第64話 暴かれる真の姿。

 公園の街灯が全て消えている。遠くのビルと月明かりのお陰で薄く影を下ろす。

 公園の中には有料の庭園、歴史資料館、遊具のあるエリア等があり、かなり広い。

「一度隠れましょう。」

 サソリさんの提案で、俺達は有料庭園の裏口にある細い通路に隠れた。

 目が慣れて来た頃、蠢く影が幾つかある事に気が付く。

「りんのすけ、何の妖怪か分かりそう?」

ひゅうがは小声で聞いた。りんのすけは目を凝らしながら答える。

「ろくろ首と一つ目小僧、カマイタチか。後は死霊が数体居るな。」

「無駄な戦闘は避けたいですね。見つかると一斉に囲まれそうです。隠密に行きましょう。」

サソリさんの言葉に頷く。

 俺はひゅうがと一緒に足音を殺して、物影の中を進む。

 サソリさんはりんのすけをお姫様抱っこすると、音も無く塀の上の瓦屋根に着地した。そしてりんのすけを下ろし、散策を始める。

『導通点検はじめ。送れ。』インカムのイヤホンからサソリさんの声が聞こえた。

「聞こえてます。どうぞ。」俺は小声で答える。

「おれも。」ひゅうがも小声で答えた。

『よし。』りんのすけの声が聞こえる。

『こちらもよし。点検終わり。』サソリさんの声が聞こえて通信は終わった。

 足音を消し、少しずつ進む。サソリさん達は外周から、俺達は内側から探る。

 少し広い道を横断しようとした時、ひゅうがに腕を引っ張られる。

「しー。」ひゅうがは俺に顔を近づけて、人差し指を俺の口に当てる。

 その後、二か所を指差した。

 クチバシを持った凶悪な顔に、両手がハサミになっている妖怪カマイタチと小さな子供の様な姿で顔の無いのっぺらぼうが居る。

 ひゅうがは片手でグーを作り、もう片方の掌に打ちつけた後、両手をグルグルと回して指を差した。

 意味が分からな過ぎて俺は目を細め眉間に皺を寄せる。

 ひゅうがは苦笑いをして、俺の顔の横に近づいて耳打ちする。

「おれがつかさを背負って、一瞬で抜ける。」

 俺が答える前に、ひゅうがは俺をおんぶした。

 注意深く辺りを観察して、一瞬の隙を見つけると、足音を立てない様に高速で駆け抜けた。

 一瞬過ぎて分からなかったが、ひゅうがは妖怪達の視界を掻い潜り広場を抜けて木々のあるエリアまで一気に進んだ。

 ひゅうがは俺を下ろす。

 太陽の様な笑顔を俺に向ける。俺も笑顔を返した。上手く先に進めて嬉しい気持ちが伝わった。

 しかし、ひゅうがは急に張り詰めた顔をする。俺の後ろを見つめていた。

 俺は振り返ろうとしたが、ひゅうがは俺の両頬を抑え阻止する。

「移動使って。」小声で必死に訴えかけられ、俺は目を瞑り集中させる。

 空間は歪み、滑り台の上に移動を完了させた。

「な、何がいたんだ?」俺は恐る恐る聞く。

「歯が黒くて大きい口を開けた女の人だった。目と鼻がなくて口だけの顔だったよ。」

ひゅうがは少し動揺している様子で言った?

「お歯黒ベッタリかも。小学生の頃、図書室で読んだ気がする。」

「つかさがアレを見たら多分叫んでたよ。」

 ひゅうがは苦笑いで言った。

「そう言う事か。ありがとう。助かったよ。」

 後ろに大きな口を開けた妖怪が居たと思うと、姿を見ていなくても恐怖心が湧いた。俺は身震いする。

「ちょっと移動しよ。ここ目立ちそう。」

ひゅうがの提案で、俺達は滑り台を滑って降り、近くにあるトイレの裏に身を潜めた。

「取り敢えず、ここの周辺には妖怪居ないっぽいな。」

 ひゅうがは頷いた。

 警戒しながら辺りを見ていると、インカムから声が聞こえた。りんのすけの声だ。

『妖怪の本拠地らしき建物を見つけた。和田があるかもしれない。今、資料館近くの天守台で待機しているから合流してくれ。』

「了解。」俺が答えるとひゅうがは俺に耳打ちして聞いた。

「つかさ、移動出来そう?」

俺はひゅうがに耳打ちで返す。

「最後に資料館へ行ったのが遠い昔過ぎて不安だが、やってみるよ。」

 ひゅうがは頷いた。

 俺はひゅうがの両肩に手を置き集中させる。

 小学生の頃の社会科見学。ジオラマを夢中になって見た。同級生の女の子に、早く行くよと手を引っ張られる。少しずつ、記憶が蘇る感覚。

 自分の声が聞こえた。

『もうちょっとだけだから。』

 周りの景色が歪む。移動が完了した時、俺はやらかしている事に気がついた。

「つ、つかさ。ここ、資料館の中だ。」

「やっちまったあ……。」

俺はひゅうがと顔を見合わせ、周りを見た。

 一つ目小僧、子泣き爺、猫又、一旦木綿、複数の妖怪がジリジリと近寄り、俺達を取り囲む。

 警戒し隙を見せない様に神経を研ぎ澄ます。

 ひゅうがは妖怪達に聞いた。

「和田は何処にいる?」

 妖怪達はお互いに顔を見合わせる。一つ目小僧が手招きをして歩き出した。その後ろを他の妖怪達も着いていく。

「襲ってこないのか?」俺は疑いながら呟いた。

「ちょっと距離を置いてついて行こう。」

ひゅうがの提案に同意して、妖怪について行く。関係者以外立ち入り禁止の扉を開く。中は狭く段ボールが詰まっていた。

 入って直ぐの狭いスペースにロープで拘束された和田が呑気に寝ていた。

「良かった。生きてた。」

俺は和田のアホな寝顔を見て安心した。

 ひゅうがは和田に近づき担ぎ上げ、妖怪達にお礼を言った。

「案内してくれてありがとう。」

妖怪達は、顔を見合わせた後、何処かへ消え去った。

「なんか、上手く行き過ぎてる気がする。」

 俺は腕を組み考えた。

「確かに、早くここから出た方が良いかも。」

 ひゅうがが俺に近づこうとした時、大きな物音がした。天井を破り落ちてくる様な音だ。

 瓦礫の落ちる音と共に埃が舞う。

「雑魚妖怪に監視は務まらないのは最初から分かってたけど、空間移動してくる人間がいるとはねぇ。」

 落ちて来た者が言った。

 俺は振り返って姿を確認する。

 真っ赤な着物を来た女性だ。しかし、尻尾が生えている。九本ある様に見えた。

「つかさ!」

 ひゅうがは俺の腕を引っ張り寄せた。

「逃がさない。」

 謎の妖怪は俺に向かって手を伸ばし、風を起こさせた。風邪で前髪が上がり、目を瞑ってしまう。

 目を開けると、俺とひゅうがは和田と同じ様にロープで拘束された。

「え、何これ!」ひゅうがは暴れてロープを解こうとするが無駄だった。

 資料館の窓が割れる音がする。

 窓からサソリさんとりんのすけが入って来た。

「くっ!お前は!玉藻前……。」

サソリさんは謎の妖怪を見ると一気に殺気立った。

「サソリ、落ち着け。」りんのすけが咎める。

 玉藻前と呼ばれた妖怪は、不気味な声で笑った。

「ヒッヒッヒッ。成り損ないのガキか。貴様は妾が殺す。先ずは化けの皮を剥がしてやろう。」

 玉藻前は空を指でなぞる。そして息を吹きかけた。

「坊ちゃま、俺から離れて下さい!!」

 サソリさんは大声を上げる。りんのすけは驚き、サソリさんから距離を取った。

「うぅぅぅ……。」

サソリさんは苦しそうな呻き声を上げながら、頭を抑える。しかし目線は玉藻前から離さなかった。

 一瞬しか見えなかったが、サソリさんの目の色が真っ赤に輝き、鼻が狐の様に尖り、牙が生え始めた。


ドガン!!!


 穴の空いた天井から、サソリさん目掛けて落ちて来たそれは、大きな音を立てて着地した。

「おいおいおい!愛しの坊ちゃまの目の前で、何アホ面晒しとんじゃいワレェ!!!貴様諸共ぶちのめしたろか?!」

 サソリさんの頭を踏み潰しながら上に乗り、長い鉄パイプの様な物を後手で掴んだその人は、クモさんだった。

 玉藻前は舌打ちをした後、ニヤリと笑う。

「また来た、また来た。成り損ないのガキ。」

「あぁん?何やババア、誰が成り損ないじゃボケ!!」クモさんは眉間に皺を寄せ、顎を上げながら上から目線で煽った。

「今何と言った?妾の聞き間違いか?」

 玉藻前の眉毛がピクリと動く。

「耳も悪いんか!!ホンマにババアやないかい!!」

 クモさんは呆れた顔で玉藻前を見下す。

 玉藻前から殺気が溢れ出る。と同時に、縛られていたロープが消えた。

「貴様もぶち殺してやらァァァァァァ!!!」

「やってみろや!!!」

 クモさんと玉藻前が激突し、風が起こった。

 自由になった俺と、和田を背負ったひゅうがは、りんのすけとサソリさんの元へ駆け寄る。

 サソリさんは元の顔に戻っていた。見間違いだったのだろうか。

「一旦離れよう。」

そう言って俺はひゅうがとりんのすけと手を繋ぐ。りんのすけはサソリさんと手を繋いだ。

 目を瞑り集中する。頭が働かず、資料館の直ぐ外に移動してしまった。

 外に出ると、ひゅうがに背負われた和田が目を覚ました。

「ここは何処なのだね!」

「しー!静かにしろ。妖怪たちに囲まれるぞ。」ひゅうがは焦って言う。

 一瞬、何かが揺れ動き消えた。

「ごめん、上手く移動出来なくて。何か来るぞ。」俺は警戒して言う。

 しかし、目の前にそれは現れた。

 黒い着物、お爺さんの様な見た目、長い後頭部。ぬらりひょんだ。

「つかさ!」りんのすけが叫んだ。

 俺の直ぐ目の前に現れた妖怪の目は正気を失っていたが、両手を広げ攻撃を仕掛けようとしていた。

 俺が一歩後ろに下がろうとした時、ぬっぺぽうがぬらりひょんに飛び込んだ。

 手を伸ばして、ぬっぺぽうを掴もうとしたが、ぬっぺぽうがぬらりひょんにぶつかると、爆風が起き黒い煙が溢れ出た。

「ぬっぺぽう!!」俺は叫んだ。

 目の前が見えない。黒い煙を掻き分ける。

「つかさどこだ!」ひゅうがの声が聞こえる。

「坊ちゃま!離れないで下さい。」

「つかさ!つかさ!」りんのすけの声だ。

 視界の奪われた黒い煙の中で、頭の中に声が響いた。低く腹の底から響く様なお爺さんの声だ。

「小童よ。出来したぞ。」

 黒い煙が一気に消えて視野が広がる。

 ひゅうがとりんのすけ、サソリさんが俺に駆け寄る。

「何が起こった?」りんのすけは焦りながら言う。

「こ、これは?」

サソリさんはカーゴパンツからダガーナイフを抜き、戦闘体制を取る。

 ひゅうがも警戒して戦闘体制でぬらりひょんに向き直る。

「ぬっぺぽうなのか?」俺はぬらりひょんに聞いた。

「ほうほう。よく分かったな、小童よ。其奴らに刀を納める様に言ってくれ。ふむう。この体に戻るのは幾年振りか。」

 ぬらりひょんは自分の手を見つめながら、腕を捻り、指を動かした。

「え?どういうこと?」ひゅうがはキョトンとして首を傾げた。

 サソリさんは構えたナイフを下げる。

 りんのすけは何かに気がついた様な顔をして、恐る恐る口を開いた。

「ぬらりひょんが分離して、ぬっぺぽうと体だけのガワになっていた?」

「分からぬ。吾輩の体が勝手に動いていたのは恐らく操られておったの。ぬっぺぽうの姿になったのも原因はよく分からぬのじゃ。」

 ぬらりひょんは肩をすくめる。

「操っている奴が別にいる。」そう呟いてサソリさんは辺りを警戒する。

 それを他所に、ぬらりひょんは俺に近づき言った。

「まだ小童から離れられぬ様じゃ。力も上手く使えぬ。吾輩の力を授ける。上手く使えよ。」

 ぬらりひょんは俺の胸に手を当てる。掌が黒いモヤを発して、俺の中に入って来る。

「俺も力を上手く使えてないと思うけど。」

「ホッホッホ。謙遜じゃな。ほぼ力のない吾輩の力を上手く使えておったよ。体を取り戻し、元に戻った力、お主なら上手く使えるじゃろうて。しかし、負の感情には支配されるなよ。力が暴走しかねない。まあ、お主なら問題無いじゃろうがの。」

 ぬらりひょんはそう言うと、俺の背後についた。

「ありがとう。空間転移以外の能力は何だ?」

俺は辺りを警戒しながら聞いた。

「空間認知、空間操作、空間支配だ。」

「え?むずそう。」俺はよく分からない能力に少し落ち込む。

 ひゅうがは思いついた様に大声を出す。

「つかさ!ここ一体に何が居るか空間認知使ってくれ!」

「ええ!ダメ元でやってみるよ。」

 俺はイメージした。自分の周りに何が居るのか、どの様な形か。スキャナーで読み取る様な感覚。

「上だ!!」

 俺が上を見上げ声を出すと、サソリさんが飛び上がった。

 ダガーナイフを構え、体を捻り回転する。

 敵を真っ二つに引き裂き、サソリさんは着地すると、顔についた血の様な物を親指で拭った。

「何かよく分からないけど、倒しました!」

サソリさんは笑顔で言ったが、目は笑ってなかった。

「すげえ!」ひゅうがは目を輝かせてサソリさんを見つめた。両手の握り拳を小さく振る。

「くびれ鬼か?こいつが操っていたんだろう。」りんのすけはグロテスクな妖怪の死体を真顔で見つめて言った。

「小童。出来るじゃないか!」ぬらりひょんはポンポンと俺の頭を叩く。

「何となくやり方がわかった気がするよ。」

俺は少し照れながら言う。

「アーッハァ!!」クモさんの声が上空から聞こえた。

「殺す、殺す、殺す!!」玉藻前も上空を飛んで行く。

 サソリさんは上を見上げながら言った。

「あらあら。巻き込まれない様に、一度移動しましょう!」

 全員で円陣を組み、俺は集中させた。りんのすけが俺に手当てをしてくれた、街中にある公園。

 思い出しただけで直ぐに空間転移が始まった。

 街灯の光が眩しい。噴水の音が聞こえる。

 禍々しい雰囲気は無くなった。

 噴水の脇にある階段に腰掛け一息つく。わずかな休息。まだ百鬼夜行は終わっていない。

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