第67話 決戦百鬼夜行。(その2)

【一方その頃、ポンスケ。】


 街中に一番遠い、この電器屋エリアは妖怪が少ない。

 居るのは顔撫でと言う、顔を撫でてくる手だけの妖怪と、背が高くて顔が怖いだけの赤顔坊主の朱の盆か。

 どうやら、和田殿は運動が苦手なようで、ウチのサモンも同じくだ。

「ひぃ!何かが顔に当たったのだよ!」

 和田は甲高い声で叫んだ。

 サモンは走りながら言う。

「とりあえず、結界の方まで走ろう!」

 オイラも自分の足で走る。しかし、和田が全然追いついてこない。

 オイラは和田の方へ駆け寄る。

「おい、大丈夫かい?オイラが運ぼうか?」

「心配無いのだよ!お心遣いはありがたいが、私も役に立てると言う事を世に知らしめたいね!」

「思ったより全然元気そうじゃねえの。無茶はすんなよ。」

 二体の妖怪は、ぬらりひらりと、ヒタヒタと追いかけてくる。暗闇で見る朱の盆は流石に不気味だ。六尺(百八十センチメートル)もある全身真っ赤なお坊さん。顔も鬼と化け猫を足したようで気味が悪い。

 あれ、それでも和田の方が背が高いのか。ふむ、そう考えると怖さも半減する。

 ヒヨッコの子供達が息を切らしてゼエゼエしながら、結界まで辿り着く。

 妖怪達が結界に入ると、オイラの出番だ。

 前足を合わせた後、結界の縁の地面を触る。

「変化!」

 オイラが叫ぶと、結界の縁沿いにグルッと一周、石の壁が出来る。

 まやかしだから頑丈じゃねえが、この程度の妖怪なら騙されるだろう。

 同じ妖怪でも強さが違う。コイツらは生まれたての赤ちゃんみたいな弱さだ。

「これで大丈夫だよね?」サモンはオイラに聞く。

「ああ、大丈夫ら!一旦休憩したら、歩いて少しずつ街中に戻ろう。」

 オイラが返事すると、サモンが抱きついた。

「わあ!急に何すんだ!」

「モフモフ、癒される。和田も後でモフモフして良いよ。」

「うむ、お言葉に甘えよう。」

 和田はメガネを上げながら言った。

「勝手に決めやがって!まあ、今回だけは許してやるよ。」




【一方その頃、つかさ。】


 霧の妖怪を送り返し、陰丸君と合流した後、空間転移で持ち場に戻る。

「うわ!何かいるのは分かってたけど、馬鹿でか妖怪だったのかよ!」

 俺は妖怪を見上げる。

 ざっと見た感じ十メートル以上はありそうな巨大な髑髏だ。

 カチカチ音を鳴らしていた正体はコイツだ。歯を鳴らしながら、ゆっくりと動く。

 陰丸君はサイドの刈り上げ部分を撫で、妖怪を見上げながら言った。

「がしゃどくろですね。デカ過ぎてキメエ。」

「あのデカさだと、直接触って結界まで転移させないと無理そうだな。陰丸君、俺が触りに行けるように協力してくれる?」

 俺の提案に陰丸君は「分かりました。」と真顔で頷いた。

 陰丸君は着物の袂からお札を何回か取り出す。走りながら呪文を唱え、お札を投げる。

 がしゃどくろは手で風を吹かせて、お札を吹き飛ばした。

「あ!!っざけんなよ!!クソ骨野郎が!!」

 陰丸君は額に血管を浮き上がらせ、眉間に皺を寄せながら怒鳴る。そう言うところはお兄さんに似てるんだな。

 俺はがしゃどくろが陰丸君を狙っている隙に、空間転移でがしゃどくろの背後に回る。

 がしゃどくろは両手を伸ばして陰丸君を両サイドから狙う。陰丸君は両手で印を結び、呪文を唱えると、両手を広げてがしゃどくろの掌を受け止める。

「つ、つよ……。」俺はその光景を目の当たりにして呆気に取られた。

「何ボーッとしてるんです、つかささん。さっさと転移して下さい。」

 陰丸君はそう言った後、呪文唱え、両手を広げたポーズのまま、がしゃどくろの掌を弾き飛ばした、

 俺は短距離転移でがしゃどくろのすぐ側まで移動し、触れる。

 結界の場所を脳内で思い出し、その瞬間転移が始まる。

 電器屋の前にある結界まで移動が完了する。陰丸君は置いてきてしまった。

 がしゃどくろは動きが遅い為、結界から逃れようと動いたが、逃れられず、送り返す事が出来た。巨大な妖怪が消えて、俺は一安心した後、また転移をして陰丸君の元に戻る。

「ありがとう!陰丸君。助かったよ。」

「いえ、俺一人じゃ何も出来なかったんで、つかささんのお陰ですよ。」

 陰丸君は真顔で言った。表情から感情が読み取れず、少し気不味くなる。

 暫く沈黙が続いた後、陰丸君が口を開いた。

「この辺は全然妖怪居ないんで、金髪の人の所へ行きましょう。」

「う、うん。そうしよう。神社の前辺りまで転移する。」

 俺は陰丸君の肩に手を添えて空間転移を始めた。



【一方その頃、ひゅうが。】



 うっすら掛かっていた霧が晴れた。視界良好。

 辺りを見回しても、おっかない妖怪はそんなに居ないみたいだ。虫みたいなやつはキモかったけど、大人しく着いて来てくれるから手間取らなかった。

 陸にいる奴等は、まとめて引き付けて送り返せたけど、問題は上だ。

 鬼の顔から火を出しながら車輪みたいな輪っかを回して動き回っている。あの妖怪は、何だろう。

 おれは一度神社に入る。手頃な石ころを探す。

「これでいっかな?」

 俺は掌サイズの小さな石を幾つか拾い手に持つ。

 神社を出て、ショッピングモールの上を飛び回っている車輪の鬼を見つめる。

 ボウボウ燃えてて熱そうだなあ。

「おーい!!そんな高い所に居ても、目的果たせないだろ?サボってんのかあ?」

 大声で呼んで見る。ギロリとこちらを見た後、標高を下げた。

「へっへーん。まんまと降りて来てくれてラッキー!」

 おれは石ころでリフティングする。石が空中にいる間に思い切り蹴り飛ばす。

 石の形、蹴る場所、蹴り上げる角度。どうすればあの妖怪に当たるかは、全て感覚が分かっている。

 石は勢いよく飛び上がり、真っ直ぐ妖怪の顎に当たる。

 鬼が怯んだうちに、次々と持っていた石を蹴り飛ばし、顎を狙い打ちする。

 鬼は白目を浮いて急降下し、ショッピングモールの横にある橋の、上り坂の途中に落ちた。

「やったー!当たったー!」

 おれは走って数百メートル離れた橋まで行き、妖怪の様子を伺った。

 車輪と鬼の顔には、火が燻っていて、まだ燃えている。

「うぇー。これじゃあ、運べないよー。」

 俺は足で妖怪を突く。パチパチと言う音を立てて、火はまだ燃えている。

 何かあったら呼んでくれ、と言うつかさの言葉を思い出す。

「おーい!!つかさあー!!手貸してくれー!!」おれは思いっきり叫んだ。

「ひゅうが!大丈夫か?!」

 突然、目の前につかさと陰丸君が現れた。

「うわああ!!!」おれは驚きのあまり尻餅をついた。

 つかさは手をかざしながら言う。

「ごめん。驚かせた。怪我ないか?」

 おれはつかさの手を握り返す。つかさは引っ張って立たせてくれた後、おれの体の埃を払う。

「うん!大丈夫!ほんとに呼んだら来てくれて嬉しい!」おれはつかさに抱きついた。

「当たり前だろ。ひゅうがに何かあったら、絶対に助けに行く。」

 つかさはおれを抱きしめ返してくれた。結構力が強い。

「あの、さっさとこの輪入道を片付けませんか?」陰丸君は燃えている車輪妖怪を指差しながら真顔で言った。

 おれとつかさは、パッと離れる。お互い顔を赤くして俯く。

「そ、そうだな。俺が結界まで運ぶよ。」

 つかさは咳払いをした後、あまり燃えていない部分に人差し指を置くと姿を消した。

 おれは陰丸君と二人きりになる。辺りは静まり返っていて、風で揺れた木々がカサカサと音を立てている。

 唐突に陰丸君はおれに話しかけた。

「つかささんって、ヤリチンなんですか?」

「え!?」おれは陰丸君の顔を見る。

 物凄く不機嫌そうな顔だった。

「全然ヤリチンじゃないよ?何でそう思ったんだ?」

 おれが聞くと、陰丸君はそっぽを向き、ボソリと呟く。

「人タラシって感じ。」

「優しくて、良い奴で、勇気があって、カッコ良いから、好かれ易いだけだと思うぞ。料理も上手いし、背も高いし、気が効くし……。」

「うるせえー!どんだけつかささんの事好きなんですか!」陰丸君に怒鳴られた。

 おれは少しシュンとする。陰丸君は焦って早口で謝る。

「す、すみません。」

「ううん。ビックリしただけ!おれの方こそごめんな。うん。でもそうだな。おれは、つかさの事が大大だーい好きだ!!」

 おれは両手をいっぱい広げて笑顔で言った。

 すると目の前につかさが現れた。

「ギャーー!!」おれは驚いて飛び退いた。

「あ!ごめん、また驚かせた。」

 つかさは申し訳なさそうな顔をして謝った。

「心臓飛び出るかと思った……。」

 おれは胸元の服を掴んで、心臓の音を押さえ込み、真っ赤になった顔を俯いて隠した。

「がしゃどくろの処理、ありがとうございます。次行きましょうか。」

 陰丸君はつかさに綺麗なお辞儀をした後、提案した。

「そうだな。ひゅうが、大丈夫か?ちょっと休憩する?」

「い、いや!だいじょぶ!次行こ、次!」

 おれは元気よくこぶしを空に突き上げた。



【一方その頃、野崎先輩。】


 科学的な魔法の放棄に跨って、上空にいる妖怪を探す。

「いやがったなァ!カラス天狗!」

 真っ黒い羽を広げ、真っ黒いクチバシ、白い山伏の装束を見に纏っている。

 カラス天狗は振り返って槍を構える。

「大人しく殺されよ。」

「何言ってンだよ!!ヤレるモンならヤってみやがれ!!」

 翼をバタつかせ、カラス天狗は加速した。

 俺は追いかけられながら腰に括り付けたポーチから紙人形を取り出す。

 片手で印を結び、後ろに放り投げる。

「ホラよ!ちゃァんと俺様を追いかけやがれ。」

 カラス天狗の頭の上にある頭襟(ときん)に神人形が張り付くと、ボウっと音を立てて燃え塵になる。

「ぐぁあ!!何をした貴様!!」

 カラス天狗の動きが鈍くなる。

 俺は後ろを確認しながらタイミングを伺う。

 結界の真上にカラス天狗が来るタイミングに合わせて、印を結び結界を張る。

 結界は壁となり、カラス天狗は透明な壁にぶつかってそのまま落下した。

「頭痛かったろォ?帰ってゆっくり休めよ。」

 俺はニヤリと笑いながらカラス天狗に言う。

 べチャリと言う音と共に、そのまま気絶し、ピクリとも動かなくなる。

「鬼に比べりゃァ、大分マシだな。」

 結界の中からカラス天狗が消えるのを見届け、俺は他の妖怪が居ないか空から確認をする。

 静かだ。何も居ねえ。

 よく耳を澄ませると、賑やかな話し声が聞こえる。俺はそこへ向かって飛ぶ。

「野営地?こんなところに……。」

 そこは立体駐車場の屋上だった。黒いバンが何台も駐車され、大きな天幕が幾つも張られている。他の階も同じ様な車と天幕がある。

 俺は屋上に降り立つ。

 倒れている一般市民らしき人達を黒スーツの人達が忙しなく動き回りながら手当てをしている。

「何だ、ここ……。」

 俺が唖然と立ち尽くしていると、聞き覚えのある喧しい声が目の前から聞こえた。

「野崎くーん!おーい!」

「無鉄砲バカ!?背負ってんの誰だァ?!」

 ボロボロのバカはボロボロの白髪ベンパツをおぶさりながら駆け寄って来た。

「ああ?コイツは俺の従兄弟ですよー!ちょっと邪魔なんで、この荷物下ろして来ますね!」

「怪我人に荷物なんて、気安い仲なんだな。」

 無鉄砲バカは忙しそうに動いている黒スーツに声を掛けて、白ベンパツを預ける。

「お前ェもボロボロだろ!手当してもらえよ!」俺は笑顔で戻って来たサソリに言う。

「ええー!こんなの擦り傷だから大丈夫っすよー!」

「それなら良ンだけどよォ。無茶すんなよ。つか、標的二人がこんなとこに集まったら、一般市民巻き込んじまうなァ?」

 俺が言うと、女郎蜘蛛が立体駐車場の壁を高速で登りサソリの背後に飛び上がるのを目撃した。

「大丈夫っすよ。ここが一番安全ですから⭐︎」

サソリは笑顔で言う。

 襲って来た女郎蜘蛛を黒スーツの男二人が容赦無く切り刻み、一瞬で倒してしまった。

「お、おう。なるほどな。」

俺は呆気に取られて、黒スーツの男二人を呆然と眺める。

 妖怪を倒すと、また直ぐに忙しそうに走り回って仕事に戻って行く。

「それより、野崎君!坊ちゃまの所まで一緒に行きませんか?その箒にニケツさせて下さい!」

 サソリはニコニコとハイテンションで言う。

「何でテメェとニケツしなきゃなんねぇんだよ!」

「だってぇー。陰丸君とニケツしてたじゃ無いですかぁー。」サソリは上目遣いで俺を見る。

「陰丸よりテメェのがぜってー重い。ダリィ。」

 俺は前髪を掻き上げながらめんどくさそうに言った。

「そこをなんとかー!このとおーり!」

 サソリは深々と俺に頭を下げる。

 俺は大きな溜息を吐いて返事をする。

「ハァー。チッ。壊れたら弁償しろよ!」

「わーい!ありがとうございます!」

 俺が箒に跨ると、サソリが密着して来た。ホルダーに仕舞ってある拳銃のマガジン部分が当たって不快だ。

「離れろ!」俺はサソリのオデコを片手で掴む。

「これ以上は下がれ無いですよー!」

「じゃあ、その拳銃何とかしろ。気が散る。」

「そう言う事なら、分かりました!」

 サソリは胸の下部分で止まっているホルダーの金具を外し、前後ろ逆にしてホルダーを背負い直す。箒から降りて、俺に背中を向けながら言う。

「後ろの金具止めてもらえます?」

「何で俺様がこんな事しなきゃいけねェんだよォォ!!」

俺は文句を言いながら金具をカチリと止める。

「ありがとうございます♪ブラジャーのホックを止めてもらう気持ちってこんな感じなんすかねえ?」

 サソリは箒に跨り、俺の後ろに密着して、腰に腕を回した。

「知らねェよ!!ハァ……。上がるぞ。」

 箒を両手で握り上昇させ、おぼっちゃま君の居る場所まで向かう。

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