第3話 掌握
ルーズリベラル
掌握
意志もまた、1つの孤独である。
アルベール・カミュ
第三路【掌握】
「・・・・・・」
目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
手足どころか、首も動かない。
とりあえずは動く視線だけを頼りに動かそうとしているが、あたりが眩しくて真っ白で、何も見えない。
ただ、まだ生きているという感覚だけは残っている。
ふう、と息を吐いてもう一度目を瞑ると、今度は声が聞こえてきた。
誰のものかは分からない。
ただ、聞いたことのない声たちだ。
「まだ睡眠薬が効いてるのか」
「そろそろ効き目が切れるはず」
「ならば無理にでも起こしてしまおうか」
一体誰だろうと、目を開ければ、そこには不気味な顔を仮面を被った男たちがいた。
「お目覚めかな、ルート」
「・・・誰だ、てめぇら」
眩しい、真っ白だと思っていたものは、ライトの光だったようで、それが別の方向を向けられると、周りが次第に見えてきた。
一面壁が真っ白で、自分の手足、それから首は動かないように固定してあった。
少しでも、身体が動かないのは金縛りのせいかと思った自分が恥ずかしい。
「君には幾つか尋ねたい」
「それに正直に答えてほしい」
「まず第一問」
―君は何者か?
「は?」
よくわからない、質問だった。
名前は知っていたから、名前を名乗れと言っているわけではないはずだ。
自分が何者かと聞かれて、すぐに答えられる奴がいるのか。
「なんだ、それ」
じゅわっ・・・
「・・・・!!!!!!」
いきなり、身体に激痛が走る。
いや、激痛とはまた別なのかもしれないが、身体に何かしら起こったことだけは分かる。
熱い、熱い、熱い、熱い、痛い。
何だと思っても、顔が動かないため、身体に何をされたのかも分からないでいると、男の1人で何かを見せる。
「これはね、ただの熱した鉄さ。答えられなければ、君の身体にコレを印していく。いいね?」
「第二問」
―君は何を見てしまったのか。
「何って・・・?」
ああ、自分がこうなる原因となった、あの光景かと、ルートは興味無さそうに話す。
「てめぇらが何か物を交換してたとこか?何を交換してたかは知らねえが、相手はてめぇらに金を渡してた」
「・・・よろしい。では、第三問」
―君と一緒にいた男は誰か。
「・・・・・・」
「僕たちから見事、二度も逃げ切ったね。素晴らしいよ」
「警察では無さそうだ。なぜなら君も、追われている身だからね」
「・・・誰だか知って、どうする?」
「当然、消すよ」
「あいつは何も知らない。俺があいつを脅して運転させてただけだ」
「そうはいかない。本当に何も知らないかは、こちらで判断しよう。疑わしきは始末する。それが鉄則」
そう言いながら、鉄を持った男は、もう一度、ルートの身体にそれを押し当てた。
身体全身が悲鳴をあげているのに、幾ら叫んでもなかなか離れようとしないソレに、ルートはただ、歯を食いしばる。
ようやく離れるも、そこの熱さはすぐには引かない。
「我慢強い人のようだ」
「だが、我々もその男のことを知りたい。どうしても」
すると、男の1人が、先程熱せられたルートの身体に触れ、勢いよく皮を剥いた。
「・・・ぐああああああっ!!!!」
一瞬、意識が飛んでしまうかと思った。
呼吸がままならない、酸素が上手く入ってこない、心臓がちゃんと動いているのかさえ、確認するのに時間がかかった。
目がチカチカしたが、唾をなんとか飲みこんで、一度息を吸って、吐く。
「では、第四問といこう」
―我々のことを、どこまで知っている?
「はっ。だから、知らねえって。興味もねえから。勝手にやってりゃいいだろ。俺だって邪魔さえされなきゃいいんだ」
「・・・よろしい」
男のうち1人が壁の方に向かうと、突如、壁から何か操作するようなモニターが出てきた。
そこをいじると、大きなモニターが現れ、そこに1人の、同じような仮面をつけた男が現れた。
あいつがボスか?と思ってはいたが、ただ大人しくモニターを見つめる。
「一緒にいた男のことに関して、話そうとしません。いかがいたします?」
「我々のことを知らないというのは嘘ではないようですが、取引現場を見られてしまっています」
淡々と話す男たちからの視線を集めたモニターの中の男は、とても和やかな口調で言った。
『では、小休止のあと、選択を与えましょう。それでも話さないようでしたら、始末してしまいなさい』
「かしこまりました」
プツン、とモニターが切れると、男たちはぞろぞろと一旦部屋から出て行った。
その間、ルートは1人、ぼんやりと天井を眺めるのだ。
「ダンデさん、こんな勝手な真似して、大丈夫なんですか?」
「仕事だ」
「そうですが、こんな機材まで持ってきて、どうするつもりです?」
「見つけるんだよ、空から」
「何をです?」
「あいつらのアジトだ。アジトさえ見つからねえなんて、有り得るか?幾ら世界が広いとはいえども、陸にある限り、身落としがあるに決まってる」
「無茶しますね。何も警察が操縦士を脅さなくてもいいとは思いますけど」
ダンデとスルガは、ブラッディ・ソルジャーのアジトを見つけるべく、空を飛んでいた。
機材というのは、とある画像と取り込むと、その画像と酷似しているものを見つけられる、というものだ。
ブラッディ・ソルジャーの印でもある、BとSが合わさったような刺青。
それを画像として取り込み、空から見つけようとしているらしい。
「しかし、空も広ければ陸もそれなりに広いんですよ。そう簡単に見つかるとは思えません」
「やってみるしかねえよ」
上層部に頼んでみても、「考えておく」という、ほぼ可能性がゼロの返事しかもらえなかったため、ダンデは強硬手段に出た。
素直に警察手帳を見せて飛ばせればよかったものを、今それを見せても、上層部の息がかかった者達によって止められるだろうと分かっていたため、こうするしかなかったのだ。
「レーダーでも見つからなかったら、人工衛星使うしかねえな」
「もしそれがバレたら、人工衛星も壊されるんじゃないですか?」
「そうなる前に使う」
やれやれ、とため息を吐きながらも、スルガは操縦士に銃を向けていた。
しばらく捜索を続けていると、とある場所に何か反応があった。
「ん?」
「どうかしました?」
「いや、反応があったんだが」
「何処です?」
「・・・こりゃあ」
小休止の後、男たちはまたぞろぞろやってきた。
「君に、最後の救いの手を差し伸べよう」
「次のうち2つから、好きな方を選べ」
何だろうと思っていると、モニターに二つの画面が映し出された。
1つは、サメがうようよいる水槽。
1つは、ピラニアがうようよいる水槽。
「なんだ・・・?これ」
サメがいる水槽、ピラニアがいる水槽、それぞれに何かが放り込まれた。
「!!!」
それは、手足を縛られた人間だった。
「この者たちは、我々の組織に潜りこもうとした裏切り者。だからこうして、罰を受けるのだ」
水槽はあっという間に血の海になり、ルートは目を背ける。
「どちらかを選べ。それか、男の情報を差し出せ」
「・・・・・・」
「答えないなら、身体を2つにしてそれぞれの水槽に入れようか」
「・・・俺からも、てめぇらに聞きてぇことがあんだけど」
「なに・・・?」
ルートの言葉に、男たちは首を傾げた。
時間が限られているわけでもないから良いだろうと、ルートに何を聞きたいのかと尋ねてきた。
「てめぇらの組織は、一体何を目指してんた?噂じゃあ、麻薬や拳銃なんかの密売が主だろ?そんなの、こんな仰々しくやらなくたって出来るだろ」
「・・・・・・」
男たちは、互いの顔を見合わせた。
そして数秒後、男たちは肩を揺らしながら笑いだし始める。
怪訝そうな表情で男たちを見ていると、1人の男が言った。
「実に滑稽だ。確かに、我々はそういうこともしているが、それはあくまで蓑隠れでしかないのだ」
「あ?なら、なんでその取引現場見ただけの俺を殺そうとするんだよ」
「君は知らないのだよ。君の本当の敵を」
「本当の、敵?」
「麻薬の密売も拳銃の密売も、我々にとっては氷山の一角であって、それは目を逸らすための道具でしかないのだよ。分かるかね?」
「じゃあ、一体何を・・・」
「それは君が知る必要のないことだ。ただ、我々は正義のため、未来のため、世界のため、動いている。それは警察や政府の馬鹿共には到底真似出来ないことだ」
「・・・・・・」
ブラッディ・ソルジャーは謎の組織。
そういう噂が広まったのは、随分前だと聞いていた。
しばらく活動をしていなかったと言われている彼らだが、壊滅したとう噂が流れたときもあったし、別名で活動を続けていると言われているときもあった。
実態さえ疑われた時もあったが、再びその名が広まったのは、何処かの城のお姫様が亡くなって、その身体にBSという刻印が見つかったときだ。
すでに殲滅したと思われていたブラッディ・ソルジャーがまだ点在しているのだと、世間は認識した。
結局、その城とお姫様が、どう関わっていたのかは未だに分かってはいないが、聞くところによると、お姫様は元は村娘で、王子様の御眼鏡にかない、結婚したらしい。
「名は知られていたい、だが何をしているかは知られたくない、か。まるでガキのような秘密主義だな」
「なんだと・・・?」
「構ってほしいんだろ?世の中に。だから忘れられたとき、考えたはずだ。どうやって舞い戻れば、衝撃的なのか。世間に刺激を与えられるのか。自分らが認められるのか。それって、ガキがやってることと一緒だろ?」
「同じではない」
「本人たちは違うと思ってるかもしれねぇけど、こちとら構ってちゃんにしか見えねえって。そういうの面倒臭ぇから」
「貴様・・・!!」
「知ってるか。本当に時代に爪痕を遺す奴ってのは、英雄にしろ悪党にしろ、忘れられる時がねぇもんさ。一時でも世間から忘れられたてめぇらなんざ、所詮は茶番ってこったよ」
「・・・もうよい。さっさと放りこめ」
サメの方にしろ、ピラニアのほうにしろ、多分生きて帰れないだろう。
手足と首のそれらが外されると、今度は両手を後ろに1つで縛られる。
もう1つ紐を持っているところを見ると、きっと水槽の前までは歩かせて、放り込むときに足も縛る心算だ。
ああ、まるで処刑台まで向かっている罪人の気分だ・・・。
いや、まさにそのままなのだが。
ピラニアの水槽の前まで来たところで、男たちが何やら話していた。
どうやら、先程投げ込んだ人間の肉片が水槽に浮いたままで、水槽の中が良く見えないようだ。
それならばサメも同じようなものではないかと思っていたのだが、サメの方は血が漂ってはいるが、ピラニアほど汚くはなっていなかった。
サメに喰われて死ぬなんて、物語の結末にしても面白くない。
逃げようと思っても、この建物内を把握していないし、男たちは何人いるのかも分からない。
逃げ切れる確率なんて低いものだ。
「さあ、着いたぞ」
「・・・・・・」
「急に大人しくなったな」
「命乞いでもしたくなったか」
「・・・・・・」
両足を縛られながら、ルートは想う。
「つまらねぇ人生だ」
「なに?」
「生きて行く糧なんて、何処にも、何も、見出せなかった。嘆いてばかりで、自分では何かをしようなんて思わなかったし、する気力もなかった」
男たちは、ふいに話し出したルートに、ただ耳を傾ける。
「ただ泣いて助けを求めるだけのガキじゃあるまいし、己の世界1つ変えられねえで、何が人生だ」
全てを失ったように感じていただけで、まだ残っていたものがあった。
喪失感と虚無感で形作られた心臓も、結局はどうしたってまだ生きたいと叫んでいて。
これからも消えることはないだろう苦しみも悲しみも、ひっくり返してみた世界では、こんなにどうしようもなく愛おしいものになっていた。
誰かに理解してもらいたいとか、認めてもらいたいとか、そういうことじゃなかった。
ただ過去に囚われていた自分に酔って、そんな無様な自分が嫌いじゃなくて、弱いままでもいいかなんて、甘い考えがあった。
後ろばっかり振り返ってたら、足元にある小さな石にさえ気付くことが出来なくて、転んでばかりいた。
そんな時、手を差し伸べるどころか、転んでいる自分を助けようともせず、ただ横を通り過ぎて行った薄情とも思える奴等の中に、いたんだ。
こちらをじーっと見ている、嫌な奴が。
何見てるんだよ、と文句を言おうとすると、そいつは先に歩いて行く。
だから、文句を言ってやろうと思ってついて行くと、また転ぶ。
けど、顔をあげれば、そいつはまだ少し離れた場所で待っている。
なんなんだよ、と苛立って、走って追い掛けてみたけど、追いつけなかった。
追いつけなくても、良かった。
ただそいつは、いつだって、待っていてくれたから。
「俺はな、永遠に忘れない奴を知ってる」
家族を見殺しにしても、人間を信じられなくなっても。
ただ、そこにいるという事実がある。
「だから、罪を被せられようが、命狙われようが、構わねえ」
世界が、世間が、どんなに自分のことを憎もうとも、悪者にしようとも、そんなこと大した問題じゃない。
重要なのは、誰が信じてくれるか、だ。
人が人を殺す方法は、何も、直接手を下すことだけじゃない。
それは冷たい視線であったり、それは悪意のないコミュニケーションだったり、それは口が踊りだした言葉であったり。
1つ1つが切っ先鋭い刃となって、少しずつ心を削って行く。
「俺は、てめぇらになんざ殺されねえよ」
「何を言ってる。今からこの水槽に」
「だから、てめぇらには殺されねえって」
「何を・・・!!?」
そう言うと、ルートは縛られている足で床を思い切り蹴飛ばした。
宙に浮いた身体は、そのままサメの水槽へと吸い込まれていく。
助ける心算なんか無いくせに、男たちはなぜか腕を伸ばしてルートを捕まえようとしていたのが、滑稽だ。
身体に冷たさがやってくると、ああ、いよいよサメの餌になるのかと諦める。
どうして人間は水の中で呼吸が出来ないのだろう。
知恵も言葉もいらないから、水の中で自由に泳ぎ回る翼が欲しかった。
空から堕ちることもない、呼吸が出来なくて苦しいこともない、そんな翼のある魚に。
濁った水槽の中では、自分がどのあたりに堕ちているのかさえ分からない。
ただ、近づいてくる死だけが、感じ取れる。
不思議なのは、そこに恐怖がないことだ。
自分の存在が消えてなくなるというのに、これほどまでに心が穏やかなのは、この世に未練がないからだろうか。
それとも、ようやく死と対面できることに、喜びさえ持っているからだろうか。
サメは誘き寄せられたかのように、ルートに向かってくる。
鋭い牙が見えるが、怖いとは思わない。
海の底に沈んで行くのは、思っていたよりも楽らしい。
暗闇に照らしだされたのは、希望の光なんかじゃない。
餌を誘いだすための、囮・・・。
ドゴオオオオオオンンン・・・!!!
大きな地鳴りと共に、身体が揺れた。
何が起こったか、全くといってよいほど分からなかった。
ただ、身体を自由に動かすことは出来なかったため、水圧によって生まれた圧で、いつの間にか海中にいた。
―ん?海中?
なんというのだろうか。
人間というのは、想像を越えるパニックに襲われると、意外と冷静でいられるものらしい。
まるでプカプカ浮かぶクラゲのように・・なんてそんな呑気なことを言っている場合では無い、断じてない。
なぜかって?そんなことを聞かなくても分かっているだろうが、人間が、ただの人間が、それだけ酸素を吸わずにいられると思っているのか。
自慢じゃないが、もう苦しい。
はっきり言って、もうダメだ。
手足を縛られているから、泳いで海面に向かうことも出来ない。
一緒に水槽にいたはずのサメは、先程の爆発で遠くに行ってしまっているし、男たちは当然だが助けには来ない。
というか、ピラニアの水槽まで一緒に壊れたものだから、このままだとサメよりもピラニアに食いちぎられる方が早いかもしれない。
もう自嘲するしかないと、諦めた。
生きたまま喰われるって、まるでまな板に押し付けられた魚の気分だ。
逃げ道など無い、逃げ足さえない、そんな中、向かってくる刃だけが見える。
沈んで行く身体とは反対に、見えないが、きっと魂というやつは空に向かっていっているのだろう。
そう信じて、ゆっくり目を瞑ろうとしたその時、背中に何か感じた。
ああ、ピラニアか、と思ったが、どうやら違う。
それは魚のぬるっとした感触もなく、魚よりも大きな、それでいて逞しいような。
―逞しい・・・?
「・・・・・・!?」
ぼこぼこ、とありったけの酸素が抜けて行った。
みるみるうちに身体は海面に近づいて行って、顔を出して酸素を思い切り吸うと、背中にいる男に叫ぶ。
「おまっ、なんでここに!?」
「暴れるな。沈む」
掴まれ、と言われ、ルートは言われた通りに水上バイクの端につかまる。
―ん?水上バイク?
「何が何だかさっぱりだよ、タカヒサ」
海から水上バイクへと乗り上がったタカヒサは、いつものカーキ色の上着を羽織っておらず、黒のシャツもズボンもびしょ濡れになっていた。
はあ、と少しだけ息を荒げながらも、ルートの身体を持ちあげて後ろに乗せる。
手足の紐をナイフで解くと、足元に置いておいたリュックの上にかけてあったターバンを頭に巻く。
「お前、これの免許あったっけ?」
「あった」
「すげぇな。お前無敵だな」
背が低いわけでもないルートを連れて、海中から泳いできただけではなく、水上バイクに乗って助けに来るとは。
「てか、すげぇ爆発だったなー。なんだったんだ、あれ」
「俺がやった」
「ああ、やっぱりな。もう何があっても驚かねえよ、俺は。それより、なんで俺の居場所が分かったんだ?発信機でもつけてたんじゃねえだろうな?」
「・・・・・・」
「え?嘘だよな?嘘って言ってくれ。いや、驚かねえっていったけど、さすがに驚くよ」
それに関しては何も答えなかったタカヒサだが、水上バイクを走らせると、ルートは思わずタカヒサにしがみつく。
タカヒサにすごく嫌な顔をされたが、仕方がない。
振り落とされるのは目に見えているから。
後ろを見れば、奴等が追い掛けてくる。
それから、別の水上バイクも見える。
「なんだ?あれは」
「・・・・・・」
ちらっとミラーで確認すると、タカヒサは上を見上げてから、またスピードを上げる。
「ダンデさん、いました」
「よし。ついて行くぞ」
「ブラッディ・ソルジャーの確保が先でいいですか?どのみち、この距離じゃルートたちには追い付きませんし」
ダンデたちは、空から発見していたのだ。
そして、一旦水上バイクでアジトを突き止めようとしていたところへ、逃げているルートとタカヒサ、その2人を追いかけるブラッディ・ソルジャーを見つけたのだ。
まさに、一石二鳥。
「なあ!タカヒサ!!!」
「・・・五月蠅い」
「だってよお!すげー音するから、大声出さねえと聞こえねえかと思って!!」
「聞こえてるから静かにしろ」
耳元で叫ぶルートに、タカヒサは軽く舌打ちをする。
「俺さあ!!!やっぱり、死ぬならお前に殺されてぇわ!!!」
「はあ?」
「だからあ!!死ぬならお前にいい!!」
「面倒臭ぇ。断る」
「なんでえええ!?」
「だからうるせぇって・・・」
そう言いながら、タカヒサはなぜか、速度を落として行く。
後ろからは奴らも、誰だか知らない奴等も追いかけてくるというのに、タカヒサの行動の真意が分からなかった。
すると、タカヒサはリュックを片方の肩に引っかけて、ルートの方を見た。
「ちゃんと掴まれよ」
「何に・・・!?」
バランスが崩れたというか、風圧によって水上バイクが波に揺れて、それで足元がふらついてしまった。
「おいタカヒサ、お前、何者?」
顔を引き攣らせながら向けた視線の先には、小型飛行機がすぐ目の前にあった。
そこからは梯子が下ろされており、タカヒサは梯子を引っ張ると、上の方を掴んで登り始めた。
ルートも急いで梯子を掴み、登って行く。
小型飛行機は空に向かって飛び始め、水上バイクは小さくなっていく。
「あれ?」
気付いたのだが、この小型飛行機には誰も乗っていなかった。
今はタカヒサが操縦席に座り、リュックを後ろに置いて、無線か何かを耳につけて操作をしている。
「これ、誰が運転してきたわけ?」
「自動操縦であそこまで来るようにしておいた。梯子も前もって下ろしておいたし、お前の居場所が海の中って分かった時、逃げるなら海じゃなくて空しかねえって思ったから」
「・・・すげぇ奴だな。前も言ったけど、やっぱり驚いたよ」
ほー、と感心しながら下を見ると、先程までルートたちが乗っていた水上バイクに、ブラッディ・ソルジャーの男たちが近づいていた。
ふとその時、いきなり大きな爆発が起こる。
爆風がこちらにも多少来たが、風向きが逆だったため、ほとんど被害はなかった。
「・・ほんと、タカヒサが敵じゃなくて良かったよ」
一方で、爆発に危機一発巻き込まれずに済んだダンデとスルガは、水上バイク諸共消えてしまったブラッディ・ソルジャーを、捕まえられなかったと苦虫を噛んだような顔をしていた。
「ダンデさん、海中も調べますか?」
「・・・いや、今は止めておこう」
「しかし、海中とはいえ、移動されてしまったら」
「あれ見ろ」
ふと、ダンデに言われて近場をみてみると、そこには爆発で海に放り出されたと思われるブラッディ・ソルジャーがピラニアに喰われているところだった。
その血の臭いに誘われて、鼻の効く海のギャングやハンターたちも集まってきた。
「一旦引くぞ。タカヒサの乗っていたバイクも破壊された。残ってれば、せめて毛髪や指紋くらい、採取出来るかと思ったんだけどな」
そう言って、ダンデとスルガは去って行った。
その後、なんとか人数を集めて、ブラッディ・ソルジャーのアジトであった場所を調べようと思ったのだが、その時はすでに、跡片もなく消えていたという。
何処へ消えたのか、結局何が目的なのか、分からないままだ。
「どうします?これだけの捜索隊を使っておいて、収穫なしじゃ厭味言われますよ」
「ああ?ならてめぇの足でやってみろってんだよ。・・・それより」
「何か気になることでも?」
「いや・・・」
「なんです?気になります」
うーん、と首を捻るだけで、一向に何も語ろうとしないダンデに、スルガは諦めて捜索を続けようとした。
そのとき、後ろからダンデの独り言が聞こえてきた。
「あいつ、どっかで・・・」
ダンデの言う”あいつ”というのが誰を指しているのか、今はどうでも良かった。
海中からは、人間の肉片と思われるものが多数みつかって、しばらくは肉を見たくないと思うのだ。
「世話になったな。ここでいいよ」
小型飛行機を森の中に着陸させると、そこの茂みに隠してあったバイクに乗って移動していた。
ちなみに、このバイクはタカヒサの愛着を持っているものではなく、その辺に棄ててあったものを持ってきたらしい。
リュックと銃を担ぐと、タカヒサはアクセルを吹かせる。
「元気でな」
「ん」
「それから、新ヶ尸にもよろしく伝えておいてくれ」
そう言うと、タカヒサは少しだけ怪訝そうな顔をした。
特に理由は無かったから、笑って誤魔化した。
「じゃあな」
きっと、ブラッディ・ソルジャーは拠点を変える他ないだろう。
そうなれば、ルートを見つけ出すのは難しいはずだ。
それに、これからもずっとタカヒサの力を借りて行くわけにもいかないことは分かっていたから、ここら辺で別れるのが良い。
それほど仲が良いわけでもなく、親しい友人というわけでもなく、だからといってライバルとも思っていない。
なぜなら、タカヒサをライバルだと思っても勝てる要素が皆無だからだ。
それぞれの道をただ歩けばいい。
振り向かない。だって、男の子だもん。
「ルート」
ルートがそんな瞑想をしながら歩いているとは知らないタカヒサは、まだバイクを走らせずにそこにいた。
振り向かないって言ったけど、やっぱり見る。だって、呼ばれたんだもん。
「お前、なんでやってもねぇことを全部受け入れたんだ」
「・・・・・・なんだ、そんなことか」
そういうことを気にする魂ではないだろうと言ってみたが、タカヒサはうんともすんとも言わない。
そんなタカヒサの目線に負けて、ルートは話す。
「何を言っても信じてもらえねぇって、どうしようもねえんだよ。だから、いっそのこと受け入れちまえば、楽になれんじゃねえかって思った。それだけだ」
「馬鹿だな」
「そうだな」
「幾ら叫んでも、信じてもらえねぇことなんざある。だが、一度受け入れちまうと、それこそ信じてもらえなくなる」
喉が裂けるかと思った。
声が出なくなるかと思った。
どうかその目を向けないで。
どうか言葉を聞き入れて。
「最期の最後まで叫び続けねえと、本当に届かねえんだ」
全部壊れてしまえばいい。
みんな死んでしまえばいい。
この世の全てを恨んで生きよう。
この世のみんなを苦しめてやろう。
「その最期の言葉を、受け入れてくれる奴さえいりゃあ」
お願いします、ボクを信じて。
「それだけで、生きていける」
「・・・タカヒサ、お前は」
「早く帰らねえと新ヶ尸五月蠅そうだから、もう行く」
「お、おう。気をつけてな」
ブルルル、とバイクを走らせて、タカヒサは行ってしまった。
1人残されたルートは、タカヒサとは逆方向へと向かって歩いて行く。
「おかえり―タカヒサ。待ってたよー」
「・・・・・・」
「あら、遅かったじゃない。ご飯なら先に食べちゃったわよ」
「・・・・・・」
「それよりさー、すみれちゃん、今日はヨガやらないのー?」
「やるけど、なんで?」
「だって、ヨガやってるとき、すみれちゃんの服の隙間から下着が・・・ぶっ」
「殴るわよ」
「殴ってから言わないでね」
「・・・・・・」
「タカヒサ?どうした?」
「もしかして、あまりに久しぶりの再会だから、感動してる?やだもう、タカヒサったら」
「・・・・・・」
「感動のあまり声が出ないってやつか。お前も人間らしいところがあったんだな。俺、安心したよ」
「しょうがないわね。明日一日、私の配下にしてあげても良くてよ?」
「・・・・・」
「えええええ!!なら俺がなる!俺が配下になる!!!」
「あんたはいつも配下っていうか下僕だからいいのよ」
「すみれちゃん、結構酷いこと言うね」
「タカヒサ?」
「なあ、タカヒサ?」
どうしたんだ?と、タカヒサの肩にぽん、と手を置いた誠人だったが、その身体が宙に浮いたかと思うと、背中に痛みが襲う。
タカヒサに背負い投げされたと分かったのは、それからすぐにことだ。
あまり感情を出さないタカヒサが、明らかに不機嫌な顔をしている。
それに加え、黒いオーラを出している。
「た、タカヒサ・・・?」
「てめぇら・・・俺の部屋で何してた?」
ゴゴゴゴ、と音が出ていそうな効果音を背後に、タカヒサはターバンを頭に巻いた。
それを見て、思わず頬を引き攣らせた誠人だが、なんとか笑みを崩さぬまま答えた。
「えっと、タカヒサが帰ってくるまで、ここで寝泊まりを・・・ね?いやいや、だって危ないじゃん?空き巣とかいたら大変じゃん?だから、タカヒサの部屋で一日中過ごしていたと言いますか・・・」
「私はこいつと2人なんて危険極まりないから、泊まったりはしてないわよ。時々様子見に来てただけだから」
「すみれちゃん、こういうときは連帯責任だと思うな」
「嫌よ。だってここにあるのほとんど誠人の荷物じゃない。本当に邪魔くさい」
「えええ!酷いよ!すみれちゃんが化粧台欲しいっていうから置いてあげたのに!!それからドレッサーも買ったし、オーブンも海外製品のシャンプーとかも!!!」
「何よ。あんたなんか、勝手にマンガ本持ってきたじゃ無い。それも結構な量。しかもその中にエロ本隠して持ってくるとか最低。信じらんない。その邪魔なランニングマシーンだって、全然使ってないじゃない」
「すみれちゃんが」
「誠人が」
「・・・・・・」
「「!?」」
急に、ぐわし、と頭を鷲掴みされた。
それは誠人だけではなく、すみれもだ。
「ちょっとタカヒサ、私女の子よ?」
「だからなんだ」
「暴力反対ー」
「おいおいタカヒサ、俺が小顔なのは分かってるけど、そういう掴み方は良くないと思うぞ」
「このまま握りつぶしてやろうか」
「「痛い痛い痛い痛い痛い痛い・・!!」」
「さっさと荷物全部片付けろ。じゃねえと、2人揃って的にしてやるからな」
というわけで、タカヒサの機嫌をすこぶる悪くしてしまった誠人とすみれは、すぐに荷物を片づけるのだった。
とはいえ量が量だったため、丸々2日かけて全ての荷物を出し終えると、タカヒサはしばらくの間、2人を部屋には入れなかったそうだ。
窓から入ろうとした男は、見事にベランダに宙づりにされてしまったとか。
後日、タカヒサには水上バイクをプレゼントすることで、なんとか赦してもらえたようだ。
すみれはしばらく大人しくしており、ある日、しれっとした顔でやってきたとか。
「・・・はあ」
疲れる奴等だと、タカヒサは今日も幸せなため息を吐く。
「・・・新ヶ尸、宙づりにされたまま寝るんじゃねえ」
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