第68話 絶望。
【一方その頃、つかさ。】
ひゅうがと陰丸君と一緒に転移をして、静丘駅の北口ロータリーに着いた。
周りを見回すと、数体だけだが妖怪が残っていた。
「りんのすけの姿が見えないな。」
俺は空間認知を使い周辺を探る。
「先に目の前の妖怪を何とかしちゃおうぜ。」
ひゅうがは拳を固めて提案した。
「そうですね。手長足長からやりましょう。捕まると食べられちゃうので、気をつけて下さい。」
陰丸君はそう言って、妖怪に向かって走り始めた。
俺とひゅうがも後に続く。
何メートルもある足の長い男と、何メートルもある腕の長い男の妖怪だ。禿頭に長い髭が生えている。どちらも常に不気味な笑顔を浮かべていた。俺達に気がつくと、二匹同時に動き出し、意外にも俊敏に動き回る。
「俺が動き止めますんで、隙をついて下さい。」
陰丸君はそう言うと、着物の袂からお札を二枚取り出し、唱えた。
「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)。」
手長は長い腕を薙ぎ払う様に振り、陰丸君を狙うが、宙返りをしてかわし、着地と同時に札を腕に貼り付ける。
手長は石の様に固まって動かなくなる。
「隙ありじゃーん!」
ひゅうがは一気に駆け出し、そのままの勢いで回し蹴りを喰らわせる。
鋭い蹴りは、手長の後頭部に当たり、骨の砕ける様な鈍い音を発する。
しかし、手長は倒れなかった。攻撃に動じる事なく、固まったままだ。
「マジかよ!」ひゅうがは驚いて、後ろ飛び距離を離した。
足長は前屈みになり上半身をひゅうがの真上に下ろし手を伸ばす。
陰丸君はその一瞬の隙にお札を足長に貼り付ける。
足長は固まり、バランスを崩して前に倒れた。ズシーンと言う大きな音を立てて、頭が地面に付き、砂埃が舞う。
「先に結界の近くまで運ぼう!」
俺は大声で言いながら、短距離転移をして手長を転移させ、直ぐ戻り、足長も転移させる。
そして、陰丸君とひゅうがの腕を掴んで三人一緒に結界の近くまで移動した。
城跡地の公園にある結界まで移動すると、手長足長は動き出し、結界の外に出てしまっていた。
「これは、なかなかめんどくさそうだね。」
ひゅうがは二体の妖怪を警戒しながら、真剣な顔で言う。
手長足長は同時にリーチの長さを利用した攻撃を仕掛けた。鞭のように足をしならせる手長と、上半身を唸らせながら襲いかかる足長。
俺は二人の腕をまた掴んで、空間転移で避ける。天守台の上に避難して、少し距離を置く。視界には手長足長の姿が入る距離だ。
「頑丈だし、動きが速いし、どうしよう。」
俺は言いながら片手で頭の横に手を当て、そのまま後頭部まで滑らせる。
陰丸君とひゅうがも、渋い顔で悩み始めた。
俺は空間認知の範囲に、人間を感じ取った。
「誰か物凄い速さで向かって来てる!二人いる。りんのすけと、まさか……。」
「え?誰?」ひゅうがは辺りをキョロキョロと見回した。
「あれじゃ無いですか?」陰丸君はしゃがみながら指を差した。
木の影から走ってくる人影が一つ、公園の通路の奥からも走ってくる人影が一つ見えた。
空間認知で感じ取って居たが、信じられなかった。目の前に現れて、強制的に理解させられる。
「西条寺さんだ。」
ランニングウェアに身を包み、拳に包帯の様に巻きつけたお札。長い髪を後ろに縛った西条寺さんは、手長の攻撃を華麗に避けながら距離を詰め思い切り拳を振りかざす。顔面にクリティカルヒットした。手長はその場に大きな音を立てながら倒れ込んだ。
りんのすけは、足長が前屈みになり、頭部が低くなった隙をついて、肩に跨り、両手で頭を持つと思い切り捻った。足長の首は百八十度回転しながら鈍い音を立てる。
「ハァ!?何なんだよ、アイツら!」
陰丸君は二人の強さを目の当たりにしてドン引きして居た。
陰丸君とひゅうがを連れて、りんのすけの近くまで転移する。
りんのすけは急に現れた俺達を見て、驚いた顔をする。
「何だ!?急に現れるな!」
「あ、ごめん。丁度良い距離感掴めなくてさ。」俺は頭の後ろを掻きながら言う。
「何ですの?スーパーパワーにでも目覚められたのかしら。」西条寺さんは腰に手を当てながら俺を見据えた。
「これは妖怪の力を一時的に借りてるだけで……て言うか、何で西条寺さんが居るんだ?」
俺は状況がよく分からずに聞いた。
「わたくしのお家はこの近くなんですのよ。妖怪の霊気が鬱陶しくて落ち着かなかったので、様子を見に来たら何やら大変な事になってましたので。」西条寺さんの言葉に続けてりんのすけが言う。
「妖怪を結界まで誘導してる時に偶然出会ったんだ。僕は危険だとは言ったのだが、どうしても手伝いたいと言うので、仕方なく頼んでいる。」
りんのすけは腕を組んで、少し不服そうな顔をした。
「そのお札、何ですか?」陰丸君は西条寺さんの両手に巻き付いたお札を指差して言った。
「これは叔父様に頂いた、対悪霊用の特注品ですわ。りんのすけ様に何かあった時にお力添え出来るように用意してましたの。まさか、本当に使う事になるとは夢にも思ってませんでしたけど。」
西条寺さんは赤らめた頬に両手を当てながら、ニヤケ顔で言った。
「そう言う使い方も出来るんですね。参考になります。」陰丸君は真顔で言った。
ひゅうがは、静かに俺の後ろに隠れて西条寺さんとの距離を取った。
「坊ちゃまー!!」上空でサソリさんの声がする。続けて野崎先輩の声も聞こえた。
「暴れんな!!揺れンだろうがよォ!!」
箒に乗った二人は、俺たちの近くに着地する。
サソリさんは箒から飛び降りりんのすけに抱きつこうとするが、りんのすけは片手で顔面を鷲掴み阻止する。
「怪我ないですか?大丈夫ですか?一人で寂しくなかったですか?」
「問題ない。さっさと残りの妖怪も送り返しに行くぞ。」
俺達は二グループに分かれて、残りの妖怪を片付ける事にした。
ひゅうが、りんのすけ、サソリさんチームと、俺と野崎兄弟、西条寺さんチームだ。
こまめに連絡を取り合い、残り二体で片付くタイミングで、合流し、総力戦に持ち込む。
城跡地の公園にある、かなり大きな広場が決戦場だ。障害物は無く、広場の周りに桜の木が植えてあり、花を咲かせていた。その更に周りはぐるりと通路で囲まれている。
残った妖怪は、最初に襲って来た牛鬼と、白い狐の姿で白い着物を見に纏った白山坊(はくさんぼう)と言う妖怪だ。
野崎先輩が皆んなに注意喚起する。
「白山坊は人を操ってきやがる。余り近づきすぎるな。牛鬼は凶暴だ、声掛けあって警戒するぞ。」
サソリさんもそれに続いて言う。
「厄介なのは白山坊ですねぇ。先にやりましょう。」
白山坊は白い光を体から発した後、牛鬼を操り始めた。
牛鬼は虚な目になりながら、鋭い爪でりんのすけに切り掛かる。りんのすけは後ろに飛び退き攻撃を避ける。
と、同時にサソリさんはすかさず駆け出し、ダガーナイフで攻撃を防いだ。
「坊ちゃまに手ぇ出してんじゃねえぞ。」
「サソリ、僕は大丈夫だ。」
サソリさんの後ろでりんのすけは戦闘体制に入った。
広場の奥にある通路から誰かが近づいて来た。
「おーい!皆んな無事かね?」
和田と左門時先輩、ポンスケだ。
白山坊は、和田達に向き直り、牛鬼をけしかけた。
俺はそれを見た瞬間に空間転移で、和田の前まで移動する。
牛鬼の大きく鋭い爪が、俺の腹を貫通した。
「グハッ……。」俺は口から血を吐く。
「あ、ああ。」左門時先輩は震えながら固まる。
ポンスケは人間に変化して、和田と左門時先輩を抱えると思い切り飛び上がり、桜の木の上に移動した。
「つかさ殿、すまない。」ポンスケは震える声で呟く。
「つかさ!!」ひゅうがは駆け出し、俺に近づこうとする。
俺は白山坊が光を発して、俺に干渉して来るのが分かり、意識があるうちに叫んだ。
「近づくな!!!」
俺の声にビクリと肩を動かし、ひゅうがはその場に止まった。
俺の意識は朦朧とし始めた。最後に見た光景は、残酷で鮮明で、そのせいで思考が全て失われてしまった。
その光景とは、俺の手で空間を切り取り、その場にいる全員の首を吹き飛ばすものだった。音も匂いも、肌で感じる温度も全て鮮明。
動悸が激しくなる。胸が苦しくなる。大切な人が一度に死んでしまった。
俺の力によって。俺のせいで。
腹の底から、ドス黒いドロドロとした感情が湧き上がる。自己嫌悪。憎悪。焦燥。沈痛。憤怒。ありとあらゆる負の感情が全身を包む。
何も聞こえない。暗闇の中にいるようだった。
許せない。生きていたくない。
一人にしないで。
【一方その頃、りんのすけ。】
何が起きている。何をされた。分からないが、つかさが窮地に陥っている事だけは分かる。
サソリと西条寺は、妖怪への警戒を解いていない。それ以外の全員は、つかさに注視している。
腹を貫かれたつかさは、その後白山坊に操られた様に見えたが、操られていた牛鬼と様子が違う。
ハッキリと見える。つかさが真っ黒いモヤに包まれているのが。ハッキリと見える。つかさの目から涙が流れているのが。
貫かれた傷口は、すぐに塞がった。つかさはゆっくりと手を上げると、掌を牛鬼にかざし、グッと握りしめる。
その瞬間、牛鬼の首は空間を削り取られたように跡形も無く消え、残った体は大きな音を立てながら地面に倒れた。
「ぬらりひょんの力が暴走してやがる!」
野崎先輩は、つかさに向かって紙人形を投げる。
つかさの体に触れる直前に、紙人形はヒラリと地面に落ちた。
野崎先輩は冷や汗を流しながら呟いた。
「チッ。空間支配使ってんじゃねえよ。」
「操られていないってことか?」
ひゅうがはゆっくりと後退りながら聞く。
「恐らくな。何が起きているのか訳がわからない。」僕は眉間に皺を寄せながらつかさに向き直る。
「白山坊は幻覚を見せて、相手の心理状況を弱らせた隙に操るんですよ。そのせいで暴走した可能性があります。」
陰丸君は、白山坊とつかさを交互に見ながら言う。
僕は脳みそをフル回転させる。
つかさを助ける方法は?つかさに人を傷つけさせない為には?
サソリはつかさに駆け出した。
「坊ちゃまの大事なご友人、俺が止めます!」
「待て!サソリ!」
サソリはナイフを逆さに持ち帰る。掌に切れて血が流れた。
ナイフの柄を振りかざし、つかさの背後に回ってうなじを狙う。
「?!届かない!!」
サソリの攻撃はつかさに触れることなく止まった。
つかさは掌を後ろに向けサソリを狙う。
「あのバカ!!空間支配相手に物理が効く訳無ェだろ!!」
野崎先輩は箒に跨り猛スピードで低空飛行して、サソリを片手で抱き上げる。
つかさは掌を握り空間を削った。運良くギリギリのところで攻撃を避けられた。
つかさは空間転移をして、野崎先輩とサソリの前に移動する。両手を向ける。
「つーちゃん……。俺の事もわかんねえか。」
野崎先輩は悲しそうな顔をして、サソリを抱いたまま、急上昇して避けた。
つかさは次に、陰丸君と西条寺を狙う。空間転移して、二人の中間の位置に移動する。
僕は走って、つかさの両手首を掴む。
「止めろ。あの時の僕みたいになるな。」
つかさはゆっくりと掌を下ろした。
目からは涙が流れ続けていた。僕の声は届いているのか。
それなら。と、僕は閃いた。
「ひゅうが、一緒につかさを止めるぞ!」
「分かった!何すんの?」
「近くの中央体育館までつかさを誘導する。ついて来い。つかさ、僕を捕まえてみろ。」
僕の言葉につかさはピクリと反応する。
駆け出し、広場を出ると、つかさは後を追って来た。
ひゅうがは、つかさの後に続いて走る。
「坊ちゃま!!」サソリの叫ぶ声が聞こえる。
「無鉄砲バカ!適材適所だ!!俺らはあの白山坊狙うぞ!」
野崎先輩の声を背中で聞きながら、僕は城跡地の公園のすぐ隣にある中央体育館まで走り続けた。
公園を抜ける頃、ひゅうがは僕の隣まで追いつき聞いた。
「どうするんだ?」
「ひゅうがの持っている木札を使って体育館につかさを閉じ込める。僕諸共な。」
「そんな事したらただじゃ済まないだろ?!」
ひゅうがは心配そうな顔で言った。
「大丈夫だ。恐らくだが、僕とひゅうがはつかさに狙われない可能性が高い。サソリ達の近くにいたひゅうがを狙わずに、西条寺達を狙ったていからな。」
「なら、おれが行くよ!」
「駄目だ。ひゅうがには、未来がある。サッカー選手になるんだろ。僕の未来はいくらでも変わりが効く。それと、物理が効かない相手には頭脳戦だ。僕が行く以外の選択肢は無い。」
走りながらひゅうがは悔しそうな顔をして、顔を伏せた。
「りんのすけ。お前にはずっと前から言いたい事があった。」
「何だ?」
「おれはつかさが好きだ。りんのすけもだろ?」
僕は動揺する。
「こ、こんな時に何を言っている?」
「こんな時だからだ!!おれと約束しろ!抜け駆けは無しだからな!」
ひゅうがは真剣な顔で言った。
僕はその横顔を見て、何故か安心する。緊張していた表情がほぐれ、僕は微笑みながら言った。
「分かった。約束だ。」
「つかさの事、頼んだぞ。」
話している間に、体育館が目の前に現れる。
僕は体育館のドアを蹴破って、無理矢理中に入る。
つかさも中に入って来た。
「今だ!!」僕はひゅうがに叫ぶ。
ひゅうがは首にかかった木札を外し、体育館の中目掛けて蹴り飛ばした。
「二人とも!死んだら許さねえからな!!」
ひゅうがの蹴り飛ばした木札は、体育館の中に真っ直ぐ飛び、体育館の中の壁に勢いよくぶつかると、バキっと言う音を立てて砕けた。
僕の頭の中に声が響く。地の底から這い出るような不気味な男性の声だ。
「コロス……。ノロッテヤル……。」
体の中に何かが入り込む感覚が始まる。
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