第60話 俺にチョコくれた人誰?

 冬休みも終わり、野崎先輩から言われた事を気にしながら学校生活を送っていた。

 りんのすけとひゅうが、進一にも念の為共有した。

 俺が悶々と不安を抱えていると、りんのすけは背中を叩いてくれる。何か起こってから考えれば良い、と言う言葉に俺は少しだけ救われた。

 羅刹天が一番憎んでいるのは、恐らくサソリさんだ。りんのすけから連絡を入れて貰った。サソリさんからも何かあったら連絡が来る様に連携を取る。

 しかし、今俺はまた別の事で頭が一杯になっていた。

 いつもの様に、りんのすけと一緒に登校し、靴箱を開けた時にそれは起こった。

「り、りんのすけ、おい。ちょっと!」

 俺は靴を脱いでいるりんのすけを手招きして呼ぶ。

「何だ。生肉でも入っていたか?」

 りんのすけは俺の靴箱を除くと目を見開いた。

「ほら見て!プレゼントだよ!何で?」

 ピンク色の紙袋を黄色のリボンで縛った小さな包みが、スリッパの上に置かれている。

 りんのすけは明らかに不機嫌そうな顔をして言った。

「ふん。今日はバレンタインデーだろ。そのせいじゃ無いか?」

 りんのすけは自分の靴箱の蓋を開けると、雪崩の如くプレゼントが落ちて来た。

「うわ!モテる男は大変だなぁ。」

 俺は落ちていくプレゼント達を見ながらドン引きした。

「チッ。荷物が嵩張る。面倒臭い。」

 りんのすけは舌打ちしながらプレゼントを拾い両手に抱える。

「つかさ、スリッパ取ってくれ。両手が塞がっている。」

「はいはい。どうぞ。」

 俺はりんのすけの靴箱からスリッパを取り出し、革靴を仕舞ってあげた。

 階段を上っていると、西条寺さんが待ち構えて居た。

「ご機嫌様、りんのすけ様。宜しければ、こちらの袋をお使い下さいまし。」

 西条寺さんは大きな空の紙袋を差し出した。

「ああ。助かる。」

 両手に抱えたプレゼントを紙袋に入れ、受け取った。

「ファンクラブからのプレゼントです。りんのすけ様はカフェインを獲れませんから、代わりにハーブティーとクッキーのセットにしましたわ。」

 西条寺さんは頬を赤らめながら、そこそこ大きい箱を差し出した。淡いピンクのチェック柄の包装紙に包まれ赤いリボンが付いている。

「ありがとう。いただこう。」

 りんのすけは小さく微笑んだ。西条寺さんはボンッと言う音を立て、頭から煙を出した後全力で何処かへ走り去って行った。

「へえ、意外としっかり貰うんだな。」

俺はりんのすけの対応に驚いて言った。

「物と気持ちに罪は無い。しかし、昔のトラウマがあるからな、毒味は別の者に頼むよ。」

 りんのすけは昔、西条寺さんに毒入りの物を貰ったらしい。多分その事を思い出してか、身震いした。

 廊下を歩いて教室へ向かっていると、女子達が群がっていて通れなくなっていた。

 俺は何度かジャンプして、中心を覗く。

「あ、ひゅうがが青ざめて固まってる!」

「フフ。アイツに取っては最悪な一日だろうな。」りんのすけはニヤリと笑っていた。

「笑い事じゃないって!俺助けてくる。」

 群がる群衆を掻き分けて、腕を伸ばしひゅうがを捕まえる。

「大丈夫か?」俺はしゃがんで潜り込みながらひゅうがの顔を覗く。

 ひゅうがは固まって動かない。

 無理矢理立ち上がり、ひゅうがをお姫様抱っこすると、群衆を押しのけてその場から脱する。

 階段を降りようとした時、後ろから友永さんの大声が聞こえた。

「コラーー!!アンタ達!ひゅうがに迷惑かけてんじゃ無いわよ!!さっさと散れ!!」

 友永さんは良い人だな、と噛み締めながらひゅうがを保健室まで連れて行った。

 保健室のまゆみ先生に事情を説明する。

 ベッドに寝かせて、ひゅうがの前髪を撫でた。

「ゆっくり休んでろよ。」俺はそう言い残して立ち去ろうとしたら、腕を掴まれる。

「つかさぁ。行かないで。一緒に居て。」

弱々しい声でひゅうがは言った。

 俺は川島に『遅刻する。』と伝え、ひゅうがが落ち着くまで側に居る事にした。

 まゆみ先生はベッドの横に椅子を持って来てくれた。お礼を言って、俺は椅子に腰掛ける。

 ひゅうがは俺の手をギュッと握りしめた。

「怖かった……。」弱々しく呟いた。

「そうだよな。あんな群衆に囲まれたら怖いよ。どうしてああなったんだ?」

「朝練から戻って来て、教室に入ろうとしたら呼び止められてさ。気が付いたら囲まれてた。」

「それは辛いな。」俺は握ってない方の手でひゅうがの手を撫でた。

「うう、迷惑かけてごめんな。」ひゅうがは静かに泣き始めた。

「良いんだって!気にするな。俺が好きでやってるんだから。胸ならいくらでも貸す。」

 ひゅうがは起き上がって俺の胸に飛び込んだ。

 落ち着くまで、背中を優しく摩って慰める。

「チューして良い?」

「それはダメだ。」俺は顔を背けた。




 落ち着いてから、二人で教室へ向かった。

 ひゅうがは笑顔で俺に手を振る。取り敢えず、元気が戻って良かった。

 授業中の教室に入り、静かに席に座る。

 国語の女教師と目が合い、会釈をする。不機嫌そうな顔をされたが、怒られなくて良かった。

 俺は鞄からペンケースとノート、教科書を取り出す。その時、靴箱に入っていたプレゼントが目に入る。

 誰が、これを入れたんだ。

 一瞬だけ鞄を漁る手が止まる。女教師の視線に気が付き、静かにチャックを閉めた。

 駄目だ。授業に集中出来ない。ただでさえ無い集中力が、バレンタインデーのプレゼントに全て持っていかれる。

 自分の中の悪魔が囁く。

(どうせ、この前みたいな勘違いで終わるんだぜ。告白されるとか浮かれて、早とちりで振るなんて事、俺は二度とごめんだね。)

 うう。そんな事、俺だって分かってる。

 自分の中の天使が囁く。

(りんのすけも言ってただろ。気持ちと物に罪は無いって。ちゃんと確認はした方が良いんじゃ無い?誰がくれたのかって事をさ。どこかに送り主の名前があるかも知れないよ。)

 そんな事言われたら、今直ぐ確認したくなる。どっちも悪魔なのでは?

 悶々と考え、悩み続けていたら、いつの間にか昼休みになっていた。

 後ろから頭を叩かれた。

「つかさ。いつまでそのアホ面を晒しているつもりだ。さっさと昼飯を買ってこい。」

「え、そんなアホ面してた?」

 俺は振り返ってりんのすけの顔を見る。不機嫌そうに眉間な皺を寄せていた。

「ずっと口が開いていたぞ。シャキッとしろ。」

 いつもの売店でパンを買い、自販機でジュースを手に入れてから屋上へ向かった。

 屋上には既に、りんのすけとひゅうが、川島が揃っていた。

 三人の近くに座り、焼きそばパンの袋を開けた。

「つかさ。今朝はありがとう。」

ひゅうがは小声で俺に伝え、太陽の様な笑顔を向けた。

 俺は笑顔を返して親指を立てる。

 川島は紙パックのジュースにストローを刺しながら聞いた。

「バレンタインのチョコ貰った?りんのすけとひゅうがは勿論貰ってそうだけど。」

「おれは友永から貰った。ファンクラブがどうのこうの言ってた気がする。」

 ひゅうがは首を傾げながら言った。友永さんの話をほとんど聞いていなかった様だ。

 りんのすけは黙って弁当を食べる。

「実はさ。俺貰ったんだよね。朝、靴箱に入ってた。」

 俺は慎重にゆっくりと言った。

 川島とひゅうがは驚いた顔をして固まる。

「ええ!凄いじゃん!誰から貰ったの?」

川島は優しい笑顔で俺に聞いた。

「それが分からないんだよ。まだ中身を確認してないから、何処かに手掛かりがあるかも知れない。」

「つかさ、他の子に貰われるのか?幸せになれよ。」ひゅうがは項垂れながら言った。

「何故そうなる!たかがチョコレート一つで大袈裟だぞ!」りんのすけはひゅうがを睨む。

「でもさ。すごーく美味しくて、すごーく素敵な手紙が入ってたら、どうなるか分かんないよ?」

「うっ……。」

 ひゅうがの発言にりんのすけは言葉を詰まらせた。

「昼飯急いで食べて、皆んなで確認しに行かない?」川島はニコニコな笑顔で提案する。

 りんのすけとひゅうがは目配せをして、急いで弁当をかき込む。

「行くぞ。」りんのすけは弁当を袋に片付け立ち上がる。

「早くー!」ひゅうがも弁当を片付けて立ち上がった。

「ちょっと待って!」俺は急いでパンを口の中に詰め込み、ジュースで流し込んだ。

 川島はジュースを飲みながら楽しそうに見つめていた。

 四人で教室へ行く。俺は机の横にかかった鞄を机の上に置く。

 チャックを開けてプレゼントを取り出す。

「あ、開けるぞ?」

 俺以外の三人はゆっくりと頷いた。

 黄色いリボンを解いて、ピンク色の紙袋路を開く。中には手作りのチョコチップカップケーキと小さな手紙が入っていた。

 俺は手紙を摘んで取り出す。メッセージカード程の大きさの紙には、緑のクローバーの柄が付いている。

『良かったら食べて下さい。月白。』

「ツキシロ……。って誰?」

 俺は三人に聞いた。三人とは肩をすくめたら首を振ったりする。知らない様だ。

「手作りなんて凄いじゃん!愛を感じるね。」

川島はニコニコで言った。

「毒が入っているかも知れないからな。気をつけろよ。」りんのすけは真顔で言う。

「そんな訳……無い、よな?」

 差出人不明の手作りカップケーキ。確かに何か怪しい。

「他の学年の人なのかなあ。うーん凄い気になるぞ。」ひゅうがは口をへの字に曲げて、メッセージカードを睨んだ。

「他学年なら、ファンクラブをやっている奴等が詳しいんじゃないか?」りんのすけが提案した。

 四人で隣の教室へ行き、西条寺さんと友永さんを呼ぶ。

「ツキシロ?あたしのとこには、そんな名前の先輩居ないわ。西条寺はどう?」

「わたしくも存じ上げませんわね。お力添え出来ず申し訳無いですわ。」

「二人も知らないとなると、男の可能性も出て来るな。」りんのすけは至って真面目に言う。

 俺はショックを受け、一歩後退りした。

「そ、そうか。うう。最近は男女とか関係無いもんな。……でも、ファンクラブに入ってない生徒も居るだろ?左門時先輩に聞いてみよう。」

「確かに、各学年に書き込めば分かるかもだね!行こう行こう!」

 川島は楽しそうに歩き始めた。

 階段を上り、二年生の教室へ向かう。

 偶然廊下を歩いている左門時先輩に後ろから話しかけた。

 先輩は大袈裟に驚き尻餅をついた。

「あ、大丈夫ですか?」俺は手を差し伸べる。

「び、ビックリした。何か用事?」

 左門時先輩は俺に手を引かれて起き上がる。制服のズボンをパンパンとはらう。

「ツキシロって名前の人知らないですか?」

俺が聞くと、左門時先輩は首を傾げる。

「うーん。誰だろ。二年には居ない苗字だね。」

「じゃあ、三年生なんじゃない?」ひゅうがは人差し指を立てて元気に言った。

 俺達は左門時先輩にお礼を言って、また階段を上る。

「三年生の知り合いって、あのヤンキーの人だよね。」川島は俺の顔を覗き込んで言った。

「うん。それか、ひゅうがのサッカー部の先輩とか?」俺はひゅうがをチラリと見る。

「サッカー部の先輩に聞けば良いんだな?OK!」

 ひゅうがは、廊下を走って三年生の教室に顔を突っ込むと、大声で先輩を呼んだ。

 話をした後、また走って戻って来る。

「知らないってさ。」ひゅうがはちょっと残念そうな顔をした。

「そうなると、不法侵入者の仕業か?」

りんのすけは顎に手を当てて考え始めた。

「ちょ、ちょっと。怖い事言うなよ。」俺は苦い顔をする。

 三年生の教室のある四階の廊下の端っこで、一年生が四人固まっているのは少し目立つ。

 通りすがる先輩達に、チラチラ見られている様な気がした。

「取り敢えず、教室戻ろう。」

 俺が提案し、階段へ向かおうとしたら肩を掴まれた。

「オイ!!ガキ共!!何コソコソやってンだよォ!?」

 振り返ると怖い顔をした野崎先輩が居た。

「ひゃい!ごめんなさい!」俺は条件反射的に謝ってしまう。

「つかさの靴箱にバレンタインのプレゼントが入っていたので、送り主を探している所です!」川島はニコニコと正直に全て話した。

「ツキシロと言う名前に心当たりは無いか?」

りんのすけは腰に手を当てて偉そうに聞いた。

「相変わらず、愛想の無ェおぼっちゃまだなァ?ツキシロ……ツキシロなあ。多分知ってるぞ。」

 野崎先輩はポケットに手を入れながら気怠そうに言った。

「ええ!!ホントですか?」ひゅうがは驚き大きな声を出す。

「実在したのか……。」俺は小さく呟く。

「おお。着いて来い。」

 野崎先輩の後ろを四人でゾロゾロと着いて行く。

「着いたぜ、入れ。」野崎先輩は教室のドアを勢いよく開けた。

「こ、ここって。」四人で教室の中に入る。

「よくぞここまで辿り着いた!褒めて遣わす!」

 中には怪しいローブを身に纏った女生徒が立っていた。

「山河先輩だったんですか?!あのカップケーキ!!」俺は驚きの余り大声が出てしまう。

 案内された先はマジ研の部室だった。

「ピンポンピンポーン!つーちゃんへの友チョコでしたー!」

 山河先輩はローブを脱ぎ捨て、大きく万歳をした。

 りんのすけはドアの縁に寄りかかりながら呆れた顔をして聞く。

「ツキシロって何なんだ?」

「アタシの占い師ん時の源氏名?的な?てか、聞いてー!昨日の夜、自分で占いしたの。そしたらさあ、なんかぁお菓子作りをすると良いって出たからぁ、いっぱい作っちゃったのね?そんで、明日バレンタインじゃね?って思って、つーちゃんに上げたの!そしたら皆んなが来たって訳!超ラッキー!まだあるから貰ってー!」

 山河先輩はマシンガントークをした後、俺に渡した物と同じラッピングをした包みを全員に配った。

「あ、ありがとう、ござます。」ひゅうがは冷や汗をかきながら受け取る。

「わーい!0にならずに済んだー!ありがとうございます♪」川島はルンルンに受け取る。

「有り難く頂こう。」りんのすけは微笑んで受け取った。

「ちぃ。あんまり後輩たぶらかすなよォ。つーちゃんがぬか喜びしちゃったじゃねーか!」

 野崎先輩は山河先輩を咎める。

「えー!サプライズのか上がるくね?てか、よく分かったね!つーちゃん、頭イイー!」

山河先輩はウインクしながら親指を突き出した。

 俺はしばらく棒立ちして固まっていた。

 そんな俺をよそに山河先輩は自撮りで俺達を撮りまくった。その後、りんのすけと野崎先輩と山河先輩が揉め始める。

 川島は苦笑いして眺め、ひゅうがは冷や汗をかきながら目を泳がせる。

 騒がしい声は耳に入らず、「ぬか喜び」と言う言葉が俺の頭の中で反響し続けた。

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