ルーズリベラル
maria159357
第1話 無能な勇気
ルーズリベラル
無能な勇気
登場人物
ルート
タカヒサ
ダンデ
スルガ
君が笑えば、世界は君とともに笑う。
君が泣けば、君は1人きりで泣くのだ。
エラ・ウィーラ―・ウィルコックス
第一路【無能な勇気】
「約束のものだ」
黒衣に包まれた人影が、スーツケースのようなものを出して、目の前の人物に差し出した。
その人物はソレを受け取ると、中身を確認し、自分も用意しておいた同じような形、同じような大きさのスーツケースを差し出す。
互いに何も言わないまま、去って行こうとしたそのとき、ガタン、という何かの物音が聞こえた。
「誰だっ!?」
「見られたか?」
「追え。捕えたら始末しろ」
そう言うと、黒衣の人物はそのまま姿を消した。
数人が音のした方へと向かうと、そこには誰もいなかった。
気のせいか?と思っていると、建物の反対側にある扉がギィ、と開いた音がして、そちらに向かって走り出した。
すると、そこには1人の男が走っていく背中が見えた。
「絶対に逃がすな!」
「捕まえろ!!」
数人に追いかけられている男は、茶色の髪に青い目をしていた。
身軽にコンテナの上にジャンプすると、一旦、自分を追いかけてくるその影たちの方を見る。
「あいつは、まさか!」
ニヤリと笑うと、男は闇に紛れるように逃げてしまった。
「・・・・・・」
とある遺跡から脱出した男がいた。
男はここまで来るのに乗ってきたバイクに跨ると、遺跡の中から持ってきた古びた何かを眺めている。
茶色の髪で鼻には絆創膏、首には赤いターバンを巻いており、暇なときは口に枝を咥えている。
この男はトレジャーハンターらしく、カーキ色の長袖を羽織り、中に着ている黒の半袖の隙間から見える腕は逞しい。
その眺めているソレにどれほどの価値があるのか、正直言って全く分からないが、とにかく、男はソレを大きなリュックに入れると、バイクのエンジンをかける。
「・・・・・・」
その時、ひゅんっと何かが飛んできて、男の顔を掠める。
男は平然とソレを避けると、ソレがただんの石ころであることを確認して、石ころが飛んできた方向に顔を向ける。
「何か用か」
「よう、タカヒサ。久しぶりだな」
バイクに跨った男、タカヒサの前に姿を見せたのは、茶色に青い目をした男だ。
タカヒサは頭に巻いていたターバンを首にかけると、眠そうな目を向けたまま、こう言った。
「厄介なことに巻き込む心算じゃねぇだろうな、ルート」
「さっすがタカヒサ。わかってるじゃん。俺困ってるわけ。ちょっとだけ助けてくれよ」
「面倒臭い。俺も暇じゃないし」
「最近どう?また何か免許とったのか?」
「免許は取ってないけど、サックスは弾けるようになった」
「なんでだよ」
口では文句を言いながらも、タカヒサのバイクの後ろに無遠慮に乗ったルートに対して、何も言わずにバイクを走らせた。
その頃、とある別の場所では・・・。
「すみれちゃん、タカヒサ何処行ったか知ってる?」
「知らないわ」
「だよね。何処行ったんだろ。折角仕事持ってきたのに。しょうがない。俺とすみれちゃんで2人っきりで」
「誠人1人で頑張ってね」
場面は戻り、タカヒサのバイクは目的もなくただ走っていた。
後ろにいるルートは、タカヒサに聞こえるように少し大きめの声で話していた。
「でさ、たまたま現場に居合わせちゃって、俺今狙われてんだよね。やばくね?しかもしてはあの“ブラッディ・ソルジャー”。生きた心地しねぇって」
「なんでそんなとこにいたんだ」
「なんでって、俺だって仕事してたんだよ。あの変で密売があるって聞いたから、金になると思って行ってみたらどうよ。まさかあいつらが関わってるとは思ってなくてよ」
「ならてめぇでなんとかしろ。俺を巻きこむんじゃねえ」
「そう言うなって。頼れるのはお前しかいないんだからさ」
「んなの知るか」
タカヒサはアクセルを強めると、一気に加速した。
―ブラッディ・ソルジャー
それは、謎に包まれた組織の名であった。
人数も不明、どういう構成になっているのか、誰が関わっているのか、そもそも何処で作られた組織なのか、現実に存在しているのかさえ謎であった。
「ここしばらく動きを見せなかったが、また動きだしたか」
「ええ、動き出したというのか、それとも、動いていたけど我々が気付いていなかったのか、ですね」
ブラッディ・ソルジャーを追っている警察の一部の者達も、動きを開始していた。
この件に関して統括しているのは、ダンデという男だ。
黄土のばさばさした髪に紫の目をした男で、性格としては牙をむき出しにしている狼というところだろうか。
そしてダンデの隣にいるのは、ダンデの部下のスルガだ。
スルガは青いさらっとした髪にミントの目をしており、一見大人しそうに見せるが、牙を隠し持っている、羊の皮を被った狼だ。
「それから、そこにあの男もいたって話ですよ」
「あの男?」
「ええ。大犯罪者と言われている、ルートという男です」
「あいつか」
ルートは、世界的にも有名な犯罪者と言われている。
何をしたのか詳細はよく分かっていないが、大犯罪者として名を轟かせていることだけは確かだ。
ルート、という名も本名なのか分からないというのが事実だ。
だが、本人も自分のことをルートと名乗っており、多分本名だろうということで、この名で指名手配までしている。
なぜ多分と思うのかと言うと、以前、似たような男を捕まえたときは、その男は自分のことを“ソード”と名乗っていたのだ。
その男がルートと同一人物と言い切れないため、とりあえずこの名で呼んでいる。
「ダンデさん、お電話です」
「誰だ?」
「将烈さんからです」
ダンデは一瞬険しい顔をしたが、受話器を持っているスルガの手がこちらに伸びてきたため、仕方なく受けとった。
はあ、とため息を吐いてから受話器を耳にあてると、早速。
『聞こえてるぞ』
と言われてしまった。
「ああ、悪い。で?」
『そっちにブラッディ・ソルジャーが現れたって聞いてな。こっちにある資料を送ってやろうかと思ったんだが』
「ああ、じゃあ頼む」
『だそうだ、波幸』
受話器の向こうで、もう1人の男が「はい」と返事をしたのが聞こえた。
用事はそれだけかと思ったダンデに、相手の男はさらに続ける。
『気をつけろよ』
「あ?」
ぎい、と、多分椅子を動かしたのだろう、そんな音が向こう側で聞こえた。
それから、コーヒーのカップを置いたのだろうカチャ、という音も。
『奴らは諜報員を世界のありとあらゆる場所に送り込んでるっていう噂だ。そいつに協力するエージェントも然りな』
「潜りこまれていたら、折角のチャンスも無駄になるってことか」
『無駄になるどころか、俺達の組織が壊され兼ねねぇだろうな』
「・・・こんな話ししてて、俺がその諜報員だったらどうすんだ?」
『そうだな。・・・そしたら、俺が全力でブン殴ってやるよ』
「それだけか」
『お前が諜報員だとしても、俺のやるべきことに変わりはねぇ。それに、例え誰が諜報員であったとしても、俺は驚かねえ。そんくらいで自我を忘れてるようじゃ、やってられねぇ仕事だろ』
「・・・ふん、そうだな」
小さく鼻で笑ってしまったが、聞こえてしまったかもしれない。
いや、聞こえていたとしても良いだろう。
ダンデは電話を切ると、すでに波幸が送ってきた資料が届いたらしく、スルガがそれを持ってきたため受け取る。
ぺらぺらと捲って読み始めたダンデに、スルガは緑茶を用意した。
「タカヒサ、これ何処向かってる?」
「次の目的地」
「だから、それって何処?てかこの国?え?ここ何処?そもそもさっきいた国から出た?まだ出てない?」
「うるせぇ」
お前は新ヶ尸か、とタカヒサに言われ、ルートはその新ヶ尸っていうのは誰だと聞いてきたため、答えるのが面倒になったタカヒサは、無視を決め込んだ。
それから5分も経たないうちに、ルートがまたしても口を開く。
「なあなあタカヒサ。さっきの新ヶ尸って奴さ、もしかして新ヶ尸誠人?」
「だったら何だ」
「やっぱり。新ヶ尸誠人って、烏って呼ばれてる男だよな?よくは知らねえけど、天罰を下すみたいなことやってる・・・。タカヒサ、あいつの知り合いってことは、お前もそれに関わってんのか?」
「だったら何だ」
「へー。いや、別に?俺は何も言わねえよ?タカヒサの人生だからな。タカヒサのやりてぇようにやりゃいいさ」
「・・・含みのある言い方だな」
「お前が一緒にいるってこたぁ、多分、その新ヶ尸誠人って男は噂ほど歪んだ奴じゃ無さそうだしな。ま、噂なんてそんなもんだ。世間は暇だから、他人の悪口言うくらいしか楽しいことがねぇのさ」
「噂?」
「なんだ、知らねえの?」
楽しそうにケタケタ笑いながら、ルートは話した。
新ヶ尸誠人という男は、とんだ悪人だと。
自分の思い通りにならない人間は、子供でも年寄りでも襲い、手にかけてしまうと。
盗みもし、女も使い捨てだというのが巷の噂ではあるらしい。
それを聞いたタカヒサは、とくに肯定も否定もしなかった。
「世間は時に、英雄を妬んで悪漢だと言う。勇気を羨んで強がりだと言う。ま、そういうこった」
周りの言うことなんか気にするような奴じゃないよな、と付け足され、タカヒサは無言で答えた。
「恐ろしいもんさ、世間ってのは。奴等が黒だと言うと、白も黒になってる。白だと騒げば、黒でもグレーでも、白になる。時間がそれを忘れさせても、出来た溝は埋まらねぇ」
「・・・で、後ろからついてくる奴等は、お前が嫌う白か」
「・・・あ、気付いてた?」
「さっきから目障りだった」
タカヒサの運転するバイクの後方、200メートルほど離れた一定の距離でずっとついてくる三台のバイク。
それぞれ2人ずつ乗っていて、特に何かしてくるわけではないのだが、サイドミラーでそれが見えていたタカヒサは、軽く舌打ちをした。
次の信号がチカチカ光り出したため、タカヒサはアクセルをふかしてスピードを上げ、ギリギリのところで信号を通過した。
これで振り切れたかと思っていたが、後ろのバイクたちは信号を無視してついてきた。
事故になったらどうするんだと思ったが、事故になったらなったで、きっと奴等のことだから、事故現場に爆弾でも投げ込んでしまうのだろう。
「おい」
「なに、タカヒサ」
「振り落とされるなよ」
「がってん」
ルートはタカヒサの腰にがっしりと腕を回すと、タカヒサは更にスピードを上げた。
警察がいたら捕まるだろう速度だが、タカヒサは人通りの多い道から一旦、細い路地裏へと入り込んだ。
「擦れる擦れる!!俺の身体が擦れてる!!」
「黙ってろ」
あまりに細い道だったため、ルートの身体は両脇のコンクリートの壁にぶつかっており、身体には擦り傷が出来た。
タカヒサは厚手の服を着ているため、それほどダメージはないのだろうが、ところどころ服には傷がついた。
それでも気にせずに走っていると、今度は工事現場の凸凹道があった。
サイドミラーをちらっと確認すると、まだバイクはついてきている。
タカヒサは上手くそこを抜けると、後ろのバイク一台は凸凹に耐えきれず、転倒していた。
近くの山道を見つけたタカヒサは、そこに向かって走り出すと、ぽつぽつと空から雨粒が降り出した。
「おい、やべぇよ。雨降ってきた」
「問題無い」
「いやあるだろ」
大雨にでもなれば、この山道を無事に登りきれるはずがないと、ルートはタカヒサを止めたが、タカヒサが聞き入れるはずがない。
山道に慣れていないのか、バイクがもう一台倒れていた。
山を越えると、今度は下る。
泥で滑り易くなっている道も、猛スピードで走り抜けるタカヒサに、ルートはこいつと一緒にいた方が危ないかも、と少しだけ思った。
3台目のバイクは何処までもついてきた。
「どこまでついてくるんだよ」
と文句を言っていると、後ろに乗っていた男が上半身を起こして、タカヒサのバイクに照準を定めた。
パリン・・!!
タカヒサのバイクの右側のサイドミラーが、壊されてしまった。
どうしてと聞かれると、男が銃で撃ってきたから、としか言いようがない。
そしてそれからすぐに、反対側のミラー弾かれてしまい、後ろが確認出来なくなってしまったのだが、それよりも何よりも、大事にしていたバイクを破損というよりも破壊されてしまい、タカヒサは多分、ちょっとだけ、キレた。
「・・・タカヒサ、落ち着こうな?」
「あいつら、生かしちゃおかねぇ」
「今のお前、あいつらより悪人の顔してるからな」
タカヒサはそう言うと、ルートにリュックの中からある物を取ってほしいと頼んだ。
言われた通り、ルートはリュックからそれを取りだしたのだが、まさかこんな街に近いところで使うのかと聞くと、タカヒサは何も言わなかった。
バイクをUターンさせると、タカヒサは受けとったそれのピンを口で外す。
銃を構えている男の銃弾を避けながら、スレスレのところでバイクを交差させると、ピンを抜いたそれを相手のバイクに向かって投げつけた。
ドオオオオオオオオン、と大きな音が響いた。
けたたましい煙と轟音、そしてそこに横になって倒れている一台の黒こげのバイクと、2人の男。
「まさか手榴弾とはね。タカヒサ、いつもあんなもん持ち歩いてんのか?てか、お前銃持ってなかったっけ?」
「俺のバイクを壊したからだ」
「おっかねぇ奴だな」
ルートとタカヒサは、宿を探した。
すぐに風呂に入ろうとしたルートと、リュックの中身を確認し、銃の手入れや短くなったロープを補強し始めたタカヒサ。
バイクの方もボロボロになってしまったし、というのも、タカヒサの手榴弾に巻き込まれたのは何も奴等だけではなかった。
当然、それほど離れていなかったタカヒサのバイクにもダメージがあって、明日になってから直せるか確認をするようだ。
ルートの見立てでは、多分無理だ。
そもそも、何年前に買ったものかは知らないが、大事に扱っていたのか、とても綺麗には見えた。
だがきっと、タカヒサにとっては、ミラーを壊された時点でもうアウトだったに違いない。
でなければ、幾ら大事なバイクを壊されたからといって、自分の身さえ危なくなる手榴弾を使うとは思えない。
ルートが湯に浸かってしばらくしてから、タカヒサが入ってきた。
なにも、部屋にある1つの風呂に入ってきたわけではなく、温泉がついているため、その温泉に入ってきたのだ。
「バイク、おじゃんだな」
「・・・・・・」
「ここじゃ直せないだろ?工具も部品もないし」
「・・・・・・」
ルートの言うとおり、家に帰ればタカヒサ自前の工具やら道具やら、大きなものから小さなものまで部品が揃っているため、しかも近くにそういった店もあるため、直せないことはない。
だが、ここにはない。
残念だが、これ以上ここでバイクを使うわけにはいかない。
新しいのを買えばいいじゃないかとルートに言われた。
確かに、部品などを全て揃えて直すくらいならば、いっそのこと新品を手に入れてしまった方が良いのかもしれない。
だが、今まで愛着持って乗ってきたバイクなため、そう簡単には手放すことなど出来ないのだ。
「そういや、前バギー乗りたいって言ってたけど、バギーは買ったのか?」
「買ってもらった」
「誰に?女に?」
「新ヶ尸に」
「どういう経緯かは知らねえが、良かったじゃん」
「うん」
素直なのかなんなのか、タカヒサからの返事はただその一言。
嬉しいとか、そういったことは一切言わない。
じーっとタカヒサを見ていると、「気持ち悪い」と言われてしまった。
「タカヒサって、何?」
「あ?」
「何人?何処人?名字は?」
「お前に言われたくない」
「腹減ったなぁ」
お腹と背中がくっつきそうだと言えば、くっつくはずないだろうと言われ、ルートは目を細めてタカヒサを見た。
逆上せそうになって、ルートとタカヒサは湯から身体を出した。
ふと、タカヒサの身体には傷が結構ついていて、それは多分トレジャーハンターをしていてなのだろうが、驚いた。
「逞しい野郎だ」
「何がだ」
「いや、1人で生きてきたんだな、と思って。勲章だな」
「・・・・・・勲章なんかじゃない」
ぼそっといったタカヒサの声は、隣にいたルートにだけかろうじて聞こえた。
そして、それ以上は何も言わなかった。
部屋に戻ると、タカヒサは途中だった作業に戻り、ルートは運ばれてきた食事を1人で食べ始めた。
「事故に関して分かったことは」
「それが、ルートが追われていたようでして」
「まったく。厄介事を持ってくる男だな」
「バイクを運転していた男は、見たことのない男だったようで、今情報を集めているところです。似顔絵も作っています」
「そうか」
バイクの暴走の連絡が入り、行ってみたらどうしたことか、大爆発が起こっていた。
一般人は巻き込まれないような場所だったため、大事には至らなかったが、爆発に巻き込まれたブラッディ・ソルジャーのメンバーと思われる男たちは、最初は意識があったようなのだが、警察に捕まりそうになると、舌を噛んで亡くなった。
何も手掛かりがないままだったが、そのうち似顔絵が出来上がり、目撃情報の男とも一致したため、その男がルートを乗せてバイクを運転していたと分かった。
「誰だ?この男は」
「タカヒサ、という男のようです」
「タカヒサ?」
「そう、ルートが呼んでいたそうです。国籍不明、出生も不明、現住所も不明です。もしかしたら、偽名で何処か部屋を借りているのかもしれませんが。それも今調べています」
似顔絵の男を眺めながら、ダンデは人差し指で顎をかいていた。
「ルートとの関係は?」
「それも分かりません」
そもそも、ルート自体、1人で行動する男であった。
そんな男が、命を狙われているときに一緒にいるということは、それなりに信頼しているということになる。
だが、タカヒサという名は、今の今まで聞いたことなどない。
目撃情報によれば、このタカヒサという男、大きなリュックを持っており、更にはライフルも持っていたという。
「で、BSの方は?」
「急に略さないでください。そちらの方も、ルートを追いかけまわしていた連中以外、全くです。下っ端だったんでしょう。他のバイクに乗っていた男たちも、毒を飲んだり手首を切って死んでいました」
「トカゲの尻尾切りか」
はあ、とため息を吐きながら言えば、スルガが「ええ」と答えた。
しばらく黙りこんでいたダンデは、タカヒサの似顔絵をテーブルの上に置いた。
「BSとルートの件は引き続き調査しろ。それから、タカヒサに関して、もし関わった人間がいるなら、そいつから話も聞きたい」
「わかりました」
スルガが一礼をして部屋を出ると、ダンデは1人、ため息を吐いた。
ブラッディ・ソルジャーの取引現場を目撃してしまったルートは、追われる身となっている。
狙われたが最後、生きていられた人間はいないとさえ言われている。
だが、ルートは見事に今回の奇襲から生きて帰ってくることが出来た。
それは、”タカヒサ“という男のお陰。
「タカヒサ?」
バイクの通った道を確認したところ、普通の人間ならばあまり選ばないだろう危険な道だった。
見事としか言いようがない運転技術と、手榴弾やライフルなどを持っている危険性から考えても、今のうちになんとかしておいた方が良い男だろう。
「あ、止んだ」
夜が明けると、すっかり雨もあがって良い天気になっていた。
うーん、と伸びをしているルートの目の前には、首にバンダナを巻き、カーキ色の上着をがっちり羽織っている男、タカヒサ。
ガソリンはまだ入っているし、走らせようと思えば走らせられるのだろうが、これ以上壊れるのは嫌なのか、バイクを何処かへ搬送させる手配をしていた。
それはタカヒサの自由なのだが、これからどうやって移動するのか、歩いて行くのか、それは疲れるから嫌だな、なんて思っていたルートをお構いなしに、タカヒサは歩いて行く。
何処へ向かうのかと思ってついて行ってみると、沢山の廃車が山になっている場所へと辿りついた。
「・・・タカヒサ、こんなところに来てどうしたの?まさか俺、ここでお前に始末される?」
「そんな時間も体力も無駄なことするか」
「それも失礼だな」
タカヒサはその中を歩いて行くと、一台の車のところに向かう。
タイヤをチェックし、エンジンをチェックし、色々とルートには分からないようなことを調べていたかと思うと、鍵を入れるところに、鉄の何かをさした。
すると、エンジンがかかる。
「おおおおお!?お前何やったの?どうやったの?すげぇ!!!!」
よく分からないが、タカヒサによると、この廃車はあちこちぶつけてボコボコになってはいるが、中に問題はさほどないらしく、走れるという。
良く分からないが、とにかくタカヒサが動くというなら動くんだろうと、ルートは1人納得した。
「あれ?」
当然のように助手席に乗ったルートだが、ふと、タカヒサの左手へと視線を送る。
言葉には出さないが、タカヒサはそのルートの疑問形の声に対し、ただ眠そうな目を向けてきた。
「いやさ、これってマニュアル車じゃん?え?マニュアルって何?どういうこと?ギアとか変えるやつだよな?エンストするやつだよな?」
車の知識が乏しいルートにさえ、それくらいは分かった。
だが、タカヒサはそれに答えないまま車を走らせる。
「タカヒサってマニュアル運転出来るんだ。まじか。へー、驚いたねこりゃ。今のご時世、てっきりオートマかと思ってた」
何も答えないタカヒサを気にせず、ルートはペラペラと1人で話す。
「でも考えてみりゃ、お前なんでも出来るもんな。大型の免許持ってるし、クレーン車とかの重機とかもだろ?陸では怖いモンなしだな」
ふんふん、とタカヒサに話しているのか独りごとなのかさえ分からない話し方に、タカヒサはここで口を開いた。
「新ヶ尸に似てる」
「は?俺が?」
「うん」
「どこが?」
「よく喋るとこ」
「そこまで喋ってなくね?いや、俺からすりゃ、お前がすげぇクールっていうか、冷めてるんだと思う」
「別にどうでもいい」
「あー、それ言っちゃ終わりだな。どうでも良いならしょうがねえな」
両腕を後頭部に持っていくと、ルートは窓を開けようとした。
しかし半分くらいまでしか開かなかったため、窓ガラスを壊して窓全開にする。
「お前、それじゃあ女にもてねぇぞ」
「・・・はぁ」
「なんだよその盛大なため息は・・・。あ、わかった。新ヶ尸って奴もそういうこと言うんだろ。やっぱりこいつら同じだ、って思ったんだろ」
「思った」
「くー!一緒にすんじゃねえっつの。俺の方が良い男だって」
「・・・・・・」
「タカヒサ、人にそういう目を向けちゃいけません。お前の目は人を傷つけることに特化してるんだぞ」
平然と運転をしているタカヒサの横顔を睨みつけたあと、ルートはしばらく静かにしていた。
だが沈黙が苦手なのか、それとも興味を持ったのか、タカヒサに尋ねる。
「なあ、タカヒサ。新ヶ尸誠人って、どこで出会ったわけ?」
「・・・さあ」
「さあって、覚えてねぇの?どっかで接触したから知ってるわけだろ?」
「一々覚えてない」
「ふーん」
新ヶ尸誠人は確か、情報を集めることに特化した人物で、色々と警戒されているようだ。
そうなると、きっとタカヒサのことも調べていたに違いない。
実際、ルートもタカヒサ自身に色々と聞いてはみているものの、タカヒサ本人から得られる情報なんて、大したものじゃなかった。
まあ、人には話したくないことの1つや2つや3つや4つ・・・とにかく幾つかあるだろうから、その辺は無理には聞かない。
ルート自身もタカヒサに話していないことや隠していることがあるわけで、それを言わないのにタカヒサのことは根掘り葉掘りなんて、それはフェアではない。
タカヒサの場合、話しても特に関心などないのだろうが。
「タカヒサって、ザ・男って感じだよな」
「・・・はあ?」
「いや、褒めてる。まず言っておくけど褒めてるからな。俺だったらまず筋トレしたくない。なぜって、疲れるから。筋肉痛が嫌だ。それにコツコツやるのが苦手だから無理。それに目の保養で女を定期的に見ないと倒れそう。それから美味いもん沢山食いてぇから、我慢とか出来ねえ」
「・・・それは一種の個性だろ」
「そういうとこ!ほらな!タカヒサはそういうことがあるから格好良いんだよ!!無理強いしなけど何でもできて、くうう!!悔しいったらないぜ!!!」
「・・・・・・」
一体何が言いたいんだと、タカヒサはとりあえず聞き流した。
隣ではルートがずっと何やら言っていたようだが、タカヒサの耳には一切入ってこなかった。
誠人で慣れているのか、こういう相手に対応した身体になってきたらしい。
「あ、そうだ」
マシンガントークがようやく終わったかと思うと、トーンを下げ、少し落ち着いた様子でルートが言う。
「ちょっと寄りたいところあんだけど、いいか?」
「・・・・・・」
返事はなかったが、それをタカヒサのイエスと捉えたルートは、道案内をする。
「この辺、昔俺住んでたんだよなー。ま、今じゃ民家のひとつもないとこになっちまったけど」
道という道もなく、ただの平原を走っているように見える。
草木もほとんどなく、たまに生えている雑草は逞しささえ感じる。
一体何があってこうなってしまったのかは知らないが、良いことではないのだろうということだけはなんとなく分かった。
廃れてしまった世界の中で、人が何処に向かうかと問えば、周りに合わせた同じような人間が立ち並ぶ、そんな場所。
拒絶し、閉じ込め、妬み、抗い、戦い、また失っては悔やみ、憎しみ、子供のように破壊することだけを望み、臨む。
孤独を恐れ、群衆に紛れ、同一や統一を求めるあまりに、自己さえ嫌う。
「人間ってのはつくづく、やんなっちまうなぁ」
「・・・・・・」
「何を争ってんだか。かと思えば、頭でっかちばっかりが脚光浴びて。平凡がそんなにいけないことかねぇ」
頬杖をつきながら、窓の外を眺めているルートの髪は、ダイレクトにあびる風によって暴れていた。
「向上心を持つことも、負けず嫌いになることも悪いこととは思わねえ。けど、それだけじゃやっていけねぇことってあるだろ。人間だけが衰退していくなんて、お笑いだよな。お天道様でも思っちゃいなかったんだろうけど」
寂しいくせに笑って、悲しいくせに励まして、何も正しくないくせに正義気取って、泣いてるくせに強がって、生きたいくせに死にたいと言う。
矛盾していることさえ誇りに思い、白黒つけたいと言いながらも、答えがグレーであることを望む。
無意味な主張を繰り返し、共感してほしいのに他人のことには無関心で、それでいて自由すぎると不自由だと文句を言う。
従順そうに尻尾を振っても、実際にはいつ主人に噛みつこうかと牙を隠し持っている。
気紛れそうに見えて、本当なきめられたラインの上を歩くことしか考えていない。
「死んでいくだけの人生で、何を探せばいいと思う」
「・・・・・・」
「何も変わりゃあしねぇと、俺みたいに牙が丸まっちまった野獣は、獲物さえ捕まえられねぇで餓死するんだ」
「俺なら」
「ん?」
ずっと黙っていたタカヒサが、ようやく口を開いたのかと、ルートは顔をタカヒサの方に向けた。
運転中のため、タカヒサの横顔を眺める。
「俺なら、餓死する前に牙を研ぐ」
「研げなかったら?」
「爪を使う」
「お前野性的だもんな」
ぴくりとも表情を動かさなかったタカヒサだが、ルートは小さく微笑んだ。
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