第61話 卒業式ハプニング。

 時は流れて、少しずつ暖かくなった頃。

 学校に植えられた桜の木がピンク色の花を付け始める。別れの季節がやって来た。

 羅刹天の怒りの件も杞憂だったのか、平穏な学校生活を送れている。

 卒業式の日、山河先輩は幼い子供の様にワンワンと泣いていた。周りの生徒に口を塞がれる程だった。

 野崎先輩が卒業してしまうのは、俺にとっても寂しかった。

 学校内で顔を合わせる度に話しかけて、いや、絡まれていた。授業中に絡まれるのは流石に困ったが、それもこれからは無くなってしまうと思うと名残惜しい様な気がする。

 式が終わった放課後。体育館の外に居る野崎先輩に挨拶へ行った。

 男女問わず、複数の生徒に囲まれている。

 突飛過ぎる奇行が目立つ人だが、根の優しさが人を惹きつけるのだろう。

 話しかけづらく、遠くからタイミングを伺っていると、先輩と目が合った。

「卒業おめでとうございます!」俺は遠くから大声で声を掛けた。

 野崎先輩は嬉しそうに笑う。

「たか!ボタン頂戴よ!」先輩の近くにいる女生徒が言った。

 野崎先輩はブレザーのボタンを引き千切る。

 女生徒は期待の眼差しで手を出して待つ。

「やらねェよ!!」

 野崎先輩はボタンを俺に向かって投げた。

 俺はボタンをキャッチする。

「え?」俺は女生徒と目が合う、

「俺様のボタン欲しい奴!あの一年から奪い取りやがれ!」野崎先輩は大声で言いふらす。

 複数の女生徒達が俺の方を見る。

「え、ちょ、ちょっと待って下さい!返します!」俺はボタンを返そうとしたら、野崎先輩がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「そのボタン守りきれなかったら罰ゲームな!守りきれたらご褒美やるよォ!」

 今までの野崎先輩を知っていると、罰ゲームが予想の範疇を超えた酷いモノになる事は容易に想像出来た。

 俺は冷や汗を流す。

「に、逃げます!」俺は宣言してから全力で走る。

「待てー!!!」「逃すか!!!」女生徒達が走って追いかけて来る。

「勘弁して下さい!!罰ゲームなんて絶対嫌なんです!!」

 俺は必死に訴えかけたが全くの無意味だった。

 俺は走って階段を上り、二階に出る。階段の近くにある自分の教室の前を過ぎようとしたら、誰かに胸ぐらを掴まれ、教室の中へ引き摺り込まれた。そのまま、掃除用具入れに入れられ、目の前が真っ暗になった。

「え!誰!」俺は暗闇の中で叫んだ、

「静かにしろ。」

「その声、りんのすけか?」

 廊下の方でドタドタと足音が聞こえた。足音は遠くなり、聞こえなくなる。

「もう行ったみたいだぞ。」

 俺はそう言った、ロッカーから出ようと扉を押したが開かなかった。

「りんのすけ、開かないぞ。」

「何やってる。ちょっと退け。」

 りんのすけは俺をロッカーの壁に押し付ける。

「狭いんだから、退けないって!痛い痛い。」

 ガチャガチャとりんのすけは扉を動かすが開かなかった。

「チッ。勢いよく閉めたせいで鍵が掛かった。皆んなが帰った後、つかさが面倒事に絡まれたのが悪いんだからな。」

「助けてくれてありがとう。一つだけ言わせて貰うと、面倒事には巻き込まれただけだからな。」

「とにかく、このままだと不味いぞ。俺の制服のポケットからスマホを出せないか?掃除用具が引っかかって腕が動かせない。」

「分かった。触るぞ。」

 俺は見えない中でりんのすけの体を探す。ブレザーの感触。指を滑らせながら、ポケットの段差を探す。

 段差を見つけ、手を突っ込む。

「おい!どこに手を入れてる!」

「え、ここポケットじゃ無いの?」

 俺は手を更に奥まで入れてしまった。

「そこはズボンの中だぞ。変態。」

「うそだろ?!ごめんごめん!……あ、抜けない。」

「何をモタモタしている。入れられたのなら抜けるだろう。んっ。」

「今頑張って抜こうとしてる所だから、ちょっと黙ってろよ。」

 ベルトの締め付けに腕が引っかかっている。俺はグイグイと何度も腕を引っ張る。指に当たる感触が、徐々に硬くなる。

「ちょっと一回、お腹引っ込められる?」

 俺の提案にりんのすけは反応しなかった。息が少し荒くなっている。

「おい。りんのすけ、大丈夫か?」

「んっ。煩い。一回腕を動かすのを止めろ。」

「あ、ごめん。」

 俺は腕の動きを止める。

「ッハァ……。せーのでお腹を引っ込めるから、タイミングを合わせて抜けよ。」

「分かった。」

「「せーの。」」

 俺の腕がスルリと抜ける。

「やったー。抜けたぞ!」

「ああ、良かった。ふぅ。」

 りんのすけは一息ついた。

「僕がつかさのスマホを取り出せるか試す。どこに仕舞った?」

「ブレザーの左側のポケットに入ってる。りんのすけ側からだと、ちょっと取りにくいかも。」

「ちょっと体を前にしろ。後ろから手を回す。」

 腰の辺りに手の当たる感触がする。スーッと滑らせて、左側面に移動させる。

「ちょっとくすぐったい。」

「我慢しろ。」

「うう。」

 腰にりんのすけの腕がまとわり付く。ブレザーの左ポケットに指輪入れ、スマホを取った。

「よし。コレで外と連絡を取れ。」

 りんのすけはスマホの画面を俺の顔に近づける。

「ありがとう。ひゅうがはサッカー部の集まりに行ってるし、うーん。野崎先輩を呼ぶしか無いか。」

 俺はスマホを受け取り、先輩に電話をかけた。

「あの、先輩。申し訳ないんですけど、助けて下さい。いや、ボタンは守り切れたんですけど、ロッカーから出られなくて。一年六組の教室に来てもらえたら助かります。すみません。」

「来てくれそうか?」

「うん。直ぐに向かうって。」

「そうか。」

 暫く沈黙が続く。

 俺は恐る恐る、口を開いた。

「さっき手に当たってたのってさ……。」

「それ以上言ったら殺すぞ。」

 暗闇でも分かる殺気。俺は口をつむぐ。

 ドタドタと喧しい足音が近づいて来た。

「つーちゃん何処行きやがった?!」

 野崎先輩の声だ。

「ここです!ロッカーの鍵が閉まっちゃって!」

 ガチャガチャとロッカーの扉が揺れ。

 勢いよく開けられた扉から、掃除用具と一緒に俺とりんのすけは倒れ込んだ。

 野崎先輩は背後に飛び避ける。

「いてぇ……。」俺は床に思い切りぶつかる。

「手間をかけたな。助かった。」

 りんのすけは直ぐに立ち上がり言った。

「何でそんな事になってンだァ?!エロ漫画かよォ?!」

 野崎先輩はブチ切れながら、りんのすけに顔を近づけガンを飛ばす。

「元はと言えば、貴様が碌でも無いおふざけを始めたせいだぞ。」

 りんのすけも思い切り睨みつけ、二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。

「二人ともやめろよ!」

 俺は掃除用具をロッカーに片付けて二人を必死に止めるが、押し除けられてしまう。

 罰ゲームを回避出来たのは良いが、こんな事になるとは。

 結局、ご褒美どころでは無くなり、俺は二人の喧嘩に巻き込まれ、揉みくちゃになりながら、必死で仲介役に徹するのだった。

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