第50話 心配性なお母さんには、連絡を取った方が良い。

 俺は結局、女の子に戻る事は無かった。

 次の日の朝になり、俺はりんのすけとサソリさんに許可を得てから朝食を作った。

 りんのすけは相変わらず、テンションが落ちていたが、朝食を食べたら元に戻った。

 サソリさんは、いつの間にか俺達のワイシャツに洗濯とアイロン掛けを済ませ、車も用意してくれた。至れり尽くせりだ。

 車で学校まで送ってもらい、「また後で顔を出します!」と言って、サソリさんは去って行った。

 靴箱で靴を替えながら、ひゅうがは何かを思い出した。

「あ!言い忘れてた。」

「どうした?」俺はスリッパに履き替えながら聞いた。

「エキシビジョンマッチの時間!今日の朝イチでやるんだった!」

 ひゅうがは頭の後ろを掻きながら、苦笑いをする。

「喫茶店のシフト、確か午後からだよな?」

俺はりんのすけに確認する。

「ああ。問題無く行ける。」

 りんのすけはドヤ顔をする。

「良かったあ!おれ、グラウンド行くからまた後でな!」ひゅうがは急いで外へ駆け出した。

 俺とりんのすけは、ひゅうがに手を振る。

「間に合うのか?」りんのすけは眉間に皺を寄せる。

「大丈夫だろ。俺が起きてた時には、ひゅうがはすでに起きて筋トレしてたから、準備運動も出来てる。」

「そうだったのか。試合が楽しみだな。」

りんのすけは俺に微笑みかけた。眩しい笑顔に吊られ、笑顔を返した。

 生徒用の控え室へ行き、進一と和田を連れてグラウンドの応援席まで移動する。

 応援席に座る時、俺とりんのすけの手が触れた。

「ごめん。」俺は咄嗟に謝る。

 りんのすけは何故か顔を赤くして、目を背けた。

「どうした?」俺は首を傾げながらりんのすけに聞くが、「何でもない。」と誤魔化されてしまった。

 ぬっぺぽうが、俺の体をすり抜けて膝の上に座った。

「お前もサッカー見たいのか。良いけど。」

 俺は小声で言う。りんのすけが首を傾げて俺を見つめる。

「あ、いや。ぬっぺぽうが今膝の上に移動して来たんだ。」

 俺が説明すると、りんのすけは膝の上を見つめて、睨みながら小声で言う。

「おい、お前。つかさに変な真似したら捻り潰して消してやるからな。」

「ぽう。」ぬっぺぽうは鳴き声を上げて、俺の右脇に隠れた。

「怖がって隠れちゃったぞ。」俺はりんのすけを見つめてへの字口をする。

「ふん。雑魚だな。つかさも、何かされたら直ぐに報告しろよ。」りんのすけは腕組みをして偉そうに言った。

「はいよ。」俺はテキトーに返事をして、ぬっぺぽうを抱き上げて膝の上に座らせた。

「其奴について調べても、やはり情報が無かった。サソリに聞いても分からないと言われるし。一体何なんだ、ぬっぺぽう。」

りんのすけは眉間に皺を寄せて、フンッと鼻息を吐いた。

「野崎先輩も放って良いって言ってたから、いいんじゃないか。いつか居なくなるだろ。そう言えば、鬼門についての発表資料、そろそろ作らないとな。オカルト研究部の大会っていつだっけ?」

「一月の中旬頃だ。学園祭が終わったら作ろう。サソリと野崎先輩にも話を聞きたいな。」

 りんのすけは顎に手を当てて、少し俯きながら言った。

「そうだな!羅刹天の姿は怖すぎてちゃんと見れなかったし、デッカい青鬼も逃げるのに必死でよく分からなかった。」

「色んな化け物に会ったんだな。それなら絵の上手い人に描かせよう。」

「友永さん絵上手かったよな!頼んでみるか。」

「ふむ。報酬を考えないとな。」

 りんのすけは何か企んだ顔をして、ニヤリと笑った。変な事でないと良いが。

 話していたら、試合開始時間になった。

 学園祭一般公開日の今日は、来客が多い。ひゅうがの注目度が上がっているのもあり、応援席はいつの間にか満席になっていた。

 サッカー部内でチーム分けされ、殆どのサッカー部員が試合に出るらしい。どっちが勝っても問題ない、お祭り仕様だ。

 試合開始のブザーが鳴ると、近くの応援席に居る親娘が大きな声で声援を始めた。

 顔にペイントをして、ユニフォームのレプリカを着たお母さんと中学生くらいの女の子、そしてひゅうがの叔父さんが居た。

 お母さんと女の子が、グラウンド中に響く程の大声を上げる。

「ひゅうが!公式戦じゃないからって手ェ抜くなよ!!」

「お兄ちゃん!!テレビ出たからって調子乗ってドジすんなよー!!」

 俺はその家族の方を見ると、ひゅうがのおじさんと目が合う。困り顔をしたまま俺に手を振ってくれた。俺はお辞儀を返す。

 グラウンドに目をやると、ひゅうがは応援席を二度見した後、明らかに嫌そうな顔をする。

「おい!!お母さんの顔見て嫌そうな顔するな!!」ひゅうがのお母さんらしき人が、応援席を立ち上がり激怒した。

 ひゅうがは耳を塞ぎながらグラウンドを走り始める。

 試合はひゅうがの居るチームが勝って終わった。しかし、ひゅうがは試合の調子が悪く見えた。

「俺ちょっとひゅうがの所寄りたいんだけど、良いか?」

 俺はオカ研メンバーに伝える。

「僕は先に教室に戻るよ。そろそろシフトの時間だから。」進一は立ち上がる。

「私もなのだよ!進一くん!置いていかないでくれー!」和田は進一の後を追って行ってしまった。

 俺とりんのすけは応援席を出て、グラウンドに向かった。

 ストレッチをしているひゅうがと目が合うと、駆け寄ってくれた。

「大丈夫か?調子良くなさそうだったけど。」

俺は心配で声をかける。

 ひゅうがは頬を軽く掻いて、苦笑いをした。

「ウチの母さんと妹が来てたんだよなあ。あの二人がいると、うるさくて調子でないんだよ。だから試合も呼ばないようにしてたんだけど。」

 ひゅうがは気不味そうに言った後、目を見開いて仰け反った。

 後ろから足音がドタバタと近付いてくる。

「ひゅうが!アンタ全然連絡よこさないじゃない!」ひゅうがのお母さんだ。後ろに妹も居る。

「ご、ごめんって!ここで話すの恥ずいんだけど。」

「そんな事言って、逃げ出さないでよね!」

「逃げないから!場所変えさせてくれ!」

 ひゅうがはお母さんの腕を引っ張って何処かへ行ってしまう。妹もその後を追った。

 後から叔父さんがやって来て、笑顔で俺に挨拶をする。

「つかさ君。久しぶり!」

 この前見た時とは、かなり印象が違う。刺繍入りのサラッとした白いワイシャツに、濃い紺色のスキニージーンズを履いている。顔の良さに清潔感が加わり輝いて見えた。

 りんのすけは小声で俺に聞く。

「誰だ。」

「ひゅうがの叔父さんだよ。お久しぶりです。」りんのすけに小声で伝えた後、叔父さんにお辞儀した。

「ウチの姉が、友情の時間を邪魔してごめんねー。あの人、過保護で心配性過ぎて、ひゅうがに少し嫌われてるんだ。そのせいで、色々悪化しちゃってる感じ。」

 叔父さんはニコニコしながら教えてくれた。

「一人で行かせて良かったのか?」

りんのすけは腰に手を当てながら聞いた。

「まあ。大丈夫だと思う。心配する程、悪い家庭環境では無いから安心してね。更年期の母と反抗期の息子のよくあるパターンだと思う。」

「それなら良いが。……。そう考えると僕の身の振り方も改めなければな。」

りんのすけは頬に手を当て、目を瞑って考え事をする。少し顔が険しい。

「りんのすけもお母さんに連絡取ってないのか?」俺が聞くと、りんのすけはへの字口になる。

「そう言う事だ。心配性を放置させると恐ろしい事になる、と言う可能性を考えていなかった。サソリが連絡を取っているだろうと甘えていたよ。定期連絡は必要だな。」

「直接電話した方がきっと喜ぶぞ。」

「そうだな。学園祭が終わったら電話を掛ける事にするよ。」

 その後、りんのすけと川島と屋上で昼飯を食べる。川島も同じシフトらしく、三人で一緒に教室へ行った。

 用意されているメイド服とウィッグを身につける。りんのすけは、昨日と同様黒髪ツインテール。俺は茶髪でゆるふわパーマ。川島はアッシュのショートボブ。

 俺の似合わなさに、川島が笑いながら写真を撮った。川島は意外と似合っていた為、少しムカついた。

 交代の時間になり、教室に出る。

 すると、サソリさんがテーブルについていた。派手な柄シャツの大学生スタイルだ。

「来るなら先に言え!」

りんのすけはサソリさんを指差した。

「サプライズですよー!坊ちゃま、可愛いですね!流石です!」

 サソリさんはニヤニヤしながら写真を撮る。

「勝手に撮るな。別料金だぞ。」

「えー。いくらでも払いますよー!」

 りんのすけは呆れた顔をした後、笑顔で他のテーブルの接客を始めた。

 俺と川島も仕事を始める。今日の俺のポジションは、待っているお客さんの待ち時間案内と、空いた席の片付けと誘導だ。

 昨日に比べると、そこまで行列は出来ていなかった。

 席の片付けをして、次のお客さんを呼びに行くと、まさかの俺の家族が勢揃いしていた。両親と弟がいる。

「全然似合ってないなあ。」

顔を合わせるや否や父親に笑われる。

「仕方ないだろ。」俺はそっぽを向いて不機嫌な顔をする。

「つかさ、りんのすけ君どこ?」

母親に言われ、俺は指を差す。

「あら、可愛いわね。あの子何でも似合うんじゃ無い?」

 俺は取り敢えず、家族を席に案内する。

「兄様や。ちょいと。」

 弟に手招きされ顔を近づける。耳打ちで弟に「兄様も似合ってるぞ。」

「ありがとう。」俺も耳打ちで返す。

 やっぱり家の弟は可愛い。

 りんのすけは、俺の家族に気がつくと挨拶をした。弟に会えて、嬉しそうな顔をする。

 俺は家族の相手をそこそこに終わらせて仕事に戻る。

 次のお客さんを案内すると、次は野崎先輩と山河先輩、陰丸君が来た。

「つーちゃん!!女の子じゃ無くなってンじゃねぇか!!」

 顔を合わせると直ぐに野崎先輩が爆笑する。

「女の子版つーちゃんのメイド見たかったあ!ちょっとショックかもー。」

 山河先輩は頬を膨らませる。

「アニキ、ちぃさん。お店の迷惑になるだろ。」陰丸君が言う。

 俺は三人をテーブルに案内する。

「つーちゃんさぁ。あれやってくれんの?萌え萌えキュン的なやつ!」山河先輩に期待の目を向けられる。

「俺は今日やらない係です。りんのすけがやりますよ。」

「マジ?!ちょーラッキーじゃん!オムライス三つ!!三回やって!!」

 山河先輩は目を輝かせて言った。

「えー。俺様はつーちゃんにやって欲しかったー。おぼっちゃま君かよォ。」

 野崎先輩はテーブルに頬杖をついて、つまんなそうな顔をする。

「騒がしくてすみません。」陰丸君は俺に頭を下げる。

「いえいえ!」俺は三人にお辞儀をして、キッチン係にオーダーを通した。

 自分の仕事に戻ってしばらく経つと、りんのすけがオムライスを持って先輩達のいるテーブルへ行った。

「僕は二回だけやってやる。一回はつかさにやらせるからな。」

 その台詞を聞いて俺は焦った。

「ちょっと、何勝手な事言ってんだよ!」

 俺の言葉を無視し、りんのすけは可愛い顔を作って美味しくなるおまじないを全力でやった。

 山河先輩は手を叩いて最高に喜ぶ。陰丸君は少しドン引き顔になった。

「はい。つかさの番だぞ。」

「うう。今日はやらなくて良いと思ってたのに。」俺は項垂れながら先輩のテーブルに行く。

「お、美味しくなーれ。萌え萌えビーム。」

 俺は赤面で照れながらおまじないをした。

 野崎先輩は手を顔で覆って上を向く。そのままの姿勢で親指を立てた。何だ、この人。

 その後、一般公開時間が終わるまで働き、後片付けをする。

「やっと終わったー!」俺は腕を上げて伸びをする。

「お疲れ様。クラスの皆んなが揃うまでは、休憩にしよう。」

 川島が皆んなに告げ、着替えをした後休憩をする。

 クラス委員の二人が指揮を取り、分担して片付けを済ませる。

 看板や衝立等は、振替休日明けの火曜日に片付ける為、今日やる分は直ぐに片付いた。

 学園祭を終え、ひゅうがとりんのすけと一緒に帰路に着く。

「打ち上げ行かなくて良かったのか?」

俺は二人に聞いた。

「それはこっちの台詞だぞー?おれは元々行く気なかったよ。つかさとりんのすけは何で行かないんだ?」

「僕は大人数で食事をするのが嫌いだ。」

「俺は、りんのすけとひゅうがと一緒に打ち上げするつもりだけどな。」

 俺の言葉にひゅうがは太陽の様な笑顔で嬉しそうに飛び跳ねた。りんのすけは吹き出した後、少年の様な笑顔で笑う。

「わーい!どこ行く?焼肉?寿司?」

「フフフ。この三人でなら、僕は何処でも構わないよ。」

「じゃあ、俺はさわやかのハンバーグが食べたい。」

 俺達ハンバーグレストランに向かう。

 三人だけの打ち上げは、とても充実した楽しい時間を過ごせた。

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