第51話 鬼を上手に描けるかな?

 もう十一月の中旬だと言うのに、まだ暖かい日が続いていた。十一月の頭には、夏日になる日があった。そろそろ、冬になって欲しいものだ。

 体育祭、学園祭、期末テストと予定が連続して起こるこの時期は、ずっと忙しい。何も無いとそれはそれで退屈ではあるが。

 勉強に関しては、優秀な友達がいる為何とかなりそうだ。

 週に二回程度、放課後は部室へ行き、オカルト研究部全国大会の発表資料を少しずつ作り、それ以外の放課後は勉強に充てる事にしよう。

 俺が部室に行くと、りんのすけと進一も部室に居た。

 りんのすけに相談しようとしたら、急に席を立って居なくなってしまった。一人で鬼門の事を思い出しながら、スマホのメモに箇条書きで書き出す。

 しばらくすると、りんのすけは和田と左門時先輩を引き連れて戻って来た。

「冬休みにUMA探しの旅行に行くぞ。」

 りんのすけは突拍子も無く言う。

「急に何を言い出すかと思ったら。大会の発表資料もまだ出来てないんだぞ。」

 俺は呆れた顔でりんのすけを見つめるが、動じない。

「たまの息抜きは必要だろう。問題無い。左門時先輩、見に行きたいUMAはいるか?」

 急に話を振られた左門時先輩はオドオドしながら、ブツブツと言った。

「え、そんな事急に言われても……。あ、でも、台湾に出た半透明な巨人は気になる。結構最近の情報だし、見れる可能性高かったりして。」

「パスポートが無いと行けないのだよ!」

 和田はツッコミを入れる。行く事についてのツッコミでは無いところが和田らしい。

「俺はパスポート持ってる。多分まだ期限切れてないはず。」俺は控えめに手を挙げて言う。

 ここで話の流れに乗れてしまう辺り、俺もりんのすけの急な思い付きに慣れ証拠だな。

「僕もあるよ。」進一は実験を進めながら答える。

「オレは最近作った。元々冬休みにUMA探しに行こうと思ってたし。」

左門時先輩は早口で言う。

「私だけ無いと言うオチかね!なんたる事だ。」置いてけぼりを食らった和田は大袈裟にショックを受ける。

「和田。早めに作って来い。通常一週間で発行されるが、最悪の場合一ヶ月かかる事もある。旅費は僕が持とう。プライベートジェットと別荘があるから、元々かからない様なものだ。」

「流石に高校生だけで海外旅行行くのは不味いんじゃ無いか?」俺は不安になって質問する。

「そうだな。冬休み期間中、サソリは別件の仕事で行けない。たまには顧問に働いてもらおう。サモン先輩は台北市からUMAの場所までの行き方を調べてくれ。」

 そう言い残して、りんのすけは職員室へ向かってしまった。俺も急いでりんのすけを追いかける。

 職員室へ行くと、競馬新聞を読んでいるスガッチ先生が居た。

 二人でスガッチ先生の元まで行き、事情を説明する。

「はあ。海外旅行ねえ。ま、お金掛からないなら行ってもいいぞー。パスポート発行出来るか分かんないけど。」

 スガッチ先生は気怠そうに足を組みながら言った。

「取り敢えず正規ルートで発行してみてくれ。それで無理なら他の方法で発行してやる。」

りんのすけは腕を組み、危ない発言をする。

「うひょー。マジで何でも出来ちゃうの?ちぇ。逃げ道無いか。パスポートは持ってるから行けるよ。」

「ふん。たまには顧問の役割を全うしろ。残業代は出してやる。他の部活の顧問に比べたら高待遇だ。その分こき使わせてもらうぞ。」

「有り難き幸せ。なるべくお手柔らかに頼むなあ。」

「よろしくお願いします。」俺はスガッチ先生に頭を下げる。

 職員室を出て、部室へ戻ろうとするりんのすけを俺は引き留めた。

「一回、魔術研究部寄っても良いか?居るか分からないけど、野崎先輩に先に話を伺おうと思う。」

「ああ。構わない。僕は先に部室に戻っている。」

 りんのすけと別れて、俺は魔術研究部の部室へ向かった。よくよく考えると、鬼門の中でしかこの部室には行った事が無かった。

 部室の前のドアに辿り着き、ノックをする。

「すみません。野崎先輩に用があって来ました。」

 ドアが勢いよく開けられる。

 目の前に怖い顔をした野崎先輩が現れる。背の高い野崎先輩は俺を見下ろした。

 俺の顔を見ると、少しだけ表情が柔らかくなる。眉間の皺は消えなかったが。

「つーちゃんじゃん!珍しいな。何か用か?取り敢えず入れや。」

 部室にお邪魔する。紋様の描かれたカラフルな布や煌びやかな飾りが幾つかぶら下がり、水晶玉や革製の本が乱雑に置かれている。

「あれ。今日は山河先輩居ないんですね?」

 俺は言いながら、床に正座した。

「ああ。ちぃはダチとカラオケ行ってるー。そんな畏まんなくて良い。その辺の椅子に座れや。」

 野崎先輩はパイプ椅子にドッカリと腰掛ける。俺は近くにあった空いているパイプ椅子に座った。

「んで?用って何。」

「はい。鬼門の事について色々聞きたくて。オカルト研究部の大会で発表しようと思ってるんですよ。」

 俺はスマホのメモアプリを準備する。

「ハァ?!大会で発表すンのかよ?!正気か!!」

 野崎先輩の大声に、俺はスマホを落としそうになる。ギリギリのところでキャッチして、両手で持ち直す。

「実際に体験した事だと、リアリティがあって良いかなぁと思って。そのまま発表するのが駄目だったら、脚色はします!」

「そんなん、そもそも信じて貰えるかどうかビミョーじゃね?」

 野崎先輩は眉間に皺を寄せて細目で俺を見る。

「一応、動画は残ってますよ!鬼の映ってるやつ!」

 俺はスマホを操作して、動画を見せた。

「CGとかって言われそうじゃん?ンー。まああくまで研究した結果として出すンなら良ンじゃね?ただなァ。鬼門の入り方が結局分かん無ェ。無鉄砲バカなら知ってンだろうけどな。」

 野崎先輩は片手で前髪を上げて、何処か遠くを見る様な目をする。

「呼びました?」窓の外から声がする。

 俺と野崎先輩は振り返って窓の外を見る。すると、サソリさんが窓に張り付いていた。

「うわああ!!!」俺は驚いて椅子から転げ落ちる。

 野崎先輩は窓を開けてサソリさんの胸ぐらを掴むと、部室の中に引き込んだ。

「何やってンだよ!?死にてェのか??ここ四階だぞ!」

 サソリさんは怖い顔の野崎先輩を見ながらニコニコする。

「この程度で死なないですよー!今日は暇だったので、坊ちゃまの様子を見守ってたんです。」

 サソリさんは窓の外を指差した。俺は体を起こして差された場所を見るがハッキリとは分からない。恐らく、学校の敷地外にある電柱柱だろう。

「ストーカー野郎。」野崎先輩は手を離してボソリと吐き捨てた。

「人聞きの悪い事言わないで下さいよー!坊ちゃまの事を見守るのも、立派な俺の仕事ですからね!」

 サソリさんは腰に手を当てて、片手で人差し指を立てる。

「ハァ。あっそ。つーちゃん、本題話してやれ。」野崎先輩は呆れた顔をしたまま椅子に座る。

 俺はサソリさんに、大会の事について説明した。

 サソリさんは真顔になって、人差し指を唇に充てながら考え込んだ。小さな声で「そうですねぇ。」と呟いた後、暫く黙り込む。

「発表すると不味い内容は脚色しても大丈夫ですよ。」俺はサソリさんの顔を覗き込みながら言う。

「うーん。坊ちゃまの為とは言え、お伝えするのが難しいです。嘘でもよかったら話しますよ。」サソリさんは微笑んで顔を上げた。

「よろしくお願いします!」俺は頭を下げる。

 三人で向かい合って、パイプ椅子に座る。

「嘘と真実は何割くらいが良いですかね?」

サソリさんに言われて俺は考え込む。

 野崎先輩が「嘘1の真実9。」と言うと、「それは無理です。」と直ぐに断られた。

「ギリギリのラインだと、2対8ですか?」

 俺は数字を刻む。サソリさんは困った顔で微笑み、肩をすくめた。「じゃあ、3対7で。」

 そう言って、サソリさんは真顔になり話し始めた。

「鬼門の入り方はかなりシビアで、幾つかの不吉を呼び起こさないと入れないです。それを起こすだけでは駄目で、場所やタイミング、道順も関係します。下駄の尾が切れる、夜に爪を切る、カラスが頭上で鳴く等、あと日本では余り信じられていないですが、鏡を割る、家の中で傘を広げる、梯子の下を潜る等も不吉を呼ぶ行動です。」

「そう言えば、梯子の下を潜った気がする。」

俺は野崎先輩から逃げている時の事を思い出した。

「恐らく、その行動も引き金の一端を担っています。それだけでは入れないんで、他の事も関わってくるかと。きさらぎ駅って都市伝説はご存知ですか?」

 俺は首を傾げる。野崎先輩は知っていた様で頷いた。

「浜松の方で起きた異世界に行く都市伝説だろ。」

「そうです。何度も駅を通り過ぎてしまい、行ったり来たりしている内にきさらぎ駅と言う存在しない場所に辿り着いてしまうと言うものですねー。ただ、その通りに電車に乗っても異世界には行けないんです。歩数と方角が重要で、それをクリアしないと異世界と言うか、異次元へは辿り着けません。さらに細かい事を言うと、速度もですね。」

 その後、サソリさんは方角、歩数、速度について説明したが、恐らく嘘だろう。それ以外の嘘は見抜けなかったが、俺は嘘も含めて全てメモに書き連ねた。

「以上の事を踏まえて、絶妙なタイミングで不吉な行動を起こせば、奇跡的に鬼門に入れるって訳です。この説明で分かりましたか?」

「はい!ありがとうございます!後、鬼と羅刹天の見た目についても詳しく知りたいです。しっかり見ていなくて。あんまり覚えていないんですよね。」

 野崎先輩とサソリさんはお互いに目を合わせた。その後同じタイミングで考え込む。

「口で説明すンの、むずくね?」

「そうですねー。あ!絵で描いてみます?」

 そう言うと、野崎先輩は紙とペンを鞄から取り出し、二人で絵を描き始めた。

「出来たぜ!俺様の自信作!!」

野崎先輩はドヤ顔で紙に描いた絵を見せてくれた。

 人の事を言える程の画力は無いが、それでも凄く下手なのが分かる。大きく書きすぎて、顔しか描けていない。例えるなら、幼稚園児が親の似顔絵を描くレベルの作品だった。趣きはある、のか?

「ここって、こんな形の角無かった気がします。」

「ハァ?この方がカッコいいから増やしたンだよォ!!」

「俺も出来ましたよー!」

 サソリさんは嬉しそうに絵を見せる。

「う……。」つい声が漏れる程に怖い。

 紙に大きな余白を残し、小さく描かれた絵は、呪いの絵と言われても違和感が無い程に恐ろしかった。何故か鬼の目から血の様なものが流れている。

「なんか、この鬼グロいですね。」俺は苦い顔をして言う。

「死んでる時の顔しか覚えてないんですよー。えへへ。」サソリさんは頭にグーを充て、舌を出した。

「俺も描いてみます。」

 覚えている範囲で、鬼と羅刹天を描く。赤い鬼は背中にトゲトゲがあって、目が大きくて、棍棒を持って居た。青い鬼は細長くて、刀を持って居た。羅刹天は髪が白かった、事しか覚えていない。

 二人が顔を近づけて、俺の描いた絵を覗き込む。

「赤い鬼の方は、頭のてっぺんにちょっとだけ暗い毛が生えてたゾ!青い方は見て無ェから知らん。羅刹天は、着物の上に甲冑を着てた。こう言うやつ。」

 野崎先輩は俺からペンを奪い、描き足した。

 意外にもそれっぽくなる。

「青鬼は髪の毛が長かったですよー。刀の鞘が背中にあって、こう言う感じで斜めに掛けてました。羅刹天の槍はこんな形でしたよ。」

 サソリさんは、自分で持っていたペンで描き足す。武器を描くのは上手いらしい。また、それっぽくなった。

「凄いです!完成しましたね!」

 俺は目を輝かせて二人を交互に見た。

 二人は照れ笑いをして、そっぽを向く。

 その後、野崎先輩から鬼門の閉じ方について聞き、レポートを書く為の下調べは終わった。

「野崎先輩、サソリさん、貴重なお時間を頂きありがとうございました。」

 俺は立ち上がり深々と頭を下げた。

「別にィ。つーちゃんの頼みなら、俺様は何でも手伝うけどなァ。」

「いえいえ!こちらこそ、皆さんとお話し出来て楽しかったですよ。また一緒に死闘を掻い潜りましょう!」

「いや、それは大丈夫です。」

 俺はサソリさんに苦笑いをする。

 サソリさんは、不法侵入がバレたら不味いと言う事で、窓から飛び降り姿を消した。

 俺は野崎先輩に挨拶をして、オカ研の部室へ

戻った。

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