第8話ーー提案再びーー

 まだ陽は昇っていない12月の朝5時すぎ。

 今日の部長は早くログインをしたのだな、と思った。

 屋上には、とても高いフェンスとその奥に柵があり、表情の分からないあやなは、フェンスに寄りかかった。


「私もスズ先輩からお問い合わせの返信聞いたけど、そりゃサ終になるんだったら、定型文の返事になるよね~」


 サ終、とは、この業界の用語で、サービス終了、という言葉である。


「私さ~、考え直したんだ」

「何を?」

「私達、ソシャゲの住民は、サ終っていう、いつかは死ぬのが確定して生まれてきた存在なんだよな~って」


 あやなは手を組み、前へその手を伸ばす。


「そんな死ぬための世界の中に、のっぺらぼうって言うインパクトのデカイキャラクターを残せて、私はラッキーだったな~って」


 あやなは、うふふ、と笑って続けた。


「学討でバグののっぺらぼういたよね~って、部長がいつか思い出してくれたら、私は嬉しいよ」


 私は、何も言葉が出てこなかった。

 屋上に強めの風が吹き抜ける。


「ねぇ、覚えてる? 今だとざらだけど、リリースして一年か二年目の頃、部長が突然、一週間くらいログインしなくなった時のこと」


 あやなは、まだ暗い空を見上げ、思出話を始めた。

 私は、うん、とそれに返す。その時のことは覚えていた。


「スマートフォンの機種変更をして、引き継ぎをどうしたか分からなくなって、ログインできなくなった時だよね」

「そうそう! その時の!」


 あやなは、目こそないものの顔を私に向ける。


「それの時! 機種変更してログインできなくなった。それって、なんで私達がわかってるのかな?」


 いきなりのあやなの問いに、え?、と私は一拍止まった。かれこれ8年位昔の話で、少し考えてしまった。


「それは……SNS連携をしてたから、部長がSNSにそう書いてたのを私達が見たから……」


 あの時は、

部長! このアカウントだよ!

と、必死に部長を応援していたっけ。

 でなければ私達の世界が電子の波を漂うことになるから。

 部長も四苦八苦していて、SNSに、

どーしよー!! ログインできないー!!

と、書いていたのを思い出した。

 結果的には、SNS連携をしていたアカウントを思い出して、ログインできたのだけれども、複数アカウントを作成してると大変なのだな、と思ったものです。


「そう、それなんだよ」


 あやなの言いたいことがピント来ず、私の頭の上にはハテナマークが飛ぶ。


「どういう意味?」

「部長のSNS、久々に覗き見しない?」


 今度は驚きで、え!?、と声を出してしまった。


「だってあれは、特別に、ってスズ先輩と先生が見せてくれたのであって、あれっきりしかしてないし……ってか、できないだろうし……」

「今は、サ終しちゃうから、っていう特別な時だと思うんだよね!」


 きっとあやなに表情があったのだとしたら、いたずらを企む子どものような顔をしているに違いない。


「うーん……ダメ元で……二人に聞いてみる?」

「うん!」


 あやなは嬉々として、フェンスから弾みをつけて自立する。

 空がようやく白み始める頃合い。

 少しだけ、私達二人の心も新しい陽が見えそうであった。

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