第2話 足並み揃えて

ルーズリベラル

足並み揃えて


 顔をいつも太陽のほうに向けていて。


 影なんて見ていることはないわ。


         ヘレン・ケラー




































 第二路【足並み揃えて】




























 「此処、此処」


 ストップがかかり、タカヒサは車を止めた。


 そこは何があるわけでもないが、ただ数個の、無造作に並んでいる小さなお墓だけ。


 石で出来ただけのそれの前には、すっかり枯れて、もはや花であった痕跡すらない茶色い物体がくたりとしている。


 花を買って来たわけでもないルートは、ある石の前に向かうと、両膝を曲げてしばらく眺め、両手を合わせていた。


 こんな辺鄙なところに墓があるということは、以前は村か街でもあったのだろう。


 しかし、今は風景と化している。


 タカヒサも車から下りると、立ち並ぶ石の合間を縫って行く。


 ただの石だと思っていたソレらには、一応それぞれ名前が彫ってあるようだが、見たことのない文字なのか絵なのか、それで書かれていたため、読めなかった。


 ざっと数えただけでも30以上はあるだろう石の中からたった1つ、ルートはずっとそこに座っている。


 「・・・・・・」


 あまり他人の詮索などしないタカヒサは、ここが何なのか聞きたい気持ちも多少はありつつ、聞かない方が良いと判断した。


 先に口を開いたのは、ルートだった。


 「此処が、俺の生まれた場所だ」


 「・・・・・・」


 「一体、何の為に壊されたのかもわからねぇままさ」


 「戦争か?」


 詮索はしない心算だったタカヒサだが、特に隠す心算の無さそうなルートに、興味本意とかではなく、質問をする。


 「戦争、か。いや、あれはただの殺戮さ。こっちは無抵抗で武器も持ってねぇってのに、それでも家を焼き払い、子供も年寄りも手にかけた」


 ルートの話によると、その軍団は夜中いきなり現れた。


 寝静まったその場所で、いきなり火をつけ、寝ている住民たちを次々に殺していった。


 騒ぎに気付いて起きた頃にはもう遅く、逃げようとしても馬で追い掛けられ、反撃をするには武器などなかった。


 ただ平和に暮らしていただけなのに。


 どうして自分たちだけがこんな目に遭わなければいけないのかもわからないまま、自分を殺したのが誰なのかも分からないまま、多くの人が亡くなった。


 どうやって生き伸びたかなんて、覚えていない。


 死にたくない、助けたい、助けられない。


 気持ちだけ先走っても、力など無かったルートには何も守れなかった。


 気付いた時にはすでに、1人だった。


 記憶を頼りに帰ってみれば、夢だと思っていた、夢であってくれと願っていた過去の映像は、全て現実だった。


 突きつけられた現実を、ただ受け入れることしか出来ず、塗り替えることも、掻き消すことも。


 今でも耳や目にこびり付いて離れない。


 まるで地獄絵図のような、その風景。


 ルートは額に手を当てて、数回深呼吸をしていた。


 自分の無力さを知った、拙く脆い面影。


 「幼かったなんて、言い訳にならねぇ。俺は家族さえ見捨てて、自分だけ逃げたんだ。腕を伸ばして助けを求める人を見てみぬふりして、いや、何も見えちゃいなかったんだ。自分が生きることだけに必死で」


 脳裏に焼きつく人の叫び声も、泣き声も、それらの声さえも嘲笑う声も。


 鬼や悪魔なんて、そんな生易しい表現じゃ足りないくらい、もっと醜くて、もっと恐ろしくて、もっと残酷なもの。


 「どうしようもねぇことなんざ、もっとあるだろ」


 ふと、頭上から別の声が降ってきた。


 思わずそちらに顔を向けると、タカヒサはまた違うところを見つめていた。


 「この世には、数え切れねえほどの不幸がある。それは幸福なんかよりもずっと多く転がってて、簡単に手に入る」


 幸せを求めたらキリがないと言うが、求めてしまうのが人の性であって、動物とは違う欲求とも言える。


 手元にある幸せが、他人のそれよりも小さく見えてしまって、上から偽物の幸せを包むことで大きく見せる。


 幸せには気付き難いのに、不幸にはすぐに気付いてしまう。


 それを不平等だの不公平だのと、騒いでもどうしようもなくて、傷ついたように生きても、結局は傷なんて無くて。


 「名ばかりの政府なんざ、欲に溺れた哀れな鳥だ。羽根ももげれば、海中では生き残る術さえ知らねえ。ただ一発、翼に銃弾を撃ち込むだけで地に堕ちる」


 「・・・・・・」


 「ルート、お前の正義さえ、奴らにとっては目障りなもんだ。歪んだ正義を正々堂々と真っ白な正義だと誇れる碌でもねえ人間には、制裁も鉄槌も通用しねぇ時がある」


 「・・・俺達は、蝶にもなれねぇ蛹ってことか?」


 「蛹の方が都合が良いときもある」


 「?」


 「蝶は、蜘蛛に捕まって喰われる」


 「蜘蛛?・・・!」


 瞬間、ルートとタカヒサは気配を感じとった。


 タカヒサはターバンを頭に巻くと、銃に手をかけて準備をする。


 2人は同時に車に乗り込むと、タカヒサは思い切り発進させる。


 すると、5台の車が後ろから追って来て、早速ルートとタカヒサが乗っている車に銃弾を撃ち込んできた。


 「暇な奴らだな。俺なんか殺す暇があるなら、もっと世の中に立つことしろってんだよ」


 「舌噛むぞ」


 そう言われた途端、タカヒサは銃弾から避けるために車を右往左往させる。


 軽く舌を噛んでしまったルートは、しばらく大人しくしているのだった。








 一方、ブラッディ・ソルジャーとルート、ついでにタカヒサのことを調べていたダンデやスルガたち。


 スルガが資料を持ってきたため、ダンデはそれに目を通していた。


 「・・・・・・」


 ルートがこれまでに犯してきた犯罪が、事細かに書かれていた。


 「すごい犯罪歴ですね。まさに大犯罪者です」


 「・・・・・・」


 窃盗、強姦、放火、不法侵入、殺人・・・とにかく犯罪のオンパレードだったのだが、ダンデには気になることがあった。


 ルートの犯罪は全て、誰かの証言だけで成り立っていること。


 ルート自身否定をしていないようだが、この資料だけを真実をするならば、きっとルートは真っ黒なんだろう。


 しかし、ダンデは一度、ルートという男と接触したことがあるが、そのとき、これほどの残虐な男には見えなかった、というか、感じなかった。


 凶悪犯罪者には、独特の臭いがある。


 幾ら綺麗に洗っても、その臭いが消えることは決してない。


 ルートからはその臭いを感じなかった。


 それは根拠としては弱いのかもしれないが、ダンデからしてみればそれは確信にも近いものだ。


 国際的に指名手配をしているのに捕まらないのは、きっと協力者がいるからだ。


 変装や整形など、逃げようと思えばどんな手を使ったって逃げられるというのに、ルートはそれをしない。


 なぜかなんて、本人にしか分からない。


 ふう、と息を吐いた後、ダンデは次にブラッディ・ソルジャーの資料を見る。


 こちらもこちらで、解決なんて見えない事件だ。


 奴等のことを調べると、みな始末される。


 それゆえ、なかなか調べようとする人間がいないこともあり、一向に調査が進んでいないとうのが本当のところだ。


 「呪いか、いや、ただの人殺しだな」


 尻尾を出さないだけでなく、宗教のようなものなのか、みな失敗をすると自害するように教育されているらしく、折角下っ端でも捕まえたと思っても、すぐに亡くなってしまう。


 一体何人存在してるのかも分からない、ブラッディ・ソルジャーは、確か50年以上前に突如として現れた。


 噂だけがどんどんかけ廻り、実態としては未だ不明なのが確かだ。


 麻薬の密売、人間の密売、拳銃の密売、これらが主な動きだと言われているが、証拠は何もない。


 「目的は一体何だ・・・?」


 「やってることは、その辺にいる犯罪者となんら変わりませんからね」


 「ああ。だが、これだけ名が広まってる組織になった。これだけじゃねぇような気もするんだよな」


 「他にも余罪があると?」


 「多分な。俺達が認知していないだけで、きっともっと大きなことをしてる」


 確信はないが、そう感じる。


 「それより、ダンデさん」


 「なんだ?」


 「タカヒサの身辺調査をしてましたら、2名ほど、見つかりました」


 ルートに協力している男、タカヒサ。


 この男の謎に包まれているが、ようやく手がかりが見つかったか、と思ったダンデだったが、それは甘かった。


 話を聞きたいと言ったのだが、2人ともこちらに来るのは面倒だと断られてしまったため、テレビ電話のようなもので通信をすることになった。


 縦5メートル、横は8メートルはあるだろうか、大きな画面が用意されると、ダンデはその前に座る。


 「1人は新ヶ尸誠人という男で、もう1人は野崎すみれという女性です」


 「どういう関係だ?」


 「それが・・・」


 パッと画面が明るくなったかと思うと、そこに映しだされた2人の男女。


 ニヤニヤ笑っている黒い短髪の男と、大きな欠伸をしながら足を組んでいる黒髪の女。


 「この度は、ご協力感謝します。早速ですが、タカヒサという男について」


 『協力?よくそんなこと言えるよね。俺達は半ば強制的に話をさせられるっていうのに、そう言えば赦されるとでも思ってるのかな?あまり気持ち良いものではないなー』


 「・・・・・・」


 ニコニコしている男、新ヶ尸誠人は、初対面の男、ダンデに対して遠慮なく言った。


 頬杖をついたかと思えば、画面を人差し指でツンツンして遊んでいる。


 あからさまにため息をついてから、ダンデは新ヶ尸誠人に向かって頭を下げて謝罪をする。


 『別に謝ってほしいわけじゃないんだけどね。で、タカヒサのことで聞きたいことって?』


 「それは」


 『とは言っても、俺達だってタカヒサのことそんなに詳しくないからね?よく考えてみてよ?正直言って、俺も人様に言えるような仕事はしてないわけ。そこに協力してもらってるんだから、タカヒサのことだけ教えてもらおうなんて、虫が良すぎるでしょ?だから俺が知ってるタカヒサの情報なんてものは、そんなに役に立つとは思えないけど、それでもいいならどうぞ』


 「・・・・・・」


 ダンデは一旦音声だけを切ると、スルガの方を見る。


 「この面倒臭い奴はなんだ」


 「新ヶ尸誠人です」


 「・・・・・・ふう」


 音声を入れ直すと、ダンデは目つきを変える。


 それは画面越しにいる新ヶ尸誠人にも分かったようで、ふ、と一瞬笑みを消した。


 「タカヒサとは、どういう男です?」


 『・・・うーん。難しい質問だね。俺が知ってる限り、タカヒサは他人のことなんか気にしない、ゴーイングマイウェイな奴かな。冷めてるし人間味ないように見えるけど、それは個性としか言いようがない』


 「仲間と呼べる人間性は?」


 『そりゃ、俺は信頼してるからね。あるんじゃない?あいつはお宅らみたいな権力とか、囚われることを最も嫌うよ。それに、一筋縄じゃいかない。人道から外れているかどうかよりも、タカヒサの持ってる正義っていうか、信念から外れていることは、絶対にやらない』


 「タカヒサを呼ぶことは出来るか?」


 『無理だろうね。自由人だし。首輪つけてたとしても、首輪を引き千切ってどっかに行っちゃうような奴だよ』


 『あんたも相当の自由人よ』


 『すみれちゃんてば、俺に構ってほしいの?もうちょっと待っててね』


 『張り倒すわよ』


 ここでようやく、新ヶ尸誠人の後ろでずっと会話を聞いていた野崎すみれが口を開いた。


 綺麗な顔立ちをしているが、クスリとも笑わないため、あまり好印象にはならない。


 「君は、野崎すみれさん、ですね?あなたにも聞きたい事があります」


 『あら、もしかしてストーカー?』


 『安心してすみれちゃん。ストーカーだったら俺が嬲ってあげるから』


 「・・・・・・」


 この2人は一体なんなんだと思いつつ、タカヒサのことについて更に聞いてみる。


 タカヒサとこの2人の相性が良いようには見えないが、タカヒサ自体、手を組む相手をあまり選ばないということも有り得る。


 「タカヒサとは、本名ですか?」


 『そんなの私が知るわけないじゃない。誠人、どうなの?』


 『えー、俺だって知らないよ。本名でも偽名でも関係ないし。タカヒサの名前が何であろうと、頼もしいことには変わりないからね』


 「では、タカヒサに関わる人物で、あなた方の他には誰かいませんか?」


 『誰かって言われてもなー。もしかしたら、どっかの秘境の地に、知り合いの民族でもいるかもしれないけど』


 冗談交じりに笑いながら話していた新ヶ尸誠人だが、ふと、「あ」と声を漏らした。


 確かに、だいたい一緒に行動していたのは自分たちなのだが、タカヒサには尊敬しているのか、それとも恐れているのか、そういう人物がいたことを思い出した。


 少し考えようとした新ヶ尸誠人だが、別に言ったところでタカヒサは怒らないだろうと勝手に判断した。


 「心当たりでも?」


 『うーんと、確か、タカヒサには師匠みたいな人がいたよね?すみれちゃん?』


 『私は会ってないから知らないわ』


 『あ、そっか。あのときは確か、すみれちゃん捕まってたからね。あの時のタカヒサ、見せてやりたかったよ。俺達といる時とは全然だよ?俺にもあれくらいの敬意を見せてほしいくらいだったね』


 「それは一体、誰です?」


 どうしようかなー、教えてもいいけどー、と焦らしながら言う新ヶ尸誠人は、人差し指を顔の前に出した。


 『教えてもいいけど、条件がある』


 「条件?」


 『そう。あんたらがなんでタカヒサのことを調べているかは知らないし、勝手にやってって感じだけど、タカヒサがいなくなるのは俺としてはとても困るわけだ。だから、タカヒサを捕まえるとか、そういうのは無し。俺のもとに帰してほしい。じゃないと、商売あがったりだから』


 「・・・・・・」


 ルートの協力者となれば、捕えて詳しく話を聞くつもりだったが、こういう条件を出されるとなると、そうはいかない。


 常套手段として、そんな約束をした覚えはないと言い張ることも出来るし、一旦捕まえて少しだけ話を聞き、それから返すことも可能だ。


 そんなダンデの考えを読んだのか、新ヶ尸誠人はにっこり笑うと、あるものを取りだした。


 それは、録画している映像。


 『変なことは考えない方が良いよ?俺だって馬鹿じゃない。あんたらが嘘を吐くことも想定内だよ。だから、こうして映像を残してる。タカヒサがあんたらに捕まるとは思ってないけど、こういうのは準備が大切だからね』


 そして、さらにこう言った。


 『あんたら、一体誰を追ってる?』


 「・・・・・・」


 タカヒサはグレーゾーンのことをしているとは言え、はっきりとした証拠も何も無い。


 それなのにタカヒサのことを警察に聞かれるということは、追っているのはタカヒサではなく別の誰かで、その誰かと接触したから、ということになる。


 新ヶ尸誠人は顎に手を当てて、じーっとダンデの方を見る。


 全てを見透かしているようなその目は、警察よりも性質が悪い。


 「それは教えられない」


 『へー。まあ、俺は構わないよ。なら、こっちだってタカヒサの師匠のことは教えられないよ?個人情報だしね』


 「我々に協力は出来ないと」


 『国民の義務だって?馬鹿馬鹿しい。まあ、おおよその見当はついてるし。それに、わざわざ海外のサーバーを幾つも経由して俺のとこに繋げるなんて、回りくどいことしてくれるよね?そんなことで、俺があんたらのこと調べられないとでも思ってる?』


 「ご協力ありがとうございました」


 『言っておくけど、あんたらの居場所も目的も、俺の手の中だから。タカヒサに手を出す様な真似したら、警察内全部のデータぶっ飛ぶくらいのことしちゃうからね?』


 ひらひらと手を振りながら、新ヶ尸誠人が先に切った。


 画面が真っ暗になると、新ヶ尸誠人はぎい、と椅子を回して遊んでから、再び電源を入れて何かカタカタいじりだした。


 「何してるの?」


 「あいつらはタカヒサの顔を知らないんだ。だから他の情報もそう簡単には得られない。そこで、面識のある俺達にコンタクトを取ったのは良かったけど、そこには癖のある男女しかいなかった」


 「・・・もしかして、私も入ってるの?」


 「もちろんだよ。顔が分かれば、調べられることもあるんだろうけど、顔も分からない、名前も本名かさえ分からない。けどま、俺達に辿りついたところまでは良く頑張ったって言っておこうかな」


 「で、何してるのよ」


 新ヶ尸誠人がいじっているパソコンの画面を野崎すみれが覗くが、普通のネットの画面とは全く違うもので、分からなかった。


 どうしてこういう能力を別のところで発揮しないのかとも思ったが、きっとその別のところでは、この男はこんなに輝いた顔をしないのだろう。


 「あいつらの後を追ってる。俺の予想だと、多分相当でかい山だな」


 「見当がついてるんじゃなかったの?」


 「すみれちゃん、俺がそんなにすごい人に見えるんだ?さすがの俺でも、まだそこまでは分からないよ。ちょっと揺さぶってみれば、何かボロ出してくれるかなーと思ったけど、上手くいかなかったな。けど、あの男の表情から察するに、未だ解決していない、それも、関わっちゃいけないような大物相手ってことだよ」


 カタカタといじっている新ヶ尸誠人を他所に、野崎すみれは紅茶を用意した。


 普段はレモンを淹れて飲むのだが、今日はミルクの気分だ。


 「いつもは面倒事持ってくるのはあんたなのにね」


 「え?俺がいつ持ってきたの?」


 「・・・自覚ないのね」








 画面を切られたダンデ側も、画面を切っていた。


 そして、タカヒサの情報が、それも気持ち程度に載っているその情報を、ぐしゃりと強く握りしめた。


 「ダンデさん、あの男、先に捕えておきますか?」


 「いや、いい」


 新ヶ尸誠人、思っていたよりも面倒な男のようだ。


 ダンデは見ていたのだ。


 こちらの名前など知らないだろうはずの新ヶ尸誠人が、人差し指で遊んでいるように見せて、こちらに向けて「ダンデ」と書いていたことを。


 きっと、こちらからコンタクトを取るということも分かっていたのだろう。


 タカヒサの身辺調査をしているときからきっと分かっていて、分かっていて、わざと自分たちのことを調べさせたのだ。


 目的は多分、こちらの情報を得るため。


 だが、タカヒサには師匠と呼ぶ者がいることは分かった。


 それさえ分かればあとは何とかなるだろうと思い、調べたところまでは良かったのだが、その男のもとへ向かった部下たちは全員、ボロボロになって帰ってきた。


 それなりに訓練を積んでいる部下たちをここまでするとなると、あまり下手なことはしない方が良いんだろう。


 何処から攻めようかと考えているダンデのもとに、一報が入る。


 「車が暴走してる?」


 6台の車がすごい勢いで走っているようで、うち1台が先頭で他の車から逃げているような状況だと言う。


 それを聞いて、ダンデはすぐにその1台にルートとタカヒサが乗っていると分かった。


 追っている車はきっと、ブラッディ・ソルジャーのものだろう。








 「タカヒサ、俺初めて車酔いってのを体感している」


 「吐くなら外に出せ」


 「あれ?俺のこと心配してくれるとかはないわけ?結構辛いよ?なんかこう、胸がもやもやしてる感じ。おえええ、ってすぐにいけそう」


 日頃はきっと荒くはないのだろうが、敵に追われている今の状況で安全運転をしてくれという方が無理なのかもしれないが、それでも、この揺れは激しいものだ。


 ルートはすっかりぐったりしており、もうここまで辛いならいっそのこと、あいつらに捕まっても良いとさえ思うくらいだ。


 タカヒサのテクニックによって、追ってくる車は減っていた。


 1台はタカヒサがタイヤに銃弾を撃ち込んだためスリップし、1台はガソリンのところを撃ち、そこにライターを投げ込んだため炎上し、1台は勢いのあまり海に突っ込んで行った。


 残りの2台は今もまだ、後ろからついてくるが。


 「タカヒサ、ちょっと、ストップ」


 「無理だ」


 すると、目の前には道幅の狭い路地が見えた。


 車一台くらいならなんとか通れるだろうが、この勢いのまま通るとなると、もしかしたらサイドミラーが取れるかもしれない。


 出来れば他の道を選択してほしかったが、タカヒサはそんなことしない。


 タイヤから火が吹くのではないかというくらいのスピードで突き進むと、その隙間へと迷いなく入り込んだ。


 後ろの2台も、同じようにもうスピードでついてくる。


 入って出たところまでは良かったのだが、問題はその先だった。


 「え?嘘だろ」


 ルートが目にしたのは、あまりにも急な曲がり道だった。


 そもそもきっと、この辺りでは車など乗る習慣や文化がないのかもしれないが、細い道の先に待ちかまえていたのは、およそ90度とも思える直角曲がり道。


 人生でもこんな道そうそうないぞ、と思った頃には、ルートの頭の中には走馬灯が流れていた。


 走っている道と直角の道の幅はそれなりにありそうだが、こんなにスピードを出していれば、きっと方向を変えるのは困難だろう。


 色々諦めていたルートの隣で、タカヒサは急にアクセルとブレーキを一緒に踏んだ。


 そしてサイドブレーキも落とすと、細い道を抜けてすぐハンドルを回し、タカヒサ側はぶつかったような音がしたが、またすぐに車を発進させた。


 すると、後ろを着いてきていた車は、一台がなんとかドリフトを決めたのだが、後続車とぶつかってしまい、動かなくなってしまった。


 ぷしゅー、と効果音をつけるならそんな感じの光景だ。


 「・・・・・・」


 その様子をサイドミラーでちらっとだけ確認すると、タカヒサはギアを入れ直す。


 「お前、1人で生きていけるな」


 「一回やってみたかったんだ」


 「は?」


 ふとタカヒサの顔を見ると、心なしか、満足しているようだった。


 確かに、普段の生活の中でドリフトをする場面などないだろうが、いや、あっては困るのだが、タカヒサはやってみたかったらしい。


 やってみたかったということは、今回初めてやったということで、もし仮に失敗でもしたらどうしたのかと聞けば、その時はその時だと言われてしまった。


 タカヒサのことだから、きっと知識はあっただろうし、これほどのドライブテクニックならほぼ失敗は無いだろうが。


 「まじで寿命縮むから止めて。俺吃驚したから。タカヒサって平然とこういうことやってのけるんだよな」


 すごいやら何やらで、ルートはずるずると力が抜けたように背もたれに寄りかかっていると、その時、タカヒサのリュックの中から何か小さな音がした。


 漁っても良いかと聞けば良いというので、リュックを開けて中身を確認する。


 そこには価値があるのかさえ分からないものが幾つか入っていたが、聞こえていたのはそれではない。


 「あった」


 見つけたのは、タカヒサの生活には不釣り合いな文明の道具、スマホだった。


 「・・・これ、タカヒサの?」


 「・・・ああ」


 横目でちらっと確認すると、あっさりと自分のだと言った。


 「こういうの持ってたんだ。毛嫌いするタイプだと思ってた」


 「あいつらが無理矢理渡してきた。多分、今回も勝手にその中に入れられた」


 タカヒサの言う”あいつら”に関してはこの際いいとして、未だに鳴っているそれに出なくていいのかと聞けば、放置してほしいとのことだった。


 しばらくして一旦切れたが、またすぐに鳴りだしたため、仕方なく車を止めて出ることにした。


 「なんだ」


 ぶっきらぼうに電話に出たタカヒサの耳に、元気な声が響き渡る。


 『やあタカヒサ!元気!?全然連絡くれないんだもん、俺心配しちゃったよー。どこかで死んでるのかな―って思っちゃうじゃん。ちゃんとご飯食べてる?栄養あるもの食べないとダメだよ?お前のことだからきっとプロテインとか栄養補助食品ばっかり』


 「用がないなら切る」


 『ごめんごめんごめんごめん。切らないで』


 頭に巻いていたターバンを首に戻すと、タカヒサは鋭い目つきから一変、やる気のないぽよん、とした目になる。


 『実はさ、タカヒサのことを教えてほしいって奴らがいてね、あ、もちろん教えてないよ?だって俺とタカヒサの仲じゃない?』


 「眉間がいいか?こめかみか?それとも心臓がいいか?」


 『何その選択肢。まさかとは思うけど、俺を亡きものにするための手段じゃないよね?』


 クツクツと喉を鳴らすように笑ったかと思うと、こう続ける。


 『何に巻き込まれてるかは知らねぇが、片ぁ付いたらちゃんと帰って来いよ?』


 「・・・・・・」


 『ああ、それから、うっかりお前に師匠がいること言っちゃったけど、大丈夫だよな?』


 「・・・別に。武器や数であの人を捕まえられるとは思えない」


 『だよな。お前の師匠だしな。ああ、すみれちゃんと話すか?いやー、すみれちゃんってば俺と2人っきりだとすっごく照れ屋さんでさー・・・いてっ』


 『あんたのその軽い口、縫ってあげたいわ』


 『すみれちゃんってば積極的だね。俺はそれでも大歓迎だけど』


 『タカヒサが帰ってきたら、あんたを暗殺してもらうわ』


 『え?暗殺する本人に暗殺することを予告するの?新しいね。それに、タカヒサなら暗殺じゃなくて、俺のこと堂々と狙うと思うよ』


 向こう側からぎゃーぎゃーと聞こえてきたため、タカヒサは切った。


 そして電源を切ってリュックに戻ると、再び車を走らせる。


 「さっきのって、新ヶ尸誠人?」


 「ん」


 「わざわざ連絡よこしたってことは、俺達が追われてることも知ってるってわけか。いや、俺達って言うか、お前が厄介ごとに巻き込まれてることを小耳に挟んだって言う方が正しいか」


 「正義ぶった奴よりあいつはマシだ」


 「・・・・・・」


 しばらく、風に吹かれながら外を眺めていた。


 「タカヒサ」


 「ん」


 「ありがとな」


 「・・・・・・」


 少しだけ視線をルートの方に向けると、ルートは窓の外に顔を向けていて、どこを見ているのか分からなかった。


 それから少し走ったところで、ルートは車を止めてくれと言った。


 タカヒサは言われた通り止めると、ルートはそこで下りてうーん、と背伸びをする。


 扉を閉めると、閉めることの出来ない窓に上半身を滑り込ませ、中にいるタカヒサと目線を合わせる。


 「俺はここから1人で行くよ。タカヒサには散々迷惑かけといて悪いが、あとは何とかするよ」


 「・・・・・・」


 「お互い生きてたらまたどっかで会うだろうさ。それまで、しばしの別れってこった」


 「・・・そうか」


 じゃあな、と柔らかい笑みをタカヒサに向けたあと、ルートは何処かへと向かって歩いて行った。


 タカヒサはその後を追う事もなく、しばらくその後ろ姿を眺めていただけだった。








 「事故、か」


 5台の車が、粉々の姿で見つかった。


 乗車していた男たちは、すぐその場から逃げた者もいれば、気を失っていて捕まりそうだったため自害していた者もいた。


 見つかっているのが5台ということは、ルートとタカヒサは逃げ切ったということだろうか。


 それとも、残りの1台に乗せられて何処かへ連れて行かれてしまったのだろうか。


 憶測も推測も、何の役にも立たないが。


 「痕跡は残っていないのか」


 「ええ、風が強くて、砂で全部消されてしまったようです」


 「目撃者は」


 「逃げた方角だけは分かっていますが、どういう男が乗っていたのかまでは分かっていません。その先を追跡するのも難しいかと」


 どうしたものか、ダンデはすでに飲みきっていたコーヒーのカップを口に運ぶが、そこは空で、仕方なくデスクに戻した。


 「それにしても、あそこを車で抜けるとなると、タカヒサと言う男、大したドライブスキルですね」


 出来れば勧誘したいくらいです、とスルガが言うと、ダンデは眉間にシワを寄せてスルガを見る。


 冗談だとすぐに弁明したが、ダンデは額に手を当ててため息を吐いていた。


 「ですが現実問題、タカヒサが運転するバイクにしても車にしても、我々のスキルでは到底追いつけませんね。幾ら訓練を重ねているとは言え、経験が違いすぎます」


 「プロでも雇うか」


 「いいえ、多分、プロでも追い掛けるのがやっとでしょうね」


 「なんでそう思う」


 プロよりも技術があるなんて、それこそ宝の持ち腐れというやつだ。


 ダンデの問いかけに対し、スルガは平然とこう答える。


 「安全性を考慮して操作をするプロより、トレジャーハンターとして幾多もの強敵となる自然を相手にしてきたタカヒサの方が、生き残る術を知ってるじゃないですか」


 「・・・成程な」


 出来れば敵に回したくないです、とつけたせば、ダンデは親指と人差し指で眉間をつまんだ。


 「それより、ブラッディ・ソルジャーの方は何か分かったのか」


 「いいえ、何も。というより、誰も調べたがらない、と言う方が正しいですね。ブラッディ・ソルジャーを調べようとする者はみな姿を消す。まるでファラオの呪いのようです。みんな、自分の命が大事みたいです」


 軍人となっても、自分が大事なのは仕方無いと言えば仕方ないことだが、やるべきこともせずに背中を向けて逃げるとは、なんとも情けない。


 とはいえ、命が関わることに、強制的に参加させることも出来ず、何か良い方法はないか考えていた。


 スパイを送り込もうとしたこともあったが、物体が謎の組織には入り込む術がなかった。


 ハッキングして外から固めて行こうとしたこともあったが、こちらがバレないようにしても、なぜかすぐに見つかってしまい、ハッキングした者は謎の死を遂げていた。


 「人としての道を選ぶか、警察としての道を選ぶか・・・」




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