第62話 祭りの後で。
桜が満開になり、城の跡地にある公園は花見客で賑わう。強い風が吹き、春らしい暖かな気温が眠気を誘う。
雲に覆われた空だが、天気予報によると雨は降らないらしい。
四月六日の日曜日。ひゅうがは珍しく部活が休みだった。
毎年行われる『静丘祭り』へ、俺とりんのすけ、ひゅうがの三人は遊びに来ていた。
街中にはピンク色の提灯が並び、有名人が大名行列というパレードを行う。
大勢の人達で街中は溢れ、お祭りムード一色だ。
人の波に疲れ、街中にあるポンスケの住処の神社へ行き、休憩をする。そんな昼下がりである。
「静丘にこんなに沢山の人が居るとはな。」
りんのすけは少し疲れた顔をして、ペットボトルの水を飲む。
「今年の有名人は、知らない人が居ない程の超大物だからなあ。県外からも見に来る人が居るんじゃないか?」俺は地面に座った。
「もう大名行列終わったのにね。まだかなりの人が居る。まあ、見て終わりじゃないかあ。」ひゅうがは腰に手を当てて項垂れた。
「そう言えば、この神社に狸の妖怪が居るんだよ。」俺はキョロキョロと辺りを見回す。
「へえ。それは興味深い。見てみたいな。」
「化け狸ってこと?おれも見たい!」ひゅうがは目を輝かせた。
「ポンスケさん!居ますか?」俺は声を掛ける。
砂利を踏む足音が聞こえた。
姿を現したのは、ポンスケを抱っこした左門時先輩だった。
「あ、先輩。こんにちは。」俺は座ったまま挨拶をする。
先輩はペコリと会釈した。
ポンスケはムッとした顔をして、暴れる。先輩の腕の中から抜け出すと、走って木に登り葉っぱを咥えて戻り、変化した。
「コラ!サモン!ちゃんと挨拶しなきゃダメだぞ!」
美青年に変化したポンスケは、左門時先輩を見下ろしながら説教を始める。
りんのすけとひゅうがは驚いて口を開けて居た。
「こ、これが狸の妖怪か?僕にも見えるぞ。」
「あ、ああ。おれにも見えるし聞こえる。」
「やあやあ。驚かせちまってすまん。ファンサービスってやつだ。」
ポンスケは腰に手を当てて、ハッハッハと笑う。
左門時先輩はポンスケの後ろに隠れた。
ポンスケはムッとした顔をして、左門時先輩の首根っこを掴み、前に立たせる。
「まだ挨拶してないのに隠れるんじゃねえよ。全く、もう高校三年生になるんだら?しゃんとしな。」
「う、分かったよ。こんにちは、つかさ、りんのすけ。あと、ひゅうがくん。」
小声で言った後、先輩はポンスケの着物の裾をギュッと握った。
「おれの名前知ってるんすか?嬉しい!サモン先輩って呼んで良いです?」
ひゅうがは嬉しそうに左門時先輩に近づいた。
「あ、あ。ええ、えっと。何でも良いよ。」
左門時先輩はオドオドしながら、少しずつポンスケの背後に隠れる。
「ポンスケ、と言ったか?今何歳なんだ?」りんのすけはマジマジとポンスケを見ながら聞いた。
「年齢かあー。考えた事無かった。いつ生まれたのかも覚えてねえや。」ポンスケは困り顔で首を傾げた。
俺のみぞおちからぬっぺぽうが現れ、ポンスケの近くまでトコトコと歩いて行った。
「久しぶりだなあー。元気しとったか?」
ポンスケはしゃがんでぬっぺぽうと話始めた。
しばらく左門時先輩達と談笑をすると、ひゅうがの腹の虫が鳴いた。
「屋台でご飯買いに行くのは、流石に嫌だぞ。混みすぎている。」
りんのすけは腰に手を当ててひゅうがを見た。
「スーパー寄って、りんのすけの家で何か作ろうか?」
俺が提案すると、りんのすけとひゅうがは目を輝かせた。
先輩達に挨拶をして別れる。
百貨店の地下にあるスーパーはそこまで混んでいなかったため、直ぐに買う事ができた。
電車に揺られ、りんのすけの家で早めの夕飯を作る。
鶏もも肉の唐揚げとレタスサラダ、じゃがいもと玉ねぎの味噌汁を作る。
「んーー!おいちい。」
ひゅうがは顔をとろけさせながら唐揚げを頬張った。
「美味しい。ご飯がすすむ味だな。」
りんのすけも満面な笑みで頬張った。
「良かった。あんまり揚げ物作らないから、大丈夫か心配だった。」
夕飯を食べ終わった後、三人でヒーロー映画を見る。
黒いエイリアンが主人公に寄生しようとするも、自我を操作し切れないシーンをみて、何となくぬっぺぽうの事と重なった。
ひゅうがは左隣から小声で俺に聞く。
「まだ妖怪に取り憑かれてるんだよな?」
「ああ。一緒にいる時間が長くなって、だいぶ慣れたけど。」
俺はぬっぺぽうを抱えて、ひゅうがの前に差し出した。
ひゅうがには見えないぬっぺぽうだが、野生の感なのかぬっぺぽうの目の前に顔を近づけた。
「つかさを乗っ取ろうとしたら、おれが許さないからな。サッカーボールに括り付けて公式戦で使ってやる。」
ひゅうがは普段の可愛らしい顔とは別人の様な怖い顔で言った。
ぬっぺぽうは恐怖で固まっている。
「おれの目が黒いうちは、襲わせないから安心しろよ!」
ひゅうがはいつもの太陽の様な笑顔で俺に親指を立てた。顔が近いせいもあって、少しドキッとしてしまった。
「あ、ありがとう。。」
俺は目を逸らしながら言う。右隣にいたりんのすけに肘鉄を喰らわされた。普通に痛い。
「映画に集中しろよ。」
「「ご、ごめん。」」俺とひゅうがはりんのすけに謝って、テレビ画面に映し出されるヒーローの顛末を見届けた。
エンドロールになり、りんのすけが疑問を提示した。
「何でヒーローは大切な人を失ってしまうんだろうな。」
「そう言うもんなの?」ひゅうがは首を傾げる。
「痛みを知っているから強くなれるんじゃないか?能力に溺れる事なく、正義について考えるきっかけにもなるし……。」
俺があれこれ解説しようとした時、スマホが鳴った。
俺はズボンのポケットからスマホを取り出す。
「左門時先輩からだ!和田が目の前で何者かに攫われたらしい……。」
「え?!やばいじゃん!」
「何でそんな事に……?」
ひゅうがとりんのすけが目を見開いて固まった。
またスマホが鳴る。
「次は野崎先輩からだ。外に出るなだって。絶対に何か起きてるな、これ。」
俺は不安で顔が強張る。
「まさか……。」りんのすけは顎に手を当てて考えた。
またスマホが鳴った、何度も何度も連続で。
「差出人不明。な、何だこれ。」
俺は怖くなりスマホをテーブルの上に投げる。
りんのすけとひゅうがは俺のスマホの画面を覗いた。
「今駅に居る。今電車に乗った。今家の前にいる。って、メリーさん?」
ひゅうがはりんのすけの顔を見る。
「確かめるぞ。」りんのすけが立ち上がるとインターホンが鳴った。
三人は緊迫した雰囲気になる。
もうすっかり暗くなった時間。インターホンの画面には何も映し出されていなかった。
スマホが鳴る。画面にメッセージが表示された。
「今、背後にいる。」俺は読み上げて後ろを振り返った。
蜘蛛の様な体。足の先に鎌の様な刃物が付き、頭は牛の化け物が居た。
「な、何だこいつ!おれにも見える!」
「僕も見えているぞ。牛鬼か。」
ひゅうがとりんのすけは俺を庇う様に牛鬼の前に立ち、戦闘体制に入った。
牛鬼は不気味にニヤリと笑い、大きな鎌を振り上げる。
「二人とも伏せろ!!」
俺は二人に飛びかかり、無理矢理伏せさせた。ギリギリのところで鎌の攻撃を避ける。
ソファは水平に裂けてしまった。
俺は二人の腰に手を回して逃げる事を考えた。どこへ逃げる?考えている余裕は無い。とにかく外だ。屋上へ行こう。屋上への行き方をイメージする。
自分の声が聞こえる。
『俺ヘリコプターに乗るの初めてだ。』
周りの空間が歪む。牛鬼が次の攻撃を繰り出そうとする姿も歪んで、周りの空間と混ざり合った。
空間が元に戻ると俺達は屋上に居た。
「す、すご!どうやったんだ?つかさ!」
ひゅうがは周りの景色が変わった事に驚いている。
「ぬっぺぽうの力を借りた。場所を移動するしかやり方が分からないけど、おかげで助かった。」俺はぬっぺぽうにお礼を言う。
「妖怪の力を使えるとは、凄いな。しかし、牛鬼が来たという事は羅刹天絡みだろうな。」
りんのすけは立ち上がり、屋上のヘリポートを歩いて外の様子を見に行った。
「牛鬼は羅刹天の手下なのか?」
俺とひゅうがも立ち上がり、りんのすけの後を歩いて追う。
「牛鬼は獄卒だ。地獄の番人の様な物だな。つかさ達を殺しに来ているのかも知れない。なっ……!?」りんのすけはヘリポートの端まで行くと、言葉を詰まらせた。
俺とひゅうがもその光景を見て固まった。
りんのすけのスマホが鳴る。
「あそこに歩いてるの人間じゃ無いよな?」
ひゅうがは恐る恐る俺の顔を見る。
「妖怪か?」俺はひゅうがの顔を見て言う。
背筋が凍りつく様な感覚。本能的に恐怖を感じている。ホラー映画を見ている時とは違う、鮮明な恐怖心。頭が真っ白になり思考が強制的に止められる。
「つかさ!ひゅうが!一度場所を変えるぞ!僕の実家まで移動出来るか?」
りんのすけは眉間に皺を寄せて言った。焦っている様だ。
「分かった、やってみよう。ぬっぺぽう、辛かったら言えよ。」
ぬっぺぽうは俺のみぞおちから小さな手だけだし、ピースをした。
ひゅうがとりんのすけの肩に腕を回す。
新幹線に乗って、電車に乗って、有名なスクランブル交差点に行った時の事を思い出す。閑静な住宅街。中の見えない高いコンクリートの壁。少し暑かったあの日。
自分の声が聞こえる。
『やばい、ここに来てゲームオーバー。』
周りの景色が歪み、空間転移が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます