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maria159357
第1話 不不可
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不不可
登場人物
イデアム
ブライト
銀魔
飛闇
タカヒサ
ギル
ラドルフ
ツグミ
ツバキ
嵩張る敗北は天高く
第一葉【不不可】
「ブライトが捕まった?どういうことだ、オリバー」
とある革命家のもとへ、一報が届いた。
それは、革命家のリーダーの右腕である男が捕まってしまったというものだった。
息を切らせてやってきた仲間に説明を求めると、男は聞いたことを全部話す。
「ブライト、次の街の調査に行ってたじゃないですか。そこで運悪く、ブライトが革命家だって知ってる奴がいたらしくて、役人に取り囲まれちまったんですよ・・・!!」
「役人くれぇなら、ブライト1人で大丈夫だろ?」
「いやそれが、大勢に囲まれちまったみたいで。それに、いきなり枷をつけられてて、思う様に反撃出来なかったみたいで・・・」
銀髪で隻眼の男、イデアムは顎に手を当ててふむ、と納得すれば、何処に連れて行かれたか分かるかを聞く。
すると、厄介な要塞へと連れて行かれたことが分かった。
「面倒な場所だな」
「イデアムさん!ブライトを助けに行きましょう!!俺達みんなで行きゃあ、きっと」
「止めておけ。あの要塞は新しいから、まだどんな構造かも分からねえんだ。敵の陣地に手ぶら裸足で行くなんざ、捕まりにいくようなもんさ」
ならブライトは・・・と言うと、イデアムはニヤリと笑って立ち上がる。
出口に向かって扉を開ければ、このじめじめした場所には似合わないほどの眩しい光が差し込んできた。
目を細め、手で光を遮断するようにして影を作ると、後ろに立っている男に向かってこう告げる。
「誘われてんのは俺だ。人の誘いには乗ってやらねえとな?」
「ですが・・・!イデアムさん1人で行かせるわけには!!」
「なあに、ちょいと行って盗んでくるだけさ。まあ、最悪俺も捕まったときは、後のことは頼むぜ」
「そんな!!」
それにしてもいい天気だな、なんてとても呑気なことを言っているイデアムに、オリバーはなんとか止めようと説得を続ける。
しかし、イデアムがそれを聞くはずもなく、ならやはりみんなで行こうと提案するが、それも悉く拒否されてしまう。
きっと、本来の組織の形とするならば、リスクを背負ってまで助けに行くのなら、このまま1人を犠牲に、というところなのだろうが、イデアムはしない。絶対に。
たかが1人の命、されど1人の命。
たった1人の命を助けるためなら、自己犠牲を幾らでも伴う人だ。
とはいえ、自己犠牲になるほど弱くもないのだが。
それでも、革命家のリーダーとしているからには、それなりに信頼もある男であることは確かだ。
ここまでこれたのも、こうして仲間が出来たのも、この男がいたからだ。
「・・・分かりました。何を言っても無駄ですね」
「お。よく分かってんじゃねえの」
「イデアムさんが無茶するのはいつものことですからね。みんなには何て言います?」
「そうだな。ブライトと偵察にでも行ってるって言っといてくれ」
「わかりました。ホズマンは勘が良いんでバレそうですけど、なんとか誤魔化しておきます」
「別にあいつならバレたっていいさ。ただ、大人しく待ってろって伝えろ」
「はい」
そう言って去って行ったイデアムの背中を、ただオリバーは眺めていた。
ふう、と息を吐いていると、後ろから見知った声が降ってきた。
「大人しく待ってろ、ね。俺は犬じゃないんだけど」
「げ、ホズマン。聞いてたのか」
「うっせ。イデアムさんの言う事は聞くから安心しろよ。お前と違って俺は聞きわけがいいんでね」
「はあ?何言ってんだよ?俺だってちゃんと大人しく待て出来るからな」
「そりゃ立派な犬だ。尻尾振って御主人様の帰りを待ってるんだな」
「てんめぇ・・・。まじで今のうちにどっちが上か決着つけておくか」
「お前、イデアムさんが言ってた“大人しく”の意味分かってんの?ここで騒ぎ起こして面倒なことになったら、それこそイデアムさんに迷惑かかるだろ。馬鹿」
「・・・・・・わかってら」
唇を尖らせて拗ねたような顔をしているオリバーは、後頭部をかきながら部屋へと戻っていた。
信仰深く神に祈ったって、世界の何人が救われるというのか。
悠長に祈る暇があるなら、確実な未来がほしい。
献身的に愛を誘っても、世界の何人が溺れるといのか。
大勢の観衆は傍観するだけで、貪欲に媚びるなら、明確な答えがほしい。
「やれやれ。ブライトも世話が焼けるな。・・・にしても、だ。あれが要塞か?どうなってんだ?」
イデアムは、早速ブライトを救出しようと、要塞の近くまで来ていた。
茂みを抜けた先には、広い海。
そして陸地から少し離れた海の上には、ぽつん、と建物とも呼べないほどのコンクリートだろうか、鉄だろうか、分からないがそんな色のものがある。
そこには見張りのような男もおらず、しかし、侵入するにはそこから入るしかないのも確かであって、そもそもそこが本当に入口かも分からないが、信じて行くしかないのか。
イデアムの経験上、こういう要塞には必ずと門番の屈強な男たちがいるものだと思っていた。
「てことは、システムが頑丈ってことか?」
入るだけならなんとかなりそうだが、逃げる時のことを考えると、逃げ道を閉ざされてしまったら最悪だ。
敵のことを良く知らないのに乗りこむのはあまり好まないが、このままではブライトが危ないのも確かだ。
色々と考えていると、ふと、何かの気配を感じ取った。
イデアムはすぐ近くにあるその気配に対して身構えると、がさ、と音がして、草影から人が出てきた。
その男は黒髪の短髪で、顎鬚、そして耳にはピアスをつけていた。
男もイデアムを見て身構えていたが、互いに相手に戦意がないと分かると、大人しく草影に身を隠す。
そして、男も要塞を見ていることに気付くと、イデアムが話しかけた。
「お前もあの要塞に用事か?」
「ああ。俺の弟子が捕まっちまったらしくてな」
「俺んとこもだ。あの要塞について、何か知ってるか?」
「いや、調べに来たところだ」
だよな、とイデアムはため息を吐く。
そして、どうして弟子が捕まったのか聞けば、男にももう一人弟子がいて、その弟子は女のようだが、その女を助けるために、男の方が捕まってしまったようだ。
だが、数人だろうが数十人だろうが、囲まれても負ける様な奴じゃないと言っていた。
イデアムは、自分の捕まったそいつは、枷みたいなものをつけられていて、それで思うように動けなかったのかも、と話せば、男は眉間にシワを寄せながらも納得したようだ。
「あー。どうすりゃいいんだろうなー」
胡坐をかいて、頬杖をつきながら要塞を眺めていると、隣に座っていた男が何を思ったか、急にこう言った。
「俺は行くぞ」
「・・・は?どうやって?」
イデアムは目を点にして問いかけた。
男は首をコキコキならすと、歯を見せてニヤリとする。
「変装が得意なもんでな。それで入り込む」
「お。それいいな。俺もついて行く。そういや、自己紹介まだだったな。俺はイデアム。通りすがりの革命家だ」
「イデアムねぇ。知らねえ奴はいねぇと思うが。俺ぁ銀魔だ。利害一致でここは協力といこうじゃねえか」
イデアムと銀魔は互いの手を握って同盟を結ぶと、銀魔が早速変装とする。
しかし、それは変装と呼ぶにはあまりにもクオリティーが高く、いや、クオリティーがどうこうという問題ではなく、なんというか、すごいの一言に尽きる。
何しろ、先程までイデアムの目の前にいた銀魔という男は、背が高くてがっちりした体格だったのだが、銀魔が変装した男はそれよりも背が低く、肩も丸みを帯びていた。
それは別人としか言いようがない。
目を丸くして驚いていたイデアムだが、次第に面白そうに笑った。
「すげぇな、お前。どういうこと?どういう原理でその変装してる?」
「さっさと行くぞ」
「すげぇスルーされた」
イデアムと銀魔がボートに乗って要塞へと向かっていた。
入口らしき場所には、たった1つ、手のひらを押し当てる様な印が書かれたものがあるだけで、銀魔はそこに手を当てた。
少し何かチクッとした気がするが、特に何もなかった。
それから色彩認証や声認証などもあり、銀魔は大丈夫なのかと思っていると、銀魔はそんなイデアムの考えを読みとったのか、こう言った。
「要塞から出てきた男が寝てたから、そいつの情報は持ってる」
念の為男を調べておいて良かった、といった銀魔。
「寝てた、ねぇ。寝てた原因はお前さんってことかい」
「行くぞ」
問題無く通り抜けることが出来た。
そこまで真似出来るなんて、益々人間離れしていると思ったイデアムだが、今それを追究する必要はないと、足を進める。
その頃、要塞内部ではエラーが出ていた。
監視をしていた男たちは騒ぎだしたが、そこへ1人の男が現れた。
紫というよりも、ワインレッドのような少し長い髪に緑の目をした、タレ目なのに鋭い目をした男だ。
「静かにしろ」
「ら、ラドルフ指揮官。しかし、侵入者です。捕えなければ」
「侵入者か。誰だかは分かっているのか」
「いえ。ただ、要塞関係者の顔をしています。今下層回へ向かうエレベーターに乗っています」
男がそのモニターを開けば、そこには2人の男がいた。
1人は要塞で働いている男だが、エラーが出たということは、きっと別人なんだろう。
となると、きっとあの男だろうということは容易に想像がついた。
そしてもう1人の男は、役人から見つけたら捕まえておくようにと言われた、あの要注意人物だ。
「来たか。このまま目的の地下4階まで乗せて運べ。俺は先に行ってる」
そう言うと、男は監視部屋から出て行った。
そして先に4階に着くと、その男の目的であろう牢屋にまで向かった。
緑色の髪をした、まだ若い男と、その隣には黒髪のピアスをつけた若い男。
ここに来てからまだ1日しか経っていないが、来てすぐからずっと拷問を受けていたため、その身体はボロボロだ。
目は虚ろとしており、2人とも両手首を両足首に枷をつけられている。
肌は剥けて血が出ており、時折小さな痙攣を起こしている。
服が濡れているところを見ると、きっと水を使った拷問を受けていたことが分かるが、2人とも静かに呼吸を繰り返しているだけ。
そんな2人を眺めて、男は話しかける。
「助けに来たぞ。のこのこと、餌につられてやってきた、愚かな狸が」
男、ラドルフの言葉に、先に口を開いたのは緑髪の男の方だ。
「俺は囮ということか」
男の言葉に、ラドルフはふう、と息を吐く。
「囮?そんな心算はなかったが、まあ、結果としてそうなってしまった、ということだろうな。俺達はただ、正義として仕事を全うしているだけだ」
「なら俺をさっさと殺せばいい」
「・・・お前を殺せば、奴はお前を助けるという目的を無くし、ここから去って行く。つまりは要塞の餌食にならずにすむ。そういうことか?だが、それは無理だろうな」
「・・・・・・」
「お前も知っての通り、あの男はお前が死んだとしても、お前を見捨てはしない。お前の亡きがらを俺達に処分されるくらいなら、取り返しにくる。そういう男だ」
隣でそれを聞いていたもう1人の男は、緑の髪の男を見る。
緑の髪の男は何も答えなかったが、拳を強く握りしめていたのは見えた。
「ヒーローは悪役がいない世界では、どんな役割を果たすと思う?」
「?」
そんなことを言いだしたラドルフに、男たちは怪訝そうな顔を浮かべた。
一体こいつは何を言っているんだと、ブライトが口を開こうとしたとき、ラドルフが続ける。
「例えば、俺達とお前等と、立場は真逆。一方がいるからこそ、もう一方が輝ける。そうだろ?」
「何を言ってる?」
「つまりだ。俺達はお前等みたいな罪人がいないと成り立たない。お前等は俺達みたいな正義がないと、そもそも存在していない、ってことだ」
相反する存在がいてこそ、自分たちがいる。
光があって影があるように、女がいて男がいるように。
「正義と悪。正義だと信じてやっていることが例え世間から見れば悪だとしても、俺はそこを責めてるわけじゃない。ただ、悪を正義だと思ってやっていることが、なんとも哀れだと思ってるだけさ」
「哀れだと・・・?」
「ああ。お前だって、あの男に唆されてるだけなんだろ?世界を変えようなんて、出来もしねぇことを言われて、つい付いて行っただけなんだろ?だから仕方ない。だろ?」
「・・・・・・」
その言葉に、ブライトはラドルフを睨みつけた。
その目つきはあまりにも生意気なものだったが、ラドルフはそれさえ嘲笑い、理解しているように見せて、実は完全に否定をしているのだ。
「世界から見放された俺達を、あの人は救ってくれた」
「憐れんだんだな。同情だよ」
「世界が壊れても、あの人だけは守ると誓った。俺達はみんな、嘘吐きな正義より、正直な悪を信じてる。白なら色を染めてしまえば良いという政府なんか、俺は絶対に信じない」
「・・・愚弄してるのか。それもいい。互いに、信じているものが違う、ただ、それだけの話さ。だが、幾らお前等が正義を語ろうとも、俺達が騙っている正義には敵わない。なぜだか分かるか?」
「・・・・・・」
「それが、この世の常識だからだ」
正義の枠に入ってしまえば、何を言っても正義になる。
それが事実か偽りかなど、関係ない。
用は、どうすれば世間がそれを”真実“として見るか、ということだけだ。
「正義の罠にまんまとはまったのは、お前等だ。嘆こうが喚こうが、世間はお前等のことなんか見ちゃいない。世間が見てるのは、俺達だけ。だから、利口な奴は学習するんだ。この世界で賢く生きていくためには、余計なことを見ないし、言わない、聞かない」
「真実をねじ曲げ、現実から目を逸らし、弱者を見殺しにする正義がこの世界の正義だと言うなら、俺は正義にたてつく悪にだってなってやるさ」
真っ直ぐラドルフを見ている男の横顔を、もう一人の男は見ていた。
すると、ラドルフがこちらを見ているような気がして、視線をわざと逸らす。
「刃向かってくれよ。その方が、やりがいがある。俺達が橋の上を歩いている時、お前等は川を泳いで渡るしかない。だがその川には人食い魚がわんさかいる。さて、お前は渡りきれるかな?」
「・・・腕一本になっても渡る」
その解答に、ラドルフは笑うこともなく、ただじっと男を見ていた。
それから少しして、ラドルフは話題を変える。
「さあ、そろそろ現実的な話をしよう。お前が憧れを灰皿にした理由や、俺が自由をゴミ箱にした理由を」
要塞の中に侵入できたイデアムと銀魔は、この要塞は、外側は角ばった建物に見えたが、中は円系に牢屋が並んでいることに気付いた。
そこに何のメリットがあるとか、そういうことはどうでも良いとして、1階、2階と進んで行くと、4階に目的の人物を見つけた。
牢屋の中に閉じ込められている2人の男に、2人は声をあげた。
「ブライト!」
「飛闇!」
互いにえ?と顔を見合わせると、なんで同じ牢屋に入っているのかという疑問が生じた。
これはきっと、イデアムと銀魔を同時に誘いだすことが目的だったのかもしれないが、ここの要塞にはすでに数100人の男女が捕まっているため、こうせざるを得なかった、という理由も残っていた。
すぐに見つかったから良いとしよう。
気力が残っているように見えず、思わず鉄格子を掴み、その姿に眉を顰める。
「馬鹿野郎・・・!」
拷問を受けたことは目に見えて分かり、要塞にいるということは、処刑されるということで、処刑されると言う事は、拷問される理由などないのに、このような傷跡があるのはきっと、イデアムや銀魔の居場所を聞かれたためだろう。
そんなもの、居場所なんて幾らだって変えられるのだから、言ってしまっても構わないのに。
いや、変えてしまったら、嘘を吐いたというころでもっと酷いことをされるのだろう。
銀魔は、飛闇を見て言う。
「くたばってなかったな」
「・・・一応、まだ忍ですので」
ジャラジャラとした鎖などはしていないが、手首手足にしているソレが、きっとオリバーが言っていた枷なのだろうと分かると、とにかく鍵を壊して脱出させようとする。
しかし、複雑な鍵なのか、器用なイデアムでもすぐには開けられなかった。
「・・・!!」
いきなり、イデアムと銀魔の背中側に、重たい音が聞こえた。
振り向くと、そこには壁が下りてきており、後ろにあった空間は無くなっていた。
それからすぐ、銀魔はイデアムを掴むと、思い切り投げた。
「おまっ・・・!!」
銀魔の方を見ると、すでに銀魔は見えなくなっていた。
イデアムと銀魔の間には、分厚い壁が出来てしまっていたのだ。
イデアムはなんとか壁を壊そうとしたのだが、思った以上に頑丈で強くで冷たいその壁は、壊せなかった。
運が良かったのは、ブライトと飛闇の牢屋の出口はイデアムの方にあったということ。
急いで鍵をいじると、なんとか開いた。
重たい枷をつけたままの2人が中から出てくると、飛闇は銀魔を助けようと試みるが、今の状況では何も出来ず、ただ悔しそうに壁を殴る。
飛闇の肩を掴んだイデアムが、叫ぶように言う。
「早く脱出するんだ。そうじゃねえと、あいつの覚悟が無駄になるだろ!」
「・・・!!あの人がいないと俺は!!意味なんかない!!!」
「んなこと言ってる場合か!!駄々こねるガキじゃねぇんだ!!今はここから逃げることを考えろ!!」
それでもまだ、壁の向こう側にいる銀魔をなんとかして助け出せないかと必死になっていると、銀魔の声が聞こえた。
「飛闇」
「!!」
それはいつものように、落ち着いていて。
「俺のことはいい。行け」
「ですがっ・・・!!」
「風雅にも、何かあれば今のアジトを棄てて逃げろって言ってある。・・・頼んだぞ」
「!!!」
ぎり、と自分の唇を噛んだ飛闇は、後ろ髪を引かれながらも、一歩後ろに足を動かした。
その時。
「!!!」
足元が崩れ落ちた、というよりは、床が抜けたのだ。
急に訪れた浮遊感の中、聞こえてきたのは、「逃がさないよ」というラドルフの声。
どこへ堕ちるのだろうと思っていると、身体に感じたのは痛さではなく、冷たさだった。
それに、呼吸も出来ないこの状況から察するに、海の中に放りだされたのだろうが、泳いで逃げようにも泳げなかった。
いや、泳げているのかもしれないが、人間の泳ぐという非力な力では到底抵抗出来ないほどの強い水圧によって、身体は流されているのだ。
そういえば、銀魔とボートに乗っていたとき、変な海流がある、と言っていたことを思い出した。
この海流は要するに、逃げようとするものを苦しませながらも逃がさないようにするためのものだと理解した。
要塞の下にある、海水を飲み水にするろ過装置などがあるその空間よりももっと下に落とされ、そこから海中へとだされる。
だが、罪人たちには枷がつけられていることもあり、自由には動けない。
そこで、海流を使って、再び要塞へ戻って来させるというものなのだろうが、本当に身体の自由がきかない。
まったく、自然の力というのは、人間の脅威なんかに比べると本当に恐ろしいものだ。
いや、人間は脅威というよりも、ただ欲に溺れた憐れな生き物で、色々と厄介な思考を持っている。
その絡まる自我に、憐れむような目を向ける銃声は、酷く悲しい音で鳴く。
武勇伝だけが取り柄の頭でっかちが多い世の中に残されたものは、ただ、そんな世の中を生き抜く無様な術だけ。
幾ら抗っても無駄なことは沢山あって、諦めれば楽になることが沢山あって、夢なんか棄てれば苦しまずに済むことが沢山ある。
それなのにまだ、こうして腕を伸ばしてしまうのは、往生際が悪いと笑われるだろうか。
無意識に伸ばしていた腕は、力なく漂っている。
目を閉じて、全てを流れに任せようかと思っていたその時。
海流とは別の、強い何かが発生した。
海流と泡が、一斉にイデアムたちに襲いかかり、それが自分たちを捕まえようとしている何かかと思ったが、どうやら違うらしい。
その別の海流は、今まで身を任せていた海流とぶつかり、一時的にではあるが、海流の動きを止めたのだ。
瞬時に判断したイデアムは、枷がついていて思う様に動けないブライトと飛闇を両手に掴むと、急いでその場から離れる。
思っていた以上に重たいのは、海水を含んでしまったからか、それとも枷のせいか。
おそらくはどちらのせいもあるだろうが、このチャンスを逃すわけにはいかないと、イデアムは酸素を欲しがる肺に鞭を打ち、なんとか遠ざかった。
その頃、要塞内にいたラドルフは、海流とは別の海流が発生した原因を探していた。
「どうなってる!?」
「それが、多分海流というよりは、水爆か何かによるものかと思われます」
「水爆だと・・・!?」
海底火山が近くにあるわけでもない子の場所で、そんなことが起こるわけないと、ラドルフは爪を噛む。
結局、イデアムたちが要塞に戻ってくることはなく、収穫は銀魔だけだったと壁を強く殴る。
陸地では、1人の男が大熊を眠らせ、ふうと一息ついたところだった。
まさか、こんなところで巨大な熊に襲われるとは思っていなかったが、麻酔弾を持ってきておいて良かった。
さっさと帰ろうと思ったその時、海の方から何か音が聞こえてきた。
ざば、と何かが出てきて男の足下に這い出てくると、さらに別の何かが出てきた。
「ぜぇっぜぇっ・・・!!」
「ごほっ・・・!!」
「はあっ・・・!!やっと、出た!」
「・・・・・・」
黒髪の男と、緑髪の男、それから銀髪の男の3人が、なぜか海から出てきた。
これが世に聞く人魚の男バージョンか、とも思ったが、どうやら普通の人間のようだ。
先に出てきた2人の手と足には枷がついており、動きを見ている限り、相当重たそうに見える。
銀髪の男がこちらに気付き、力なくニカッと笑った。
なんで笑っているのかはさっぱり分からなかったが、自分に危害を加える様子はなかったため、放っていこうとした。
そのとき、銀髪の男がこう言ってきた。
「さっきの爆発、お前か?」
「爆発・・・?」
何のことかと思ったが、よく聞いてみると、ああ、それは自分だな、と思った。
その理由を簡単に説明した。
トレジャーハンターをしていたらでかい熊が襲って来て、逃げていたのだがどうしようもなくなって、面倒になって、近くにあった大木に時限爆弾をつけて熊になげつけた。
だがどういうわけか、その熊は爆弾がついている大木を持って追い掛けてきたため、男は熊に銃を向けた。
とはいっても、麻酔弾だが。
熊は眠ってしまったのは良いが、持っていた大木がするりと滑って、勢い余って海へ堕ちてしまったらしい。
男からしてみれば、まあいいか、くらいのことだったらしいのだが、海から出てきた男たちは、特に銀髪の男は、それを聞くと腹を抱えて笑いだした。
そこまで笑わなくても良いのでは、というくらいにそれはもう豪快に。
「はははは!!そうだったのか。いや、何にせよ、そのお陰で助かったよ」
「別に。助けたわけじゃないし」
「助けてくれた礼をしたいとこだが、生憎、今はこんな状態だ」
「別に。いらない」
明らかに不審者に会ったときのような目つきをしてきたその男は、頭に赤いターバンを巻いていた。
とにかく、ここから離れようとも思ったイデアムだが、飛闇が要塞の方を見て動かないため、ため息を吐く。
「なあ、とにかく今はどうすることも出来ねえだろ。あいつに生かされたなら、お前はこんなところで止まってちゃダメだ」
「・・・あの人に生かされたのは、今に始まったことじゃない」
「あ?」
飛闇はイデアムの方を見ると、先程とは違う、なんとも言えない悲しい顔をしていた。
それはこの世の終わりのようにも思える、悲痛に満ちた、絶望を秘めた、そんなものだった。
ブライトは自分の手首と足につけられたソレを眺めて、ふう、と息を吐いた。
「そいつと同じで、俺も、あの人だけがずっと正義なんだ。だから、あの人無しの世界で、正義なんて有り得ない」
「・・・・・・」
「なにブライト、あいつと意気投合でもしてたのか?」
「いえ、分かりません」
急にそんなことを言われ、ブライトは飛闇と会話はしていなかったはずだと思った。
だがきっと、そんなことを自分が言っていたため、隣で聞いていた飛闇は似ていると思っていたのだろう。
ブライトにとってのイデアムは、きっと飛闇にとっての銀魔なのだ。
いなければいけない存在であって、自分を確立するための存在でもあって、この世に自分が留まっているのは、その人がいるから。
それなのに、自分のせいでその人が代わりに捕まってしまったとなれば、それは相当悔しいことなんだろう。
声をかけようとしたとき、なぜか近くで眠っていた大きな熊が起きてしまった。
「なんだこの熊。でっけぇな」
「・・・・・・」
普段の飛闇なら、こんな熊くらい平気で倒せるのだろうが、今ついている枷が思った以上に身体の自由を奪う。
それでも普段の癖で構えていると、襲ってきた熊は、飛闇の前で再び寝てしまった。
後ろから聞こえてきた銃声に、気付かなかったわけではないが、男の行動に目を向けるほどの余裕がなかったためか、少しだけ驚いてしまった。
最初に言葉を発したのは、イデアムだ。
「すげぇな。ホズマンみてぇだ」
「・・・誰それ。てか、ここで話すのは構わないんだけど、要塞の灯りのせいで色々集まってくるから、話すなら離れた方が良いと思う」
時間にすると夕方、よりも少し遅い時間。
そのため、要塞の入り口のところには灯りがついていた。
男の言った通り、4人はそこから離れた場所に向かう事にした。
とはいえ、なぜか男の後ろをついて行くという、ちょっと傍から見れば面白い光景になっていた。
「・・・なんでついてくる?」
「なんでって、なんか心強いから。それに、知ってることあったら教えてほしいなー、なんて」
へへ、と笑いながら着いてくるイデアムに、男は諦めたのかため息を吐いた。
そしてある程度の場所に腰を下ろすと、ターバンを首に下ろして、まずは銃の弾を補充する。
リュックを広げて色々していると、それを覗きにきたイデアムが、興味深そうにあれやこれやと聞いてきた。
「色々入ってんな。何に使うんだ?」
「トレジャーハントに」
「あ、そういやさっき言ってたもんな。トレジャーハンターって、金稼げんのか?楽しいか?1人でやってんのか?」
矢継ぎ早に聞いてくるイデアムを、ブライトは止めようとしたのだが、男は特に気にすることなく答えてきた。
「俺は別に金稼ぎでやってるわけじゃない。楽しいといえば楽しい。トレジャーハンター自体は1人でやってる」
「その言い方だと、トレジャーハント以外は誰かと何かやってるってこと?」
「それに関しては面倒だから言わない。あんたらのこと信用してるとかしてないとかじゃないけど、話すと長くなるし、とにかく面倒臭い」
「ならしょうがねえ。なあ、俺達について何か聞かねぇの?なんで海から出てきたー?とか、こいつらなんか枷つけてるし」
聞いてほしいのか分からないが、イデアムのその問いかけに、男は淡々と答える。
「別に興味ない」
「あ、そう。もうちょっと人に興味持っても罰は当たらねえと思うぜ?」
「人に興味持ったって、どうにもならない。興味がないから出来ることもある。てか面倒臭い」
「結局それか」
最終的に行き着いたのは、面倒臭いということかと、イデアムは苦笑いした。
今まで色んなタイプの人間と接してきたと思うが、この男はまた新しいタイプの人間だ。
ブライトと似ているかと思ったが、きっと自分の興味あること以外は足を踏み込んでこないのだろう。
ブライトが腰に下げている剣にしても、飛闇の、明らかに忍です、という格好にしても、何も気にしていないというのは、本当に興味がないということか。
はたまた、見たことがあるから驚かない、ということだろか。
男の様子をしばらく眺めていたイデアムだが、男はとにかくマイペースに、淡々と、着々と、そのトレジャーハンターの準備と思われることをしているだけ。
何が楽しんだろうと思う様なことだが、男は真剣な表情でやっていた。
「イデアムさん」
「なんだ、ブライト」
「銀魔さん、でしたっけ。あの方、どうなさるおつもりですか?」
「・・・・・・」
ちら、と飛闇を見てみると、ただ一点をじっと見つめたままだ。
ふう、と小さく息を吐いてから、ブライトにこう言った。
「男が助けられたまま、黙ってるわけにはいかねえよ。借りは返さねえといけねぇしな」
「・・・はい」
だが現状、どうしようかと思っていると、男がひとまず作業やら何やらを終わらせたようで、一息ついていた。
サバイバルにも慣れているようで、先程の海の水をろ過して、通常の水として飲めるように煮沸して、それをお湯代わりとして使っていた。
非常食用の食料も持っているようで、それを開けると、イデアムたちに渡してきた。
なんだか催促したみたいで申し訳ないとは思ったが、好意に甘えることにした。
「・・・うめぇ」
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