第30話 ついに会えた、プロの料理人。

 りんのすけの家には、サソリさんではない初めて見る使用人がいた。

 タレ目で、丸顔で童顔の小柄で細身な男性。平凡なショートカットは焦茶色だった。

「坊ちゃん。おかえりなさい!今日はお友達を連れてきたんですね。初めまして!ワタヌキと申します。何か料理のリクエストがあれば、お申し付けくださいませ!」

ワタヌキさんは、俺達にペコリとお辞儀をした。真面目モードのサソリさんに比べると、朗らかで親しみやすい雰囲気がある。

「ワタヌキは、僕のシェフでもある。サソリは大学生だし、その上料理が壊滅的に出来ないからな。平日の使用人は、ほとんどワタヌキが来てくれている。」

りんのすけが、ワタヌキさんの紹介をする。

「シェフなんですね!この前の食材を用意してくれたのも、もしかしてワタヌキさんですか?」

俺はプロの料理人を目の前にして、少し興奮した。

「左様でございます!お肉をほとんど使っていただいた様でありがとうございます。やっぱり若い男の子は、お肉が好きなんですねえ。」

ワタヌキさんは、ニコニコしながら言った。

「ワタヌキさんって何歳なの?」

ひゅうがは、俺も気になっている事を聞いた。

「何歳に見えますか?ふふふー。」

「31歳だ。」りんのすけは、ワタヌキさんの言動を無視して答えた。

「坊ちゃん、答え言うの早すぎますよー。」

「え!全然見えない!もっと若いかと思いました。」

俺は信じられなくて、ワタヌキさんの顔をジロジロと見てしまう。

「サソリさんと同じくらいの歳かと思った!」

ひゅうがも驚く。

「それは嬉しいですねえ。嬉しいついでに、奮発してデザートも作っちゃいますよー!」

ワタヌキさんは、ガッツポーズをして喜んだ。

 ワタヌキさんは、キッチンに立ち料理の準備を始めた。メニューはシェフのおまかせにする。

 手伝いは要らない、と遠慮されてしまった。

 ただ、俺は料理の事を教えて貰いたくて、隣で見せてもらう事にした。

 りんのすけとひゅうがは、ソファに座ってお昼のワイドショーを見ながら談笑している。

 やはり、プロだ。手際の良さに迷いは無く、アク抜きや下処理を次々に終わらせる。

「お魚は、臭みを取る為に熱湯をかけます。お湯がなかったら酒でも塩でも良いですよー。」

手を動かしながら、料理のポイントを教えてくれた。俺はそれを聞きながら、スマホのメモアプリに書き留めていく。

「やっぱり、料理学校に出られたり、修行されたりしたんですか?」

「いやあ。学校行ったり修行したりは経験ないです。わたしは物心ついた時から料理をしていたので、あんまり参考にならないですよね。調理師免許は一応持ってますよ。」

ワタヌキさんは、苦笑いをした。

「凄い!かっこいい!」

俺は目を輝かせ、尊敬の眼差しを向ける。

「ハハハ。ありがとうございます!生まれた時から使用人になる事が決まっていたので、周りに教えてくれる人がいたってだけですよ。」

「そう言う家系って事ですか?」

「そうです!サソリもそうですよー。使用人によっては、学ぶ内容が違うので、サソリは料理出来ないんですけど、逆にわたしが出来ない事をサソリが出来たりします。」

「ワタヌキさんは料理に特化した人なんですね。サソリさんは、何に特化してる人なんですか?」

ワタヌキさんは、少し黙った。そして、小声で言う。

「あんまり大きい声では言えないですけど、闘う使用人ですね。坊ちゃんに護身術を教えた先生って、実はサソリなんです。あ、他の人にはナイショですよ。」

「そうなんですね……。わかりました。秘密にします。」

俺も小声で伝えた。

 りんのすけの身体能力の高さを考えると、その先生であるサソリさんって、化け物並みに強いのかも知れない。そう考えると、サソリさんへの印象が少し変わった。

 料理が出来上がると、俺は配膳を手伝った。

「すげえ!なんかオシャレな匂いがする!」

ひゅうがは料理を見て、目を輝かせた。

「前菜にスピアナータ、スープはミネストローネです。メインは旬のお魚、タチウオをポワレにして、ホワイトソースをかけてみました!パンを作る時間が無かったので、お取り寄せした物になってしまって申し訳ないです。」

ワタヌキさんは、ペコリとお辞儀をした。

「ワタヌキさんの分ないよ?一緒に食べないの?」

ひゅうがは心配そうに、聞いた。

「決まりですので!皆様で召し上がってくださいね。」

「スピアナータって初めて食べる。モッツァレラチーズに生ハムとルッコラが入ってて美味しい!」

俺は感激して、高級イタリアンの味を、じっくりと味わった。

「僕の好物で揃えたんだね。どれも美味しいよ。ありがとう。」

りんのすけは、ワタヌキさんに微笑む。

 ワタヌキさんは照れて、顔を隠した。

「坊ちゃんに褒められると、本当に照れますね。何人も外された料理担当の使用人を見てきたので、尚更です。」

「そう言う余計な事は、言わなくて良い。」

りんのすけは、少し顔を赤くして口をへの字に曲げる。

「やばい。もう全部食べちゃった。」

ひゅうがは、少し申し訳なさそうに小さくなった。

「おかわりしますか?」ワタヌキさんは微笑み。

「お願いします!」ひゅうがは頭を下げた。

「りんのすけって、味にうるさいイメージなかったな。俺の料理、全部美味しいって言ってくれるからさ。」

りんのすけの方をチラッと見る。耳まで赤くなり、顔を背けた。

「ふん。それだけ、つかさの料理が美味しいという事だ。誇れ、喜べ、胸を張れ。」

「坊ちゃんが、人の料理を褒める事ってとっても珍しいので、凄い事ですよー!」

ワタヌキさんは拍手をして感激する。

「なんか、照れるな。」俺も顔を赤くして顔を背けてしまった。

 ひゅうがは、俺に冷ややかな目を向ける。

「そんな目で見るな。」

「おれの方が、つかさの料理好きだもん。」

何故か頬を膨らませて、不機嫌な顔をした。

「ありがと。一番たくさん食べてくれるもんな。」

俺はひゅうがに微笑んだ。ひゅうがはニッカリと笑顔になる。

「ただの大食いなだけだろう。」りんのすけがボソリと呟いた。

「あー!今の聞こえちゃったもんね!」

ひゅうがは、りんのすけを睨みつけた。りんのすけも睨み返す。

「まあまあ。落ち着いて。二人ともいつも俺の料理を残さず食べてくれてありがとうな。本当に感謝してるよ。」

二人は、お互いにそっぽを向いた。とりあえず、収まった気がする。

 全員が料理を食べ終わると、ワタヌキさんがデザートを持ってきてくれた。

「デザートにベイクドチーズケーキをどうぞー!大きめな型で焼いたので、余ったらお土産にしてくださいね。」

 少し暖かいベイクドチーズケーキは、柔らかく美味しかった。

 ひゅうがは、一人で4分の1ホール分平らげていた。余った分は冷蔵庫に入れて冷やしてもらう。

 デザートを食べ終えると、ひゅうがは自主練のために帰って行った。ワタヌキさんも休憩のため、席を外す。

 リビングに、りんのすけと二人きりになる。

「そうだ。夏休みに行く場所が決定したぞ。」

りんのすけが切り出した。

「結局、どこへ行くんだ?」

俺はソファの背もたれに寄りかかる。

「伊豆だ。」ドヤ顔で言った。

「やっぱ伊豆か。」俺は上の空で言った。

「日程を調節したい、進一君と和田に連絡を取ってくれ。」

「OK。ちょっと待ってて。」

俺はスマホを開いて、二人にメッセージを送った。二人ともすぐに返事が返ってきた。

「和田は夏期講習だから、日曜日しか空いてないってさ。進一は任せるよーだって。」

「そうか。サッカーの大会と被ると、またハチマキに巻き込まれそうだな。ひゅうがにも大会の日程を確認してくれ。」

「メッセージ送ったよ。あ、もう返事来た。県大会は九月って言ってる。あれ、インターハイいつの間にか終わってたのか?」

俺は困惑する。

「試合の数が多いから、気を使ったんじゃないか?」

「えー。水臭いなあ。ちゃんと誘えって言っておこう。」

俺はメッセージを入力した。その返事が返ってくる。りんのすけが不登校になっている間に試合があったらしい。ああ、あの時、俺の元気がなかったからか。申し訳ない事をしたな。ひゅうがは、いつも俺に優しい。

 この事はりんのすけには黙っておく事にした。

「日程は八月十三日の日曜日。朝9時に静丘駅集合だ。今決定した。」

りんのすけは、人差し指を立てて言う。

「了解。進一と和田にも伝えておくよ。よし。この後どうする?」

俺は暇になって、伸びをした。

「部活動と関係ないんだが、夏休みどこか行かないか?」

りんのすけは、ソファに深く腰掛けた。

「良いね!夏祭りとか、花火大会とか、海水浴も良いなあ。水着も浴衣も持ってないけど。」

「学校用の水着があるだろ。」

「嫌だ!そんなの。もっとおしゃれなやつが良い。」俺は苦い顔をする。

「そう言うものか。僕は夏祭りに行ってみたい。」りんのすけの表情が少し緩んだ。

「行こう!夏休みじゃないけど、七夕の時期に、大きいお祭りが商店街でやる。来週の土日だ。」

りんのすけは、幼い少年の様な無邪気な笑顔を向けた。

「絶対に行くぞ。今決めた!」

「うん。楽しみだな。」

 俺はお腹いっぱいで、眠くなって来た。大きな欠伸をする。

「眠いなら、僕のベッドで寝て良いぞ。夕方になったら起こしてやる。」

「いいのか?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。」

「制服のままだとシワになるだろう。僕の服を貸すよ。今は来客用の服を洗濯していて使えない。」

「助かる!でも、あんまり高いやつは、気を使うからやめてほしい。」

「わかった。」

 俺とりんのすけは、ソファから立ち上がり、部屋を移動した。

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