第25話 ギャルのお客様。
追試が無事終わり、少し暇になったある日の放課後。俺はオカルト研究部の部室に来ていた。
特に用事はないが、お茶とお茶菓子があるこの部屋は居心地が良い。今までも何度か、寛ぐためだけに部室を利用していた。
最近は家から漫画を持って来て、さらに快適度が増した。家の押し入れに仕舞われていた単行本を、段ボールごと持って来て、部室の棚に入れてある。
進一は実験のために、よく部室に顔を出す。実験セットは、常に部室の棚に置かれている。
りんのすけも、たまに調べ物をするために部室に来る事がある。りんのすけがいる時は、俺の帰るタイミングを合わせている。
和田は、こちらから呼び出さない限りは部室に来る事はなかった。塾に通っているから、意外と忙しいらしい。
今日は、進一とりんのすけが部室にいた。
俺以外に人がいる時は、積極的にお茶汲み係をしている。せっかくの美味しいお茶達を、賞味期限切れにしては勿体無いからだ。
お茶を配り終え、俺はいつもの席に着く。お誕生日席に座っているりんのすけのから見て、左斜め前の席だ。
進一はりんのすけから一番遠い場所。右斜め前の奥の席に座っている。
お茶を啜り、りんのすけに話しかける。
「今日は何を調べているんだ?」
「夏休みに部活動をしようと考えている。日帰りで行ける範囲で、何か面白いものはないかと探している所だ。」
りんのすけは、パソコンを操作しながら答えた。
進一は、俺たちの話には入って来ず、一人で黙々と怪しい実験をしている。
「またこの前みたいな心霊スポットを探してるとか?」
俺はお茶菓子のクッキーに手を伸ばしながら聞いた。
「いや、心霊スポットは少し凝りた。次に行くとしても、十分な下調べをしてからだ。今調べているのは、オカルト的な社会科見学スポットだ。博物館のような類で良い所があれば教えろ。」
「へえー。博物館かあ。意味不明な博物館は伊豆に多いよな?」
俺は進一の方に向かって聞いた。進一は首を傾げる。
「伊豆か……。調べてみる。」
りんのすけはキーボードを走らせた。
「そういえば、『斎藤さん家』はその後どうする予定なんだ?」
俺はクッキーを一口食べる。りんのすけは、俺に目線を向ける。
「ああ。その事について説明してなかったな。入院中だった専門家は、進一君の薬のおかげで良くなって退院したよ。それは良かったんだが……。『西条寺』の神主に相談した結果、あの家のお祓いは難しいそうだ。SDカードの封印は出来たが、それもかなり苦労したらしい。難しいお祓いを受けてくれる人物も、まだ見つかっていない。」
りんのすけは頬杖をつき、ため息を吐いた。
「そうか。じゃあ生徒会を手中に収める件も、まだ先延ばしになりそうだな。」
俺は手に持っていた残りのクッキーを、全て口に詰め込んだ。
「いや、生徒会はすでに手中に収めたよ。」
腕を組み、ドヤ顔でりんのすけは言う。
ほとんど噛まずに、飲み込んでしまったクッキーが俺の食道を攻撃した。俺は急いでお茶を一気飲みし、流し込む。
「え、いつの間に!」
「西条寺が作った『僕のファンクラブ』のおかげだ。生徒会役員のほとんどが、会員になっているらしい。生徒会長もな。」
「うわー。それは驚くと言うより、ドン引きだな。西条寺さんの営業力の高さなのか、りんのすけの顔面の良さなのか。」
俺は苦笑いをした。
新しいお茶を淹れるために、席を立つ。淹れ終えてまた席に戻る。
「そういえば、魔術研究部って知ってるか?」
俺はお茶が冷めるのを待ちながら、何となく聞いた。
この話題に進一が食いついた。
「それ、知ってる。この前、そこの部長って言う人に追いかけ回されたから。」
いつもの様に真顔で淡々と言った。
「進一も目をつけられたのか!この前の追試の時、俺も目をつけられたよ。オカ研を潰せって言われた。」
「それは聞き捨てならないな。僕が一度挨拶に向かおう。」
りんのすけは椅子に深く座り、腕を組み直す。
「いやいやいや!それは、本当に止めておけ。相手はヤンキーの三年生だぞ。ただで済むとは思えない。」
俺は身を乗り出し、反論する。
「僕がそんな奴に怖気付くとでも?そいつの名前を教えろ。」
りんのすけは机の上で拳を握りしめる。
「野崎先輩って人だ。その人の知り合いっぽい、二年生の山河先輩の連絡先は知ってる。」
りんのすけは顎に手を当てて、何か企む顔をした。
「その山河先輩から、野崎先輩の情報を仕入れよう。つかさ、スマホを貸せ。」
「嫌だ。絶対ややこしくするだろ。」
俺はポケットに入れたスマホを、両手で押さえる。
りんのすけは立ち上がり、持ち前の怪力で俺のスマホを奪い取り、流れる様に顔認証を解除した。
すぐにスマホを操作し終え、俺に投げ返す。
「何送ったんだよ!」
俺は冷や汗を垂らしながら、送信したメッセージを確認する。
『美味しいお菓子が余ってて困ってるんですけど、今から5階の旧薬品管理室まで来れませんか?』
思ったより、変わった文章ではない事に俺は安堵した。
「こんなメッセージで来るわけないだろ。」
俺は安心して、スマホをポケットにしまう。ポケットの中のスマホが鳴った。
スマホを確認して、俺は驚愕した。
「うそだろ……!」
「なんて言っていた?」りんのすけは勝ち誇った顔で言う。
俺はスマホの画面をりんのすけに見せた。
『いくいくぅ!』と言うメッセージと、謎のダンスで動くうさぎのスタンプがセットで表示されている。
間も無く、ドタバタと足音が聞こえ始め、部室のドアが元気よく開け放たれた。
「ねえー、お菓子どれぇ?」
ギャルの山河先輩が現れた。
俺は驚き、椅子から滑り落ちそうになる。
進一は咄嗟に机の下に隠れる。
りんのすけは立ち上がり、山河先輩にお辞儀をしながら言った。
「ようこそ、オカルト研究部へ。」
「ウェルカムな歓迎ムードって感じ?超嬉しい!アタシ山河八千代!ちぃちゃんって呼んでくれても良いよ?てか、君が噂のイケメンボンボンか!顔整いすぎじゃね?とりま写真撮っていい?」
ギャルの山河先輩は、マシンガンの如くハイテンションで絡んできた。
りんのすけは、それに動じない。
「山河先輩と呼ばせていただくよ。写真はご遠慮願いたい。良かったら、空いている席に座ってくれ。」
山河先輩は、俺の向かいの席に座った。
「俺、お茶淹れますね。コーヒーと紅茶どっちが良いですか?」
俺は立ち上がって、棚を漁る。
「あ、来客用のコップないや。すみません、紙コップでも良いですかね?」
「何でもOK!コーヒーがいいー!ミルクとお砂糖もちょーだい!」
山河先輩は、スマホをいじりながら答えた。
俺は紙コップに、インスタントコーヒーを注ぎ入れる。その間にパシャリ、とシャッター音がした。
「オカ研来た事、みんなに自慢しちゃおー!」
山河先輩は、高速でスマホのキーボード入力をし、SNSに写真をアップした。
「写真は撮らないで欲しかったんですけど。」
俺が恐る恐る言うと、
「だいじょぶ!鍵アカだし!」
会話にならない返事が返って来た。
そして、机の上のクッキーを食べ始める。
「山河先輩、聞きたい事があるのだが、よろしいか?」
りんのすけは、机の上に両肘をつき、指を組んで言った。
「あれ?下になんかいるんだけど?え、小さくて可愛い!ほら、こっちおいでー!」
山河先輩は、りんのすけの言葉を無視し、机の下に隠れている進一に、野良ネコを呼ぶ様な仕草をしながらしゃがんだ。
進一は無言のまま、机の下を這って移動し、りんのすけの後ろに隠れる。
山河先輩は、進一の死角から近づき飛びかかった。
「捕まえたー!何で逃げんの?怖くないよー?」
進一は山河先輩に抱きしめられ、巨乳に顔が埋まっている。
「ぐるじい。だずげで。」
進一は身動きが取れず、苦しそうな声を漏らした。
「山河先輩、進一が死んじゃいます。」
俺は、山河先輩から進一を引き剥がした。
「へえー、進一くんって言うんだあ。可愛いね。」
山河先輩は、進一の頭をポンポンする。進一は俺の後ろにササっと隠れた。
俺は進一を連れて、自分の席に戻り、進一は俺の隣に座った。
「話をしても良いだろうか?」
全員が席に座るのを待ってから、りんのすけが口を開いた。
「うん!いーよー!何の話?」
山河先輩は、クッキーを食べながら言った。
「魔術研究部について、知っている事を教えて欲しい。」
りんのすけは、真剣な表情で山河先輩を真っ直ぐ見つめた。
山河先輩は、クッキーを夢中になって食べながら言った。
「マジ研は、現代魔術とか占い術とかそう言うの研究してるよー。ちな、アタシはそこの副部長。もしかして、ウチの部長また何か迷惑かけたん?」
「そちらの部員がオカルト研究部を潰せと、我が部員に言ったそうだ。こちらに非があるなら正すが、思い当たる節がない。」
りんのすけは、堂々と威圧的に言う。しかし、山河先輩には効いていない。
「ウッソ!それ絶対ウチの部長じゃん。ホントごめんー!別にオカ研が何かしたわけじゃなくて、ウチの部長のバカパイセンが頭おかしーだけだから気にしないでー!」
山河先輩は、俺たち一人一人に拝み手をして謝った。
「なるほど。魔術研究部の部長は、一体どう言う人なのか、教えてもらえるか?」
「どんな人かあー。うーん。一言で言うとものすごいバカ。なんか、陰陽師の末裔らしいんだけど、古臭くてダサいからって修行を放っぽり出して、現代魔術に夢中なんだよね。箒で空を飛んで、それを世界中に流行らせたいんだって。今ンとこ、飛んでるところは見た事ないけど。」
山河先輩は、巨乳を机に乗せて、体重を前にかけた。
俺はつい、タワワな部分に目が行ってしまう。すると、隣からりんのすけの殺気を感じ、俺は急いで巨乳から目を逸らした。
「情報提供、感謝する。良かったら、別のお菓子も食べて行ってくれ。」
りんのすけは立ち上がり、棚からマドレーヌの入った箱を出す。山河先輩は目を輝かせながら、出されたお菓子を遠慮なく全て平らげた。
お菓子を食べ終えると、「また呼んでー!」と手を振って立ち去った。
嵐が過ぎ去った後の静けさが、しばらく続いた。
「つかさ、進一。魔術研究部は、なるべく近寄らないようにしろ。」
りんのすけは、椅子に深く座り、腕を組み、への字口で言った。
「言われなくても、そうするよ。」
俺は机に突っ伏して言った。進一も静かに頷く。
俺達はしばらくお茶を飲んで、一息ついた。
するとまた、騒がしい足音が近づいて来た。
進一は、足音がした瞬間に机の下に隠れた。
「オカ研の部室ってここか?!」
勢い良く開けられたドアに、ヤンキーの野崎先輩の姿があった。
鋭い眼光を、俺とりんのすけに向けた。
「こんにちは。貴様が野崎先輩か?」
りんのすけは立ち上がり、自分より背の高い野崎先輩の前に立ちはだかった。
「おいおいおい!先輩には敬語使えよ?おぼっちゃまくん?」
野崎先輩は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、りんのすけの顔の近くで睨みつけた。
「貴様が尊敬するに値すると認めたら、敬語を使おう。」
殺気を帯びながら、睨み返す。二人の目から火花が散っている様に見えた。
「すみません、野崎先輩。何かご用でしたか?」
今にも殴りかかりそうな二人を和ませようと、俺は二人の間に割って入る。
「ああん?この前の追試に来てたヤツか。そこを退け。用があるのはそっちのおぼっちゃまくんの方だ!」
野崎先輩は、俺におでこをつけて睨みつけて来た。近すぎるし、怖すぎる。
「ギャフン!!!」
野崎先輩は、急に倒れ込んだ。
「ごめんごめん!バカパイセンがまた暴走しちゃったわー。目を離すとすぐコレだから、ホントめんどすぎ。」
野崎先輩の背後に、竹刀を構えた山河先輩が立っていた。
「ごめんねー!アタシっちの部室に帰って、コイツに説教しとくから!そんじゃまたねー!」
山河先輩は、野崎先輩のツンツン髪を鷲掴み引き摺りながら戻って行った。
「あいつら、一体何なんだ。」
りんのすけはイラつき、おでこに血管が浮かんでいた。
「あぁ。これは、無視したくても出来ないな。」
俺はゲッソリして、椅子に座り項垂れた。
これからの学校生活に、不安が募っていく。
また絡まれたら面倒だ。今日のところは、全員帰る事にした。
その後も部室には近寄り難くなり、俺は寛ぎの場を失ってしまった。
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