第59話 野崎先輩に呼び出された。

 UMA探索とオカ研大会を終え、冬休みも残りわずかとなった。

 ベッドでゴロゴロと暇を持て余し、贅沢な時間を過ごしていた時、スマホが鳴る。

 俺はメッセージアプリを開いて確認をした。

「ええ!野崎先輩!?」

 俺は意外な送り主からのメッセージに驚き声に出してしまう。

『飯行くぞ。駅集合。今すぐ。』

 絵文字もスタンプも無いせいで、圧力を感じる。

 俺は慌てて着替えをし、寝癖を直し、何となく歯磨きをして家を飛び出した。

 駅に辿り着いてから気がつく。

 あれ、駅の何処?

 俺は辺りを見回しながら歩き回った。

「オイ!何処見て歩いてンだよ!」

 俺は後ろから声をかけられ、驚いて飛び跳ねる。

 振り返ると私服の野崎先輩が居た。白いパーカーに薄い色のビンテージなジージャン。黒いスキニージーンズ。黒いスニーカーを履いている。首にはシルバーのシンプルなネックレス。耳には相変わらず沢山のピアスが付いている。

「びっくりしたあ。急に声掛けないで下さいよ。」俺は心臓の辺りを抑える。

「俺様の目の前を通り過ぎンじゃ無ェよ!まあ、いいや。何食いたい?」

「そうですねえ。うーん。」俺は考えている間に、先輩の手に籠手が無い事に気が付く。

「手の甲隠さなくて良いんですか?」

「アァン?これか?」先輩は両方の手の甲を俺に見せた。

 五芒星の刺青が入っている。

「学校の時は隠すけど、休みなら別に良く無ェ?今どき刺青なんてファッションの一部っしょ!お洒落じゃん?」

 野崎先輩はニッカリと笑った。

「確かに。その星カッコ良いですよね。光るし。」俺は先輩の手の甲を指でなぞる。

「勝手に触んなよ!くすぐってえ。」

 両手をズボンのポケットに隠してしまった。

「あ、そう言えば。駅中のパスタ屋さん、生パスタに変わったらしいですよ!行ってみませんか?」

「へえ。良いじゃん。行こーぜ。」

 お昼時を少し過ぎていたため、待たずに入る事が出来た。

 一番奥のテーブル席に着く。

「俺コレー。」野崎先輩はメニューを見た瞬間に決めた。

「早い!梅しそパスタかあ。美味しそうですね。俺も同じのにします。」

 注文を済ませて、パスタを待つ。

「何で急に呼び出したんですか?」俺は質問した。

「だって、俺様あと二ヶ月で卒業だぜ?高校生っぽい事してェ。」野崎先輩は頬杖をつく。

「俺で良いんですか?」

「ったりめェだ!まだつーちゃんと飯行った事無ェなーと思って。誘った。」

「ありがとうございます。卒業したらどうするんですか?」

「んー。一応大学に行く。その後のことは決まって無い。」

「陰陽師になるのかと思ってました。」俺はお冷を一口飲んだ。

「弟が継いでくれるからなァ。テキトーに生きるわ。来年、弟がウチの高校入学すると思うから、よろしく頼む。」

 パスタが運ばれて来た。

 さっそく食べる。モチモチの麺に梅しそのさっぱり感がマッチして美味しい。

「先輩が陰陽師してる時、凄くカッコよかったです。やらないの勿体無いですよ。」

「アァ?そーでも無ェだろ。」先輩は眉間に皺を寄せて目を逸らした。

「いやいや!『西条寺』の神主さんに祓えないって言われてた地下室の霊を祓えるんなら、相当凄いと思いますよ。お祓いはあんまり詳しく無いですけど。」

「へぇ。そんなにやべェ奴だったのか。まあ、考えとくわー。」

 パスタを食べ終わりお店を出る。

「この後どこ行きましょうか?」

「え?まだ付き合ってくれンの?」

野崎先輩は驚いた顔をした。

「そりゃ、せっかく会ったんですし、当たり前ですよ。」俺は驚かれた理由がよく分からず首を傾げる。

「やべェ!この後の事なんも考えて無ェ!!」

先輩は頭を抱える。

「ええっ!?じゃあ、決まるまで取り敢えずお散歩しますか。」

 駅から地下道へ行き適当に歩く。平日のため、人通りは少なかった。

 地下道の分かれ道にある噴水が涼しげな音を立てている。冬に聞くと少し寒さが増した。

「ジャンケンしましょう。」

 俺は足を止めて提案する。

「いきなりなンだよォ。何企んでやがる!」

「俺が勝ったら、あっちの方で、先輩が勝ったらそっちの方に進みましょう。」

笑顔を向けながらグーを出す。

「ははーん。そう言うヤツな!オシッ!行くぞ!ジャーンケーン!」

「「ぽん!」」

 先輩はチョキで俺はグーだった。

「勝った!じゃあ、あっち行きましょう!」

 俺は意気揚々と歩き始める。

「ハァ。その妖怪が居なかったらデートなのになァ。消し飛ばしてイイ?」

 野崎先輩は俺の背中を睨みつけながら言った。

「駄目ですよ!ぬっぺぽうは悪く無い妖怪です。寧ろ良い妖怪かも。この前助けて貰ったし。」

「助けられたァ?何してくれンの。ソイツ。」

「多分、瞬間移動的な……何かです。」

「曖昧だなァ!オイ!瞬間移動か。今もそれ出来ンの?」

「どうですかねー。色々必死過ぎて全然覚えてないです。」

 俺は腕を組んで首を傾げる。

「ダメ元でやってみようゼ!」

 野崎先輩は俺の肩に肘を乗せた。

「ぬっぺぽう、出来る?」

 俺が小声で聞くと、みぞおちから姿を出してピースをした。その後親指と人差し指を立て、『ちょっとだけ。』の形を作った。

「本人はやる気あンじゃん!」

「ハハハ。ちょっと意外。やり方が分からないのは変わり無いんですけどね。手を伸ばした様な……。駄目かあ。」

 力が発動しない。

「行きたい所を想像して見ろよ。ハッキリと頭に浮かべて、そこに居るつもりになるんだ。」

 野崎先輩は優しい声で囁いた。

 俺は近くにある神社を思い出す。鳥居、砂利、なんか手を洗う所があって……。

『やったー!大吉だ!』

 子供の頃の自分の声が聞こえる。

 その瞬間、周りの空間が歪んだ。グニャグチャに歪んだ地下道の景色が、絵の具を混ぜた様に混ざり合い、流れ星の様に後ろへ流れて行った。パッと景色が変わり、目の前に神社が現れた。

「アッハハハ!!ホントに出来ちまうとはなァ!!すっげェじゃん!!」

 野崎先輩は俺の肩から肘を離して爆笑した。

「す、凄い!野崎先輩って、瞬間移動のやり方知ってたんですか?」

 俺は興奮しながら先輩に聞く。

「いや、知らねー。何となーく、こうやったらイケそうじゃね?って思っただけ。」

 先輩は肩をすくめた後、ニヒヒと笑った。

「その妖怪に、ちゃんとお礼しろよ。今日は特別におにーさんがご褒美をくれてやる!ちょっと待ってろ!」

 野崎先輩は走って何処かへ行ってしまった。

 ぬっぺぽうを抱っこして待っていると、コンビニの袋を持った先輩が戻って来た。

「ジャジャーン!あんまんだァ!!」

 ニコニコの笑顔で袋からあんまんを取り出して差し出した。

「わあ!ありがとうございます!奥で食べましょう!」

 神社の奥、人の邪魔にならない所に移動してあんまんをぬっぺぽうに渡す。

 妖怪は嬉しそうに小さな足をバタバタさせた。

「アァ?お礼なんていーよ、別に。好きなだけ食え。」野崎先輩はぬっぺぽうと会話している。

 霊感が強ければ話が出来るのだろうか。

 急に野崎先輩は背筋を伸ばして、鼻をピクピクさせながら周りの匂いを嗅いだ。

「他にも何か居るな。近いぞ。」

 野崎先輩は早足で神社の裏側まで歩いた。その後ろを俺もついて行く。

「何だテメェ!!」

「ヒィィ!!ごめんなさいごめんなさい!!」

「あ、左門時先輩。」

 いきなりヤンキーに絡まれた左門時先輩は怯えながら土下座をしていた。

 その隣にまんまるの狸が居た。

「左門時先輩!俺ですよ。怯えないで下さい。」俺は駆け寄って、左門時先輩の背中を摩る。

「サーモンG?へんな名前だな。」

 野崎先輩はズボンのポケットに手を入れて、左門時先輩を見下ろした。

「や、やあ。ヤンキーの方と友達なんて、見かけに寄らず君もヤンキーだったのか?」

 左門時先輩は目を泳がせ、オドオドしながら立ち上がった。

「いやいや!俺はごく普通の高校生ですよ。変な勘違いしないで下さい。」

 俺は両手を振って全力で否定する。

「何でその化け狸と一緒にいンだよ?」

 野崎先輩は怖い顔で左門時先輩を睨みつける。左門時先輩は恐怖でガタガタと震え始めた。

「野崎先輩!顔が怖くなってます!普通にして下さい!」

「ンだよ。別に怖くねーだろォが!」

 怖い顔が少しだけ緩んだ。

「こ、ここ、このポンスケは、オレの友達だよ。この前、友達の妖怪が居るって言ったろ?」左門時先輩は俺の目を見つめて、野崎先輩を視界に入れない様に少し横にズレた。

「ああ!それがこの子なんですね!マルマルしてて、モサモサで可愛いな。」

 俺はしゃがんでポンスケに近づく。

 ポンスケは、ビクリと警戒した後、恐る恐る俺に近づいた。

 いつの間にか俺の肩に移動していたぬっぺぽうは、ポンスケの前に飛び降りる。ポンスケは驚いて左門時先輩の後ろに隠れてしまった。

 ぬっぺぽうは持っていたあんまんを器用に半分に分け差し出す。鼻をヒクヒクさせながらゆっくり近づき、ポンスケは前足であんまんを受け取って食べ始めた。

「そのぬっぺぽう、優しいんだね。」

 左門時先輩は、妖怪達のやり取りを見ながら笑顔になる。

「いつから友達になったんですか?」

 ぬっぺぽうの頭頂部を撫でながら俺は聞いた。

「小学生の頃から。この神社に来た時たまたま出会ったんだ。学校に馴染めなかったから、ポンスケと一緒によく遊んでたよ。」

 左門時先輩は昔を思い出しながら、少し寂しそうな顔をした。

「ソイツ、化け狸なら変化も出来ンの?」

野崎先輩はポンスケを指差した。

 ポンスケは夢中になってあんまんを食べている。

「で、出来ますよ!他の動物に化けたり、人間に化けたり、道具に化けたり色々と。」

 左門時先輩は一歩後ろに下がった。

「へえ!見てみたいです!」

俺はポンスケに期待の目を向ける。

 あんまんを食べ終え、口の周りをペロリと舐めた後、ポンスケは前足で胸を叩いた。任せて、と言う様な顔だ。

 四足歩行で走って、近くに生えている木に登り、葉っぱを咥えて戻ってくる。

 前足で葉っぱをそーっと頭に乗せ、前足同士をくっつけ拝むポーズをとる。

 すると、葉っぱから黙々と煙が上がりポンスケを覆い隠した。煙は広がり、俺の視界も塞いでしまう。

 煙が薄くなり、目を凝らすと、目の前に長身で赤い長髪、垂れ目の美青年が立っていた。白い着物を纏い、オデコに葉っぱの様な紋様が書かれている。

「どんなもんだい!」人間に化けたポンスケが喋った。

 俺と野崎先輩は唖然と固まってしまう。

「す……、スゲェェェ!!!」野崎先輩は急に大声を出す。

 左門時先輩は驚き少し飛び跳ねた。

「俺でも言葉が分かる。本当に凄い!」

 俺はポンスケをマジマジと見てしまう。

「さっきはあんまんありがとな!ごっそさん。」ポンスケはぬっぺぽうに笑顔を向ける。

 ぬっぺぽうは小さな手を振り回して興奮している。

「サモン。ちゃんとダチは大切にしなきゃいかんぞ。あんまりオドオドしてっと、舐められるし嫌われちまう。オイラの後ろに隠れんな。」ポンスケは左門時先輩の首根っこを掴んで、自分の前に下ろす。

「うう。そんな事言われても、こっちの怖い人は初対面だし緊張する。」

 俯いてモジモジしながら小さな声で言った。

「すまないねー。おまいさん達。ウチのサモンが世話かけるもんで大変かもしれんが、仲良くしてやってくれ。」ポンスケはニコニコと笑いながら言った。

「こちらこそ、オカ研で振り回しちゃって申し訳です。」俺は軽くお辞儀をする。

「ちょ、ちょっと恥ずかしいから、ポンスケは黙ってて。」左門時先輩はポンスケに向かって両手を振り、必死に訴える。

 ポンスケは左門時先輩の両手を掴み、真剣な顔を近づけた。左門時先輩の顔が赤くなる。

「サモンが心配でなんねえーよ。また嫌なヤツに虐められて無いか、気が気じゃねえんだぞ。」

「わ、分かったから。近い、近いよ。うう。」

 左門時先輩は目をギュッと瞑ってアワアワする。

「へぇー。他の化け狸は碌でも無かったが、アンタは良いヤツそうだなァ。」

 野崎先輩は腰に手を当ててポンスケを見据えた。

「ほお。同胞に会ったか!ま、妖怪もヒトと同じ様なもんだ。悪い奴もいりゃあ、良い奴もいる。オイラは最近同胞に会っとらんから、事情は詳しくねえがな。」

 ポンスケは左門時先輩の手を離し、腕組みをした。自由になって腕を摩りながら、ポンスケの横に移動する。

「ヤクザみてェな事してたぜェ?数年前に修行だって戦わされた。人を盾にして戦いやがるから超絶めんどかったケド。」

 口を曲げながら気怠そうに野崎先輩は言った。

「ハッハッハ!そいつぁ碌でも無ぇな。そっち側にならねーで良かったぞ。サモンのお陰かもなあ。」ポンスケは左門時先輩の頭をワシャワシャと撫でた。

「あの、ぬっぺぽうって妖怪知ってますか?」

俺はポンスケに聞く。

 ポンスケは顎に手を当てて首を傾げた。

「ソイツのこったろ?いやあ、知らねんだよなあ。駿府城の方で、昔騒ぎになったのは覚えとるがなあ。オイラも絡んどる妖怪が少ないけん、悪いっけね。力に慣れんで。」

 ポンスケは肩をすくめて苦笑いする。

「そうかあ。ぬっぺぽうが早く自由に戻れると良いんだけどな。」

 俺は俯き呟いた。

 ぬっぺぽうはポンスケの方を見つめている。

「ほほお。コイツはそんなに気にすんなってよ。時に任せりゃなんとかならあよ。っつーか、意外と今の状況楽しんでるんだら?ハッハッハ、図太いやっちゃな。」

 ポンスケはしゃがんでぬっぺぽうとお喋りを始めた。

 ぬっぺぽうの心情を少し知る事が出来て、俺は安心する。

「そーだ。つーちゃん。一応言っておこうと思った事があンだけどよォ。」

 野崎先輩は頭の後ろを掻きながら、気不味そうな様子で言った。

「何ですか?」

「まァ、そんなに気にしなくても良いっつか、気のせいかも知れない程度の事だから、言わなくても良いかなァー、と思ってるんだが。一応な。羅刹天の事だ。」

 妖怪二人は喋るのをやめた。辺りが静かになる。

「教えて下さい。」俺は真剣な顔で野崎先輩を見つめる。

 野崎先輩は目線を下に下ろした後、俺の目を見て言った。

「まだ羅刹天は怒ってるかも知れない。怒りを鎮める余裕が無かったし、とにかく鬼門から出るのに必死だったから、怒りを鎮める行程をやって無ェんだ。今の所、常に警戒はしてるが、特に動きは無い。癪だが、クソ親父にも連携取って貰ってる。だから情報は確かだ。まあ、そんなに気にしなくていーぞ。一応のホーレンソーって感じ。」

「教えていただき、ありがとうございます。もし何かあったら、言って下さい!」

「おう、頼りにしてる。無茶はして欲しく無ェけど。」

 野崎先輩は優しく微笑んだ。

「ポンスケ。妖怪のネットワークで、予兆になる様な事って起きてる?」

 左門時先輩はポンスケの着物の裾を引っ張りながら聞いた。

「いんやぁ。オイラの耳には届いてねえな。一応、聞き込みしとく。何かあってからじゃ困るもんな。鬼門の話はサモンから聞いてるよ。獄卒関係の妖怪も居るから、オイラも無関係とは言えねえや。」ポンスケは真顔で言った。

「そりゃ助かるわァ。手間かけちまって申し訳ねえ。」

「自分っちとこの仲間とサモンを守りたいだけだもんで、気にすんな。頭上げてくれ。」

 野崎先輩はお辞儀していた体をゆっくりと起こした。

「ポンスケから情報貰ったら、直ぐ知らせる様にするね。」左門時先輩が俺と野崎先輩の顔を交互に見る。

 俺は頷き、お礼を言った。

 気にするな、と言われても気になる。今はただ、平穏を願う事しか出来ない。

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