第52話 波の音が聞こえる。

 部室に戻ると、和田とりんのすけ、そして左門時先輩が何やら盛り上がって話をして居た。

「何の話してるんだ?」俺が聞くと和田が、

「未確認生命体についてなのだよ!興味深い話が沢山出てくるので、時間を忘れて話をして居たのだよ。」と、返してくれた。

 俺は自分の席に座る。

「結局、ネス湖にいるネッシーは未だ発見されて居ないんだ。写真も不鮮明だから誰かのイタズラじゃ無いかって話だよ。」

左門時先輩が早口で話す。

「でも、UMAの存在は信じているんだろう?」りんのすけがガラス製のマグカップに手を掛けながら聞く。

「うん。妖怪達からもUMAの話は時々聞くんだ。UFOや宇宙人は実際に居るらしい。誘拐された妖怪も居るって話だ。」

「妖怪なんて、宇宙人からしたら持ち帰りたくなるだろうな。現代になって妖怪の噂が減った原因は、文明の発展だけでは無い可能性もあるって事か。」

「そうなんだよ!妖怪がUMAになって戻って来ている可能性も考えられる。UMAは現代の妖怪だ。だから興味深い。」

 りんのすけと左門時先輩の討論は暫く続いた。

 話がひとしきり終わった所で、りんのすけが俺に話を振った。

「つかさ。鬼門のについての収穫はあったか?」

「うん。かなり詳しく話を聞けたから、いつでも発表資料は作れそうだ。」

「え!鬼門に入ったの?」

 左門時先輩は、興味津々で身を乗り出して聞いて来た。

「はい。学校の敷地内で鬼門に入っちゃいました。」

「この学校で?凄い奇跡だね。よく生きて戻れたよ。」

「運良く陰陽師と戦闘力の高い人が一緒に居たお陰で、何とか戻れました。何度か死にかけましたけどね。」

 俺は鬼門の中の事を左門時先輩に話した。

「俄かに信じられない話だが、リアリティがあるのだよ。幽霊も妖怪も居るなら、鬼も居て然るべきなのだろうね。」

和田はメガネをクイっと上げながら言った。

「行ける事自体が奇跡だけど、戻って来るのも奇跡だ。尊敬するよ。」

左門時先輩は感嘆のため息を吐いた。

「今日はもう夜になる。また後日発表資料をまとめよう。冬休みの日程が決まり次第また共有する。」りんのすけは、立ち上がって片付けを始めた。

 部室に居る全員も片付けを済ませ、帰路に着く。

 階段を降りる途中で、左門時先輩は俺に話しかけた。

「ぬっぺぽうは元気?」

「はい。元気だと思いますよ。」

 俺は体を捻って背中に付いているぬっぺぽうを抱き上げる。手の中のぬっぺぽうは、小さな手足をバタバタさせている。

「良かった。妖怪は食べ物が無くても死なないけど、あげると喜ぶ。家で何か食べさせてあげると良いと思うよ。あ、偉そうな事言ってごめん。」

 左門時先輩はオドオドと視線を逸らした。

「そうなんですね。何かあげてみます!教えてくれてありがとうございます。」

 俺は靴箱に着き、立ち止まって先輩にお辞儀した。

「いや、そんな感謝される様な事してないし。も、もし良かったら、今度オレの妖怪友達も紹介させて。無理だったら全然良いんだけど。」

 りんのすけは目を輝かせて、話に割って入る。

「それは是非お願いしたい!」

 先輩は驚いて一歩下がる。

「お、あ、うん。じゃあ、また。」

 目を泳がせた後、スタスタと先輩は立ち去ってしまう。和田は先輩の後を追いかけた。

 残った進一と俺、りんのすけはその場に立ち尽くした。

 進一は、俺とりんのすけを見上げて言った。

「お腹空いた。」




 学校の近くにあるマックに寄る事にした。

 りんのすけは、この前食べた時からハマったらしい。今日は進一の好きな、フィッシュバーガーを頼む。

 俺は今日もダブルチーズバーガーだ。

 テーブル席に座って頬張る。

 りんのすけは目を輝かせて、幼い少年の様な笑顔を作った。

「何だコレは!パンがフカフカじゃないか!」

「確か、蒸してるらしいよ。」

進一は真顔で言って、自分のバーガーを食べる。

「へえ!知らなかった。俺食べた事無いかも。」

「つかさ、食べろ!コレを食べずに死んだら勿体無い。」

 俺はりんのすけの食べかけバーガーを一口もらう。パンのフカフカ間と、魚のフライのフワフワ間がタルタルソースとチーズにマッチしている。白身魚からジュワッと出る旨味もあり、他のバーガーとは全然違う種類の美味しさがある。

「うま!何コレ!」俺は思わず笑顔になる。

りんのすけは頷きながらニコニコ笑っている。

「この柔らかさを潰さない為に箱に入っているのかな。あんまり考えた事無かった。」

 進一は俺達の笑顔を見て、吊られて微笑んだ。

 暫く談笑しながら、ポテトを摘む。進一とりんのすけは量子力学の話で盛り上がり始めて、俺は頭の中にハテナを浮かべながらテキトーに聞いている振りをした。

 その後、店を出て進一と別れる。

 駅に向かうりんのすけの後ろを俺は追いかけた。改札を通ろうとしたりんのすけの腕を俺は掴んで引き留める。

「どうした?」りんのすけがふしぎそうなかおをする。

「ちょっと、コンビニ寄らないか?」

「ああ。別に構わないけど。」

 俺はりんのすけと近くのコンビニに向かう。その間、会話は無い。

 俺は何故、りんのすけを引き留めたのか理由は分かっている。それを伝える勇気が無く、勝手に気不味くなっているだけだ。

 コンビニの手前でりんのすけが眉間に皺を寄せて、俺に話しかけた。

「理由は知らないが、怒っているだろ。それで無くとも、つかさの機嫌が悪くなっているのは分かる。」

 俺は何て返せば良いか分からなくて、沈黙してしまう。

「言いたい事があるなら、ハッキリ言え。」

 りんのすけは俺を振り向かせて、目を合わせようとする。

 俺は目を背けて言い返した。

「今日、全然喋ってくれないだろ。」

 りんのすけは驚いた顔をした後、口をへの字に曲げて困り眉になる。

「僕が他の人とばかり話しているから嫌だったのか?」

「違う!いや、違くないか。うぅ、自分でもよく分からないけど、りんのすけと二人きりになりたかっただけだ。最近は他の人と一緒になる事が多かっただろ。」

 俺は目を瞑って、自分が思っている事を精一杯伝える。

「それは、つかさのせいでもあるだろう。」

 りんのすけは小声で言った。

 ここ最近の出来事を思い返す。確かに俺は、他の人が一緒に着いてくる事を拒まなかった。こんな気持ちになるなんて思ってもいなかったからだ。この気持ちは何だ。

「ごめん。俺の言った事は忘れてくれ。」

「僕が中途半端に放っておく訳ないだろう。ちょっと付き合え、おたんこなす。」

 りんのすけは俺の腕を引いて歩き始める。

「おたんこなすって!俺の真似かよ!」

「煩い。おたんこなす。」

「おたんこなすって言った方がおたんこなすだからな!」

「そもそも、おたんこなすって何だ!?茄子の一種か?」

 言い合いをしながら、大通りに出る。

「そんなの知らない!悪口に使う言葉ってだけだろ!りんのすけも知らないで使ったくせに!」

 りんのすけは手を挙げてタクシーを止める。

「つかさが最初に言ったんじゃないか!」

 二人でタクシーに乗り込む。

「どこまで?」タクシーの運転手が聞く。

「広野海浜公園まで頼む。」

りんのすけは運転手に伝え、タクシーが動き出す。

「俺が最初に言ったからって、真似して使うなよ!りんのすけはボキャボラリーが豊富なんだから、そっちを使え。」

「vocabularyだ!英語が得意なくせに、変な所で間違えるな!あんぽんたん。」

「あんぽんたんとか幼稚な悪口使うな!俺の専売特許だぞ!」

「幼稚な悪口だという自覚はあったんだな。それなら悪口のレパートリーを増やして精進しろ。」

「俺が口喧嘩するのはりんのすけだけだ。そんなレパートリー必要ない。」

 俺は腕を組んで窓の外を見た。

「ふん。」りんのすけは腕を組み、そっぽを向いた。

 沈黙のままタクシーは目的地へ到着する。

 タクシーを降りると、大きな公園に居た。

 南国リゾートの様な雰囲気もある、海の見える公園だ。整備された芝生や木々が植えられている。石畳みの道を歩き、階段を登って堤防に登ると真っ暗な空と海が広がっていた。

 遠くの船の灯りと空の星々がキラキラと光っていた。海の優しい波音が心を落ち着かせてくれる。

「ここ、よく来るのか?」

俺は景色を眺めながら聞いた。

「ああ。夏休みの時、一人でシラス丼を食べに来て、たまたま見つけたんだ。良い眺めだろ。」

「えー。誘えよなあ。」俺は少し不貞腐れる。

「毎日会っては迷惑だと思ったんだ。」

りんのすけも不貞腐れた。

「迷惑な訳あるかよ。って言っても、俺も同じ理由で会う頻度は抑えてたけど。」

 俺はバツが悪くなり、頭の後ろを掻いた。

「それなら早く言え。……いや、僕も言うべきだったか。」お互いに気不味くなる。

「じゃあさ。これからは遠慮するのは無しにしよう。変に気を使っても気持ち悪くなるだけだし。礼儀は弁えるけど、俺も遠慮しないからさ。」俺はりんのすけの目を真剣に見つめた。

 りんのすけは何故か少し泣きそうな表情になる。目の中に街灯の灯りが入って、キラキラと揺らめいている。それは星空よりも美しく見えた。

 その後少し目を伏せて微笑んだ。

「分かった。もう遠慮は無しだ。」

 俺は思わずりんのすけを抱きしめた。

 勝手に動いた自分の体に驚いて、直ぐに手を離し一歩下がる。

「わ、ごめん。」俺は目を泳がせて謝る。

「もうさっき言った事を忘れたのか?おたんこなす。」

 りんのすけは少し顔を赤くして、俺を上目遣いで見る。

 そんな顔で見るな。と言いたかったが、俺は片手で自分の顔を覆って、そのまま上を向いた。

 俺はそーっと手を伸ばして、りんのすけの頭を撫でて、不貞腐れながら小さな声で呟いた。

「俺はおたんこなすじゃ無いからな。」

「ぶはっ!」りんのすけは吹き出した。

 その後、大笑いをする。

 俺は呆気に取られてしまい、動きがピタリ止まる。

「すまない。ふふ。何故か面白く思ってしまった。」りんのすけは笑いを堪えながら言った。

 俺は苦笑いする。右頬を軽く掻いてから手を広げた。

「おいで。仲直りだ。」

 りんのすけは俺に抱きついて肩を振るわせる。まだツボにハマっているらしい。

 俺は優しくりんのすけを抱きしめ返す。

 吊られて俺も笑ってしまう。

 静かな波の音と笑い声だけが聞こえる。

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