第29話 寄って集って、振り回すなよ。
次の日の朝、りんのすけの悲鳴で目が覚める。珍しく、俺に引っ付いて助けを求めて来た。
「つかさ!起きろ!あの猥せつ物陳列男を何とかしろ!」
「もう、朝っぱらから何だよ。」
俺は眠い目を擦りながら、りんのすけの布団を見た。
元に戻ったひゅうがは、りんのすけの枕に足を乗せ、横を向いて爆睡していた。千切れたパジャマが、布団の上に散乱している。
川島は一瞬だけ起き上がったが、ひゅうがの綺麗なお尻を見た後、静かに二度寝した。
「朝起きたら、目の前に……!ああ。最悪な目覚めだ。」
りんのすけは、ゲッソリした顔で頭を抱えた。
「本当にパジャマを突き破るなんて、恐ろしい筋肉量だな。全然起きなさそうだし、とりあえずパンツだけ履かせるか。」
俺はひゅうがの荷物を漁り、綺麗なパンツをひゅうがに履かせようとする。しかし、太腿筋が太すぎて、履かせるのに手こずった。
「太もも太すぎるだろ!パンツのサイズ、コレで合ってるのか?」
仰向けになり、少し脚の上がったまま眠るひゅうが。その脚の間に膝立ちして、俺はパンツと格闘している。
何とか大腿筋を通り、後少しでパンツを履かせ終えるタイミングで、ひゅうがは目を覚ました。
「えっ!えっ!どう言う状況?!」
ひゅうがはパニックになり、脚で思い切り俺を挟む。俺は身動きが取れなくなり、ひゅうがのお腹に倒れ込んだ。
「待て、ひゅうが!しぬ!力緩めろ!」
「ごめんごめん!」
ひゅうがは、脚を開き、高速でパンツを履いた。
「何でおれ全裸なの?」
掛け布団を羽織り、体を隠しながらひゅうがは眉間に皺を寄せた。
俺は、昨日の夜の出来事をひゅうがに説明する。ついでに写真に収めたチビひゅうがも見せる。
「ぼんやりとしか思い出せない……え?つかさと一緒に風呂入ったの?しかも洗ってもらったの?抱っこもされたのか!無理無理無理!恥ずかしくて爆発しそう!!」
ひゅうがは、話を聞きながらどんどん顔を真っ赤にして、最後は布団の中に隠れた。
「俺は小さいひゅうがも可愛くて好きだったけどな。」
俺は慰めようと思って伝えた。
「そう言う事言うなー!とんだ罰ゲームだ!散々だ!うわーん!」
落ち着くまでのしばらくの間、ひゅうがは布団から出て来なかった。
ちょっとした波乱を起こした勉強会を終え、ついにテストの日になった。
勉強した甲斐もあり、中間試験の時よりも答案用紙をスラスラと埋められた。試験範囲は中間試験より広かったが、良い点数が見込めそうだ。
テスト最終日。午前中で学校が終わると、廊下で西条寺さんと友永さんが何やら揉めていた。
「うちのファンクラブの会員をそっちに引き抜かないでくれる?」
友永さんは腰に手を当て、自分より背の高い西条寺さんを見上げて睨んでいる。
「引き抜いたつもりはございませんわ。その方のご意思でしたので。」
「こっちの方が先にファンクラブ作ってたんだから、真似したアンタにも非があるんじゃないの?」
「来るもの拒まず、去るもの追わずですわ。そんなお心の狭い会長では、会員の方もさぞお可哀想ですわね。」
俺は、二人の喧嘩を仲裁しようと声をかけた。
「何を揉めてるんだ?こんなところで喧嘩したら、他の人に見られるぞ。」
下校するために廊下に出てくる生徒達が、チラチラとこちらを見ていた。
「いいわ。場所を変えましょう。アンタも来なさいよ。」
友永さんは歩き出した。
「そうですね。つかさ、貴方にも話がありますわ。」
西条寺さんは、友永さんの後を追う。
「俺に話?嫌な予感がする。」
首を突っ込んだ手前引き下がれない。俺も二人の後を追った。
人気のない渡り廊下へ移動した。
「ファンクラブの会員を取り合って揉めてるんだよな?そもそもファンクラブって何なんだ?」
俺は最初に話を切り出した。
「ひゅうがファンクラブは、ひゅうがを憧れている人同士が揉めない様に作ったの。入学式の日、アンタも見たでしょ?せっかく同じ人を応援しているのに争うなんて可笑しいと思ってね。ちゃんと決まり事も作って、お互いが気持ちよく推し活が出来るように整えたのよ。」
友永さんは、渡り廊下の窓にもたれ掛かった。
「りんのすけ様ファンクラブは、りんのすけ様の望む快適な学園生活を作るために始めましたわ。わたくし自身が、りんのすけ様の足手纏いにならないために、そして、同じりんのすけ様をお慕いしている方々もわたくしと同じ過ちを侵さないために立ち上げました。ルールを守って、りんのすけ様を応援する手助けをしております。」
西条寺さんは、凛とした立ち姿でハッキリと言い切った。
「決まり事とかルールとかってどう言う内容か聞いてもいいか?」
友永さんは、一歩前に出て手を挙げた。
「いいわ。教えてあげる。これが、その決まり事よ。」
そう言うと、自分のスマホの画面に表示させたメモを見せてくれた。
長い文章を、何とか読み切る。主な決まり事は、全部で5つだ。
①同担を拒まない事。
②ひゅうがへの密会、告白、恋文、抜け駆け禁止。
③試合の応援は、やむを得ない事情がない限りは全員参加する事。
④応援のプレゼントや手紙は、ファンクラブ一同として贈呈する事。個人的な事情でのプレゼントは禁止。
⑤ひゅうがは女性恐怖症の疑いがあるため、不用意に近づいて怖がらせる行動は禁止。必要な場合は一定の距離を取り声をかける事。
「凄いな。かなり考えただろう。」
俺は感心した。友永さんはそっぽを向く。
「この世の誰よりも、ひゅうがの事を分かってんだから。幼稚園の時から一緒なのよ。女性恐怖症っぽくなったのは、中学の終わりか高校入ってからってのも分かってる。入学式の時、あたしがひゅうがを助けたかったけど全然ダメだった。それだけは、アンタに感謝してんのよ。」
友永さんは、横目でチラリと俺を見る。
「そうだったのか。てっきり、アレのせいで嫌われてるのかと思っていた。」
「別に嫌ってないわよ。ひゅうが、アンタといる時だけ、見た事ないくらい楽しそうだし。まあ、嫉妬してないと言ったらウソになるけど?」
そっぽを向いたまま、頬を膨らませる。フワフワで茶色のポニーテールと、小柄で可愛らしい見た目もあり、何だかリスの様に見えた。
西条寺さんは、一歩俺に近づき自分のスマホを差し出す。
「我がファンクラブのルール。目を通して下さるかしら?」
こちらは長文の上、難しい漢字が多く読み切るのに時間がかかってしまった。抜け駆け系のルールは、ほとんど友永さんの方と同じ内容だ。それに加えて、独自のルールは三つある。
①りんのすけ様に何か依頼された場合、緊急ファンクラブ会議を開き共有をする事。そして、その身に換えても依頼は必ず達成する事。
②ファンクラブ会議を、第一木曜日の放課後、会議室にて行う。祝日の場合は次の平日に行う。参加は自由。
③プレゼントを贈りたい場合は、会議にかける事。多数決により同意が得られた場合、ファンクラブ一同として贈呈する事。
プレゼントの件は、友永さんのと似ていたが会議に関する事項に入っていたため、抜粋した。
「定期的に会議を開いて、何を話すんだ?」
「基本的には、りんのすけ様の魅力について談笑するだけですわ。部活申請はしてませんが、ほぼ部活の様なモノかも知れませんわね。」
西条寺さんは、軽く腕を組んだ。
「そうか。どっちも、好きな人を応援したいって言う目的は同じなんだよな。掛け持ちで会員になれる様にすれば、解決なんじゃないか?」
友永さんは、俺を睨んだ。
「同盟を組めって言うの?信じられない!」
「でも、その方が会員数も増えるし、応援団の規模も大きく出来るんじゃないか?」
「うっ……!それはそうかもしれないけど。」
友永さんは唇を尖らせる。
「それなら、ひゅうがファンクラブの会員向けにルールを追加致しますわ。ルールはひゅうがファンクラブの方を優先する様に、と。」
西条寺さんは、優しく友永さんに微笑みかけた。
「えっ!アンタはそれで良いの?」
友永さんは驚いて、少し飛び跳ねた。
「ええ。構いませんわ。対抗する為に作った訳ではないですから。わたくし達が潰し合い、歪み合って、りんのすけ様達に迷惑がかかる可能性を出してしまうのは、絶対に嫌です。貴女もそうでなくって?」
西条寺さんは、掌で友永さんを指し、同意を求めた。
友永さんは西条寺さんの掌を、軽く叩いた。
「わかったわ。同盟成立ね。」
「それでは、本題について話しましょうか?」
西条寺さんと、友永さんは俺の方に向き直った。
「えっ!今のが本題じゃなかったのか?」
俺は後退りした。ジリジリと二人は距離を詰めてくる。
「結局、アンタってどっちが好きなわけ?二股かけようなんて思ってないでしょうね?」
友永さんは腰に手を当てて、大きな瞳で俺を見上げる。
「そうですわ。そろそろハッキリさせようじゃありませんこと?」
西条寺さんは、思い切り俺を睨みつける。
俺は居た堪れなくなり、そーっと横に移動して、全力で走って逃げた。
「あっ!待ちなさい!卑怯者!」
「往生際が悪いですわよ!」
友永さんと西条寺さんが走って追いかけてくる。
俺は教室の前まで走り、廊下を歩いていたひゅうがとりんのすけの腕を引っ張った。
「いきなり引っ張るな。何事だ?」
「なになに?何で息切れしてんの?」
「助けてくれ。追われてるんだ!」
俺は二人の前に出て、後ろの追っ手から隠れた。
西条寺さんと友永さんは、りんのすけとひゅうがの背後で止まる。そして、少し距離を取るため後退る。
「とことん、卑怯な男ね!ひゅうがを盾にするなんて!」
「本当に呆れた根性ですわ。軽蔑します。」
ひゅうがは振り返り、友永さんの顔を見て、少しビクリとした。
「ひゅうが。これだけ距離取ってんだから、いちいちあたしにビビんないでよねー?」
「悪ぃ。悪ぃ。つい反射的にさ。」
ひゅうがは、友永さんに謝った。
「それで、何で揉めているんだ?」
りんのすけは、西条寺さんに聞いた。
西条寺さんは、少し頬を染めて目を逸らす。
「つかさに、りんのすけ様とひゅうが君、どちらの方がお好きかと、聞いておりましたのよ。」
「ほう。面白い質問だな。つかさ、さっさと答えろ。」
りんのすけは、しゃがんでいる俺の首根っこを掴む。
「え?そういう感じ?」俺は困惑する。
「そーだぞ、つかさ。どっちが一番か決めろよ。なあ?」
ひゅうがは、しゃがんで俺に顔を近づける。
「待って待って!何でそんな優劣を付けなきゃいけないんだ?どっちも大事な友達だよ!」
俺は焦りに焦り、目が泳ぎまくる。
「つかさの中では、すでに決まっているだろう。それを公言すれば良いだけだ。」
りんのすけは何故か勝ち誇った顔をする。
「りんのすけ。なにわかった様な顔してんだよー。まあ、その予想は外れてると思うけど?」
りんのすけとひゅうがは睨み合う。
俺は二人の顔を交互に見て、急な思い付きを口に出した。
「と、とりあえず。お腹空いたから、昼ご飯食べに行こうぜ?」
ひゅうがのお腹が、ぐぅぅ、と鳴る。
「うん。おれ、おなかぺこぺこ。」
ひゅうがは、少し顔を赤くして首の後ろを掻いた。
「それもそうだな。良かったら、家でご飯を食べて行くか?使用人に何か作らせる。」
りんのすけが提案した。
「良いのか?それならお邪魔しようかな。」
俺は話題が逸れた事に安堵した。
西条寺さんと友永さんに挨拶をした。二人とも納得していない様子だった。今日のところは、勘弁して欲しい。
三人で電車に乗り、りんのすけの家に向かった。
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