第53話 弟の思い出話を聞こう。
やっと寒くなって来た十一月下旬。期末テストの期間になる。
土日にお泊まり勉強会を行い、俺とひゅうが、川島はりんのすけに勉強を教えてもらった。
前回の期末テストに比べても、高校に入学して新たに覚えた知識をフルで使うため難易度は高かったが、授業で理解できない分の補填が効いて何とか乗り切る事が出来た。
テスト期間が終わった十二月の頭。俺は本格的に大会用の発表資料作成に取り掛かる。
りんのすけと進一の三人で資料作りに挑むある日の放課後。
部室でノートパソコンを開き、パワーポイントを起動させた。
りんのすけと肩を並べて座りながら、パソコンと睨めっこをする。
「発表する原稿と、画面に表示させる文字は別だからな。」りんのすけは、俺がせっかく打った文字に駄目出しをする。
「えー。じゃあ、先に原稿作った方が良いのか?」
「どっちからでも良いが。そうだな。とりあえず、発表の流れを決めるぞ。」
りんのすけはコピー用紙の袋を机の上に置き、一枚手前に置いた。そして、鞄から紺色のペンケースを取り出す。
二人であーだこーだ言い合いをしていると、進一がアドバイスをしてくれた。
「研究のテーマと一番伝えたい結論、目を引くポイントを絞ってから、間を埋めた方が良いと思う。」
りんのすけは、いつもの席に座る進一を指差して、「それだ!」と言った。
俺は考えながら呟く。
「テーマは鬼門の中に入る方法か?それとも鬼門の中で起こっている事?」
「鬼門の中で起こっている事だな。」
りんのすけは紙にテーマを書き出す。
「テーマは決まったな。それじゃあ、一番伝えたい結論は危険性か?」
「そうだな。そこから侵入と脱出の難易度の高さに繋げられ。」
りんのすけと俺は紙に次々に意見を書いていった。
「大体出来上がったんじゃないか?」
りんのすけは嬉しそうにニヤリと笑った。
「進一、ちょっと見てくれ。」
俺は進一にコピー用紙を渡す。
箇条書きで書かれた、大まかな発表の流れを進一は一瞬で目を通した。
「うん。分かりやすいし、興味付けも引き込まれると思う。」
進一は手を伸ばして紙を返す。俺はそれを受け取った。
「そう言えば、つかさ。レポートを作っていなかったか?」りんのすけは頬杖をつきながら俺の方を見る、
「あー。うん。でも、レポートの書き方よく分からなくて日記みたいになったんだよな。」
俺は苦笑いを浮かべる。
「読ませろ。」りんのすけは目を細める。
「嫌だ。恥ずかしい!」首を横に振って拒否する。
自分の鞄に一瞬だけ目を落とした後、鞄をそーっと椅子の下に隠そうとしたが、りんのすけに奪われてしまう。
「返せ!」
「嫌だ。どこにあるか白状しろ。」
鞄を取り返そうと何度も手を伸ばすが、りんのすけは全て躱わした。
向きになって俺は両手を伸ばして、りんのすけの体を掴む。そのまま床に倒れ込んだ。
片手で両手首を掴んで押さえ込み腕を伸ばした所で、りんのすけは悔しそうな顔をして言った。
「そこまで見られたくないのか。」
「そうだよ。一緒に最初から作り直そう。」
俺は鞄を掴み、りんのすけから引き剥がすと膝立ちして上に掲げた。
「うわ!」俺はりんのすけに制服のネクタイを引っ張られ、咄嗟にりんのすけの頭の横に手をついた。
顔の近くなったりんのすけが耳元で囁く。
「明日の土曜日にご飯を作ってくれるなら良いよ。」
俺は立ち上がり、椅子に座った。
「頼むなら普通に頼めよ。いつでも作ってやるから。」
心拍数が落ち着くまで、呼吸を意図的にゆっくりにした。
りんのすけはお尻を払いながら立ち上がり、俺の隣に座る。
「なら、毎週土日は僕の家に泊まりに来い。」
「それは極端過ぎないか?!……まあ、考えておくよ。」
俺は自分のバッグから細長いペンケースを取り出して、机の上にあるコピー用紙の袋から一枚紙を取り出した。
りんのすけと肩をくっつけながら、レポートを書いていく。時々指摘を受けつつ、一気に形になった。
気がついたら、窓の外は暗くなる。
進一は先に帰り、残った俺達はレポートを完成させてから一緒に帰路についた。
「じゃあ、また明日な。」
駅の改札を通って、俺はりんのすけに手を振った。りんのすけは手を振り返しながら笑顔で言った。
「ああ。また明日会えるのを楽しみにしてる。」
ちょうど良く来た電車にりんのすけは乗り込み、俺は駅のホームで一人きりになった。
ワイシャツとネクタイを一緒鷲掴み、心臓の音を物理的に抑え込もうとしたが、無理があった。
家に帰って、体温計を使い熱を測ったが平熱だ。体調不良では無いらしい。
シャワーを浴びながら、結論の出ない事を悶々と考える。変な状態になっているままで、明日会いに行くと思うと少し不安だ。心臓の病気とか変な奇病に罹ってないと良いが。
シャワーを出て、寝巻きに着替え、髪を乾かし夕飯を食べる。
他の家族は既に食べ終わっている為、一人で食べた。
ぬっぺぽうを食卓に座らせて、小さなお皿に夕飯のハンバーグを少し分けた。最近は食べ物を少しだけ上げるようになった。
奇妙な形の小さな無害な妖怪は、口と呼んでも良いのか分からない肉塊の皺からハンバーグを食べる。
肉が肉を食べてる等と、余計な事を考えてしまう。
美味しかった様で小躍りを始めた。体長30センチ程の妖怪は、何を考えているか分からないが可愛く見える。
「お前って、何で俺に取り憑いたんだ?踏んじゃったからか?」
返事が返ってくる事を期待せずに、俺は小声で呟いた。
すると、ぬっぺぽうは小さな右手の人差し指を床に滑らせる。何かを書いている様だった。
「ちょっと待って。」
俺は急いで夕飯を食べ終え、食器を高速で洗い自室へ走った。
ぬっぺぽうは、いつの間にか俺の背中に張り付いている。
勉強机にあるボールペンとノートを取り出し、背中からぬっぺぽうを抱き上げ机に座らせる。
妖怪はゆっくりと立ち上がりペンを持ち、ノートに文字を書き始めた。
グニャグチャの文字で何て書いてあるか全く分からない。
「これ、日本語だよな?読めないんだが。」
言われたぬっぺぽうは、ショックだったのかペンを落とした。
「ごめん、ごめん!昔の時代の書き方なのか?明日りんのすけに見てもらうよ。書いてくれてありがとな。」
俺は妖怪の頭頂部を撫でた。
撫でられた後、仰向けになりジタバタする。
「期限直してくれよ。俺が悪かったからさ。」
俺が妖怪とやり取りしていると、部屋のドアがノックされた。
ドアを開けると弟が立っていた。
「どうした?」俺はしゃがんで弟と目線を合わせる。
「何か話し声が聞こえたのでな。心配になって見に来たんじゃ。」
弟を部屋に招き入れ、俺はベッドに腰掛ける。膝の上に弟を座らせた。
「実は妖怪とお話ししてたんだ。」
「ほう。妖怪とな。名前はあるのか?」
弟は俺を見上げて聞く。
「ぬっぺぽうとかぬっぺっぽうとか言うらしい。えーっと。あ、こういう奴。」
俺はスマホで画像を調べて弟に見せた。
「何と。妖怪絵巻に描かれている妖怪じゃな。」
「え?知ってるのか?」
「複製品だとは思うが、妖怪絵巻は持っていたからのう。明治時代くらい前の話だが。百鬼夜行は知っておるか?」
「名前だけは聞いた事あるかも。妖怪の行列みたいなイメージ。」
「その通り。一度だけ百鬼夜行に出会しかけた事があっての。あれは肝が冷えたわい。」
弟は小さく笑った。
「それ、怪我とかしなかったのか?」
「奇跡的に何事も無かったぞ。その時奇妙な出会いに恵まれて助けて貰ったんじゃ。」
「良かったよ。無事で居てくれて。」
俺は弟の頭を撫でる。
「ほほほ。前世の事まで心配してくれるとは、兄様は相変わらず優しいの。」
「俺は弟の全てを愛してるからな。誰に助けて貰ったんだ?俺もその人に感謝したい。」
「狐と狸、猫、犬、蛇、蛙……上げたらキリが無いが人に化ける動物達だったの。その時に仲良くなって、一緒に暮らす様になったんじゃ。わし以外には正体を隠す様に言って居たので、わしが死んだ後どうなったのかは分からない。それだけは、少し気掛かりかも知れぬな。」
弟は少し寂しそうな声で言った。
「もしかして、その人達って戦闘力高かったりする?」
俺はサソリさんの人間離れした力をその動物達に重ねて想像してしまった。
「そうじゃな。馬鹿力の奴も居たし、動きの速い奴、何にでも変装できる奴、色々居たがどれも人間離れしておったよ。」
「そうか。その人達、多分まだりんのすけの所で一緒に暮らしてるぞ。本当に唯の憶測だけど。」
「本当か!?」弟体を捻って俺の顔を見る。
年相応に可愛い笑顔を向けてくれた。とても嬉しい。
「ああ。機会があれば、いつか会えるよ。りんのすけの近くにいつも居るからな。」
「それは楽しみにとって置こう。わしの事を話すわけにもいかない。こっそり会えたら嬉しいの。」
弟はニコニコの笑顔でおやすみを言って部屋を出て行った。
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