で曼延しているのかと言えば、それはきっと、生きている人間の心が貧しいからだ。


 寂しさを埋めるため、別の何かで埋めようとするあまり、自分の奥底に眠っていた欲を吐き出してしまう。


 そして、一度その達成感や幸福感を覚えてしまうと、同じ行動を取る。


 「個人差があるとはいえ、同じ人間として生まれてきて恥ずかしいね。時代の背景にゃあ、必ずと言っていいほど醜い争いがある。もっと静かに生きられねえもんかねぇ」


 「人間の性だと諦めるんだな。人間とはそういうものだ。自分が幸せに生きるためなら、他人の犠牲は厭わない」


 「性、ねぇ。性だというなら、俺らがこうしててめぇらに抗うのも、性だな」


 「・・・そうか。なら、男同士、決着をつけるか」


 そう言うと、ツグミはイデアムの前に立つ。


 「そういう物騒なもん向けるなよ。こう見えても俺、平和主義者なんだわ」


 「偽善者ぶるな。お前はここで始末する」


 ラドルフは銀魔の前に行き、ギルはブライトの前、そしてツバキが飛闇に立ちはだかる。


 「勝つのは正義か悪か。いや、勝った方が正義ってことにするか?」


 ツバキの言葉に、飛闇はこう答える。


 「・・・正義だの悪だの興味はない。勝っても負けても、変わらない。まず負けないが」


 今まで枷をつけていたせいか、いつもよりも軽く感じる。


 枷のお陰、といってしまってはどうかと思うが、実際そういう感じになっている。


 仕返し、という心算は全くない。


 ただ、ここで死ぬわけにはいかないという気持ちだけが、こうして男たちを突き動かしているのだ。


 「正しさを決める戦いじゃねえぞ。男同士の真剣勝負だ」








 飛闇とツバキの戦いでは、ツバキの銃声がやけに響いていた。


 「ちょこまかと動きやがって」


 身軽に銃弾を避ける飛闇の動きは、ツバキが今まで経験したことのないものだ。


 さすが忍の生き残りと言ったところだ。


 だが、ツバキもそんな素早い飛闇の動きのパターンを見極め、掠るくらいまでは銃弾を撃てた。


 しかし、それでも飛闇を仕留めることは出来なかった。


 「逃げてばっかりいねぇで、俺と真っ向勝負しろよ!!!男同士の戦いだろ!?それとも、俺を殴り倒せる自信はねぇか!!?」


 「・・・・・・」


 挑発しているつもりなのかもしれないが、飛闇は乗らない。


 だが、ストン、と床に足をつけると、ツバキの銃口を見つめている。


 この距離ならいけるか、と思ったツバキは、間合をつめながら引き金を引くタイミングを窺う。


 一歩、というより擦り足ですす、と動かした飛闇に気付き、ツバキはここぞとばかりに引き金を引いた。


 「え?」


 すぐ目の前には飛闇の顔があって、思わず目を瞑る、という余裕もなくて、気付けば痛みだけがあった。


 背中から床にぶつかったツバキは、呆然と天井を見上げている。


 「お望み通り、殴ってやったぞ」


 「・・・痛ェよ。もうちっと手加減してくれても良かったんじゃねえの?」


 「敵に情けをかけてくれなんて、男としてどうかと思うがな」


 「男だって、痛ェもんは痛ェよ」


 飛闇はツバキに近づいて、手元にまだ転がっている銃を蹴飛ばした。


 「お前が勝った。満足か?」


 「・・・満足?」


 「俺たちに勝って、お前等のやってることは、少なからず間違っちゃいないってことになった。だろ?」


 「・・・・・・違うな」


 「ん?何が?」


 未だ寝転がったままのツバキの方を見ることもなく、飛闇は続ける。


 「俺達にしろお前達にしろ、自分がやってることが間違ってるなんて思ってない。正しいと思ってるから、こうして動いてる。だから、この勝負に勝っても負けても、それはどっちが正しいどっちが間違いの問題じゃない。そんなこと言ってるから、お前は負けたんだ」


 「・・・・・・そうかねぇ」


 間違っていると思ってやってるなら、それこそ大きな間違いだ。


 自分が決めて行動しているなら、そこには意思があって、決意や覚悟なんかがあって、信じてやっていることだ。


 それを否定するということは、今まで自分が築き上げてきたもの全てを否定するということ。


 「何があっても信念を忘れなかった、お前が勝った。ってことか」


 「・・・ああ。それだけだ」


 そして、上半身を起こしたツバキに向かって、後ろに回って首をトン、と叩き、ツバキを気絶させた。


 その頃、ギルと向かい合っていたブライトは、銃をしまったギルに、自らの剣も鞘に納める。


 それを見たギルは、「お?」という顔を見せたあと、実際にそう言った。


 「なんだ?剣なしで俺とやり合おうってか?」


 「これが戦というなら、剣を取る。だが、男同士の戦いであれば、素手相手に剣は抜かない」


 「へー。武士道ってやつ?分かんねえけど。ま、その選択が自分の首を絞めねえようにな」


 ギルはにかっと笑うと、いきなりブライトに殴りかかってきた。


 もしかしたら、銃よりもこちらの方が得意なのだろうか、ギルはブライトの反撃を赦さずに攻撃してくる。


 剣術に長けているブライトだが、剣だけを頼りにしていると何かあったときに何も出来ないとイデアムに言われていたため、武術も習っていた。


 「面白ぇ。ま、俺は正直言って、お前等を捕まえようが逃がそうが、どうでもいいんだよ。正義だなんだ、それは俺にとっちゃつまらねぇことさ」


 「・・・・・・」


 「けど、俺喧嘩って大好きなんだわ。あ、殴る蹴るで喜ぶサディストとか、そっち系の趣味とかじゃねえよ?単に、こうやって拳同士まじえるのが好きって話さ」


 「喧嘩の最中に喋ってると舌を噛むらしい」


 「御忠告どうも」


 ギルの拳がブライトの鳩尾に入ったり、ブライトの拳がギルの頬に当たったりと、何度かそういう攻防が続いていた。


 普段のブライトからは想像出来ないような戦い方で、剣というリーチが無い分、感覚もいつもとは変わってくる。


 それでも次第に慣れてきて、どちらが優勢ということもないまま、続く。


 結構動いたのか、ギルがふう、と数回深呼吸をしたあと、ブライトに向かってこう言った。


 「結構強い奴に教わったのか?」


 「・・・・・・」


 「俺、自慢じゃないけど、銃の腕前はてんでダメでさ。ああいう神経を集中させるやつってのは、どうもね。分かる?」


 「分かりません」


 「だよな。で、俺なりに、やっぱり俺は銃よりこっちかな、と思ってさ。適材適所っての?俺に向いてるのは拳なんだよな。お前は?なんでわざわざ剣じゃなくて、こっちも教わったわけ?そういう教育?」


 「・・・・・・」


 ブライトは、しばらく黙っていた。


 もともと、剣だって握ったこともなかった。


 イデアムに拾われてから習い始めた剣は、筋が良いと褒められて、それが嬉しくて必死で稽古をしていた。


 だが、むやみやたらと剣を使うなとも言われている。


 それは仲間を助けるため、それは自分を守るため、それは生きるため。


 「俺は、オリバーのような力はありません」


 「あ?誰だ?」


 「ホズマンのように、銃も扱えません」


 「何言ってんだ?」


 誰にも負けないものって、何だろう。


 人と比べてもしょうがないことは分かっていても、全てにおいて特化したものがないというのもどうかと思った。


 だから、そう言うものが欲しかった。


 『お前にしか出来ねえことを探すんだ』


 「人は、生まれながらにほとんどが決まってます。強固な身体も、常に正確な照準も、しなやかな動きも、人を引き寄せる笑みも。何も無いことは悪ではなくとも、俺にはそれが必要だったんです」


 こんな自分に手を差し伸べてくれた、あの人のために。


 「あの人に、全てを捧げるために」


 「あの人ってのは誰か知らねえが、互いの誇りをかけるとすっか」


 正直なところ、ギルの攻撃というか力は結構強くて、ブライトの腕は痺れていた。


 折れていないことだけが救いだが、まともに動かせるのも、あと数回程度だろうことは分かる。


 「おら!いくぜえええ!!!」








 『あ?武術?』


 『はい。教えていただけないかと』


 『なんだよブライト、お前には剣があるからいいんじゃねぇの?』


 『イデアムさんに、剣が無かったらどうするんだと言われました。なので、少しでも出来た方が良いかと』


 『そういうことか。でも、俺のは武術とか体術なんてそういうんじゃねえぞ?ただの喧嘩の延長戦みてぇなやつだから』


 『構いません。教えてください』


 『よっしゃ。ホズマンにも見習ってもらいたいもんだな。あいつだって銃とられたらなにも出来ねえ・・・ってええ!!てめぇ!当たったらどうするんだよ!!』


 『当たってないのに叫ぶな。体力馬鹿が』


 『うるせぇよ!銃が無けりゃ、俺の方が完全にお前より強ぇから!!』


 『ふん。銃が無くても、俺はカンフー出来るからな。お前なんか跪かせてやるよ』


 『なにをおおおおおおお!!』


 相手の目を見ろ、相手の呼吸を読め。


 勝負ってのは、ほんの一瞬で決まる。


 剣の間合みたいなもんで、喧嘩だって同じだ。


 相手の一発目を見極められれば、幾らだってチャンスがある。


 だから、喧嘩ってのは、強い奴が必ず勝てるってもんじゃない。


 自分より強い相手であっても、1対1の勝負であれば、ほんの一瞬隙を見せただけで負けるし、その一瞬の隙を見つけることが出来れば、勝てる。


 だから喧嘩は楽しい。


 大柄な奴ほど、攻撃も大振りになる。


 そんな、以前聞き流していたようなことが、今になって走馬灯のように駆け巡る。


 時が止まったかのように、見えた。


 身体は勝手に動き出して、身を屈めたかと思えば、ふと見上げた先にはがらりとあいた空間があって。


 気付けば、目の前の男が倒れていた。


 「・・・あ」


 「・・・くうっ。痛ェ・・・。やられたー。負けた―」


 倒れているのに、ギルは笑っていた。


 ゲラゲラと大声で笑ったかと思うと、勢いよく上半身を起こし、ブライトに言った。


 「負けちまった。お前、やるな」


 「・・・・・・なぜ」


 「なぜ、左手でお前の攻撃を避けなかったのか、か?んなの、無理に決まってんだろ?」


 「え?」


 どうしてかと思っていると、ギルは自分の左手を、右手であげると、支えの無くなった左手はぷらん、と落ちた。


 「折れてんだよ。お前の攻撃受けた時な。多分、お前気付いてねぇけど、お前も折れてるぜ?」


 よくそんな腕でやってたな、と言われ、初めてブライトは自分の腕が折れていることに気付いた。


 折れてないと思っていたのは、気のせいというか、ブライトの根性だった。


 「そういえば、力が入りません」


 「ぶっ・・・。ハハハハ!まじか!ま、左腕だから、剣を持つ分には支障ねぇとは思うけどよ」


 「・・・・・・」


 ヒビが入ったことはあるが、折れたのは人生初かもしれないと、ちょっとだけ感動するブライトであった。


 そして銀魔とイデアムはというと、それぞれラドルフとツグミの銃弾から逃れていた。


 しかも、ツグミに至っては銃だけではなく、隠し持っていたナイフがあり、それでイデアムを刺そうとしていた。


 「どうする?ハチの巣になっちまうぜ?」


 「あー、飛び道具は無しだよな。一応、無防備だし?」


 互いの背中をくっつけながら、そんなことを話していた。


 そして、ラドルフとツグミが、また息を合わせたように攻撃してくるものだから、その図体からは想像出来ないような動きで避けていく。


 「こりゃ一気に片ぁ付けた方がいいな」


 そう言うと、銀魔はラドルフの背後に回るが、ラドルフはもう一丁銃を持っていたため、腕を交差させるようにして、背後にいる銀魔に向かって撃ってきた。


 身体を捻ってなんとか避けると、銀魔は一度顎に手を当て、それからニヤリと笑った。


 悪いことを考えている銀魔の顔は、そりゃもう悪者としか言えないものだ。


 ラドルフは弾を入れ替え、それから前にいる銀魔、を見た、はずだった。


 「な・・・に?」


 そこに立っていたのは、誰でも無い、自分。


 同じ顔、同じ髪、同じ目、同じ服装、同じ体勢の自分が、自分に銃を向けている。


 多分、銃はその辺に転がっている男からかっさらったものだろうが、まるでドッペルゲンガーにでも会ったような気分だ。


 つまりは、嫌な気分ということ。


 「何の真似だ」


 「そっちこそ」


 「俺はラドルフだ。お前、銀魔だな」


 「俺がラドルフだ。お前こそ銀魔だろ」


 まるで、合わせ鏡の自分と話しているようだ。


 「くそっ!!!」


 構わず、銃口を向けて同じ顔の男を撃つ。


 男はそれを避けながらも、同じように自分のことを狙ってくる。


 この感覚をどう例えたら良いのか分からない。


 自分であって自分でないもの、いや、そもそもあれは自分ではないのだが、自分が目の前にいるものだから、今ここにいる自分が何なのか分からなくなる。


 この不思議な感覚は、麻痺するものなのか。


 何度銃を撃ったところで、男は銃弾を避けてしまう。


 それどころか、自分を見て僅かに微笑むと、銃口を下に向けてきた。


 なんだろうと思っていると、自分であって自分でないその男は、自分の足を撃ってきた。


 殺そうと思って撃っていた自分とは違い明らかに殺すつもりのないその銃弾に、反応することも出来ず、血が出てきた。


 「ぐっ・・・!!」


 こつこつ、と近づいてくる足音に顔をあげると、そこには自分、ではなく、変装とといた銀魔がいた。


 平然とした様子でこちらを見ていて、ラドルフは撃たれた足をおさえながらも、なんとか身体を起こした。


 銀魔を睨みつけるも、平然としている。


 ラドルフは再び銃を握り締めたため、銀魔はまた撃ってくるのかと構えたが、銃口は銀魔ではなく、ラドルフのこめかみだった。


 「・・・!」


 パアン、と乾いた銃声が鳴ったが、ラドルフは生きていた。


 悔しそうに銀魔を睨みつけると、銀魔は眉間にシワを寄せて険しい顔をしていた。


 「何してんだ」


 「足を失くした兵士など、戦場において足でまといにしかならない。それなら俺は、ここで自決する」


 「馬鹿じゃねえの」


 「なんだと・・・!!」


 自分のこめかみに当てていた銃は、銀魔によって弾かれていた。


 「まず第一にここは戦場じゃねえ。戦場だったら、てめぇら誰一人として生きてねぇって。それからな、例え足を失くした兵士だとしても、自決する言い訳にはならねえよ」


 「言い訳だと?!」


 「負けを認めて生きていく覚悟がねえってことだろ?ま、男の世界じゃぁ、恥かいて生きるくらいなら、負けた方がマシだって奴もいるが、俺は生憎、そっち派じゃなくてよ。帰りを待ってる奴がいるなら、責任持って帰らなくちゃいけねぇ。それが自分の役目だと思ってる」


 「ならば、どうして1人犠牲になってここに残った!?お前を助けに来なければ、1人で死んでいったんだぞ!!」


 あまり見ないラドルフの感情的な声に、ギルは驚いたような顔をしていたが、「へぇ」とだけ言って、笑っていた。


 「俺がいつ死ぬっつったよ」


 「はあ?」


 「俺はこんな男だらけの狭い場所で、死ぬつもりなんてサラサラねぇよ。逃げ出すチャンスなら幾らでもあったからな」


 枷は邪魔だったが、としらっと言い放った銀魔。


 そういえば、枷を外す為のリモコンだって簡単に手に入れたのだから、いつだって逃げ出せたのだ。


 「だが、可愛い弟子が俺を助けにわざわざ来るっつんだから、大人しく待ってた方が得策かと思ったんだよ。それに、多分あいつもついてくるだろうことは予想出来たしな」


 そう言って、銀魔はイデアムの方を見た。


 この2人には面識はないはずだと、ラドルフはさらに眉間のシワを深くする。


 「奇妙なもんでよ、自分に似た奴つーのは、会った瞬間に分かるもんだな」


 「ふん。だが、最後に勝つのは俺達だ。ここから生きて逃がしはしない」


 「そうだな。人生っつーもんは、最期まで分からねえからな」


 そう言った銀魔は、余裕そうだった。


 一方、ツグミを相手にしていたイデアムは、銃弾とナイフを美味くかわしながら、ツグミの隙を窺っていた。


 しかし、こういった状況に余程慣れているのか、ツグミは器用に弾の補充をしていた。


 「どこまで本気出しゃいいんだ?」


 ぼそっと言った瞬間、ツグミはナイフを投げてきた。


 それを避けようとすると、ナイフの向こう側に銃弾が飛んできているのが見えた。


 ナイフを指で掴んで止め、銃弾を避ける。


 「いつまで避けている心算だ?」


 「さてね。どうしようか考えてたところだ。俺は優しいからよ、白旗ふってくれりゃあ、このまま消えてやるんだがな」


 「それは俺の台詞だな」


 一体幾つ弾を持っているのだろう。


 ツグミは何十発もイデアムに向かって撃ちこんでいたが、やはりそこは限りがあって、ついに弾は無くなってしまう。


 終わりかとも思ったが、まだナイフで襲ってくるため、それもまた避ける。


 「よっ」


 軽い掛け声だったのだが、イデアムが振り上げた足が、ツグミの持っていたナイフを蹴飛ばした。


 ソレを手から滑り落としてしまうと、ツグミは今度は拳で襲ってきた。


 なんでもありか、と思ってツグミの拳を腕でガードすると、何か違和感があった。


 じんじんと痺れるこの感じは、きっと。


 「手甲か」


 「ああ。備えあれば憂いなしっていうだろ」


 硬いそれに、イデアムは自分の痺れる拳を眺めていた。


 すると何を思ったのか、ツグミは歯を見せて笑った。


 「これで、お前は俺の攻撃を受けようとすればどうなるか、分かっただろ?」


 同じようなものがツグミの足の向う脛にもついているらしく、蹴りを受け止めても同じことが言えるそうだ。


 ならば受けなければいいだけの話なのだが、どうしても接近戦になれば、受けざるを得ない状況になってしまう。


 受ければ受けるほど、イデアムにとってはマイナスになってしまう。


 ツグミはそう思ってか、強気に攻めてきた。


 それをただ避けているだけのイデアムに、次々に攻撃をしてくる。


 「威勢が良いのはどうした!?俺たちを倒して、ここから逃げるんだろ!?」


 「・・・ああ」


 「どうだ!反撃してきてみろ!!俺は逃げも隠れもしないぞ!!」


 「・・・ああ」


 「怖いのか!?そりゃそうだ!!幾ら名を馳せた英雄たちでさえ、自分が死ぬときには恐怖を覚えるもんだ!!」


 「・・・ああ」


 ぐ、と一旦拳を止めると、ツグミはチッと舌打ちをする。


 「なんだ?負けると分かった途端、言い返すことも出来なくなったのか!?本気で来い!俺がやり返してやるよ!!」


 「・・・言ったな?」


 「は?」


 思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。


 聞いているのかいないのか、適当な返事をしていたイデアムが、ツグミの言葉にようやく反応した。


 どの言葉に反応したのかと言うと、コレ。


 ―本気でこい!


 本気を出そうかどうしようか考えていたイデアムは、この言葉で決めた。


 よし、本気を出そう。と。


 「死なねえ程度に本気で行くぜ」


 「ふん。かかってこい!!」


 といった刹那。


 ツグミの眼前には大きな拳があって、それをガードしようと、手甲を外側にして両手を準備する。


 これでなんとか防げるかと思ったツグミだったが、甘かった。


 「!!!」


 手に衝撃が走ったかと思うと、それがなぜかも確認出来ないまま、拳が自分の顔面に降ってきたのだ。


 そのまま壁に背中から激突してしまった。


 口の中が切れてしまったのか、口の中が鉄の味がする。


 視線を腕の先に向けてみると、そこには、粉々になっている手甲があった。


 何かを聞こうと口を開いてイデアムの方を見ると、自分の手の甲を見て、指をぐーぱーぐーぱー動かしていた。


 そしてツグミの方を見ると、にんまりと笑う。


 「ま、骨も折らなかっただけ感謝してほしいな」


 「な・・・」


 「俺とお前じゃあ、生きてきた環境が違うんだ。何が何でも生き延びる、その為の装備ってのが、ちぃとばかり足んなかったみてぇだな」


 「ふざけるな!!」


 「ほんじゃま、俺達はおいとまするぜ」


 「待て!!!」


 イデアムも銀魔も、ブライトも飛闇も、4人はそこから出ていってしまった。


 歯をギリ、と噛みしめたあと、ツグミは意識を取り戻したツバキの方を見る。


 ツバキはそれだけでツグミが何を言いたいのか分かったようで、ゆっくりと立ち上がって部屋から出て言った。


 同時に、ラドルフも立ち上がる。


 「もしかして、あいつら追いかけるのか?」


 ギルの言葉に、ラドルフは足を引きずりながら答える。


 「当然だ。すでに、準備はしてある」


 「・・・逃がした方が面白ぇと思うんだけどなぁ」


 「そういう問題じゃない」


 「ツグミとツバキも追いかけるのか?放っておけって。あいつらはきっと、この要塞じゃ捕まえておけねぇよ」


 「何が何でも捕まえてやるさ。この命が尽きてもな」


 そう言うと、ツグミは出ていってしまった。


 ラドルフは部下たちに、武器を持ってイデアムたちを追う様に指示しており、自らは治療もせずにコントロールルームへと向かった。


 それを見て、ギルは折れた腕をおさえながら、同じように、外の様子が見えるその部屋へと向かった。


 要塞の外に出てしまえば、ツグミとツバキの領域と言っても良い。


 大人しく椅子に座れば、ラドルフは先に温かいコーヒーを飲んでいた。








 要塞の外に出られた4人は、ボートが無くなっていたため、泳いで陸の方まで行った。


 服は水を吸って重たくなっているが、つけられていた枷に比べれば可愛いものだ。


 「ふう、なんとか要塞は脱出出来たな」


 「熱燗が呑みてぇ」


 濡れた服から、水分を絞れるだけ絞っていると、ガサガサと音がしたあと、男たちがずらっと並んだ。


 みなその手にはマシンガンを装備しており、イデアムたちをぐるっと取り囲む。


 服装からして、要塞の男たちがわざわざこちらで待ちかまえていたようだ。


 ふと、後ろから何か気配がすると思ってちらっと見てみると、後ろからはボートに乗ってやってきた見覚えのある男が2人。


 「言っただろう。逃がさないと」


 そこにいたのは、やられたにも関わらず追ってきたツグミとツバキだ。


 ツグミの握っている手が震えているところを見ると、先程のイデアムの拳が効いているようで、多分まだ痺れているのだ。


 それか、本人は気付いていないが、恐怖を抱いているか、だ。


 後者は認めないだろうから、ここでは前者ということにしておこう。


 ボートからひょいっと下りてきたもう1人、ツバキは、まだツグミが乗っているそのボートを陸まで少しあげる。


 そしてツグミと同じように、銃を向けてくる。


 「正義だの悪だの、もうどうでもいい。お前等みたいなのを、世の中じゃクズっていうんだ。腐ったミカンなんだよ。お前等からどんどん感染が広がって行く。感染源は断たないとな」


 「なんとまあ、懐かしい表現しやがって」


 ツグミの喧嘩腰の言葉に、イデアムは飄々と答えてはいたが、銃ならばまだしも、マシンガン相手は少しキツイと考えていた。


 ブライトは片腕を骨折しているし、無理はさせられない。


 同じように銃を取りだしたツバキが、飛闇に殴られた箇所を摩りながら言う。


 「要塞内であれば、捕まえることが最優先とされるが、要塞から逃げ出したお前等は、ここで射殺されても文句が言えない。わかるか?」


 「・・・わざわざ、俺達4人を殺す為だけに、要塞から逃がしたってか?」


 「そうだ。確かに、素手でやったって、ましてやあの狭い部屋で限られた人数でお前等を攻めたって、勝てないことはおおよそ分かっていた。ましてや、サシでの勝負なんて勝てねえよ。けど、罪人であるお前等と、サシで勝負する意味なんてねぇからな」


 一対一ならば負ける試合だとしても、大勢が相手ならどうだ。


 真面目に、素直に、自分よりも強いと分かっている相手に、自分1人で向かって行く必要なんて正義にはないのだ。


 手段がどうであれ、結果として捕まえ、この手で抹殺出来ればよいのだから。


 逃げられない状況を作るなんて簡単なことで、要塞で暴れている間に、要塞の人間だけではなく、警察の方にも連絡をして応援にきてもらった。


 「・・・そこまでして俺達を殺してぇとはな」


 酒飲むのが遅くなる、とぼやいた銀魔。


 一体何をしたのだろうかと、聞きたくなる。


 すると、そんな銀魔の心中を察したのか、ツバキが答える。


 「生きてるだけで罪。それはあまりにも酷な理由だ。だがそれは実際にある。それがお前等だ」


 「意味が分からねえ。俺なんて、地味にのんびり生きてるだけだろ」


 「お前がいることで、そいつみたいな、お前と同じ思想を持つ人間が生じる。それは俺達にとって都合が悪い。すごくな。だからここでお前という灯を消すことで、そこに群がる蛾も消える。そういうわけさ」


 「おい飛闇、お前蛾だってよ」


 「せめてカブトムシがいいです」


 「あ、それいいな」


 どうでもいいことで会話が成り立っていると、今度はイデアムの方を見てツバキが話す。


 「お前もだ。革命家。俺達に刃向かおうとしている反勢力のリーダー」


 「別にまだ何もしてねぇだろ?」


 「してなくても、危険因子は全て排除する。二度と俺達に刃向かおうなんて考えを無くすくらい、お前等を踏みつぶしてやるよ」


 「・・・・・・お前、ちゃんとその目ん玉見開いて、世界を見たことがあるのか?」


 「あ?何を言ってる?」


 イデアムの言葉に、ツバキは銃を持ったまま近づいてきた。


 その後ろには、同じように銃を構えているツグミが、首を回しながらイデアムの言葉を聞いていた。


 「俺が見てきた世界は、お前等が見てるソレよりも、暗くて脆かったよ」


 「見てる世界なんて同じだろ。どこの国もどこの政治もどこの人間も、同じだ」


 「いや、違うな」


 答えたのは、銀魔だ。


 ツグミの視線はイデアムから銀魔に向かった。


 「上から見下ろしてる景色と、下から見上げてる景色ってのは、違うもんだ。自然だってそうだ」


 植物は太陽の光を浴びるため、必死になって高く伸びようとする。


 下のほうにいる植物は、生き残るために隙間からの日差しを探し、そこに根を下ろす。


 しかし、日差しを覆い隠すほどの大きな日陰になってしまうと、小さな植物たちは生き残ることで出来ず、枯れてしまう。


 太陽は、そのことを知らない。


 土は、そのことを知っている。


 「地べた這いつくばって生きてる奴等のことを知らねえで、偉そうに御託並べんじゃねえよ」


 空を優雅に飛ぶ鳥は、手足のない蛇の気持ちなんて知らない。


 「土台がねえと立てもしねぇくせに、生意気言ってんじゃねぇよ」


 例え地上で何が起ころうとも、空はいつだって我関せず。


 眺めてる暇があるなら、腕の一本でも差し伸べたらどうなんだ。


 「ククク・・・」


 肩を小刻みに動かして笑ったのは、隻眼がやけに似合う男、イデアムだ。


 「やっぱ、お前とは気が合いそうだ」


 「御免だな。俺はお前ほどお喋りじゃねぇ」


 「俺達みたいな輩ってのは、いつだって何処だって煙たがられるもんさ。そりゃそうだ。知らねぇおっさんたちが決めた世の中に、そいつらよりもまだ生きてねぇガキが反発してんだ。気に入らねえだろうな」


 「しょうもねぇことしてるからだろ。自業自得だ」


 「ハハハ、確かに」


 「・・・最期の言葉はそれだけか?」


 イデアムと銀魔の会話を遮ったのは、大人しく聞いていたツグミだ。


 「麗しき人生に、拍手でも送ってやろうか」


 「・・・いらねぇよ、そんなもん。男共から拍手もらったって何も嬉しくねぇよ」


 ツグミが口角をあげて少し笑ったかと思うと、顎をくいっと動かして、ずらっと並んでいる部下であろう男たちに指示を出す。


 すると、男たちは一斉にマシンガンを構え、イデアム、銀魔、ブライト、そして飛闇の4人に近づく。


 ずい、と一歩前に出た途端、男たちの姿が消えた。


 いや、消えたという表現はもしかしたら正確ではないのかもしれない。


 だが、そこに並んでいた男たちは皆目の前にはおらず、どこに消えてしまったのかというと、男たちとイデアムたちの間にある穴に落ちてしまったのだ。


 穴と言っても、想像しているようなかわいらしい丸く深いものではなく、男たちが並んでいたような半円形状の落とし穴で、深さも結構あるようだ。


 下を覗いてみると、そこには爬虫類や両生類がこれでもかというほどいて、あまり得意ではない人にとっては、地獄だろう。


 案の定、男たちはあんな屈強な身体をしているにも関わらず、叫んでいた。


 「何があった?」


 「あいつらが作っておいたのか?」


 ツグミとツバキも、一体どういうことなのかと首を傾げていた。


 イデアムたちが作ったのかとも思ったが、先程のリアクションを見る限りでは、知らなかったように見える。


 しかし、自分たちとて、こんなところに罠なんて作った覚えはなく、ましてや、それに自分達が引っ掛かるなど有り得ない。


 ツバキが銃を構えると、どこからか銃声が聞こえてきて、ツバキの銃は海へと弾かれてしまった。


 ひりひりする腕をおさえていると、ツグミが銃を構えてあたりを警戒する。


 「・・・・・・」


 し・・・ん、と静まっているその空間では、自分の心臓の音さえも五月蠅く聞こえるほどで、呼吸1つ1つが慎重になる。


 相手に気配を悟られないようにしている心算だが、きっと相手から自分は丸みえなんだろう。


 ならば、撃ってきた方向を見極めて、相撃ちにさえ出来れば、と考えた。


 どれほど時間が経ったか分からないが、ツグミがいきなり叫んだ。


 「隠れてないで出てこい。堂々と勝負したらどうだ?」


 それにも答えないため、ツグミはちっと舌打ちをしてから、銃を撃とうと引き金に指をかけた。


 そのとき、どさ、とツバキの横に倒れてきた。


 「え?」


 ツバキが視線を下げると、そこにはツグミがいた。


 どうしてかと思っていると、そのすぐ後ろには見知らぬ男がいて、その男の手には重たそうな金塊があった。


 これで殴られたのか、とそれは良いとして、ツバキはツグミが倒れたことよりも、目の前の男たちを捕えることよりも、男の持っている金塊に目を奪われた。


 「ツバキさん!応援にきました!」


 ボートに乗ってやってきたツグミとツバキの部下たちは、倒れているツグミを見て驚いてはいたが、目の前にいる男の手、それに背負っているリュックに金塊が目いっぱい積まれているのを見てしまった。


 それが黄金に輝き、1つあれば充分な生活が出来るだろうほどの価値がある。


 何しろ、このあたりに埋まっているとされている金塊は、他の場所で取れるソレよりもすごいらしい。


 何がすごいのかはさっぱりだが。


 それを知っているからなのか、ツバキを始め、部下たちもその金塊を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 ツグミが倒れた隙に、落とし穴を飛び越えていたイデアムたちは、男を見てニヤリと笑った。


 「あいつは?」


 「あいつが、タカヒサだ」


 初めての銀魔は、明らかにサバイバルしてます、といった風貌のタカヒサを見て、なにやら納得していた。


 当のタカヒサは、金塊を背負ったまま、こちらに向かって走ってきた。


 まるで鬼ごっこでもするかのように、ツバキを始め、男たちはタカヒサを追いかけてきた。


 タカヒサはひょいっと落とし穴を飛び越え、るのかと思ったら、違った。


 その手前、つまりは落とし穴に堕ちるようにしてジャンプをしたのだ。


 男たちの重さで、落とし穴より手前も一気に崩れていき、次々に男たちはなにやら気持ち悪そうな下へと落ちていく。


 「大丈夫か、タカヒ・・・」


 腕を伸ばそうとしたイデアムだが、そのタカヒサの背中には、正確にはリュックには、なんとか腕一本でしがみ付いているツバキがいた。


 そこからは少しずつ金塊が落ちて行き、それを誰にも渡すまいと、ツバキは残された片腕でキャッチしていく。


 「俺は全てを手に入れる!!俺が堕ちるとき、お前も道連れだああ!!」


 「・・・・・・」


 リュックを放そうとしないツバキを見て、タカヒサはなにやらモゾモゾ動き出した。


 「え・・・?」


 何の迷いもなく、タカヒサはリュックを下ろした。


 両手には沢山の金塊を抱えながら、ツバキは落とし穴の底へと沈んで行った。


 「欲深い人間は奈落に落ちる、か。あの洞窟に書かれていたことは本当だったな」


 そう言うと、タカヒサは誰の手も借りぬまま、そこから片腕一本でひょいっと這い上がってきた。


 それを見ていた銀魔は、ぽつりとこう言ったらしい。


 「大した奴だ」


 平然と歩き出したタカヒサに、イデアムは楽しそうに話しかける。


 「もったいねぇ。あの金塊、どうしたんだ?」


 「近くの洞窟で取ってきた。ああいう奴等は好きかと思って」


 「さすがだな。トレジャーハンターは伊達じゃねぇってか。もしかして、さっきあいつの銃撃ったのもお前か?どっから狙ってた?」


 「そんなに離れてない。1キロないくらい?」


 「けど、お前ライフル持ってなくね?」


 「普通の銃で撃った。2発撃てば届くし」


 タカヒサが言うには、1発目を撃ったあと、もう1発撃った。


 後から撃った弾は、前を飛んでいる最初の弾を押し出して、ツバキも銃を撃ち落とした、ということらしいが、ピンとこない。


 「そんなこと出来るのか?あとでホズマンに聞いてみるか」


 ケラケラ笑いながら、イデアムはずんずんと歩いて行く。


 その後ろをついて行くように、ブライトが歩を進めると、銀魔は何を言う事もなくタカヒサを見ていた。


 その視線に気付いたタカヒサも銀魔を見ると、まるで睨み合っているような光景だが、睨んではいないらしい。


 顔を逸らすと、タカヒサは近くの草影に隠しておいたいつものリュックとライフルを肩にかけると、何も言わずにその場を去って行った。


 「イデアムさん」


 タカヒサが去って行くことに気付いたブライトがイデアムに声をかけるが、イデアムはタカヒサの背中を見ただけで、「行くぞ」とだけ言った。


 後ろを振り返り、そこにまだ佇んでいる要塞を見ていた銀魔に、飛闇が声をかける。


 「銀魔さん」


 「・・・ああ、帰るか。風雅も心配してるだろうしな」


 「・・・はい」


 少し歩いたところで、イデアムだけが腕組をして待っていた。


 「もう互いに用はねぇはずだぞ」


 「ああ。そうだな」


 「よくわからねぇ野郎だ」


 「お互い様だな」


 「で、なんだ。別れの挨拶でもしに待ってたのか」


 「そんなんじゃねえよ」


 ふと、イデアムはブライトが待っている少し先の場所を眺める。


 「・・・いずれまたてめぇと会ったら、そん時ぁ」


 ゆっくりと顔を動かして、視線をブライトから銀魔に向ける。


 「男同士、喧嘩して盃交わそうや」


 「なんなら、呑み勝負でもいいぞ」


 クツクツと笑いながら、イデアムは銀魔たちに背を向けて行った。


 銀魔がタカヒサが去って行った方向を眺めていた頃、同じようにイデアムも視線だけそちらを向けていた。


 「どうかしましたか、銀魔さん?」


 飛闇の声に、銀魔はふ、と笑った。


 「いやなに、ただ・・・」


 これから羽ばたく翼は、近場にだけあるわけではなかった。


 「「この世界にはまだ、面白い奴らがいるな」」


 土壇場で裏切るような、拙く脆い信者より、最期まで信じられる自分でありたい。


 カッコつけて罵り合う、淡く弱い賢者より、死ぬ間際まで手を取り合う強い物でありたい。


 正念場で欺く様な、儚く軋む従者より、最期まで立ち上がる自分でありたい。


 言葉だけがただ寄り添う、廃れ滅ぶ亡者より、生きる今に力を尽くす強い者になりたい。








 例えば、自分が勇者だと信じて戦ってきたとして、実は悪者として利用されていただけだとしたら、どうだろう。


 物語は引っくり返るだろ?


 憎悪、嫌悪、悲観に愛憎。


 真実とは生者が語り騙るもの。


 故に真相は闇の奥深くへと逝く。


 子供たちが読む絵本でさえ、本質なんてわからない。


 童話は誰かが作ったフェイクなんだとか。


 見慣れた消失が麻痺させている。


 眩暈がするほど酔いしれた毒に、気付かないまま触れてしまう。


 「あーあ。なんか、腹減ったな」


 「そうですね」


 口にしたのが毒であれ、嘘であれ、飲み込むことに変わりはないのだから。


 「風雅に小言言われるんだろうな」


 「銀魔さんを見たら多分安心して寝ると思います」




 物語はまだ、序章にすぎない。



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